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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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三区の馬屋

「身分札を提示せよ」

 三区に入って、初めての町だった。

「町に入る目的はなんだ」


「食糧が尽きましたので、求めに来ました」

 ダニエル様はそう言って、金貨一枚を差し出した。

「通って良し」

 身分札を投げるように返す門番の興味は、仲間との賭け事のようだった。


 弱々しい旅の神官と、薄汚れた未成年者。

 馬車の中には、水のタルと馬用の干し草。それ以外は何もない。

 これ程、怪しくない旅人は、逆に怪しんだ方が良いと思うが……。


 門の内側にいた兵士が、静かに近付いてきて、数枚の紙を差し出した。

「ダニエル様、教会から配布された物です。この門の分は私が気付いて回収しましたが、他は既に回っているでしょう。この町に長くいる事はお勧めできません。早急にお立ちくださいますように。どうかくれぐれも、お気を付けて」


 ダニエル様は、その紙を懐にしまって、兵士を見た。

「ありがとうございます」

「いいえ、子供の命の恩人です。その節は、ありがとうございました」

 人目を避けるように、その兵士は戻って行った。


「指名手配ですか?」

「どうやら、私の動きを知りたい方がいるようです」

 ダニエル様は暗い表情でそう言った。


 ジョンが町の手前で馬車から下り、門とは別の方向に姿を消した理由が、これだったのだろうか。



 三区が平和ではないことを知ったのは、五区にいた一年も前の事である。

 この町に来たのは初めてだが、忙しそうに人々が往来する、どこにでもある夕方の光景だと思った。

 私には他の町との違いは感じられなかった。


「区の代表って、住民の選挙で決めるのでしょう?」

「黒の大陸に住む三十歳以上の者は、選挙に参加する資格があるのです。選挙は三年に一度。立候補者の中から区の代表を投票で決めるのです。王の信任、不信任もその時に国民が意思を伝える事ができます」


 区の代表に立候補する者は、町長や村長の三分の一の推薦が必要となり、二期以上の立候補は認められないようである。

 王が不信任と評価された場合は、立候補の権利は区の代表者にあり、村長や市長が選挙で選出するのだという。


「イーズリ国は、国民の声が反映されるのですね」

「そうですね。悪政は三年で終わりますからね」

 ダニエル様はそう言って、苦笑いを浮かべた。



 馬車は町の外れにある、馬屋に到着した。

 私はこれまで、かなりの数の馬車に乗ったが、誰かが馬車を持ってきてくれるので、馬屋にくる機会はあまりなかった。


 先に到着していたジョンが、私を馬車から降ろしてくれた。

 馬屋の主人だろうか、幌車から馬を離して、馬小屋へ連れて行く。


「ベス、行きますよ」

 フラフラと馬小屋に付いて行こうとして、ダニエル様に呼び止められた。

 ジョンは私と目が合って、辛うじて笑いを堪えたようである。


 馬屋の一階は、軽い食事や飲み物を販売しているようだが、客はいない。

 ジョンはここの常連なのか、カウンターの人に手を上げて、階段を上っていく。

 私はダニエル様に促されて、ジョンの後に続いた。


「皆、待たせたね。ダニエル様をお連れした。ルベウス様とエリザベス様もご一緒だから、緊張するように」

 男女八人ほどが、一斉に歓声を上げて、それぞれが好き勝手に発言をする。

 誰も注意はしないが、歓迎はされているようである。


 自己紹介で彼らは皆、ダニエル様の部下さんたちだと知った。

 黒の大陸には、いくつかの集合場所があるようで、この馬屋もその一つらしい。

 そう教えてくれたのは、部下さんの一人でもある、この馬屋のご主人だった。


「集会は酒を飲みますからね。お疲れでしたら、一番奥の部屋で休むと良いですよ。少しは静かかもしれません。気休め程度ですかね」

 ご主人は済まなそうに、そう言って、温かいミルクをテーブルに置いてくれた。

「ありがとうございます」

 静かにうなずいて、ご主人も椅子に腰掛けた。


 ダニエル様は皆の報告を聞きながら、次に欲しい情報を伝えたり、他の大陸の状況を話したりしている。

 ただ、その会話の様子は、あの大騒ぎが嘘だったかのように、どの人の顔も真剣だった。

 私は分からない事を聞く事もできずに、ルベに解説をしてもらって、理解するしかなかった。


 三区の代表が、三年で二期という就任期間を終え、自分の息子を養子にだして、代表にしようとしたのが、事の発端だったようだ。

 この大陸では、それはほぼ暗黙の了解のようで、優れた代表の手腕を受け継いでいる子息は、村長や町長の覚えもめでたいようである。


 ところが、この三区の代表は、二期目で住民の信頼を損ねたようだ。

 彼が養子に出した息子は、住民の評判が悪い人だったようで、村長や町長の半数は、新しく代表に立候補した人を応援したのだと言う。


『その代表が一区に向かう途中、事故で命を落としたんだ。それで、前代表の息子が代表になったのだ』

『なんで?』

『二人しか立候補がなかったからな。代表者が事情により、任務遂行が不可能になった時は、次点の者が就任する決まりがあるのだ』


 三区の住民は新代表は事故ではなく、殺人であると調査を依頼したが、受理はされなかったようである。

 住民が危惧していた通り、その息子はすぐに問題を起こしたようで、昨年住民が、代表を降ろすべく、決起したらしい。


『住民の調査依頼に不備があったの?』

『その親子は三区から逃げだしたからな。一区では強力な力を持った者が、その親子をかくまったようだ。依頼が受理されなかったのも、その辺りの関与だろう』

 逃げて、なんとかなるとは思えない。そうまでして守りたい代表の座は、お菓子でできているのだろうか。


『擁護しているのは、教会?』

『教会本部は、内政に口出しはしない。世界中に教会があり、大切にされているのはそれもあるからだ。ただ、当事者たちが仲裁を希望した場合は、協力をする事もあるだろうがな』


