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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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光が差し込む穴

 馬車を市場の一角に止めて、ジョンとダニエル様が食材を買って来ては、置いて行く。

 それをルベが、次々に片付けている。


「ルベ、こんなにたくさんの食材を、どうするの?」

『春まで、潜っている気なのだろう』

「どこに?」

『穴だ。すぐに分かる』


 春まで穴に潜るって……。

 人間は冬眠はできないと思うが、この世界の人間は、まさかそれが可能なのだろうか。

 そんな話は聞いた事がない。


 冬眠ができるなら、寝ていられるから、まだ良いのかもしれない。

 穴に春まで閉じこもるなど、体に悪いどころか、退屈過ぎて無理だと思う。

 だが、穴にもよるだろうかと考えて、アリの巣を思い出して首を振った。

 退屈な穴は、いくつあっても、退屈に変わりはないと思う。


「さあ、行きましょう」

 戻ってきたダニエル様は上機嫌だ。

「ベス。退屈だったかい? すぐにつくからね」

 ジョンは笑顔でそう言うが、春までの退屈を思えば、僅かな時間の退屈など、足元にも及ばないだろう。


 市場の町から北に向かい、脇道の先にある林を抜けた場所に岬があった。

 その岬の手前に柵が巡らされている理由は、その奥にたつ墓のせいだろう。

 この世界に、彼岸があるとは聞いていない。

 私はこの世界の墓地を初めて見た。


「黒の大陸には昔、六つの国があったと言ったのを覚えていますか?」

「はい」


「四区は昔、オブーリ国と言って、その王家は代々賢王として、その名を残していたのです。大陸がイーズリになった時、最後の王は自ら市井に下ったと言われています。そこに見えるのは、その王家の墓なのですよ」


「それで、お墓にご挨拶をしに来たのですか?」

 王家や貴族に知り合いがいるダニエル様の事だから、ここに眠っている誰かが知り合いなのかと思ったが、ダニエル様は小さく笑って首を振った。


「挨拶なんかされたら、じいさんたちがビックリするよ」

 ダニエル様と同じように笑っている、ジョンの言葉の意味が分からなかった。

「ジョンは、その王家の末えいなのです」

「え? 世が世なら、王子様か王様?」


 驚くなと言われたら、即座にお断りする。それ位には驚いた。

 別に、ジョンが品性に欠けるとか、容姿が劣っているとかの問題ではない。

 王家の血筋は、そんなにゴロゴロと、そこら中に転がっているものではない。


「ああ、王と言っても、でかい城に住んでいた訳じゃない。柵の辺りに平家の木造の家があったんだ。ボロボロになっていたんだが、オレが子供の時に嵐がきてつぶれたんだよ。血はオレで最後だから、この墓地はダニエル様にお任せしたんだ」


 ダニエル様は確かに主神官だが、自分の祖先の墓を、人に任せたりできるものだろうか。


 墓といっても、名前は彫られているが、その辺にある石が並んでいるだけで、その形も様々である。

 そこが、管理されている場所に見えるのは、一番奥に石造りの小屋があるからだろう。


「あの小屋もお墓ですか?」

「前は、古い丸太小屋だったのですが、壊れそうだったので、建て替えたのですよ。私のお気に入りの場所です」


 満面の笑みを浮かべているが、ダニエル様はここが墓地である事を、忘れているのだろうか。

 まあ。吸血鬼の姿でも様にはなると思うが。


 馬車を下りて、墓地を歩く。

 小屋に着くと、扉の鍵を開けたジョンに続いて、私たちも中に入った。

 作業小屋だろうか、壁には古い木材や工具があり、部屋の真ん中には不釣り合いな大きさの作業台があった。


 部屋の隅にある木箱から、ジョンが魔導具であるカンテラを出して、ダニエル様に渡した。

「扉を閉めると暗くなりますからね」


 そう言われれば、この小屋には窓がない。

 作業小屋が昼間でも暗いのは、不自由だと思っていると、ジョンはカンテラを出した木箱の下にある床を開けた。


「ダニエル様、地下室があるのですか?」

「ええ。その入り口を守るために、この小屋はあるのです」


 赤の大陸の地下空間で生活していた私には、地下に抵抗はないが、あのような特殊なものが、二つもあるとは思えない。

 ダニエル様のマントの端を握りながら、私は土の上に板を渡しただけの階段を、慎重に下りて行く。


 階段は小さな踊り場がある度に、その向きを変え、長さを変えながら、下へと続いていた。

 ようやくダニエル様が立ち止まった。

 穴もこれだけ深ければ、興味もわく。


 私はダニエル様の横から顔を出して、その先の様子をのぞく。

 カンテラが照らす先には扉があり、ジョンはそこでまた鍵を開けた。


「着きましたよ。オレは馬を預けてきますので、後はお願いします」

「ええ。お礼は不足がないようにお願いしますよ」

「ありがとうございます」

 ジョンはそう言うと、また戻って行った。


「近くに馬を扱う店なんて、ありましたか?」

「いいえ、少し先にジョンの友人がいましてね。馬の面倒を見てくれるのです。風車で粉をひいている方で、今は秋ですから、きっと忙しくしているでしょう」

 ダニエル様はそう言うと、楽しそうに私を見た。


「ベス、この扉を開けてごらんなさい」

 この先には、何かがあるらしい。

 私は鍵のない扉を、ゆっくりと開けた。


「わあ、明るい!」

 私は思わず声をあげた。

 カンテラが照らすだけの暗い階段の先に、自然光が照らす場所があると、誰が想像できるだろうか。


「ダニエル様、あんなに高い場所に窓ですか?」

「ええ、それはルベに聞くといいですよ」


 馬車を下りる時に、カバンになっていたルベが、獣になって床で伸びをする。

『ああ、生き返る』

 やはり魔素が薄いと、体には負担になるようだ。


『今の白の大陸にある教会本部を作った、大神官が若い頃、ここの王と親交があったのだ。それでこの穴を作る時に少し手を貸したのだ。オブーリの者は魔力が低いからな』


 魔法があるせいか、この世界に機械類は少ない。

 この大きな穴を、人の手だけで作ったとは、さすがに私でも思ってはいない。

 ルベはその小さな頭を上に向けて、目を細めた。


『この穴は有事の時、民を避難させるために作られたのだ。それを聞いた大神官は、ここで一番苦労しそうな、水と光を取り入れる事に力を貸したのだ。全く、あれは面倒だった。海の船からは見えぬように、岩肌のくぼみに穴を開けて、甲羅を張ったのだ。我は二度と手伝わぬ』


