家族の日常
ダニエル様に持たされた、お土産をキッチンのテーブルに置いた。
肉や酒やお茶を並べて、エルモには木箱を渡した。
「これ、開けてもいいのか?」
「ダニエル主神官様からだよ」
「おお、すげえ。父ちゃんが帰ってきてからにする」
木箱をテーブルの上に置いて、エルモは箱を見ている。
「どうしたの? 開けてもいいんだよ?」
「姉ちゃん、主神官様からだよ? 皆が揃ってから開けるだろう、普通は」
「そうなの?」
ダニエル様が聞いたら、困った顔で笑うだろうと思った。
三歳の反抗期のエルモはもういない。
八歳になり、成長したエルモは、私の記憶がほとんどないようだ。
それでも、姉と思ってくれるのは、うれしい。
「姉ちゃん、二階へ行こう」
「うん。何があるの?」
「行けばわかるよ」
キッチンと居間がある一階には、両親の部屋があった。
狭い階段の先には、客間と二つの部屋がある。
一つはエルモの部屋で、ベッドと机は奇麗に整っていたが、床のラグの上には、作業途中の何かが無造作に置いてあった。
「まだ、のりが乾いていないから、片付けられないんだ。散らかっている訳じゃないよ」
「うん。他はきれいだから、分かるよ。掃除は自分でしているんだね?」
エルモは驚いたように、私の顔を見た。
「なんで分かるの?」
「ベッドカバーが、母さんの整えかたと違うもの」
「そうなのか?」
「うん」
親のそばにいると、身近すぎて気が付かないが、離れるとよく見えてくる。
父親の癖や、母親の癖。話す時のその息遣いまでが、懐かしくなるのだ。
「この部屋を見せたかったんだ」
エルモは隣の部屋の扉を開けた。
「ここは?」
「姉ちゃんの部屋に、決まっているだろう?」
机とベッドだけがある部屋。
暖色系の、細かなパッチワークのベッドカバーに触れた。
母さんが、私のために一針、また一針と縫ってくれたのだろう。
そんな母さんの気持ちに、寄り添っていたのは、エルモなのだと思った。
「母ちゃんが言ったんだ。姉ちゃんは神様から、内緒で預かった子供なんだって。だから誰にも言ってはいけないって。オレ、強くなって、きっと姉ちゃんが母ちゃんと暮らせるようにしてやるからな。だから姉ちゃんも、もう泣くなよ」
「うん。ありがとう、エルモ」
父さんと母さんには、しなくても良い苦労をさせたと思っている。
そして、私の運命に触れてしまったエルモ。
強くなろうと思う。
引き返せないのなら、前に進むしかないのだから。
父さんが帰ってきて、母さんの手料理が並んだ。
家族がそれぞれ、この時間を特別だと思っていると気が付いた。
私はその不自然さに、目をつぶる。
家族団らんは続かないと、分かっているから、この時間を大切にしたかった。
ダニエル様がエルモに用意した土産は、世界地図だった。
父さんに説明を受けながら、世界の広さを初めて知ったエルモは、少年らしくその瞳を輝かせている。
「姉ちゃんはどこか知っている国はある?」
「青の大陸のベルラーダ国以外は、全部行ったよ」
「本当に!」
「うん。今度、地図を見ながら、どんな国だったか教えてあげる」
エルモは母さんから、寝る時間だと言われていたのである。
機嫌良く、自室に引き上げるエルモを、私は目で追っていたようだ。
「エルモも大きくなっただろう?」
「別れたのは三歳だったから」
私は父さんに、そう答えた。
「父さんたちは、あれからどうしたの?」
「教会で剣を振るうのは、許されない。まさか、逃げる村人を教会まで追ってくるとは思わなかったよ。エリーを教会に残して、俺は村長の家に行ったんだ」
その光景を思い出したのだろうか、父さんの表情は暗い。
「村長の家は、一番に襲われたようでね。間に合わなかったんだよ。まさか、いつもの警備兵が、攻撃魔法や剣で襲いかかってくるとは、思わなかったからね」
父さんの代わりに、母さんが言った。
その後二人は、バージム国の小さな町の教会にいたようだ。
私が無事に、国を出た事は、訪ねてきたジルに聞いたようだ。
その後は隣国のネガーラで、ジルとダニエル様の仕事をしていたようである。
母さんは、町の道場を手伝いながら、エルモを育てていたらしい。
「心配していたの。無事だとは聞いていたけれど、小さなエルモを連れて、苦労をしているかもしれないと思ったのよ」
「ああ、バージムにいた時は、見張られていて、手紙が出せなくてね」
「母さんが見張られた? 誰に?」
父さんたちは教会の関係者で、危害は加えられないと聞いていたので驚いた。
「バージムが落ち着くまでの間だよ。俺たちはその間、動かなかったから、見張りはさぞかし、退屈だっただろうな」
「仕方がないよ。ベスはバージム王家の血縁者だもの」
「え? 母さん今、何て言ったの?」
「何を驚いているの? 村長の孫なら、王族の血が入っているのに、決まっているだろう? 私たちの子だけどさ」
私は自分の間抜けさに、頭を抱えたくなった。
ミッシェルの双子の姉は、バージム国の死んだとされる王子と、結婚していたのである。
二人の息子である村長も、その孫である私たち双子も、血縁になる。
なぜ、そんな事に気が付かなかったのだろう。
「第二王子が謀反を起こした時、王が自らの兵でサイユ村を襲わせたのって、その事実を隠すため?」
私は父さんに聞いた。
本当にどこまでも、身勝手な王族である。
「だろうな。毒殺された王子が生きていて、子孫を残していたのだからな。総黒が欲しい一心で、王子は結婚をさせられたと、村長は聞いたようだ。あの塀から村人を解放するためにも、ベスを逃がしたいと、俺たちに頭を下げられた」
