表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
94/185

家族の日常

 ダニエル様に持たされた、お土産をキッチンのテーブルに置いた。

 肉や酒やお茶を並べて、エルモには木箱を渡した。


「これ、開けてもいいのか?」

「ダニエル主神官様からだよ」

「おお、すげえ。父ちゃんが帰ってきてからにする」

 木箱をテーブルの上に置いて、エルモは箱を見ている。


「どうしたの? 開けてもいいんだよ?」

「姉ちゃん、主神官様からだよ? 皆が揃ってから開けるだろう、普通は」

「そうなの?」

 ダニエル様が聞いたら、困った顔で笑うだろうと思った。


 三歳の反抗期のエルモはもういない。

 八歳になり、成長したエルモは、私の記憶がほとんどないようだ。

 それでも、姉と思ってくれるのは、うれしい。


「姉ちゃん、二階へ行こう」

「うん。何があるの?」

「行けばわかるよ」


 キッチンと居間がある一階には、両親の部屋があった。

 狭い階段の先には、客間と二つの部屋がある。

 一つはエルモの部屋で、ベッドと机は奇麗に整っていたが、床のラグの上には、作業途中の何かが無造作に置いてあった。


「まだ、のりが乾いていないから、片付けられないんだ。散らかっている訳じゃないよ」

「うん。他はきれいだから、分かるよ。掃除は自分でしているんだね?」

 エルモは驚いたように、私の顔を見た。


「なんで分かるの?」

「ベッドカバーが、母さんの整えかたと違うもの」

「そうなのか?」

「うん」


 親のそばにいると、身近すぎて気が付かないが、離れるとよく見えてくる。

 父親の癖や、母親の癖。話す時のその息遣いまでが、懐かしくなるのだ。


「この部屋を見せたかったんだ」

 エルモは隣の部屋の扉を開けた。

「ここは?」

「姉ちゃんの部屋に、決まっているだろう?」


 机とベッドだけがある部屋。

 暖色系の、細かなパッチワークのベッドカバーに触れた。

 母さんが、私のために一針、また一針と縫ってくれたのだろう。

 そんな母さんの気持ちに、寄り添っていたのは、エルモなのだと思った。


「母ちゃんが言ったんだ。姉ちゃんは神様から、内緒で預かった子供なんだって。だから誰にも言ってはいけないって。オレ、強くなって、きっと姉ちゃんが母ちゃんと暮らせるようにしてやるからな。だから姉ちゃんも、もう泣くなよ」


