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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第四章 白の大陸
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夢に見たぬくもり

 大きな帆がたたまれ、船の速度が落ちた。

 たくさんの船が停泊する港は、人々が忙しそうに働いている。


 本部の船は、桟橋が決まっているようで、一番端の桟橋で船は動きを止めた。

 船の乗組員は全員、教会本部に籍がある者たちなので、審査官も札を見るだけで、船内を調べる事もしない。


「荷物を調べないでいいの? 悪い物を持ち込むかもしれないでしょう?」

「イザベラは凶悪な人間や魔物、変死体、猛毒植物がなければ、帰港しませんからね。悪い物は持ち込みますよ。イザベラはこれでも、実績のある主神官です」


 ダニエル様の笑顔の横に、なぜかイザベラさんの笑顔がある。

 私はどのようなリアクションをとれば、良いのだろう。

 嫌な汗を感じながら、笑顔を貼り付けた。


「ベス、遊びにくる。楽しみ」

「はい」


 うかつな返事を、フォルカ様にしてはいけない。

 二つの事を考えられるほど、器用な人ではないから厄介だ。

 この船に乗っている大人は、面倒な人ばかりだと思った。


 今の私は、そんな大人たちの、相手をしている場合ではない。

 私は船の縁に走った。

 父さんが、迎えにきてくれているはずなのである。

 私はそのために、ルベに頼んで母さんと同じ色の、髪と目にしてもらっている。


「父さん! 父さん!」

 あの日別れた父さんが、笑顔で手を振っていた。

 早くそばに行きたいが、その事をダニエル様にまず、伝えなければならない。

 皆と話をしている最中に、声をかけても良いだろうか。


 ダニエル様は、私を見てうなずいた。

「セルジオのところへ行っても良いですよ。ただし、少しの時間だけです。すぐにエリーにもエルモにも会えますからね」

「はい」

 私はダニエル様の顔を、しっかりと見て返事をした。


 大丈夫、もう子供ではないのだから。


 船の下には、父さんがいる。

 だが、船を下りる二カ所は離れていて、急ぎの荷物を下ろすために、人間は待機中である。

 客船ではないのだから、本部の仕事が優先なのは、誰もが理解している。


 私以外の誰もがではあるが……。


『ルベ、お願い!』

 私は船の縁に足を掛けると、その勢いのまま、乗り越えた。

「「「ベス!」」」

 着地成功!

 振り返ってVサイン。


「二番目は誰だと言っている。私が行こう!」

 イザベラさんの声が聞こえた後、騒がしくなったのは、全員で止めているからだろう。

 Vサインは、少し考えが足りなかった気がする。


「大きくなったな。お転婆も変わらないようだ。ベス、会いたかったよ」

 父さんの腕の中は、小さい頃と変わらない安心感があった。


「エリーと、うり二つだな」

「ああ、あの高さから飛び降りる度胸は、エリー譲りだろう」

 父さんは、そんな仲間の言葉に、苦笑いをしている。


「今夜は、家に泊まる許可がでている。エリーが楽しみにしていたぞ」

「うん。話したい事がたくさんあるの」

「ああ、ゆっくり聞こう」

「うん」

「ダニエル様が、お待ちだ。行きなさい」


 父さんにもう一度抱き付いて、私はダニエル様の元に走った。

「ベス、寿命が縮みましたよ。ルベが付いていても、むちゃはいけません」

『急で驚いたが、自然に下ろせたであろう?』

「うん。ありがとう」


 それぞれを乗せた迎えの馬車が、門の方へと消えていく。

 ダニエル様は、一頭の馬を近くにいた人から受け取ると、私をその馬に乗せて、その後ろに乗った。


「高いですが、怖くはありませんか? 馬に乗りたいと聞いていましたからね」

「獣神官は魔力のせいで、馬が乗せてくれないって……」

「白の大陸に野生の馬はいません。ここにいる馬は、本部が魔力に強い馬を連れてきて、交配させたものです。大神官や獣神官が騎乗できる馬は、まだいませんが、防御魔法を使える者ならば、同乗できる馬は育っているのですよ」


