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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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訃報と紅色の蝶

「ベス様、ありがとうございます。フォルカは単に変わり者だと思っていましたが、理由があったとは、驚きました」

「それも、あんなくだらない理由とは。子供ですか、あれは」


 屋敷の自室で、ダニエル様から報告を聞いた学園長は、深いため息をついた。

 それにしても、散々な言われようで、フォルカ様が気の毒である。


「跡を継ぐのは無理だと、思い込んでいたみたいですよ。あの口数では、私でも大変だろうと、想像は付きます。でも、おじいさまを大切に思っているのも事実です。悲しませたくはなかったのでしょう」

 私の言葉はフォローになっただろうか。


「さて、どうしたものか……」

「フォルカを理解できる者は、少ないですからね」

 頭を抱える学園長に、ダニエル様は重石をのせていると思う。

 ルベが私の膝の上で、寝返りを打った。


「地位や名誉に興味がなく、フォルカ様を助けて副学園長をしてくれる人が、いると良いですね。フォルカ様が信用できる人は、ダニエル様だけですか?」

 一番の側近は、とにかく信用できる人が良いだろう。


「フォルカと私は子供の時から一緒でしたね。学園に入ってからの友人は皆、神官になりましたから、本部にいますよ。ヨハンは魔法の研究者になりましたが」

 一人でもいれば十分です。


「ヨハンさんは、貴族の跡継ぎを兄弟に譲られたのですから、副学園長になれますよね? なりたいかは、別にしてですが。学園ならば、研究も続けられます」

「フォルカとヨハンでは、性格が正反対ですからね」


 ダニエル様は、難しい表情をしているが、フォルカ様と同じ性格の人は、それ程いないだろう。

 第一、二人もいたら面倒過ぎると思うのだが。


「面白いじゃないか。よく学会で顔を合わすが、彼は礼儀も常識もわきまえておる。人格的には問題はないだろう」


 確かに貴族の後継者だった人ならば、礼儀は大丈夫だと思うが、常識と人格はどうだろうか。

 私は、少々変わっている人だと記憶はしているが。

 学園長も変わっている方だから、その辺の基準が怪しい気がする。


「世間知らずの私が、口を出して良い問題ではありませんが、これは、学園長やダニエル様ができる事は助言だけです。副学園長を決めたり、交渉したりしてはいけないと思いますよ。フォルカ様がご自分の意思で動けないのなら、学園長は無理だと思うのです」


「自分の意思に任せたら、学園長にはならんだろうな」

「もう、ふらふらと歩き回る年齢でもないでしょうし、何かを考えてはいるのでしょう。ただ、あの口数ですから周りには理解できないのが、難点ですね」

 私のように暇な人間には、分かりやすい人なのだが。


『あの男は、汚れぬ強い心を持っておる。探究心もあるから、幼い時には誤解もされただろう。人の上に立つ者は、雄弁である必要はない。揺るがぬ信念があれば、人は集まる』


「でも、ルベ。無言で塔に閉じこもっていては、揺るがぬ信念とやらは、人目に触れる事はないでしょう?」

『ないな』

「ルベ……」


「自分で動くように、少し話をしてみましょう」

「ああ、頼りにしているよ」

 ダニエル様は、困った顔をして言ったが、ここでフォルカ様にそれを話す適任者は他にはいない。

 学園長もそれを知っていて言ったのだろう。


「ダニエル、ベス様が集めた者たちは、盗賊団の者たちだ。冬は仕事にならないから、金に目が眩んだようだが、町中での誘拐は初めてだったようだ。秋口にどうやら、六区の教会であいつを見たようだ。直接話はしなかったようだが、あの容姿は間違えようもないからね」


 あいつとは、主神官長の事だろう。

 そんなに会いたいのならば、一度招待には応じるべきかもしれない。




 新しい年になって、私は十四歳になった。

 最近は雪も多く、ダニエル様と塔の住人になりつつある。

 屋敷の人たちは良くしてくれるが、私は少々不自由な生活の方が、好きなのだ。


 ダニエル様のところには、魔導具のトリが二羽、手紙を運んできた。

 一羽は本部からのようで、大幅な人事異動がやはりあったようだ。

 もう一羽のトリの手紙は、良くない知らせのようで、ダニエル様の顔が険しくなった。


「ベス、話があります。こちらへ」

 ダニエル様のソファーの横に腰を下ろした。ダニエル様の横に座るという事は、これから大事な話になるのだろう。

 少し不安な気持ちになる。


「この手紙は、モンテナ村のアルント村長から届いたものです。エブリンが心停止で、亡くなったようです」

「なんですって?!」


「グイドが朝、起こしに行って見つけたようです。ベッドで眠っているように、亡くなっていたそうですよ」

「嘘でしょ? 嘘ですよね、ダニエル様」


 心停止は赤ん坊や年寄りに多いと、本で学んだばかりだった。

 エブリンは病気を患っていたのだろうか。

 頭の中に浮かんでくるのは、エブリンの笑顔だけだった……。


「その前日に、教会に行く予定の村長に、あなたへの手紙を託していたらしいのです。グイドが、そのまま封を切らずに届けてほしいと、望んだようです」

 ダニエル様が一通の手紙を、私に手渡した。


 涙と震える手が、手紙を開けさせてはくれない。

 どちらも、収まりそうになくて、ダニエル様を見た。

 ダニエル様は、ハンカチで私の目元を拭うと、ナイフで手紙の封を切った。


 手紙には、結婚したグイドさんの奥さんに赤ちゃんが授かったのだと、嬉しそうに書いてあった。まだ見ぬ弟か妹のために、編み物をしているようで、小さくてすぐに編み終わるのが、物足りないと幸せそうに伝えていた。


