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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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四区を出るまで

 春になり、もうすぐ初夏という頃、周囲の山並みの雪も消えた。

 洞窟は毎日、おいしそうな料理の匂いがしている。

 もうすぐ、旅が始まる。


「鍋を買いに行った時は、こんなに必要なのかと思いましたが、足りないぐらいですね」

「ええ、持ってきた料理がなくなって、その鍋で足りると思ったのですが、四区の料理はベスの体質に合うようなのです」

 ダニエル様は、私を見て優しい笑顔を見せる。


「四区出身のオレは嬉しいですよ。他の国の人には、あまり好まれませんからね。そう言われれば、ベスはここに来てから、食欲が落ちませんね」

「好き嫌いはしない子ですが、食が細いですからね。好物はできるだけ、食べさせてあげようと思っています」


「何でも嬉しそうに食べているでしょ? 食いしん坊だと思いますよ。量が少ないだけで」

 言わせておけば、食いしん坊とはひどい。

 第一、私は小食ではない。


 この世界の人が大食なのである。

 大人の靴の底ほどあるステーキを、食が細いダニエル様でも二枚は食べる。ジョンもそうだが、ダニエル様の部下たちは、その肉を四枚以上は食べるのである。


 肉の種類が多いとはいえ、私にとっては肉は肉である。

 旅の間は動く事もないので、ステーキが続けば、食欲だって落ちる。

 主食という言葉はなく、食事という言葉の中にパンは入っていない。

 多分、パンや麺の立場は芋類と同等で、スープより下だと思う。


 現に塩結びを二つ食べて、食事を終えたら、ベッドに連れていかれて、治癒の魔法をかけられた経験がある。

 それ以来、お結びは間食扱いになったが、終戦直後の難民ならいざ知らず、炭水化物を間食にはしたくない。


「終わった!」

「ご苦労さま、助かりましたよ。少し休んでください。今、ジョンがお茶を入れていますからね」

「はい」


 今日は、ルベが大量に魚を捕ってきたが、ダニエル様もジョンも手が離せない状態で、見かねた私が魚の処理をしたのである。

 ルベが前回、魚を持ってきた時は、ダニエル様がベーコンや、腸詰めをいぶすと聞いていたので、調味液に漬け込んで、一緒に薫製にしてもらったのだ。


 二人の酒飲みは、その味が気に入ってしまい、ルベは旅用に再び、海に潜る事になったのである。

 そのルベは今、ご褒美のアンモチに夢中の様子。

 数時間前に風呂に入れた、私の気持ちは複雑である。


「お疲れさま。今日で食料の準備は終わりだね」

 ジョンはそう言って、アンモチと緑茶を出してくれた。

「ふぅ。おいしい」

「まさか、四区のお茶まで好きだとは思わなかったよ」

 ジョンはそう言って、小さく笑う。


 この世界は紅茶が主流だが、四区は昔から、茶葉を発酵させないようだ。

 確かに、四区の食べ物には緑茶が合うと思う。

 紅茶が好きなダニエル様は、緑茶の渋みが口に残ると、あまり口にしない。


「ミソとしょう油は、持って行く?」

「ベスの好きな物は、優先的に用意したよ。魚にはしょう油なんだろう?」

「うん。ミソのスープも大好き」

「教会の本部には、ミソもしょう油もライハもあるから、足りなくなったら、頼むといいよ」


 教会本部には、世界中の人が集まるので、食材の種類は豊富なようである。

 青の大陸で生まれ育った私が、黒の大陸でも少し個性の強い、四区の食事を好むとは、ダニエル様も思わなかったようだ。

 日本人の転生者は記録にないと、ダニエル様は言った。


 これだけの食文化を伝えるのは、並の日本人一人では、無理だと私は思う。

 私はごく普通の高校生だった。主食である米を育てた経験もなく、ミソやしょう油は大手の製造会社の物を購入していたのだ。