 白の大陸だけでしか乗れない馬は、まるで回転木馬のようだと思う。

 馬車には乗れるのだから、乗馬は諦めた方が早い気がした。


「一人で乗ったら、きっと怖いでしょうね。ダニエル様と一緒ですから、怖くはありません」

「少し町を見たいだろうと、思いましてね。港は馬車で移動するには、狭いですからね」


 私の好奇心は、誰よりもダニエル様が理解をしてくれている。

 ダニエル様は、私に見せるように、馬をゆっくりと歩かせた。


「ここは港ですが、冬はほぼ白の民だけになります。ここは白の大陸の先端ですから、どこにも行き場がないのです。本部の許可がない者は、門の中には入れませんからね」


 たくさんの宿屋や店が並んでいるが、工場や倉庫の数もかなり多いようだ。

 白の大陸は魔導具や魔石の品質が良く、種類もあるようで、港が開く春と、閉じる秋は活気があるようだ。


 しかし、一番の人気は薬のようで、世界中から薬草が届けられ、それぞれひいきの薬師に薬を依頼するようである。


「白の大陸は世界で唯一、ギルドがないのですよ。ですから、この港には世界中の商人が集まります」

「国ではないからですか? ギルドがあったら、商人は助かると思います」

「ええ。昔から本部が、全てやりますからね」


 それはきっと、外部の者を立ち入らせないためなのだろう。

 教会本部は、そうする事で生き延びてきたのかもしれない。

 神や神獣の話を聞くのであれば、誰でも良かったはずなのだから。


 港を一巡りして、門にたどり着いた。

 門番は、私とダニエル様の札を見ただけで、通してくれた。


 門の前には真っすぐで、大きな道が一本あった。

 片道三車線の道路のようだと思ったが、馬車が六台並んでも余裕はありそうだ。

 その両横にズラリと店が並ぶが、その後ろには道と同じ長さの、高い塀が並んでいる。


「正面が教会の本部です。あとはこの大きな道が、ここを四つの地区に分けています。学園地区、部隊地区、居住地区、職員居住地区です」

 私が見ている本部まで続くこの道は縦線と呼ばれ、ここからは見えないが、同じように横線と呼ばれる道があるらしい。


「左は本部側にある部隊地区と、手前の学園地区、つまり白の学園です。ここは門番がいますので、用件を伝えれば対応してくれるでしょう」

「学園は……」

 ヨハン様と話した事を、私はダニエル様には言えずにいたのだった。


「ヨハンが、フォルカと話し合って、ベスが学びたい事を学べたり、気楽に学園にきたりできるように、これから学園長と相談してくれるようですよ。少し、待ってくださいね」

 私は振り返って、ダニエル様を見た。


「おやおや、泣くほど心を痛めていたのですか?」

 ダニエル様のハンカチで涙を拭いた。


「あのヨハン様とフォルカ様が私のために、話し合ってくれたのですね」

「ああ、そこですか。二人以外の者は、参加できませんでした。何を話し合ったのか、最後まで分かりませんでしたからね」

 ダニエル様のクスリと笑う声を、私の背中が聞いていた。


 馬にゆられて、辺りを見回すが、道沿いの店しか、目に入らない。

「それにしても、お店はみんな同じ建物ですね」

「白の大陸で商いをしている本店や組合の建物です。横線まで続いていますよ。値段の表記が義務付けられていますから、安心して買い物ができます」


「白の大陸の人は皆、ここで買い物をするのですか?」


「学生は学園の売店でも買い物はできますし、住民は近所に店もありますよ。四つの地区は買い物には困りません。その本店がここに並んでいるのです。個人で店を出せるのは、組合に入る事が義務付けられていますが、港地区だけです。ちなみに本部には売店自体がありません」


