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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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喜びと悲しみの先

「限度ってものを知れよ……」

 翌朝、目の前のテーブルには、日本風に言うと大きめのラーメン丼ほどある器に、こんもりとした茶色の小山が湯気をたてていた。

 それが二つもあるのだから、さすがに寝起きの状態では食欲が落ちる。


 おいしいと聞かされていなければ、手は出さなかったと思う。

 とりあえず私は、スプーンで一口食べてみた。

「うわぁ。すごくおいしい! ねえ、ジル。お鍋はない?」

「鍋って、あの鍋か?」


「うん。多分その鍋。お昼はこれとパンがあれば、足りるでしょ? 神官様にも食べさせてあげたい」

「馬車にあるのは、でかいしなぁ。買ってくるしかないか」


 どんな風に考えても、過剰サービスで、商売にはならないと思われるこの状況を招いたのは、自分だとジルは笑った。

 夕べ、私が眠った後で、下の酒場で酒を飲んだ時に、煮込みを食べさせたいとジルが言ってくれたのだと分かって納得した。


 その時、ルベが私の膝の上でカバンになった。

「あるの?」

『ある。カバンに入れて欲しい物は、触れて願えば入れてやる。ただし、我がカバンである時だけだ。それから、店では金を払ってからにしろよ』


 親切な忠告まで付いていたが、ルベの声はジルには聞こえていないのである。

 聞こえていたら、きっと楽しいだろうと思った。

 カバンから鍋が出たときには、ジルも驚いたようである。


「入っていたの」

 間抜けな言い訳だと思う。カバンから出てきて良い大きさの鍋ではない。

「ああ。前に一度だけ、物が消えるのを見たからな。ベス、聞いていると思うが、使う時は人目のない所でするんだぞ?」

「はい」


 ルベは知らない人がいるとカバンになる。

 置き引きや、ひったくりをする人に出会った事はないが、武器や魔法のある世界で、何もできない私にルベを守る事は難しい。

 せめて自分とルベ位は守れるようになりたいと思う。


 ジルと私は鍋に移した残りを食べた。申し訳程度に付いていたパンとフルーツもおいしかった。

 ルベにはフルーツに付いていた取り皿に、煮込みを入れてあげた。

 私のそばにいると魔力を吸収できるので、ルベは食事に興味はないと言っていたが、同じ味を一口でも楽しんで欲しかった。


 食事を終えると、ルベの口の周りは茶色になり、軽く拭いただけでは色が落ちなかった。

 笑っていたジルが、慌てて手拭いを濡らしてきてくれた。

 ちなみにルベは、食べてはいけない物はなく、毛玉も吐かないと教えてくれた。



「おいしい食事をありがとうございました。お世話になりました」

「いつでも歓迎するよ。良い旅をな」

 誰もいない店内のカウンターで、店主である昨夜の男が笑顔を見せた。

「はい。ありがとうございます」


「ジルベルト、傍観者になりそこねたな」

「いいや。俺はいつでも傍観者さ」

 店主の言葉に、ジルは楽しそうに笑った。


 外には馬車が待っていた。

 その横で、木箱に腰掛けていた老人が、目だけをジルに向けた。

「こいつは、もう無理はきかんぞ。国境の町で替えるんだな。その娘はそういう娘だろ?」


「用意を頼めるか?」

「ああ。馬と酒の次に好きなのは、奇麗な目をした娘だ」

 ジルは老人の上着のポケットに硬貨を落とした。


 私たちは馬車で門を目指していた。

「国境の町まで、あのお爺さんを乗せなくていいの?」

「何でだ? あの爺さんはあれでも頼られているから動かないぞ?」


「だって、馬を用意するんでしょ?」