 最初の種や菌は、どのようにして、手に入れたのだろう。


 日本人によく似た肌質を持ち、その食文化を大切に守っている人たちがいる。

 日本人だった私には、この四区がどこの国よりも、異世界だという気がしてならなかった。



 何年後に訪れても暮らせるように、洞窟内を整えて、私たちは馬車に乗った。

 青い畑や、黄色の菜の花畑。

 雪の下で眠っていた植物は、春を待ち焦がれていたように、その花を咲かせて得意気である。


「気になりますか? とても可愛らしいですよ」

 ダニエル様は、しきりに前髪を触る私を、からかって笑みを浮かべる。

 眉の上で前髪を切りそろえたのは、赤いアザを隠すため。


 赤いアザを隠すために、化粧をしたり、アザを黒くしたりと試してみたが、どれも今ひとつで、結局ルベが魔法でアザを隠した。

 ルベが急に離れたり、魔法が突然切れたりする事を考えて、用心のために前髪をそろえたのである。


「三日で四区を抜けますからね。そうしたら命が気になって、髪どころじゃなくなりますよ」

「え? そんなに危険なの?」

 ジョンの言葉に驚いている私を、ダニエル様が小さく笑う。


「四区を守っている山ですよ。この大陸で事故が一番多い場所です」

『大丈夫だ。崖から落ちた程度で、驚く我ではない』


 落ちるのが前提だが、何がどのように大丈夫なのだろうか。

 洞窟の生活で、すっかり薄れてしまった危機感を、私は大急ぎでたたき起こす事にした。



 最初に寄った小さな町は、織物や革製品を作っている町だった。

「この店は小さいですが、作業所は四区で一番大きいんですよ。大きさを全てそろえている店は、ここ以外にはありません」

 ジョンが一軒の店の前で、馬車を止めた。


 ダニエル様に連れられて入った店には、靴やかばんが並んでいた。

「いらっしゃい。ゆっくり見ていっておくれ」

 そう言ったふくよかな女性は、お母さんなのだろうか、前掛けの端に小さな男の子がしがみついていた。


「この子の靴を探しているのですが」

 ダニエル様の言葉で、私はようやく、この店に入った理由が分かった。

 靴とブーツは、クララが用意してくれた物で、一年半近く履いている。


「良く手入れがされているねぇ。だが、そろそろ寿命だろうね」

 そう言って、女性は奥から二つの靴を持ってきた。

「この大きさで、合うと思うよ。履いてみてごらん」


 一足目は今の靴と同じ大きさらしいが、新しい革が固いせいか、足に合わない。

 二足目は足の指に力が入れやすく、履き心地が良かった。

「やはりねぇ。体が大きくなるように、足も大きくなるんだよ」

 靴の古さから、サイズを選んでくれたようである。


 ダニエル様は私の靴とブーツを、その場で購入した。

「ありがとうございます」

「小さくなっているだろうと思っていたのですが、市場では子供の靴は手に入りませんからね」


 旅は足を守るためにも、ブーツを履くが、町中や建物の中では、普通の靴を履くのが一般的である。

 身分のある人たちは、木型を取って足にあった靴を作る。

 特に女性はドレスの数だけ靴を持っていると聞いた。


 庶民は古着ほど古い靴は出回らず、手に入れたら履きつぶすようである。

 私は旅に出るまで、革の靴を履いた事がなかった。

 成長期の子供の靴は、どこの家でも古い革やワラの靴底と分厚い布で、親が作っていたが、履き心地は悪くなかった。


 今夜は、この町で宿泊するようで、ジョンは馬車を宿屋の前に止めた。

 清潔感のある部屋と、おいしい料理が自慢の宿は、ジョンのお気に入りのようだった。


「この宿は初めて来ましたね」

「ダニエル様は教会以外は野宿じゃないですか。宿屋は苦手でしょう?」

 それは初耳だったが、確かにダニエル様と宿に泊まった記憶はあまりない。


「教会以外で休む時位は、誰にも気兼ねしたくはないですからね。苦手な訳ではありませんよ」

「身分が分かると、押し掛けてくる(やから)もいますからね。下手な宿屋には、オレも案内はしませんよ」