「うん。ありがとう、エルモ」


 父さんと母さんには、しなくても良い苦労をさせたと思っている。

 そして、私の運命に触れてしまったエルモ。

 強くなろうと思う。

 引き返せないのなら、前に進むしかないのだから。



 父さんが帰ってきて、母さんの手料理が並んだ。

 家族がそれぞれ、この時間を特別だと思っていると気が付いた。

 私はその不自然さに、目をつぶる。

 家族団らんは続かないと、分かっているから、この時間を大切にしたかった。


 ダニエル様がエルモに用意した土産は、世界地図だった。

 父さんに説明を受けながら、世界の広さを初めて知ったエルモは、少年らしくその瞳を輝かせている。


「姉ちゃんはどこか知っている国はある?」

「青の大陸のベルラーダ国以外は、全部行ったよ」

「本当に!」

「うん。今度、地図を見ながら、どんな国だったか教えてあげる」


 エルモは母さんから、寝る時間だと言われていたのである。

 機嫌良く、自室に引き上げるエルモを、私は目で追っていたようだ。

「エルモも大きくなっただろう?」

「別れたのは三歳だったから」

 私は父さんに、そう答えた。


「父さんたちは、あれからどうしたの?」

「教会で剣を振るうのは、許されない。まさか、逃げる村人を教会まで追ってくるとは思わなかったよ。エリーを教会に残して、俺は村長の家に行ったんだ」

 その光景を思い出したのだろうか、父さんの表情は暗い。


「村長の家は、一番に襲われたようでね。間に合わなかったんだよ。まさか、いつもの警備兵が、攻撃魔法や剣で襲いかかってくるとは、思わなかったからね」

 父さんの代わりに、母さんが言った。


 その後二人は、バージム国の小さな町の教会にいたようだ。

 私が無事に、国を出た事は、訪ねてきたジルに聞いたようだ。

 その後は隣国のネガーラで、ジルとダニエル様の仕事をしていたようである。

 母さんは、町の道場を手伝いながら、エルモを育てていたらしい。


「心配していたの。無事だとは聞いていたけれど、小さなエルモを連れて、苦労をしているかもしれないと思ったのよ」

「ああ、バージムにいた時は、見張られていて、手紙が出せなくてね」

「母さんが見張られた? 誰に?」


 父さんたちは教会の関係者で、危害は加えられないと聞いていたので驚いた。

「バージムが落ち着くまでの間だよ。俺たちはその間、動かなかったから、見張りはさぞかし、退屈だっただろうな」

「仕方がないよ。ベスはバージム王家の血縁者だもの」


「え? 母さん今、何て言ったの?」

「何を驚いているの? 村長の孫なら、王族の血が入っているのに、決まっているだろう? 私たちの子だけどさ」

 私は自分の間抜けさに、頭を抱えたくなった。


 ミッシェルの双子の姉は、バージム国の死んだとされる王子と、結婚していたのである。

 二人の息子である村長も、その孫である私たち双子も、血縁になる。

 なぜ、そんな事に気が付かなかったのだろう。


「第二王子が謀反を起こした時、王が自らの兵でサイユ村を襲わせたのって、その事実を隠すため?」

 私は父さんに聞いた。

 本当にどこまでも、身勝手な王族である。


「だろうな。毒殺された王子が生きていて、子孫を残していたのだからな。総黒が欲しい一心で、王子は結婚をさせられたと、村長は聞いたようだ。あの塀から村人を解放するためにも、ベスを逃がしたいと、俺たちに頭を下げられた」


 王の側近が命乞いに、私の情報を漏らしたらしいが、第二王子の部隊が駆け付けた時には、村人は誰一人、生きてはいなかったようだ。

 ダニエル様が、バージムに出生届を出していなかったので、男の子のエルモでは証言と食い違いがあり、真相は解明されなかったようである。


 第二王子だった現王は、総黒に執着がないようで、バージムからサイユ村の名前を抹消したと父さんは言った。

「現王は、黒の大陸にサイユ村が作れるように、影で力を貸したようだ。国として謝罪はできないから、せめてもの罪滅ぼしなんだろうな」


「遠くから、イーズリ国のサイユ村を見てきたよ。私は父さんと母さんの子で、白の民だから、村には入らなかった」

「それでいい。私たちやベスを知っている者もいるが、ベスが総黒だと知れば、心は穏やかではないだろうからな」



 私も話せない事を抜かしながら、今までの経過を話した。

「母さん、ルーシーさんには八カ月近くも世話になったのよ」

「ルーシーの事は、知られるとまずいからね。エルモにも言っていない。もう少し大人にならないと、教える訳にはいかないだろう? あの部族の話はね」


「そうね。幸せに暮らしていたわ」

「手紙がきていたよ。ベスをとても気に入ったと、書いてあった。ルーシーが結婚した時、私は二度と姉には会わないと決心したのさ。冒険者だったのに、たった一人の肉親を守る方法が、情けないがそれだったんだよ」


