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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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懐かしい船

「フォルカ! よく乗ってきたねぇ。塔に行く手間が省けたよ。私に教育についての論文を送ってきたのかと思ったよ。気が向いたので、最後まで読んだが、読まないとは思わなかったのかい? 頭がおかしいのかい?」


 ヨハン様の口調は、相も変わらず攻撃的だが、フォルカ様には全く通用しないようである。

 強い口調ではあるが、根は優しい方なので、誰も止めはしない。


「ヨハン、煩いですよ。フォルカはいつもおかしいです。手紙を読んで副学長になるために、サブリナを呼んで船に乗って来たのでしょう?」

「それは、正解ではないよ」

 ダニエル様の言葉に、ヨハン様は詰まらなさそうに横を向いた。


 サブルナさんや、久しぶりに会った船の皆さんと、私は挨拶を交わしていた。

 ヨハン様が私に気が付いて、笑みを浮かべてくれたので、挨拶をさせてもらう事にした。


「ヨハン様、その節はお世話になりました」

「エリザベス、顔だけは少し、大人になりましたね。ちゃんと食べていますか?」

「はい」


「では、質が悪いのです。肉が付いていません」

「すみません」

「なぜ、謝罪をしている? 体質はあなたのせいではないだろうに」


 ヨハンさんは楽しそうに笑っている。

 私にはたちの悪い、酔っ払いにしか見えないが。


「ダニエル、私はおじいさまに言われて、ヨハンを迎えに行っただけだよ」

 サブリナさんは大きな声で、後ろにいるダニエル様に声を掛けた。

「おや、本当に勘が外れたようですね」

 少し首を傾けて、ダニエル様は小さく笑った。


「ダニエルは、三百枚の手紙をもらった事があるかい? 手紙の部分は、最後の一行だけだよ。それも “ヨハンが副学長になってくれたら、学長になるよ” だけ。私は目まいがしたよ。早速、白の学園の学園長に手紙を送って、先日まで検討を重ねていた」