 二日目に到着した村は、小さな村だった。

 日が沈む時間帯だった事もあり、畑仕事の道具を片付けている村人を、数人見かけただけで、人通りはなかったが、どの家の窓にも、薄らと明かりが見えていた。


 馬車が木の塀がある、古い家の前に止まると、中から一人の男性が現れた。

「お待ちしておりました」

「ああ、馬を頼むよ」

「かしこまりました」

 どうやら、ジョンの知り合いのようである。


 民家の入り口は、台所がある土間になっていて、カマドの前の女性が、少しだけ手を止めて、目礼をした。

 ダニエル様と私は、ジョンの後に続いて、土間を横切り裏口から外に出た。


 小さいが手入れの行き届いた庭がある。

 外に出るのなら、わざわざ土間を抜ける必要はあるのだろうか。

 私なら、入り口横から庭にはいるか、木の塀に裏口を作ると思うが。


「この石畳から、足を踏み出してはいけませんよ。悪人よけの仕掛けがしてありますからね」

 ダニエル様と私は、その言葉に無言でうなずいた。

 悪人が来る理由は、その先に見えている蔵なのだろう。


 蔵の横にある小さな家の前に、一人の老人が立っていた。

「知らせを受けて、お待ちしておりました。この辺りの村には宿もありません。狭い離れですが、ゆっくりとお過ごしください」

 ダニエル様と私は、ご挨拶をして、その離れに入った。


(おさ)、伝えた通り、明日の朝には発ちたい。急かせて悪いが、見せてほしい」

「では、ご案内いたしましょう」

 ジョンが何を伝えて、何が見たいのか、全く分からないが、私の肩を守るように抱く、ダニエル様には分かっているのだと思う。


 二重に施錠されている蔵の中が、灯りに照らされる。

「ご希望の品は、この辺りでいかがでしょう」

 蔵中にある、薄い引き出しを数枚、机の上に並べて、老人は言った。


「これは、見事ですね」

「この国を守ってきた、ものでございますよ。外では暗器と呼ばれますが、私たちにとっては、そのような(まが)々(まが)しい物ではなく、守るための武器でした」


「外の者には見せないのですがね。ベスには必要になるでしょう? ダニエル様と長の顔合わせを兼ねて、寄ったんですよ」

 ダニエル様は真剣な顔で、うなずいた。

 洞窟で暗器の練習をしていたが、必要になる日は避けたいものである。

 私は言われるがまま、蔵の隅に立っている案山子に、ナイフ投げてみた。


 老人とジョンとダニエル様が、私のために選んだのは、上品なブローチと髪飾りと扇子だった。

 ナイフ投げは、見なかった事になったのだろうか。

 ダニエル様も購入するようで、少し話が長くなりそうである。


 私は投げナイフが並ぶ箱を眺めていたが、その並びに上等な箱がある事に気が付いた。

 その中には、とても手の込んだ細工の、まるでバターナイフのような、暗器があったが、こんな奇麗なナイフは投げられないと思う。

 私がこのナイフを使ったら、間違いなく自分で拾いに行く。


「お目が高い。それはオブーリ国王が、魔力のない最愛の王妃に贈られた、護身用の投てき武器です。普段はお見せしないのですが」

「貴重な物を見せていただき、ありがとうございます」


 どれ程美しい姿の武器でも、人に向ける武器。

 しかし、か弱い王妃と優しい王の話は、乙女心をくすぐるものがある。


「ベス、気に入ったのなら、持って行っていいよ。それ、うちの婆ちゃんの物だから。ちなみに婆ちゃんは大剣使いで、世界に名を残した爺ちゃんを守っていたんだ。四区じゃ怪力王妃は有名人なんだよ」

「ええ?!」


「ジョン様がご結婚されない訳が分かりました……」

「え? 何で? オレにも分かっていないのになあ」

 老人の前で頭をかいているジョン。

 ダニエル様は口元を隠して、肩を振るわせていた。


 ジョン。あんたはバクか? 乙女の夢を勝手に食うな!








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