 母さんはそう言って、寂しそうに笑ったが、赤の大陸と白の大陸に嫁いだ、庶民の姉妹が、そう頻繁に会える世界ではない。

 それでも、いつかは会わせてあげたいと思った。



「父さん、母さん。大事な話があるの」

 私には、養父母とはいえ、大事な両親である。

 隠しておく訳にはいかない事がある。


「私ね、私……。獣神官の試練を受けたの。それでね、私は獣神官になってしまったの」


「おめでとう。知っていたよ。大神官様に直接、エリーと呼ばれて、教えていただいた。命懸けの試練だったそうだね。よく頑張ったな」

 私は父さんの顔を見てうなずいた。


「教会本部の奥なんて、生涯入る事ができない場所だろう? 緊張しちゃって、歩き方を忘れてしまったよ。あれは、未知領域だねぇ。いろいろな魔物もいそうだしね。気を付けるんだよ。私らは、いつでも、どんな時でもベスの見方だ」

「ありがとう、母さん」


 元冒険者の母さんの勘は、侮れないと思った。

 父さんが無言でうなずいたところを見ると、主神官長たちの話は、母さんには知らせていないようである。


「俺たちには、ベスのこれからを想像する事もできないが、疲れたら、いつでも帰っておいで。ベッドの用意はしてあるからな」

「そうだよ。家族は離れていたって家族なんだ。ベスは私らの自慢の娘だよ」

「うん」



 次の日の朝。

 母さんの手伝いをしながら、朝食の準備を整えた。

 エルモと父さんが、朝の稽古を終えて、戻ってきた。

 エルモは十歳を待たずに、父さんの管理下で、剣の稽古を始めたようである。


「母さんの、例の体操はエルモに教えなかったの?」

「興味がないみたいだからね」

「あれが、剣舞だと知らないからよ? 私もカルロさんに会うまで、知らなかったけど、覚えておいて良かったよ。何度も助けられたから」

「ベスは旅立つ子だったからね。教えたかったのさ。そばにいてやれないからね」


 汗を流してきた父さんとエルモも、剣の話を楽しそうにしている。

 朝食は、毎日の食事風景のようだった。

 当然のように、両親と弟がいる食卓。

 五年間の空白が、まるでなかったかのように。


 明日から私のいない、日常に戻るのだろうが……。


 父さんが仕事に行き、エルモが学校に行った。

 母さんが、テーブルに小さな巾着袋を置いた。

「ベス、アニータ様から、預かっていた物だよ。十五歳になったら、届けて欲しいとおっしゃってね」


「え?」

「ベスは十歳で村を出る予定だっただろう? 私たちもそれが終わったら、あの村には用がないから、出る予定だったのさ」


 その袋から出てきたのは、大きな赤い石だった。


「これは……」

「金は大神官様の色。赤は獣神官様の色だからね。王都にいる闇の婆さんが持っていたらしい。アニータ様はその婆さんが持っている中で、一番立派な宝石を譲ってもらったと笑っていたよ。どこかの王族が所有していた品らしい」


 闇の婆さんは、そんなにたくさんはいないと思った。

「母さん。そのお婆さんに私、きっと会っているわ。そのお婆さんが、どこかの王族よ」


 母さんはクスリと笑った。

「知っていたのかい。そうだよ。アニータ様はその方の、侍女をなさっていたんだ。可愛がっていただいたようで、子供が生まれたと報告したら、くださったようだよ。村長ごときでは、手に入らないが、その子を守る石だと言われたようだ」


 生後半年で別れた母だった。

 名前すら、呼んでもらえなかったが、私を手放せずに泣いていた人だった。

 十五歳まで娘が成長する事を、疑ってもいなかったのだろう。

 そして、私が獣神官になる事も……。



 玄関で、母さんがダニエル様と話をしている声が聞こえる。

“母さん、寝る前に手に塗ってね”

 私は二階の部屋に荷物を取りに行って、小さな器にメモを添えて机に置いた。


 春だというのに、母さんの手は荒れていた。

 ダニエル様と一緒に、迎えにきてくれたルベに頼んで、ハンドクリームを出してもらったのである。


 母さんに手を振って、今日は笑顔で家をでた。

 いつでも会える小さな別れが、私の心を軽くしていた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