 私は呆れて、フォルカ様を見た。

「ベス、可愛い」

 目が合うと、決まって私に同じ言葉をくれるフォルカ様を、最近はパブロフの犬のようだと思っているのは秘密である。


「ヨハンがフォルカの横に付いていれば、安心ですね」

「フォルカが一人で学園長になるなんて、心配しないでいられるかい? できる者がいるとも思えないから、仕方がないよ。文章を書く事しかできない男だからね」

 ダニエル様の顔を見て、ヨハン様はため息をついた。


「フォルカ様は文章を普通に書けるのですか?」

 私は、ダニエル様を見た。

「ええ、もちろん」

 ダニエル様は大きくうなずいた。


「でしたら、それを読めば良いだけですよね」

「斜めに単語だけ読みますから、全く伝わりません」

 尋ねた私にダニエル様が、困った顔で答えてくれた。

 普通に読む方が、楽だろうとは思うが、彼を普通とは言いにくい。


「フォルカ様、文章を読む練習をしましょうね? きっとお話も上手にできるようになりますよ」

「ヨハンがいる。ベスと話しできる」


 私を見て、優しい笑みを浮かべるフォルカ様に、それ以上の事は言えなかった。

 そばにいる人たちが、大きなため息をついたのを見て、私は小さく笑った。

 多分、それぞれが挫折した経験があるのだろう。



 甲板に吹く風が、頬に冷たい。海の上には、まだ行き遅れた冬がいるのだろう。

 懐かしい顔ぶれが、気楽に声を掛けてくれるのが嬉しい。


「イザベラさん、オトマール料理長はお元気でしょうか?」

「ああ、ベスたちが乗船すると知って、張り切っているんだ。良ければ調理場に顔を出してやってくれないか。孫を待つ爺みたいになっているから、きっと喜ぶ」

「はい、早速行ってきます」


 ダニエル様たちにハンスさんも加わって、話は終わりそうにない。

 イザベラさんを補佐しているハンスさんも、学園の仲間だったと知って、なかなか濃いメンバーだと思った。

 私はルベと記憶に残っている通路を、調理場に向かって歩きだした。


『あれの料理はうまいからな。珍しい肉を出してやろう』

「ルベの食料は大丈夫?」

『我は食う物に不自由をした事がない』

「そうね」


 ルベは人間の私と、同じ食事では足りない事は知っていた。

 私が眠った後、深夜に狩りに出て行く事もあるようだが、私の前で、魔物を食べる姿を見せない。

 見せられたら驚くだろうが、生きているルベを否定するような、態度や言動をとるつもりはないのだが。


 調理場にいきなり入るのは、失礼だと思い、私は食堂からカウンター越しに中を見た。

「オトマールさん! お久し振りです。また、お世話になります」

「おお! 嬢ちゃん。大きくなったな。ちょっと待っていてくれ」


 オトマールさんは、他の人に仕事の指示を出して、食堂に果実水を持ってきてくれた。

 ルベには深い器に入れてきてくれる辺りが、オトマールさんらしい。


「青の大陸の果物は、出回らないからな」

「懐かしい味です。私が育った教会には、秋になるとこれが実っていたんです」

「そうか、子供の時の食い物の味は、思い出と一緒に残っているから、忘れられないものだ。オレは雪の下に埋まっているニンジンが、それだな」


「ニンジン? 野菜の?」

「ああ、雪の下の畑で眠っているニンジンは、菓子のように甘くてうまい。よく母親に隠れて、掘り起こしたものさ。隠れて食うから一段とうまい」

 そう言って笑う顔が、オトマールさんの少年時代の顔を想像させる。


『ベス、肉を出すと言え』

「オトマールさん、ルベがお肉をくれるみたいです。どこに出しますか?」

「本当にか? ありがとうございます。隣の下処理場に案内するよ」


 下処理場だというのに、その部屋は奇麗に片付いていたが、頻繁に使われているようで、床は洗い流した後らしく、乾いてはいなかった。


「これは! なんと珍しい物だ」

「竜の赤ちゃん?」

「いや、火吹き鳥だよ」

 翼があるから、鳥なのだろうが、大きさは子羊ほどある。

 これが空を飛ぶなら、地上を歩くのは危険だと思う。


「赤の大陸の火山に住んでいるから、入手は困難なんだ。鳥とは言うが、高く空を飛べない」

「体の割に、翼が小さいですよね」

「この羽は火を防ぐ効果がある、貴重な物だ」


 火山に住むこの鳥は、火の耐性はあるようだ。

 口から吐く火が強烈で、わざわざ取りに行く人がいないようだが、肉と脂の味は格別においしいらしい。


「火吹き鳥のスープは、内臓を元気にする。他の食材を使わずに作るんだ。若い者たちは、見るのも初めてだろうから、勉強をさせてやれる。ルベ様、ありがとうございます」


『ベスが捕まった時に、食わせろと赤の神獣が持ってきた。ベスは生で食えんから、良い料理人に会ったら出そうと思っていた』