 ダニエル様は何が知りたくて、情報を集めているのだろう。

 関与できないのなら、安全な場所で見物をするしかないと思うが。


『ああ! そうか。教会は仲裁を頼まれたいの? この大陸の戦争に、口を挟んだ時のように』

『ほう、面白い。だがこの場合、本部になんの利益があるのだ?』


 面白いと言うルベは、私を試すような質問をする。

『仮にも教会でしょう? 民を守る教会が、利益とか言わないで欲しいなあ』

 この世界の教会は、損得勘定が好きなようではあるが。


『仲裁とは、双方に是があり、非がある時には有効だがな。善と悪にそれを使って良いのか?』

 前代表は逃げたが、殺人を犯したのだろうか。

 ここで善と悪の話は、おかしいと思う。


『そうか! それで、動かぬ証拠を……。でも、そうなれば強力な擁護者も共犯かもしれないでしょう? おお、殺人事件。放っておいていいの?!』

 この国の治安は大丈夫なのだろうか。


『ルベ、いい加減にベスで遊ぶのは止めてくださいね。全く、黙って聞いていれば面白そうに……』

 ダニエル様は、慌ててこちらの話に入ってきた。


『暇だからな』

『ええ?! ルベ、ひどい。真面目に話していたのに』

『嘘は言っておらん』

 ルベはつまらなさそうに、そっぽを向いた。


『問題は半年前に一応、解決したのですよ。国王が急な病で辞任する事になったのです。国王には国民の意見を聞くため、三年を待たずに選挙を行う権利が与えられているのです、昨年はそれが使用され、選挙が行われました。それから間もなく、三区の前代表とその息子の自害が発表されました』


 欲に駆られて逃げた者が、自害って……。

『国王の急な病の辺りから、誰かの筋書きでしょう? 第一、三区の親子を擁護していた力のある人は、どうなったのですか?』


『動いたのは、一区と六区の学園長だ。心の病は大神官でも治せぬからな。あの爺は国王の耳元で、何を(ささや)いたのだろうな』


 私は第二学園の学園長室にいる、ダニエル様にそっくりな、おじいさまを思い出して納得した。囁きそうな方である。


『三区の親子は、恐らく口を封じられたのでしょう。この話には、思うところがありましてね、一部の主神官が動いているのですよ』


『それを快く思わぬ者が、教会本部にいるようだが。ダニエル、違うか!』

『ルベ、それは……』

 ダニエル様にしては、珍しく歯切れが悪い。


 その時、私は増幅したルベの魔力を、抱きしめる事で抑えようとした。

 ダニエル様の部下さんたちの、顔色が変わった。


『だから、変な紙が出回っているのであろう。ベスに危険が迫ったら、我は怪しい者の全てを排除する。審議の時間はやれない。そうあれに伝えよ』

『急いで、そう致しましょう』


 ルベの声は誰にも聞こえていない。

 ダニエル様は、魔導具を飛ばして、部下さんたちに説明をした。


「一区と三区の教会では、新年に神官や神官補の移動が、かなりありました」

「黒の大陸では、力のある方ですから」

 部下さんたちからは、教会の話が次々に出てくるが、しきりに出てくる、あの方の名前は伏せられたままだった。


「ベスの顔を知る者は、この大陸にはいないでしょう。ジョン、ベスを二区まで頼みます」

 ダニエル様が私から離れる事は、初めてではない。慣れる事はないが。


「引き受けました。女房はアンバー。引き受けてくれるか?」

「はいよ。あんた、喜んで」

 ジョンが選んだ女性は、四人の女性の中で、一番魔力が高い。


「ベス、ジョンとアンバーと一緒に、明日ここを出てください」

 嫌だとは言えない。だが、この初めて感じる胸騒ぎはなんだろう。


「大丈夫です。彼らは私の命が欲しいのではありません。知り合いの教会まで行って、少し時間を稼いで、きっと追い付きますよ」

 その言葉に、私と離れる理由はないと思う。

 そんな子供だましが通用すると、思っているならそれでもいいが。


「はい。待っています。ルベがいなくて大丈夫ですか?」

 部下さんたちが大笑いをしているが、分かっていない。

 私を遠ざける程、厄介な相手ならルベは必要だと思う。第一、ベッドマットはルベが持っているのだ。


「ええ。ありがとうございます。私はこう見えても強いですからね」

 自分の見かけを知っていたのですね……。


『おとりなら、ちゃんと逃げてくださいね。私が待っている事を忘れないでください。保護者様』

『ええ。お利口にして、待っていてください』


 こんな時は、隠さないのですね……。








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