悪人ホイホイ
私とダニエル様は朝食を済ませると、屋敷を出る。
学園の施設は、人目があるから使えないため、ルベの空間に入って剣の練習と、魔法の練習をするのである。
腕輪を外して、増えた魔力に慣れなくては、任命式でさらに増える魔力を、制御するのが、大変になるとルベが言う。
「四神獣って、ラベーナ神の横にいる神獣に似ている?」
「ラベーナ神は大神官ですら、お声を聞くだけですが、神獣は任命式でお姿を見る事ができますからね。ただ、獣神官の席は空席である事が多いので、生涯に一度、その機会に恵まれれば、幸運と言われています」
ダニエル様は笑みを浮かべるが、私は損をしていると思う。
ただ一度、見るだけで幸運になれるのなら、その方が責任がない分、楽そうである。私もできれば、その立場が良かったと、思ったところで遅いのだが。
「なる前に亡くなったり、だまされて亡くなったりするからですね」
獣神官に関しては。そんな話しか、聞いていない気がする。
『断じて違う。大神官は本部の奥でしか、ラベーナ神の声が聞けぬ。当然、部下に守られて生きておる。だが、獣神官は四頭の神獣といつでも、どこでも会えるのだ。自由に動ける分、危険も多い。大神官のように閉じこもっても構わぬが。あれは精神的につらいと思うがな』
「危険はないでしょ? ルベとダニエル様がいるもの」
『我はベスを守る』
ルベのこの抱き心地は、私の心も守っていると最近は思う。
「ベス、良く聞いてくださいね。私は主神官なのですよ」
「はい。知っています」
部下さんも、良い方ばかりですから。
「主神官は教会本部に籍を置く、大神官の部下なのです」
「はい。理解しています」
大神官様はダニエル様のお兄様で、私の偽父ですからね。
「ベスは、自分の部下を、自分で見つけなければなりません」
「はい」
返事はしたが、私は世間知らずの未成年ですから、無理ですよ。
分かっていないのは、ダニエル様だと思う。
私が物わかりの良い子だった事は、一度もないというのに……。
全てを捨てて、諦めて、獣神官になるつもりはない。
私にだって、譲れないものがあると、時がきたら主張はしますからね。
学園長が時間を調整する間、ダニエル様は時間があるようで、塔にある貴重な書物に目を通すようだ。
私は忙しくなる前に、学園で学ぶ事を予習しようと、教科書を入手した。
黒の学園は治療師と薬師を育てる学科があるのだ。
フォルカ様のそばには、晴れて専属になったオーカンさんがいて、衛生的で健康的な環境が保たれている。
お茶や食事を楽しみながら、私たちは塔の研究所に入り浸っていた。
「老衰、事故死、心停止って……」
「三大死因ですね。それはこれからも、変わらないでしょうね」
私はこの世界にきて、血圧計を見た事がないと気が付いた。それどころか、治療院の手伝いをしていたが、尿検査も見た事がなかったのである。
治療師は光の魔法を使わない治療をする。
それは、日本の応急処置に似ていた。
唯一違うのは傷を縫合する事位で、大きなけがや病の場合は、神官がくるまでの延命にすぎない。
獣神官になったが、神官の勉強もするべきだろうか……。
「この塔にお客様が来たようですよ?」
塔の周りにいつもと違う違和感がある。
「それは、ございません。屋敷の敷地は立ち入り禁止ですから。おいでになるとしたら、学園長ですが、そのような連絡は受けておりません」
オーカンさんが、少し眉を寄せて言った。
『我が様子を見よう』
ルベも感じているようだが、強い魔力は感じられない。
「ダニ、ベスは大事。守るから大丈夫」
フォルカ様の魔力が増大した。外の気配より、その事に驚いた。
十年の僅かな食生活は、この魔力で補っていたのだと思った。
「ええ。心配はしていませんよ。お願いします」
ダニエル様は大杖を担いで、部屋をでていった。
私は誰だか知らない、標準魔力量の侵入者に同情した。