「あそこから手紙をつけて、鳥を飛ばすのさ」

「鳥?」


 空を見上げる私を見て、ジルが笑った。

「生きている鳥じゃない。魔導具だ。魔力を登録した者同士が使えるのさ。魔物は魔導具を食わないからな。ただ、魔石の重さがあるからそう遠くへは飛べない」


「私は手紙をもらった事がないの。遠くの人に手紙を出す時はどうするの?」

「ギルドに依頼するのが一番安全だな。赤の他人だと届くかどうかすら、分からないからな」


 私は戻れない村の両親に、自分の無事を知らせる手段が分からなかった。

 電話すらないこの世界の連絡手段を聞いて、いつかは手紙を書こうと思ったが、あの村で何が起こったのかを、知る方が先だろうと考え直した。

 神官様が教会で、何かを聞いているかもしれない。

 私は(はや)る気持ちを抑え込んだ。


 門番は昨日の兵士ではなかったが、昨日の印象が悪すぎて、彼らの同僚だと思うと札を渡す時に、思わず無表情になる。

 隣に座るジルにも、いつもの優しい表情はなかったので、私と同じ気持ちなのかもしれない。


 門から出て乗合馬車を待つ人の列に、神官様はいなかった。

 ジルはそれを知っているかのように、馬車の速度をおとさない。

 町からかなり離れた場所まできても、速度が維持されていて、歩く旅人の姿が、どんどん減ってくると、さすがに不安になってきた。


「ジル。神官様を忘れてきたよ?」

「後ろの幌に行ってこい。動いているから気をつけろよ」

 幌の出入り口の布は、毎回巻き上げなくても良いように、縦に切れ目がある。

 私はそこに腕を入れてから頭を突っ込んだ。


「おはようございます。ベス、夕べはよく眠れましたか?」

 そこにいたのは神官様だった。

「ええとぉ。おはようございます。それでいつ? どのように?」

 神官様は小さく笑った。


「木箱に腰を下ろしていた彼と同じ時間、あなたたちを待っていましたよ」

 宿からずっと一緒だったと聞いて気が抜けた。

「ジルは知っていたの?」


「ええ。でも、ベスが私を気にしないように、黙っていてもらいました。昨日から誰かに貼り付かれていましてね。教会にくる粉屋さんに、早朝の配達を頼んで逃がしてもらったのですよ。門番が怠け者の町で助かりました。私は神官ですので、見つかっても問題はないのですが、所在が分かってしまいますからね」


 神官様は、どの国でも大切にされていると母さんが言っていた。

 そんな人が見張られているのだとしたら、原因は自分しか考えられない。

「神官様は私のせいで疑われているの?」

「いいえ。私の立場が嫌いな人は、結構いるのですよ」


 私は思い切って、心配事を尋ねてみようと思った。

「神官様。村の事は? あの村で何があったのか分かりましたか? 両親は無事なのでしょうか?」


「そうですね。その話はジルにも聞いてもらいたいので、少し待ってくださいね」

「はい」

 小さな子供ではない。

 ここは、待つしかないのだと自分に言い聞かせた。


 昼の時間までに、小さな村を一つ見ただけで、後は夏の原野をただ見ていた。

 馬車はゆっくりと速度をおとして、街道を外れた。

 馬を休ませると、宿から持ってきた煮込みを温めた。

 神官様は教会で焼いてきた、フカフカの丸パンを出してから、私に果実水を手渡してくれた。


「これはおいしいですね。でも朝にこの量は無理ですね」

 ジルが宿での出来事を面白そうに語っている。

 私がルベに何でも食べさせるのを見て、神官様は優しく笑った。

 食後の片付けを終えて、炭になっている木が小さな炎をはじいている様子を見ながら、神官様は大きく息を吐いた。


「ベスもいるので、分かりやすく話しますね。まず、一昨日。第二王子が城を制圧しました。第一王子を次期継承者とする王と、現王派の貴族たちの処遇は甘い物にはならないでしょう。王都は無論、各国境は貴族の出国を完全禁止にしました」


