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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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海グモと海ネズミ

 穴と呼ばれる洞窟の暮らしは、想像以上に快適で、私は暇という言葉も忘れて過ごしていた。

 とはいえ、ジョンから剣や暗器の指導を受け、ルベの空間では、ルベから魔力の制御を教えてもらっている。


 十二歳で、獣神官の試練を終わらせてしまった私の事は、就任式を受ける間際まで、大神官と送り神官が公表をしない事で、話がまとまったようである。

 そのような訳で、私には家庭教師が付いた。

 ダニエル様だが……。


 学園はどこに通っても良いと言われたが、その条件に寮生活は認められず、ダニエル様の保護を受ける事が追加された。

 生まれてから、いつも一緒なのだから問題はないが、白の学園に入れば大神官のお膝元になるので、ダニエル様は主神官の仕事に専念できるようである。


 私は口には出さないが、白の学園に行くしかないと思っている。

 白の大陸にある教会本部の町を見てから、それを伝えても遅くはないだろう。

 学園に入学する前に、卒業後の仕事が決まってしまった事を、ダニエル様は同情してくれるが、気にはしていない。


 逃げ道はちゃんと考えている。

 私は周りが思っている程、聞き分けの良い子ではないのである。


「今日はここまでにしましょう。明日は気持ちと心も連れてきてくださいね」

 ダニエル様は盛大に皮肉を言って、白々しい笑顔を作ってみせた。

「私は連れてきたいのですが、二人は遊びたい盛りなのです」

 とても困っている顔を作るのは難しい。


 ダニエル様は私を見て、吹き出した。

「海に行く時は、絶対にルベと行く事。一度でも約束を破ったら、禁止にしますよ。良いですね」

「はい!」

 返事だけは自信があるのだ、任せてほしい。


 私は古着をたくさん着込んで、台所と風呂場の間にある扉を開けた。

『獣神官がカンテラを持つなど、ありえんと言ったであろう』

『ああ、癖でつい、ごめん』

 私は暗がりでも、光の属性があるので、目が見えるようになっていた。


 獣神官は四神獣の力を分けてもらえる。

 青の神獣からは時、赤の神獣からは光、黒の神獣からは闇、そして白の神獣からは空間である。


 獣神官の就任式で、私は四神獣と会うようで、それまでは、その基本となる魔法以外は使えないようである。

 確かに、就任前にそんな魔法を使ったら、大騒ぎになるだろう。


 主神官でも四魔法のうち、二つを使えるダニエル様の魔力は、特出しているのだ。

 他の人から見れば、獣神官は化け物だろう。

 実際に、そういう陰口を幾度も耳にしたルベは、あらかじめ耳に入れて、私が傷付く事を回避したかったようだ。



『ベス、足元の石がぬれている。(ほう)けていたら転ぶぞ』

「うん。ここで転んだら痛そうだね。おまけに冷たそう」


 扉の外には流木の塩抜きをする水場と、乾燥をさせる場所がある。

 流木は塩抜きをしないと、調理道具の金属を駄目にするらしい。

 普通の木材でも流木でも乾燥は必要なので、手間に変わりはない気がする。


 ジョンに作ってもらった釣りざおと、ダニエル様お手製のまき餌、ルベが集めてきてくれた餌がある。

 二百メートル程先の広場にある小さな海で、今日は釣りをするのだ。


「できれば、四匹釣りたいよね」

『何十匹でもとってやるぞ』

「それじゃあ、釣りが楽しめないでしょう」

『ただ座っているのが楽しいとは、不可解だ』


 通路の先が急に明るくなった。

 とは言っても、明かり取りの窓が数個あるだけだが、自然光の明るさは魔導具の照明とは質が違うように思う。


 この小さな海は、洞窟の入り口に続いているが、一日に二回程、手こぎの船が通れるだけ隙間が開く。

 この入り口を知る人は、今ではもういないようである。

 小さな海の横には、朽ちた船が辛うじてその形をとどめていた。


 私がこの場所に来る事を、ダニエル様が快く思っていないのは、この入り江の水深にある。

 この洞窟は土でできていないためか、とても深く、浅瀬がないのである。


 泳げるとは言っても、冬の海。

 おまけに少々そそっかしいと自覚しているので、ダニエル様の心配はありがたいと思っている。


 海の中は、流れてきた砂や土が積もっているらしく、海藻も豊富で巨大な魔物が入り込めないため、ルベの話では、多くの魚がいるらしい。

 私に釣られる間抜けが、少ないと言わんばかりだが。


『こら、ベス。寝るな! なぜ歌や話が止むと、寝息になるのだ。帰るぞ』

「魚が一匹も釣れていないから、もう少しだけ」

『魚は寝起きに飯を食うから、明け方が釣れるとジョンが言っていただろう』

「私は昼食も、おやつも食べるよ。見た事のない魚が釣れたら、楽しいでしょう?」


『なんだ、そんなものが見たかったのか。待っておれ』

 そう言うとルベは海に飛び込んだ。

「冬なのに……。なんかズルイ」


 ルベはすぐに上がってくると、体を振って水を飛ばした。

『これはどうだ? 見た事がないだろう』

 それは、黒く長い足を持っている生き物。


「うわあ! おいしそう!」

 カニである。体にあるトゲはタラバガニや花咲ガニのようだが、足が左右に四本あるから、カニの仲間なのだろう。


『これを食う気なのか?!』

「うん、食う! 生でも大丈夫?」

『殻に入っているものは、火を通さねば人には無理だ』

 この世界ではエビは良く食べられるが、生で食べてはいけない事は子供でも知っている。


 私は服を一枚脱いでルベを包み、魚を入れて帰る予定だったバケツに入れた。

 カニはルベがしまうと、呼吸ができないので、ルベに持たせて急いで帰った。


「ダニエル様、これを()でてください!」

 目を見開き、固まってしまったダニエル様。

 どうやら本当に、食べ物とは思っていないようである。


「ベス、ひとつ聞くが、どっちを茹でるんだ?」

 ジョンが面白そうに聞いた。

「ルベをお風呂に入れるのは、茹でるとは言わないでしょ」

 質問の意味が分からない。


「海グモを茹でて、どうするんだ?」

 カニをクモと言うな!