王の側近が命乞いに、私の情報を漏らしたらしいが、第二王子の部隊が駆け付けた時には、村人は誰一人、生きてはいなかったようだ。
ダニエル様が、バージムに出生届を出していなかったので、男の子のエルモでは証言と食い違いがあり、真相は解明されなかったようである。
第二王子だった現王は、総黒に執着がないようで、バージムからサイユ村の名前を抹消したと父さんは言った。
「現王は、黒の大陸にサイユ村が作れるように、影で力を貸したようだ。国として謝罪はできないから、せめてもの罪滅ぼしなんだろうな」
「遠くから、イーズリ国のサイユ村を見てきたよ。私は父さんと母さんの子で、白の民だから、村には入らなかった」
「それでいい。私たちやベスを知っている者もいるが、ベスが総黒だと知れば、心は穏やかではないだろうからな」
私も話せない事を抜かしながら、今までの経過を話した。
「母さん、ルーシーさんには八カ月近くも世話になったのよ」
「ルーシーの事は、知られるとまずいからね。エルモにも言っていない。もう少し大人にならないと、教える訳にはいかないだろう? あの部族の話はね」
「そうね。幸せに暮らしていたわ」
「手紙がきていたよ。ベスをとても気に入ったと、書いてあった。ルーシーが結婚した時、私は二度と姉には会わないと決心したのさ。冒険者だったのに、たった一人の肉親を守る方法が、情けないがそれだったんだよ」
母さんはそう言って、寂しそうに笑ったが、赤の大陸と白の大陸に嫁いだ、庶民の姉妹が、そう頻繁に会える世界ではない。
それでも、いつかは会わせてあげたいと思った。
「父さん、母さん。大事な話があるの」
私には、養父母とはいえ、大事な両親である。
隠しておく訳にはいかない事がある。
「私ね、私……。獣神官の試練を受けたの。それでね、私は獣神官になってしまったの」
「おめでとう。知っていたよ。大神官様に直接、エリーと呼ばれて、教えていただいた。命懸けの試練だったそうだね。よく頑張ったな」
私は父さんの顔を見てうなずいた。
「教会本部の奥なんて、生涯入る事ができない場所だろう? 緊張しちゃって、歩き方を忘れてしまったよ。あれは、未知領域だねぇ。いろいろな魔物もいそうだしね。気を付けるんだよ。私らは、いつでも、どんな時でもベスの見方だ」
「ありがとう、母さん」
元冒険者の母さんの勘は、侮れないと思った。
父さんが無言でうなずいたところを見ると、主神官長たちの話は、母さんには知らせていないようである。
「俺たちには、ベスのこれからを想像する事もできないが、疲れたら、いつでも帰っておいで。ベッドの用意はしてあるからな」
「そうだよ。家族は離れていたって家族なんだ。ベスは私らの自慢の娘だよ」
「うん」
次の日の朝。
母さんの手伝いをしながら、朝食の準備を整えた。
エルモと父さんが、朝の稽古を終えて、戻ってきた。
エルモは十歳を待たずに、父さんの管理下で、剣の稽古を始めたようである。
「母さんの、例の体操はエルモに教えなかったの?」
「興味がないみたいだからね」
「あれが、剣舞だと知らないからよ? 私もカルロさんに会うまで、知らなかったけど、覚えておいて良かったよ。何度も助けられたから」
「ベスは旅立つ子だったからね。教えたかったのさ。そばにいてやれないからね」
汗を流してきた父さんとエルモも、剣の話を楽しそうにしている。
朝食は、毎日の食事風景のようだった。
当然のように、両親と弟がいる食卓。
五年間の空白が、まるでなかったかのように。
明日から私のいない、日常に戻るのだろうが……。
父さんが仕事に行き、エルモが学校に行った。
母さんが、テーブルに小さな巾着袋を置いた。
「ベス、アニータ様から、預かっていた物だよ。十五歳になったら、届けて欲しいとおっしゃってね」
「え?」
「ベスは十歳で村を出る予定だっただろう? 私たちもそれが終わったら、あの村には用がないから、出る予定だったのさ」
その袋から出てきたのは、大きな赤い石だった。
「これは……」
「金は大神官様の色。赤は獣神官様の色だからね。王都にいる闇の婆さんが持っていたらしい。アニータ様はその婆さんが持っている中で、一番立派な宝石を譲ってもらったと笑っていたよ。どこかの王族が所有していた品らしい」
闇の婆さんは、そんなにたくさんはいないと思った。
「母さん。そのお婆さんに私、きっと会っているわ。そのお婆さんが、どこかの王族よ」
母さんはクスリと笑った。
「知っていたのかい。そうだよ。アニータ様はその方の、侍女をなさっていたんだ。可愛がっていただいたようで、子供が生まれたと報告したら、くださったようだよ。村長ごときでは、手に入らないが、その子を守る石だと言われたようだ」
生後半年で別れた母だった。
名前すら、呼んでもらえなかったが、私を手放せずに泣いていた人だった。
十五歳まで娘が成長する事を、疑ってもいなかったのだろう。
そして、私が獣神官になる事も……。
玄関で、母さんがダニエル様と話をしている声が聞こえる。
“母さん、寝る前に手に塗ってね”
私は二階の部屋に荷物を取りに行って、小さな器にメモを添えて机に置いた。
春だというのに、母さんの手は荒れていた。
ダニエル様と一緒に、迎えにきてくれたルベに頼んで、ハンドクリームを出してもらったのである。
母さんに手を振って、今日は笑顔で家をでた。
いつでも会える小さな別れが、私の心を軽くしていた。