『ありがとう。若い料理人さんたちの、勉強になるみたいで良かった』


 学園の屋敷の料理人が聞いたら、怒ると思うが、ルベから合格点はもらえなかったようである。

 特別まずくはなかったと思うのだが。


 私は火吹き鳥の解体から、料理の仕方までを勉強させてもらいながら、下働きとして、手伝いもした。

 オトマールさんは、私を特別扱いしない人で、前回と同じように接してくれるから、調理場の人たちも気軽に話し掛けてくれる。


 船の中なので、ルベはダニエル様の元に行き、私はすっかり調理場の一員になっていた。

 おそらく、この先、料理に携わる仕事に就く事はない。

 だからこそ、このような体験は貴重だと思うのである。


「嬢ちゃん、船長の部屋にこれを運んで、そのまま飯にしな。助かったよ、ありがとうな」

「楽しかった。また、来てもいいですか? 洗い物ぐらいしかできませんけど」

「ああ、大歓迎だ。嬢ちゃんがいると、こいつらも良く働くからな」


 私は調理場の人たちの後ろを、パンのカゴを持って付いて行った。

「船長、お食事をお持ちしました」

「お持ちしました」

 調理場の人の真似をして言ってみた。


 扉が開いて、現れたハンスさんが、優しく笑った。

「今日のお昼は、格別においしそうですね」

 調理場の人が、振り向いて私を見た。


「はい、すごくおいしいですよ。スープなんか絶品です! あ、料理長が腕によりをかけた、一品でございます」

 調理場の服を着用しているのだから、調理場の一員として話をしなければいけない事を、すっかり忘れていた。

 慌てて直したが、ハンスさんは口元を押さえて、笑いを堪えている。


「ベス、楽しかったですか? さあ、中へお入りなさい」

 ダニエル様が、そう言ってパンのカゴを持ってくれた。

「はい。また来ても良いと料理長が言ってくれました」

「良かったですね」


「はい。これは火吹き鳥のスープですよ。すごくおいしいですよ」

 食卓の準備が進んでいるが、私は鍋を指差してダニエル様を見た。

「なぜ、味を知っているんだい?」

 ヨハン様がこちらを見て尋ねた。


「毒味をさせてもらいました! と言えってスープの係の人が」

 ヨハン様の呆れた顔は見ない事にして、私はダニエル様を見た。


「ダニエル様、あのね。半分飲んだら、残りにチーズをのせて、焼いたパンを入れてくれたんですよ。すごくおいしかったの。あっ、内緒だった……」

 イザベラさんとハンスさんが笑っている。

 少し失敗したと思っているけれど、笑うほど面白くはないと思う。


「エリザベス、チーズをのせて焼いたパンは、持って来たんだろうね?」

「毒味をしたいのですか?」

 ヨハン様は何を言っているのだろう。

 毒味は私がしたと言ったはずなのに。


「料理長が、こちらをと」

 調理場から付いてきてくれた人が、そう言ってチーズのパンを出した。

「オトマールは分かっていたのですね」

 ダニエル様はそう言ったが、私が失言をする事をなぜ分かっていたのだろう。

 皆が笑っているので、取りあえず笑顔を作ったが、気持ちは微妙である。


『ベス、うまかったのなら、良かったな』

『うん。ありがとうルベ』


 私はルベにスープを食べさせた。

『おいしい?』

『ああ、これはうまい。チーズのパンもうまい』

『そうでしょ? これで健康にならなければ、嘘よね』


「ダニエル、あれはいつもの光景か?」

「ええ。ルベはベスから出された物しか食べませんね。あのように手を掛けられるのを好みます」

「あれは、ルベウス様でなくても、好むだろうよ」


 ヨハン様は、ルベと私の食事を見た事がなかったのだ。

 魔物と食事をするのは、マナー違反だろうが、ルベは特別に許されている気がする。家獣にもランクがあるのだろうか。

 初めての人には、許可をもらうのが礼儀かもしれない。


「また、食堂がにぎやかになる。二人が食事をする姿は見たい者が多いからな」

「今週はトマト料理のリクエストばかりだそうですよ」

 イザベラさんとハンスさんの声を聞きながら、私はルベの口を拭いていた。


「気持ちは分かるが、ダニエル、これは過保護過ぎやしないかい? 第一野生に戻れなくなるだろう?」

「私も同じ事を、かつて言いました。ですが、ルベは野生だった事はないのです」


「ああ、なるほど」

「確かにそうだな」

「そうでしょうね」

 ヨハンさんとイザベラさん、そしてハンスさんまでもが納得したようだ。

 そう言えば、ルベはどこで生まれて、いつから家獣なのだろう。


「ベス、可愛い」

 フォルカ様は、皆と別な笑みを浮かべて、私を見ていた。


 フォルカ様はぶれない……。少しはぶれろ。








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