訃報と紅色の蝶
「ベス様、ありがとうございます。フォルカは単に変わり者だと思っていましたが、理由があったとは、驚きました」
「それも、あんなくだらない理由とは。子供ですか、あれは」
屋敷の自室で、ダニエル様から報告を聞いた学園長は、深いため息をついた。
それにしても、散々な言われようで、フォルカ様が気の毒である。
「跡を継ぐのは無理だと、思い込んでいたみたいですよ。あの口数では、私でも大変だろうと、想像は付きます。でも、おじいさまを大切に思っているのも事実です。悲しませたくはなかったのでしょう」
私の言葉はフォローになっただろうか。
「さて、どうしたものか……」
「フォルカを理解できる者は、少ないですからね」
頭を抱える学園長に、ダニエル様は重石をのせていると思う。
ルベが私の膝の上で、寝返りを打った。
「地位や名誉に興味がなく、フォルカ様を助けて副学園長をしてくれる人が、いると良いですね。フォルカ様が信用できる人は、ダニエル様だけですか?」
一番の側近は、とにかく信用できる人が良いだろう。
「フォルカと私は子供の時から一緒でしたね。学園に入ってからの友人は皆、神官になりましたから、本部にいますよ。ヨハンは魔法の研究者になりましたが」
一人でもいれば十分です。
「ヨハンさんは、貴族の跡継ぎを兄弟に譲られたのですから、副学園長になれますよね? なりたいかは、別にしてですが。学園ならば、研究も続けられます」
「フォルカとヨハンでは、性格が正反対ですからね」
ダニエル様は、難しい表情をしているが、フォルカ様と同じ性格の人は、それ程いないだろう。
第一、二人もいたら面倒過ぎると思うのだが。
「面白いじゃないか。よく学会で顔を合わすが、彼は礼儀も常識もわきまえておる。人格的には問題はないだろう」
確かに貴族の後継者だった人ならば、礼儀は大丈夫だと思うが、常識と人格はどうだろうか。
私は、少々変わっている人だと記憶はしているが。
学園長も変わっている方だから、その辺の基準が怪しい気がする。
「世間知らずの私が、口を出して良い問題ではありませんが、これは、学園長やダニエル様ができる事は助言だけです。副学園長を決めたり、交渉したりしてはいけないと思いますよ。フォルカ様がご自分の意思で動けないのなら、学園長は無理だと思うのです」
「自分の意思に任せたら、学園長にはならんだろうな」
「もう、ふらふらと歩き回る年齢でもないでしょうし、何かを考えてはいるのでしょう。ただ、あの口数ですから周りには理解できないのが、難点ですね」
私のように暇な人間には、分かりやすい人なのだが。
『あの男は、汚れぬ強い心を持っておる。探究心もあるから、幼い時には誤解もされただろう。人の上に立つ者は、雄弁である必要はない。揺るがぬ信念があれば、人は集まる』
「でも、ルベ。無言で塔に閉じこもっていては、揺るがぬ信念とやらは、人目に触れる事はないでしょう?」
『ないな』
「ルベ……」
「自分で動くように、少し話をしてみましょう」
「ああ、頼りにしているよ」
ダニエル様は、困った顔をして言ったが、ここでフォルカ様にそれを話す適任者は他にはいない。
学園長もそれを知っていて言ったのだろう。
「ダニエル、ベス様が集めた者たちは、盗賊団の者たちだ。冬は仕事にならないから、金に目が眩んだようだが、町中での誘拐は初めてだったようだ。秋口にどうやら、六区の教会であいつを見たようだ。直接話はしなかったようだが、あの容姿は間違えようもないからね」
あいつとは、主神官長の事だろう。
そんなに会いたいのならば、一度招待には応じるべきかもしれない。
新しい年になって、私は十四歳になった。
最近は雪も多く、ダニエル様と塔の住人になりつつある。
屋敷の人たちは良くしてくれるが、私は少々不自由な生活の方が、好きなのだ。
ダニエル様のところには、魔導具のトリが二羽、手紙を運んできた。
一羽は本部からのようで、大幅な人事異動がやはりあったようだ。
もう一羽のトリの手紙は、良くない知らせのようで、ダニエル様の顔が険しくなった。
「ベス、話があります。こちらへ」
ダニエル様のソファーの横に腰を下ろした。ダニエル様の横に座るという事は、これから大事な話になるのだろう。
少し不安な気持ちになる。
「この手紙は、モンテナ村のアルント村長から届いたものです。エブリンが心停止で、亡くなったようです」
「なんですって?!」
「グイドが朝、起こしに行って見つけたようです。ベッドで眠っているように、亡くなっていたそうですよ」
「嘘でしょ? 嘘ですよね、ダニエル様」
心停止は赤ん坊や年寄りに多いと、本で学んだばかりだった。
エブリンは病気を患っていたのだろうか。
頭の中に浮かんでくるのは、エブリンの笑顔だけだった……。
「その前日に、教会に行く予定の村長に、あなたへの手紙を託していたらしいのです。グイドが、そのまま封を切らずに届けてほしいと、望んだようです」