それは、弱い者いじめだと思うが……。
捕まったのは盗賊で、下見にきて、この塔を見つけたようだ。
学園の結界がいたる所で、薄くなったり、切れていたりしているようで、学園長はダニエル様と、直ちに張り直す事にしたようだ。
ダニエル様が学園長と、忙しそうに出掛けるようになった。
結界が完全に修復してからでは、遅いと思った。
私は学園長が用意をしてくれた、黒いローブを着て、学園の身分札を持つと、塔の五階まで駆け上がった。
「フォルカ様。似合いますか?」
「可愛い」
書き物の手を止めて、私を見るフォルカ様。
「フォルカ様は学園の図書館には、行った事がありますか?」
「ない」
「売店はどうですか?」
「ない」
「食堂は?」
「ない」
私の質問に、楽しそうに答えるフォルカ様……。
オーカンさんが、口元を押さえて笑っている。
「フォルカ様は、屋敷の敷地から出た事はないと、聞いています。必要な本は、紙に書いて、食事のカゴに入っておりました」
それでは、図書館に行く必要もなかっただろう。
「私、売店に行ってみたい」
「ベス、欲しい物あるのか?」
「私は買い物に行った事がないの」
お金はルベが持っているが、欲しい物がなかったのだから、嘘ではない。
「オーカン、ルベに買ってやって」
「私、すぐ誘拐されるの。もう、二回もされているから、オーカンさんも危ないけど良い? 今も多分、狙われているのよ」
だったら、出歩くなという話だが、私には知りたい事があるのだ。
フォルカ様がなぜ、この塔に閉じこもっているのかである。
フォルカ様を狙う人は、もういないのだ。
学園長は、しばらく落ち着いて研究できる場所を、提供したのだと言った。
「ベスを狙う? ダニがいる」
「命は多分、大丈夫かな? 私を自分の思うままにしたい人らしいの」
「ベス、買い物。一人は駄目」
オーカンさんが、ローブを持ってきた。
「ベス、似合いますか?」
フォルカ様はローブを着て、私がしたように首をかしげてのぞき込む。
「はい。とっても素敵です」
二人のローブは、私の物とは違い学生用ではなく、職員用である。
フォルカ様に手を引かれて、歩きながら思う。
悪さをして職員に捕まった、学生に見えないだろうか……。
売店は寮生活者も多いため、品ぞろえは豊富である。
文房具は特に力が入っているのは、学園という場所柄のせいだろう。
私は羽根ペンを手に取った。
「これが、良い」
「白の大陸で作られているペンなのですが、使いやすくて、丈夫なのですよ」
フォルカ様のお勧めの品に、オーカンさんが説明を付けてくれた。
私はわら半紙と、羽根ペンを買う事にした。
フォルカ様は、紙をまとめる紐の束を買っていた。
私は掃除の時に見た、コヨリを思い出して納得した。
あれはやはり、面倒だったのだろう。
フォルカ様が長身のせいか、時々、女生徒の視線を感じるが、それとは明らかに違う視線を感じていた。
職員用のローブではあるが、教職員用の物ではない。なにより、魔力が高い。
警備の方はローブは着用しないのである。カバンのルベは、何も言わない。
私たちは、少し早いが、食堂に入った。
フォルカ様はシチューとフルーツを単品で選び、オーカンさんは肉のセットを選んだ。私は魚のセットである。
私たち三人は、自己の主張はするタイプのようだ。
食堂は時間的に、空席がたくさんあったので、私たちは窓辺ではなく、奥の席を選んだ。
時々、フォルカ様の口に、マスのムニエルを入れながら、私とオーカンさんは楽しく食事をした。
「ベス、魚はいらない」
「フォルカ様、私はこれを全部食べると、あそこに書いてある "本日の甘味" が食べられないのよ」
フルーツの甘煮は、女生徒に人気があるようだ。
「魚、食べる」
