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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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フォルカとオーカン

「濡れて困る物は、なくなったわね」


 私は靴を脱いで廊下に出すと、水魔法と火魔法のお湯を風魔法で飛ばす。

 天井から壁を流し、本棚、机、椅子に至るまで、ことごとく、洗い流した。

 最後に床の汚れた水を、風呂場に流した頃、ルベが戻ってきた。


『同じ部屋とは思えぬな』

「臭いも消えたでしょ? 後は乾燥させるだけよ」

『それは、我も手伝おう』


 部屋がすっかり乾いてから、ベッドと風呂を整えて、掃除は終わった。

 ルベに預けていた、本や書類を本棚に片づけて、私はルベがご褒美にくれた、果実水を飲んだ。


『ベスは公にはされていないが、獣神官だ。四神獣から授かった魔法は覚えておるか? 時、光、闇、空間だ』

「うん。でもまだ少ししか使えないでしょう? 神獣に会っていないもの」


『そうだな。その四魔法が、神官たちにすら与えられないのはなぜだと思う?』

「おそらく、この世界を滅ぼせるからでしょう? 一つや二つで大騒ぎになるほど、魔力が上がる。四つは神官といえども持たせられないのかな? だから大神官と獣神官だけが持てるのでしょう。神や神獣の使いとして」


 試練の事は覚えていない。四神獣に直接会って、話もしていないのだから、実感はない。

 ただ、試練から私は明らかな自分の変化に、気が付いているのだ。

 それは、魔力やおでこのアザではない。前世でも一度も信じていなかった神を、今は、絶対に裏切らないという、強い気持ちがある。


『時は時間を止めるだけではなく、戻す事ができる。ただ、神獣ですら心臓を持つものには使えない。歴史を変える事にもなるから、思慮のない者には与えられん。ただ、この部屋位は使えるぞ?』


「……。それって、ルベも使える?」

 ルベは目を合わせると、フヨフヨと飛んでいった。気まずいのだろうが、その姿がかわいくて怒る気にはなれない。


「この塔は古い。六年前に戻しても、これほど奇麗にはならなかっただろうな」

 弁解が見つかったようで、ルベが戻ってきた。

「うん。ありがとう、ルベ」

 どんな手段であれ、この部屋を奇麗にできた事には、満足している。


「ええ?! これをエリザベス様が、お一人で?」

 扉のノックに返事をしたら、入ってきたのは従僕さんだった。

「さすがですね、ベス。疲れたでしょう」

 ダニエル様がそう言って、私を優しく抱きしめた。


「ダニエル様、お客様ですか?」

 私は、戸口に立ち尽くしている人物を見て言った。

「ベス、怒ってない?」


 黒に見える、深い緑の髪を、全て後ろで一本に束ね、髭もなくなっていたが、声は覚えている。

 整った顔にある深緑の目だけが、少し(おび)えたように私を見ている。


「フォ、フォルカ様ですかぁ?!」

 彼はコクリとうなずいた。

「ほら、フォルカ。ベスだって驚いていますよ。誰だってあんな臭いでは、そばに寄れないのです。せめて、これからは人間でいてください」


「うん。小さいベス、かわいそう。ごめんなさい」

 少し待って欲しい。

 フォルカ様はなぜ、私を哀れんでいるのだろう。


「ベス。お風呂に入ってきなさい。体を壊しますよ」

 ダニエル様に言われて、私は初めて自分の姿に気が付いた。

 動いている時は、寒くはなかったのである。


 しかし、窓の外は小雪が風で飛んでいる。

 足と手の指は、既に赤くなっていて、それを見た途端、急に寒くなってきた。


「お風呂にお湯を張りました。エリザベス様、こちらへ」

 従僕さんが、お風呂の用意をしてくれたようだ。

 私は慌ててルベを連れて、お風呂に入った。

 着替えは全て、ルベが持っているのである。



「小さいベス、可愛い。可愛い」

 私は風呂上がりに、フォルカ様に捕まって、なぜか膝の上に座らされている。

 十三歳は年齢的に小さいとは言わない。

 確かに痩せてはいるが、二メートルはありそうな長身の人から見れば、小さいだろうが、それならば、彼はほとんどの人を膝に乗せる事になる。


 ダニエル様が、ルベにソファーのセットをださせた。

 研究室の横には従者用の部屋があり、小さな台所があるらしい。

 そこは掃除がされているらしく、従僕さんがお茶を持ってきた。


『ダニエル様、そろそろこの状態になった説明を、してくれませんか?』

 私の視線に、ダニエル様は笑顔を見せた。

『そうですね。私がベスを赤ん坊の時から、大切に育てたと話したのです』


 フォルカ様の父親は飼育ができる魔物の研究をされていたようで、良い毛やミルクがとれる魔物を育てていたようだ。

 フォルカ様は、その魔物の赤ん坊を可愛がっていたようで、ダニエル様が育てた私に興味を持ったらしい。

 ちなみに、人間だとは言ってくれたらしいが……。


 従僕さんはフォルカ様が、気に入って、連れてきたようだ。

 ダニエル様は屋敷に戻って、顔色の変わらなかった男の人だけに、入浴の介助を頼んだらしい。

 彼は、祖父母をみとった経験があり、あのモップのような髪を、フォルカ様が嫌がらないように、奇麗に洗ったのだという。


『それで、自分のおそばに?』

『いいえ、彼はここで八年働いているそうですが、彼だけが、塔の裏に回ってここを見上げて帰って行ったそうです。フォルカが、食事をする時は彼が持ってきた物だけを食べていたようです。まあ、子供の頃には、何度か殺されそうになりましたからね』