 最後が気になるが、ここに本店を置く事で、教会本部は管理がし易いのだろう。

 魔導具の店は、いつか見にこようと思った。


「右の本部側が職員居住地区で、手前が白の民の居住地区です」

 ダニエル様と札を見せて、中に入った。

「これって……」

 私は目の前に広がる光景に、言葉を失った。


 ここは一年中、雪と氷の大陸なのである。

 神が結界を張って、四季を作っていると聞いてはいたが、どこの国の四季かを聞くべきだっただろうか。

 緑豊かな住宅街とは、住宅があって緑があるが、ここは違う。

 緑の隙間に住宅があるのだ。


「樹木は年月を経ると、大木になりますからね。教会本部をでると一面の雪ですから、緑を誰もが大切にします。ここを飛び交う虫や小動物には、毒はありませんよ。反撃にかんだりはしますから、ベスは特に気を付けてくださいね」

 最後の一言は、注意だろうか。小動物の言葉に反応はしていないと思うが。


 個人の馬車や、乗合馬車用の道は確保していると言うが、後はどう見ても歩くしかないようである。

 門の横にある塔の上から、火事や緊急の合図を見ているのだと聞かされた。


 私は食料品店から出てきた、お年寄りを見て首をかしげた。

「ダニエル様、ここで暮らす条件は何ですか?」

 小さな町ほどあるようだが、子供とお年寄りが多い気がする。


「白の大陸で現役を退いた方や、十二歳未満の子供がいる家庭の住まいがあります。ここは、本部直営の治療院や子育てに必要な、施設もありますから、安全は確保されています。本部にも学園にも、単身者用の寮や職員の住宅がありますし、商人は港で暮らします。職場は近い方が便利ですからね」


「父さんたちも、ここで暮らしているのでしょうか?」

「ええ。エルモの学校も、道場もここにはありますし、警備が厳重ですからね」


 私は大事な家族が、安全に生活できる環境にいる事を、心から嬉しく思った。

 この場所で、私はおそらく一緒に暮らす事は、許されないだろうが。


「ベス、寂しいですか?」

「いいえ。とても大切な家族です。絶対に守りたいから……」

「ベスの若さで獣神官になった者はいませんから、前例がありません。少しずつ考えて行きましょう。エルモはまだ幼いですから、学校が必要です」

「はい」


 私はまだ歩き出してもいない。

 その私が守れるものなど、まだ何もないのだ。

 もう二度と、私のせいで命を落とす者がいてはならない。

 今、私はそれだけを考える事にした。


「着きましたよ。明日、大神官に会いにいきます。私が迎えにきますから、それまでは、楽しんでいらっしゃい」

『我はダニエルと本部に行く。ダニエルが用意したカバンだ。中に土産も入っている。持っていけ』


「はい。ルベ、ダニエル様、行ってきます」

 ダニエル様は、私を馬から下ろすと、そのまま立ち去った。


 大きな木の横に、木の柵に囲われた二階建ての家がある。

 門と呼ぶには気の毒な丸太と、玄関との短い間の両横に、たくさんの花が雑然と咲いている。

 その庭を見て、母さんらしいと思った。


 玄関の扉が、突然開いて一人の少年が現れた。

「姉ちゃんか? オレの姉ちゃんだろ?」


 父さん譲りの白金の髪は、短く刈り上げていたが、少し垂れ目がちな、母さん譲りの茶色い目は、私が会いたかった弟のものだった。

「うん、エルモ。ただいま」


「母ちゃん。姉ちゃんが帰ってきたよ!」


 エルモは私の手を引いて、玄関に入ると、中に向かって声を掛けた。

 母さんは料理を作っているのだろうか、良い匂いが玄関にまで届いてくる。

 母さんは私の顔を見た途端に、その顔を歪ませた。

 どちらが先に、駆け寄っただろうか。


「ベス! おかえり……」

「ただいま。母さん」


 どれだけ、会いたいと思っただろう。

 九歳のあの夜を、幾度夢で経験しただろう。

 その度に手を伸ばして、求めたぬくもりが、今は確かにこの手にある。


 あの日、しゃがんで抱きしめてくれた母さんの顔が、私の横にあった。








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