フォルカ様の言葉を聞いて、オーカンさんが甘煮を買ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「いいえ、この学園の甘煮には、アンが添えてありますから、人気があるのです」
「おいしい! 思っていた物より、さっぱりとしているわ」
普段はルベにするのだが、ルベは今、ポシェットになっていて、食べる事ができないから、フォルカ様の口に入れる事にした。
「はい」
「甘い……」
フォルカ様は甘い物は、苦手のようである。
そろそろ周りには、おおよそ学園関係者には見えない方々が、集まってきたようである。
「オーカンさん、ダニエル様の居場所が分かりますか?」
「はい。予定表をいただいております」
「呼んできてもらえますか? 悪い人がたくさん集まりましたので」
オーカンさんは、驚いたように固まったが、黙ってうなずいて食堂を出て行った。
「ベス、危ない事は駄目」
「はい」
「良い子」
フォルカ様に頭をなでられて、喜んでいる場合ではなさそうだ。
一人の男が、私たちのテーブルにやってきた。
「エリザベス様でございますか?」
「いいえ、違いますが」
違うと言ってみたが、引き下がる人たちではなさそうである。
「我々は、怪しい者ではございません。是非、会っていただきたい方がおります。ご同行願えないでしょうか」
学園にいる事が、既に犯罪ですけどね。
「多忙の身の上なので、遠慮いたしますわ」
その男が私に向けて、手を出すより、フォルカ様が立ち上がり、私を抱き寄せた方が僅かに早かった。
私の目の前にはルベの背中。
『ベス、こやつらは我が拘束する。行け』
フォルカ様には、ルベの言葉が聞こえないはずなのに、私をひょいと担ぐと、食堂の入り口に向かって走った。
私を荷物のように、担がないで! 食べたばかりだから!
頭に血が下がる! あれ? この場合は上がるのか? とにかく、苦しい!
私は荷物ではなく、生ものだ!
私には分かった事がある。フォルカ様は彼らを全く恐れてはいない。
彼らは魔法も武器も使わなかった。フォルカ様は強いとダニエル様は言った。
だが、食堂の中で、彼らを攻撃しようとは、しなかったのである。
学園長の屋敷に到着した時は、冷静そうな執事さんも驚いたようだが、状況を説明すると、すぐに動いてくれた。
私はダニエル様の部屋のソファーで、フォルカ様とお茶を飲んでいる。
「私はいつも、逃げたり、捕まったり、隠れたりしているの。でもフォルカ様は自由でしょ? なぜ、塔に閉じこもっているの? 白の大陸ではおじいさまが待っているのでしょう?」
「うん。でも……。学園長はできない」
「おじいさまにそう言わなければ、期待して待っているでしょう?」
私はフォルカ様の目を見ていた。
「悲しむから。父のあとで、母が。妹も危なかった。祖父はたくさん泣いたから」
「可愛い孫なのよ。そのフォルカ様のお顔を、死ぬまで見る事ができないの? その方がずっとかわいそうでしょ?」
フォルカ様はとても悲しい顔をした。
「すごく会いたいと、思っていらっしゃるのよ。年寄りは大切な人たちが思い出の中に引っ越してしまうから、現実がとても寂しくなると聞いたわ」
「でも、学園長は無理だから」
彼はおじいさまの期待に、応えられない事が、何よりつらいのだろう。
「無理なら、誰かに手伝ってもらうのはどうですか? 副学園長とか、秘書とかたくさんそばにいてもらえば良いじゃない。どうせ一人じゃ無理な仕事だもの」
フォルカ様は驚いたように、私の顔を見たが、ひょっとして一人で、やる気でいたのだろうか……。
「それでも、できないと思うのなら、ちゃんとお断りしても良いと思う。待っているおじいさまと、待たせているフォルカ様。十年は長すぎますよ?」
「うん。長すぎる。春は会いにいく」
その日はダニエル様から、一生分のお小言を頂戴した。
エリザベス仕様の悪党ホイホイは、大量だったというのに。
理不尽だ……。