 私は前世から王族などに、興味を持った事はない。

 他国の知り合いでもない王族の話題が、テレビから流れると、知り合いでもない芸能人のゴシップと、どこか似ている気がして、聞き流していたのである。

 それはこちらでも同じだった。


「ベス、あなたが村を出た時、サイユ村は襲撃されていたのです」

 父さんと母さんの緊迫した様子から、私はそれには気が付いていた。

「なんだって?! 第二王子はそんな奴じゃないだろう?」

 ジルは、第二王子派なのだろうか。


「いいえ。襲撃させたのは貴族でも誰でもなく、王のようです。常駐していた警備隊が動きましたからね。私を呼び出したのは、城から教会に派遣されている、教会補佐官でした。彼は王を崇拝していましたからね。いざという時の打ち合わせはできていたのでしょう。補佐官も隊長も味方にしなくて正解でした」


「ダニエル様がいたら、反撃されるでしょうからね。あの陰険な補佐官の、やりそうな事だ」

 ジルは、怒りを隠そうともしない。


「父さんと母さん、エルモは……」

 大丈夫かとは聞けない。死んだのかと聞くのが怖くて、スカートを握りしめた。


「昨日、神官に死亡者の名簿を見せてもらいました。当然ですがありませんでしたよ。あの家族は村人ではありません。王族が彼らを傷付けたら、教会本部が黙っていませんよ。警備隊長はそれを知っていますからね。ただ、この状況では行方までは分かりません。王都以外の教会で保護を求めるでしょう。ベスの魔力は隠せませんから、セルジオはあなたが拘束されるのを恐れたのです」


「ベス。生きていたら再会はできるんだ。心配しなくて良いぞ。セルジオの腕っ節は俺が保証する。エリーは元冒険者だ、肝っ玉は魔物級だぜ」

「ジル、それ母さんに言ったら駄目だよ?」

「だよなぁ。一応女だしな」

 私は心から笑えていない。だって、神官様の顔が言っている……。


 私はたき火の跡を踏みつけて、神官様の胸に飛び込んだ。

「私がそばにいたら、少しは力になれたでしょうが……。残念です」

 神官様は私の背中をなでながら、悲しそうにそう言った。


 ともに暮らしていた訳ではない。

 ただ、私は彼らが肉親であると知っていたのだ。

 悲しくて、心の震えはなかなか止まらなかった。


 ジルが冷たい手拭いを渡してくれた。

「私は、大神官様の命でバージム国にきました。サイユ村の神官から仕事を引き継ぐためでしたが、王都の教会が忙しく、結局生まれる五カ月前になりました」

 涙がようやく収まった頃。神官様は話し始めた。


「アニータの体には、小さな魔力と大きな魔力が育っていました。知っていましたか? 村長はあなたを、ミッシェルのようには、したくなかったのですよ。男の子でも女の子でも、総黒を持った子供なら、逃がして欲しいと頼まれました。アニータとアリーゴが、せめて十歳まではとおっしゃって、私は協力する事にしました。ルベも教会の中なら、守りやすいですからね」


 百年も前に亡くなった、ミッシェルさんは獣神官ではなかったのだ。

 神獣と話す事もできなかった総黒の女性。

 その血縁に何を求めているのだろう。


「ダニエル様、私はなぜこの世界に生まれたの?」

 神官様は私を見て、口角を少し上げた。


「私は自分がなぜこの世界に生まれたかを知りませんよ? 落ち着いてください。ベスはアリーゴとアニータの子供ですよ。前世のご両親の子供ではないのです。記憶を持ったばかりに混乱する事もあるでしょうが、あなたはエリザベスですよ。その名前はご両親が付けたのです。村での誕生は王を通してから、教会に届けられますが、ベスの正式な届けは私が、本部に直接したのです」


 私は黙ってうなずいた。

 実の両親は、自分たちの付けた名前で、我が子を呼ぶことができなかった。

 ただ見守る事しかできない我が子を、どんな思いで見ていたのだろう。


「私はあなたのご両親と村長の願いをかなえます。それが教会本部から託された任務でもありますからね」

 神官様は、私の目を見てそう言った。

「願いってなんでしょうか?」


「エリザベスが十八歳の成人になるまで、後見人を務める事ですよ。十五歳になると好きな国の学校に入学できます。三年間ですがどこの学校にも寮はありますからね。五年ほど世界を見て回りませんか? もちろん自分の食い()()は働いてもらいますけどね」


 神官様の笑顔に、私は大きくうなずいた。




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