 ルベの口調から、当時の苦労がしのばれるが、聞き慣れない言葉があった。

「甲羅?」

 見上げる高さにある、大きさも形も不規則な窓は、特に気になる所はなかった。


『あれは、白カメの甲羅の裏だ。だから、窓の大きさがバラバラなのだ。ガラスができる前の話だからな。その白カメの強力な臭いは、半年も鼻に残った』


 思い出したのか、小さな鼻を隠すルベを抱いて、ダニエル様を見た。


「白カメは深海にいる魔物です。カメに似ていますがエラがあって、とても凶暴だと言われています。ただ、水上に出ると強力な悪臭のある毒を放って死んでしまいますので、戦った記録は残っていないのです」


 ルベは私の腕の中から、顔だけをダニエル様に向けた。

『人間の記録になくても、我の記憶にはある。甲羅は毒で濁るのだ。あれを海の中で解体して地上に持ってくると、毒を浴びた我の体は、この世のものとは思えない程、臭くなっているのだ。二度とやらぬ』


「みんなに臭いと言われたの?」

『ふん。我を見るだけで逃げおった』

 ルベには気の毒だが、ダニエル様と私は目を合わせて笑った。


「ここは、海から入る洞窟なのですよ。ほんの僅かな時間しか見えないのですがね。それを地上から入れるようにしたのです」


 この岬は海面近くから上に向けて、急な斜度がついているらしく、水面ギリギリの場所に洞窟の入り口があるらしい。

 その上にある岩肌の特性を生かして、明かり取りの窓があるようだ。


 黒い石と茶色の土が部屋を二つに分けていた。

 入り口から見て右側の、上に窓がたくさんある黒い方の壁には、海へと向かう扉と、水を使う場所がまとまっていた。


 左側には扉がずらりと並んでいて、ここは避難場所として作られた事がわかる。

 天井はないが、壁に囲まれたプライベートの空間は、避難が長期になると確かに必要だろうと思う。


 部屋は必要な時に、増やせるようにしてあるとルベは言った。

 確かに、石では大変だろうが、土ならば何とかなるだろう。


 前を歩いている、ダニエル様が、突き当たりの扉を開けた。

「ここには、たくさんの武器があるのですよ」

 珍しい武器もあるようで、ダニエル様は嬉しそうな表情で言った。


 どうやら、訓練場のようだが、錆びやすいのだろうか、武器は油紙で丁寧に包まれていた。


「ここは、夏は涼しく、冬は暖かいのです」

「天井がこんなに高いのに? 魔導具を使うのでしょうか」


 天井の高い場所は、寒いと知ったのは、サイユ村の教会だった。

 暖かい空気は上に行ってしまうのだと、父さんが言っていたのである。


「オブーリは魔導具ではなく、知恵を使う国民ですからね。一カ所で常時、火を焚いていれば、この中はいつも暖かいのです。お湯も使えますよ」

 その暖房設備は、今でも四区の主流らしい。


「林から木を持って来て、燃やすのでしょうか?」

 来る途中の林を思い出したが、生木はすぐには使えない。

「海から流れてきた流木を使います」

 ダニエル様は、なぜか得意そうに言った。


 ジョンが帰ってきて、それぞれが自分の部屋を決めたのだが、ベッドとサイドテーブルしかない部屋は、どこを選んでも変わりはない。

 ダニエル様の部屋を挟んで、ジョンと私の部屋は決まった。

 ルベがそれぞれの部屋を回って、木だけのベッドにマットや毛布を置いた。


「ルベ、食卓セットと、ソファーのセットもお願いしますね。ベスが床に寝転がれるように、敷物もお願いします」


「ベス、何だって床に寝転がるんだ?」

 ジョンに聞かれたが、私にはそんな習性はない。

「え? 寝転がらないよ?」


 ようやく、人が暮らせるような場所になって、私はダニエル様がここを選んだ訳が分かった。

 確かに山ではなく、海に近いここには魔素があるから、ルベのためには良い場所だろう。


 私はここでようやく、肩の力が抜けたような気がした。

 この場所は、暮らしやすそうだと思った。


「気持ちいい! 最高だね、ルベ」

 敷物の上に寝転がって、ルベを持ち上げた。


 ソファーに腰掛けていた、ジョンが私を見て吹き出した。

「ああ、本当に寝転がった」


「ええ、ベスはなぜか、毛足の長い敷物があると、寝転がるのです。気持ちがよさそうでしょう?」

「あれは止められませんね。オレ、靴で上がらないようにしますよ」

 ダニエル様の話を聞いて、ジョンは私を見ながら、優しい笑みを浮かべた。


 私は無意識に、床に寝転がる習性があるようだ。

 確かに、他にやっている人を見た記憶はない。


「気持ちがいいのにねぇ」

『我も好きだが、ベス以外の人間が伸びをするのを、見た事はないな』

 私の横で、気持ち良さそうに大の字になっているルベが、そう言った。








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