ダニエル様が一通の手紙を、私に手渡した。
涙と震える手が、手紙を開けさせてはくれない。
どちらも、収まりそうになくて、ダニエル様を見た。
ダニエル様は、ハンカチで私の目元を拭うと、ナイフで手紙の封を切った。
手紙には、結婚したグイドさんの奥さんに赤ちゃんが授かったのだと、嬉しそうに書いてあった。まだ見ぬ弟か妹のために、編み物をしているようで、小さくてすぐに編み終わるのが、物足りないと幸せそうに伝えていた。
教会本部から、新しい義足も届けられたようで、ダニエル様への心からの感謝も書かれていた。
今回は、いつもの技師と違ったようだが、腕は良い人だったようだ。
顔も良かったが、その彼が義足だった事から、話は弾んだと書いてある。
その技師は蝶の飼育をしているようで、こっそりと紅色の蝶を、見せてくれたのだとその美しさを、懸命に表現しようとしている。
その技師は、私を知っている人らしく、春には私が可愛がっている、エルモに見せる約束があるのだと言ったそうだ。
私は彼女にエルモの話を、したことがない。
エブリンは、私とエルモが一緒に見る事ができたら、その時の楽しい話を聞かせて欲しいと書いていた。
「ダニエル様……。エルモはどこにいるんですか?」
「どうしたのですか?」
私はダニエル様に手紙を渡した。
「エブリンは紅色の蝶を見たそうです。次はエルモだと言ったそうです」
その時、フォルカ様が立ち上がった。
「ダニ! 蝶の予告。その子、危ない」
「え? 紅色の蝶って何です?」
「エルモは今、白の大陸にいます。春になるまで港は、いかなる人も入る事も、出る事もできません。すぐに保護をさせますから、大丈夫ですよ」
ダニエル様は手紙を書きながら、落ち着いてそう言った。
「白の大陸? いつから? 知っていたのですか?」
エルモがいるという事は、父さんも、母さんもそばにいるはずである。
なぜ、教えてくれなかったのだろう。
「ベスの事が公になる前に、大神官がそばに呼び寄せたのです。ですから、港が閉鎖される前に入ったはずです。セルジオは先日の人事で、ユキシに配属が決まりました。春には港でセルジオがベスを出迎える予定だったのです」
ダニエル様は、そう言って魔導具のトリを飛ばした。
どうせ冬の間は船も出ないのだから、その春のサプライズは、どれ程嬉しいものだっただろう。
サプライズでなくても、家族と会えるのはうれしいが、今はエブリンを思うと、自分の幸せすらも悲しい。
「義足の技師と、紅色の蝶ってなんですか? フォルカ様、蝶の予告って?」
「クレナイと呼ばれている殺し屋。それしか分からない。毒を使う。部下の数も分からない」
心配そうに私を見るフォルカ様。
「フォルカも、脅迫されたのです。妹に蝶を見せるとね」
瀕死の状態で助けられた妹さんは、それで白の大陸をでたと聞いている。
「エルモや父さんや母さんは、本当に大丈夫?」
「大神官が付いています。フォルカは命を狙われましたが、ベスは殺す訳にはいきませんから、大丈夫ですよ」
あの方がここに登場するとは、思わなかった。
「クレメル主神官長は? どこにいるのですか?」
「教会本部だと思いますよ、主神官に降格されましたから、居場所はないでしょうね。彼は先日の件もありますから、他の主神官の監視下にあります」
「私が……。私がエブリンを殺したの? なぜ? 親に捨てられ、闇商人に片足を取られ、それでも一生懸命生きていたのに! 殺された理由が私のせいなの?! 私が生きているせいなの……」
『ベス! それは違うぞ!』
初めてできた友達だった。同士だった。
私が生きている事でエルモが狙われ、エブリンが命を失った。
「エブリンを返して……。私の命をあげるから!」
私を包んだのは、ダニエル様の匂い。
「ダニ、駄目! 眠らせては駄目。ベスの心、頑張っているから」
その声が沈んでいく私の心を、つなぎ止めてくれている気がした。
ダニエル様の優しい腕に包まれて、私は声をあげて泣いた。
泣きすぎて腫れ上がった顔を、ダニエル様が魔法で治してくれ、オーカンさんが、痛めた喉のために、蜂蜜の入ったお茶を用意してくれた。
皆の優しさが分かっているのに、今は上手に笑えない。ごめんなさい。
屋敷に戻って、ルベを風呂に誘ったが、どうやらダニエル様と大事な話があるようで、私は久しぶりに屋敷の大きな風呂に入る事にした。
普段はルベと入るため、私には侍女さんたちが付かないから、大きな湯船につかって、ゆっくりとしようと思ったのである。
「エリザベス様、もう二度と悲しい思いを、しなくても良いのですよ」
音もたてずに、いつの間にかそばにきた侍女さんが、ほほ笑みを浮かべた。
逃げようとしたが、体は全く動かない。
私が最後に見たものは、彼女の手の甲にある、紅色の蝶のタトゥーだった。