 教会本部から、新しい義足も届けられたようで、ダニエル様への心からの感謝も書かれていた。

 今回は、いつもの技師と違ったようだが、腕は良い人だったようだ。


 顔も良かったが、その彼が義足だった事から、話は弾んだと書いてある。

 その技師は(ちよう)の飼育をしているようで、こっそりと紅色の蝶を、見せてくれたのだとその美しさを、懸命に表現しようとしている。


 その技師は、私を知っている人らしく、春には私が可愛がっている、エルモに見せる約束があるのだと言ったそうだ。

 私は彼女にエルモの話を、したことがない。

 エブリンは、私とエルモが一緒に見る事ができたら、その時の楽しい話を聞かせて欲しいと書いていた。


「ダニエル様……。エルモはどこにいるんですか?」

「どうしたのですか?」

 私はダニエル様に手紙を渡した。


「エブリンは紅色の蝶を見たそうです。次はエルモだと言ったそうです」


 その時、フォルカ様が立ち上がった。

「ダニ! 蝶の予告。その子、危ない」

「え? 紅色の蝶って何です?」


「エルモは今、白の大陸にいます。春になるまで港は、いかなる人も入る事も、出る事もできません。すぐに保護をさせますから、大丈夫ですよ」

 ダニエル様は手紙を書きながら、落ち着いてそう言った。


「白の大陸? いつから? 知っていたのですか?」

 エルモがいるという事は、父さんも、母さんもそばにいるはずである。

 なぜ、教えてくれなかったのだろう。


「ベスの事が公になる前に、大神官がそばに呼び寄せたのです。ですから、港が閉鎖される前に入ったはずです。セルジオは先日の人事で、ユキシに配属が決まりました。春には港でセルジオがベスを出迎える予定だったのです」

 ダニエル様は、そう言って魔導具のトリを飛ばした。


 どうせ冬の間は船も出ないのだから、その春のサプライズは、どれ程嬉しいものだっただろう。

 サプライズでなくても、家族と会えるのはうれしいが、今はエブリンを思うと、自分の幸せすらも悲しい。


「義足の技師と、紅色の蝶ってなんですか? フォルカ様、蝶の予告って?」

「クレナイと呼ばれている殺し屋。それしか分からない。毒を使う。部下の数も分からない」

 心配そうに私を見るフォルカ様。


「フォルカも、脅迫されたのです。妹に蝶を見せるとね」

 瀕死の状態で助けられた妹さんは、それで白の大陸をでたと聞いている。

「エルモや父さんや母さんは、本当に大丈夫?」


「大神官が付いています。フォルカは命を狙われましたが、ベスは殺す訳にはいきませんから、大丈夫ですよ」

 あの方がここに登場するとは、思わなかった。


「クレメル主神官長は? どこにいるのですか?」

「教会本部だと思いますよ、主神官に降格されましたから、居場所はないでしょうね。彼は先日の件もありますから、他の主神官の監視下にあります」


「私が……。私がエブリンを殺したの? なぜ? 親に捨てられ、闇商人に片足を取られ、それでも一生懸命生きていたのに! 殺された理由が私のせいなの?! 私が生きているせいなの……」

『ベス! それは違うぞ!』


 初めてできた友達だった。同士だった。

 私が生きている事でエルモが狙われ、エブリンが命を失った。


「エブリンを返して……。私の命をあげるから!」

 私を包んだのは、ダニエル様の匂い。

「ダニ、駄目! 眠らせては駄目。ベスの心、頑張っているから」


 その声が沈んでいく私の心を、つなぎ止めてくれている気がした。

 ダニエル様の優しい腕に包まれて、私は声をあげて泣いた。


 泣きすぎて腫れ上がった顔を、ダニエル様が魔法で治してくれ、オーカンさんが、痛めた喉のために、蜂蜜の入ったお茶を用意してくれた。

 皆の優しさが分かっているのに、今は上手に笑えない。ごめんなさい。



 屋敷に戻って、ルベを風呂に誘ったが、どうやらダニエル様と大事な話があるようで、私は久しぶりに屋敷の大きな風呂に入る事にした。

 普段はルベと入るため、私には侍女さんたちが付かないから、大きな湯船につかって、ゆっくりとしようと思ったのである。


「エリザベス様、もう二度と悲しい思いを、しなくても良いのですよ」

 音もたてずに、いつの間にかそばにきた侍女さんが、ほほ笑みを浮かべた。

 逃げようとしたが、体は全く動かない。


 私が最後に見たものは、彼女の手の甲にある、紅色の蝶のタトゥーだった。








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