 私がゲテモノ食いみたいに聞こえる。


「食べるに決まっているでしょう?」

 ジョンはあきれたように首を振った。


「本気ですか?」

 ダニエル様は、カニをマジマジと見て、そう聞いた。


 エビの顔とカニの顔ならば、私はエビの方が怖いと思う。

 ダニエル様はエビの顔の方が、好みなのだろうか。


「うん。今夜は豪勢ね。塩は多目に茹でてくださいね。後は私がやります」

 バケツの中で、ルベが寒そうに私を見ているので、それだけを伝えて、急いで風呂場に向かった。



「海グモを解体する人を初めて見ました」

 ダニエル様は、カニの準備をしている私の横で、感心しているのか、あきれているのか、そう言った。


 前世の母親の兄から、年末に送られてくるカニは、両親が奮発して買うカニより立派で味も良く、私はとても楽しみにしていた。

 キッチンバサミで簡単に、支度ができるようになったのは、母親が不器用だったからである。

 カニにはハサミで簡単に切れる場所があるのだ。



「おいしそうでしょう? 食べましょう」

「ええ……」

「うまそうだ……」

 顔を引きつらせている二人の様子は、かなり面白い。


 私は二人の目の前で、カニを食べて見せた。

「おいしい! これこれ、最高! ルベも食べる?」

 私はルベの器に、カニを入れた。


 ルベはそれを、少しも迷わず口にした。

『これはうまいな。あれは殻が固いので食べなかったが、こうして食べるとうまいものだったのだな』


 それを聞いていたダニエル様と、それを見ていたジョンが、カニをゆっくり口にした。

「おいしいですね。勇気を出して、口にする価値はありますね」

「信じられない。なぜこれを今まで食わなかったんだ。本当にうまい」


 海グモは味が濃厚なので色々な料理に使えると、海グモの味に魅せられた、二人の話は尽きない。

 ダニエル様もジョンも料理が得意なので、いろいろな料理が食べられそうだと、私とルベは喜んだ。


 私は甲羅に残ったミソを焼き、ジョンに酒をもらって甲羅ごと温めた。

 これは、祖母に教わったもので、祖父は毛ガニの酒が一番好きだったようだ。

 私は酒を飲まないので、甲羅酒の味は分からない。

 だが、祖父の味覚は信用ができるので、ハズレではないと思う。



「飲んでみてください。多分おいしいと思いますよ」

「酒で遊ぶなよ。まあ、今日はベスにだまされた方が、良い日のようだからね」

 ジョンはそう言って酒を口にした。

 ダニエル様は興味深そうに、今度は笑顔で酒を飲んだ。


「参ったな。これも好物になりそうだ」

 ジョンは愉快そうに酒を眺めた。

「体が温まりますね。おいしいです」

 ダニエル様は、幸せそうな表情でそう言った。



 海グモに興味を持ったダニエル様とジョン。

 穴の生活は大人には少々、退屈だったようで、海グモ料理を作って、春からの旅用にルベに持たせる事になったようである。


 この空間は、住民の避難場所と考えられていたので、大きなカマドも鍋もある。

 ルベはせかされて、海に潜り、大量のカニを持ち帰った。

 私は、ルベの風呂を用意して待つ係を仰せつかった。


 風呂係と言うのは、邪魔だから追いやられたのだと分かったが、不満を口にしなかったのは、二人がとても楽しそうだったからである。

 子供は無邪気にはしゃぐ大人の姿が、嫌いではない。


 ルベの体の海水を洗い流し、水石けんで皮膚を丁寧に洗う。

 湯船につかっているルベが、何かを取り出した。

『これは生でも食えるぞ。内臓がうまいのだが、量が少ないから、めったに食う事はないがな』


『ナマコ! これ好きだけど、内臓は大人用だと思う』

 ルベにナイフを出してもらって、ナマコの両端を切り落とした。

 もったいないが、初めてナマコに包丁を当てた時、鳴き声のような音を聞いてから、両端は切り取る事にしている。


 私はルベに内臓を食べさせて、風呂から上がった。


 人目を避けて、こっそりと何かしようとすると、必ず見つかるのはなぜだろう。

 それはナマコを食べた瞬間の事だった。

「ああ! ベス! 何を食っている?!」

 叫んだのはジョンだった。


「何を食べたのですか?」

「ベスが海ネズミを!」

「な、何ですって?!」

 ナマコは世界が違っても、海ネズミと呼ばれるようだ。


「ベス、ペッとなさい。ペッです、ペッ!」

 嫌ですと、ダニエル様に目で訴えてみる。

「目を離すと、何でも口にする年でもないだろうに、手にある残りを出して」

 ジョンの顔が怖い。


 何とか口の中のものを飲み込んで、手にある残りの三分の二を口に入れた。

「ああぁ、駄目だって。はい、出して」

 出してなるものかと、ジョンには目で抗議してやった。

 二人に見つめられ、手をだされているが、それどころではなくなった。


 ナマコが大きすぎたようで、()(しやく)ができない。

 私の中身は十六歳なのだ。

 口の中のものを、人の手になんか出せるはずがない。

 二人を見つめて今度は涙目で訴える。


 ……わかれよ!








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