 なかなか物騒な説明だったが、フォルカ様とオーカンさんの人柄が、少し分かったような気がした。

 私はここで、しなければならない事を、白紙に戻す必要があると思った。

 やるべき事は、フォルカ様を船に乗せる事ではない。


 私はフォルカ様の意思や気持ちを、少しでも理解できるように、努力をするのが先だと思った。

 それにはまず、私を知ってもらいましょう。


「フォルカ様、これではお顔が見えません。第一、せっかく彼が用意してくれたお茶が飲めません。降ろしてください」

 フォルカ様は優しく笑って、私を静かに降ろしてくれた。

「彼はオーカン」

 従僕さんを紹介してくれたようである。


「あの人数が一度に名乗っても、覚えられませんよね。オーカンと申します」

 昨日は屋敷で働く人たちを、紹介されたのである。

 出入りをする以上、不審者扱いをされても困るので、自己紹介をしたのだ。


「ごめんなさい。正直に言うと、昨日は誰の名前も覚えられなかったの。執事さんとその下である従僕さん。女性は侍女頭さんだけお顔を覚えたのですが」

「いえいえ。それで十分用は足りるでしょう」

 オーカンさんは、笑顔でそう言ってくれた。


「オーカンさんは、フォルカ様の専属になったの?」

「そう。専属」

 その言葉に、一番驚いたのがオーカンさんのようで、おそらくそれは今、皆が知った事のようである。


「オーカン、大丈夫ですか? 従僕をしている位ですから、次の行き先が決まっているのではないですか」

 ダニエル様が、心配そうに言う気持ちも分かる。

 どう考えてみても、フォルカ様は大変そうな人だと思う。


「私は白の民です。父はフォルカ様のお父上の護衛に付いておりました。あの事故の生存者は一人もおりません。私はフォルカ様のご実家のお力添えで、学園を卒業いたしました。こちらに務めが決まって、フォルカ様のお食事をお持ちする事が、一番の楽しみでした。従僕は十年目に学園長が、次の仕事先をご紹介くださるので、次の職場はまだ、決まっておりません」


「フォルカはオーカンの事を、知っていたのですね?」

「オーカンは泣いていた。雪の山は寒い」

「当時はまだ、子供でしたから」


 オーカンさんに異存はないようで、この話はフォルカ様の代わりに、ダニエル様が、交渉する事になった。


「三日に一度程度の食事では、オーカンさんが苦労しそうね。フォルカ様はなぜ食事をしないの? お風呂みたいに、一人では食べられないとか?」

 フォルカ様は私を見て、小さく笑った。

「スープがない。おなかがすいた時だけ」


「フォルカの家の食事は、皿が一つなのです。野菜も肉も魚も麦もスープに入っていました。具沢山のスープやシチューという感じですね」

 手の込んだ、手抜き料理だろうか……。


「なぜ、それをおっしゃらなかったのですか?」

「疲れる」

 オーカンさんの問いかけに、返事は一言だけだった。


「長く説明するのが嫌だったのでしょう。食べる事に興味がありませんからね。本当に手が掛かりますよ。オーカン、断るのなら今ですよ」

「フォルカ様がいらっしゃる間は、できるだけの事はさせていただきます」


 ダニエル様を見て、オーカンさんはしっかりと答えた。

 彼にとっては、フォルカ様は特別なのだろう。

 フォルカ様にとっても、そうなのかもしれない。


 自分の父親を失った少年が、同じ境遇の少年を心配していたようである。

 それ程印象に残っていたのなら、オーカンさんもまた、フォルカ様にとって特別な存在なのかもしれない。



『ダニエル様、お二人のお父様は事故で?』

『ええ。視察の途中で雪崩に巻き込まれて。フォルカも行く予定だったのですが、例のごとく行方不明で、置いて行かれたのです。それで助かったのですが』


『ふん。あそこは雪崩など、起きんと言っておるだろう』

 ルベの言葉を聞いて、私はダニエル様を見た。

『フォルカのおじいさまは、白の学園の学園長です。亡くなったお父様が跡を継ぐと、誰もが思っていたのです。ただ、その席を望んだ者がおりましてね』


 事故の証拠もないままに時が過ぎ、神官の勉強をしていたフォルカ様は、卒業時に神官の道を選ばなかったのだと、ダニエル様は言った。

 そのフォルカ様がまた、命を狙われたようだ。


 フォルカ様は魔力も高く、戦闘能力も優れているという。

 そこに護衛まで付いたようで、しばらくは平和だったらしい。

 しかし、次に狙われたのは、たった一人の妹だったようだ。


 妹は何とか命を長らえ、白の大陸を離れたという。

 フォルカ様はそれ以来、人間不信で白の大陸を離れたらしい。


『それって、犯人を捕まえれば良いだけでしょう?』

『主犯も共犯者も捕まりましたよ。ただ、黒幕はそのまま、沈黙しているのです』

『証拠はないのでしょうね? でも、学園長の席は?』


『大神官と他の学園長の会議で、次期学園長が決まる事になりましたから、手がだせなくなったのです。まあ、もっとおいしい席を見つけたようですがね』

 白の大陸には、お菓子の椅子がたくさんあるようだ。


『白の大陸って名前は白いのに、腹黒大陸よね……』

『人間のいる場所には、必ず悪人がいる』

『うんうん。善人が目立たなくなるものね』


 私とルベの会話を聞いて、ダニエル様は困った顔で肩を落とした。








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