表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
69/185

海とドナート神官

 海沿いの細い道にある脇道は、馬車が辛うじて通る事ができる幅しかなく、人々が通うであろう教会へ続く道とは、とても思えない。

 かつては多くの人が通ったのだろうか、その道に敷かれている、すり減った石畳は今、雑草を防ぐだけの代物になっていた。


 小高い丘の上には、教会以外の建物はない。

 その教会が、まるで私たちの訪れに興味がないように見えるのは、入り口が道に面していないせいだろう。

 道を外れて教会の裏で馬車を降り、入り口へ回り込む。

 私は教会も前に立って、振り返った。


「この教会は、民のためではなく、海のためにあるのでしょうか?」

「どうして、そう思われたのかな?」

「だって、海の向こうの誰かを、恋しがっているように感じるもの。あっ、失礼いたしました」


 思わず聞かれるがままに答えてしまったが、初めて見る紫色の神官服の老人は、ダニエル様の師匠なのだろうと思った。

 長い髪と髭は白いが、元は茶色だったのだろうか、その色が幾筋か残っている。

 瞳は黒いが、その輪郭は年を重ねたせいか、奇麗な円を描いてはいなかった。


「ご無沙汰いたしております、師匠」

「おお、ダニエル様。ご健勝そうで何よりです。おいでになると連絡がまいりましたので、こうしてお迎えにあがりました」

 なんて優しく、ダニエル様を見る方なのだろう。


『ドナート、久しいな。我は今、ルベウスと名乗っておる』

「はい。ダニエル様からのお手紙で、伺っております」

『そうか。苦労を掛けたな』

「もったいない、お言葉でございます」

 ルベは誰にでも、偉そうな物言いをするが、どうやら迷惑をお掛けしたようだ。


「師匠。彼女がエリザベスです」

「初めてお目に掛かります。エリザベスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 ダニエル様に紹介されて、私はご挨拶をした。


「ドナートです。この教会に長く居着いております」

 ドナート様はそう言って、面白そうに小さく笑った。

「ドナート様、また、そのようにおっしゃって」

「彼はデビット神官。私の後任者になる者です。お見知りおきください」


 デビット神官は自己紹介をしてくださった。

 私もご挨拶をしたが、初対面は私だけだったようである。

 皆と礼拝堂で祈った時、私は最古の教会の女神像と対面して驚いた。


 大きな女神像と、その膝丈ほどの神獣の像しか見た事がなかったが、ここの像は違っていたのである。

 前世の友人たちと変わらない身長だから、百六十センチ前後だろうか、明るく優しそうな女神様には、親近感を覚えた。


 しかし神獣は、四つ足なのに、その背中は女神様と同じくらいはあるのだ。

 大きすぎて怖い。四神獣というのだから、あれが四頭もいるのだろうか。

 種類が違うと思いたいが、私は同じ姿をした、三頭の神獣を見ているのである。

 空を飛んでいたので、大きさの見当はつかないが。


「ダニエル様、お部屋はお任せしてよろしいでしょうか」

 礼拝堂から出る時、デビット神官が言った。

「ええ。自由に使わせていただきますので、お気遣いなく」

「助かります」


 古い教会には、元々客室はなかったようで、使われていない病室で、客は寝泊まりをするようだ。

 病室は四人用が二つあったが、一部屋だけを使わせてもらう事にした。

 ベッドとサイドテーブルが四組みしかない部屋は、就寝時以外に使う事はなさそうだった。


 部屋を決めて寝床を整えると、ダニエル様はドナート様に話があるようで、部屋をでて行った。

 ドナート様とデビット様の、身の回りのお世話をしている管理人さんは、ジョンもよく知っている人らしい。

 急に人数が増えて大変だろうと、ジョンは早速、手伝いに向かった。


 ゆっくり、休んでいろと言われたが、休むって何をすれば良いのだろう。

 ベッドの上で、体育座りをしてみた。

 私の休む姿勢はこれだろうか。


『ルベ、海が見える。そういえばここから見える海に、名前はないの?』

『山は区別がつかないから、名前が必要だろうが、海は一つなのだから、名前はいらぬだろう。第一どのように分けるのだ?』

 大陸間の戦争を神獣が許さない世界で、漁業権の主張をしたら、神獣に怒られそうだと思った。


 ルベは古い地図を出した。

『暇なら、少し話をしようか、ベスはこの世界が丸いと知っているな?』

『うん』


『だが、世界を描いた地図の上は白、下は赤、右が必ず青で左が黒の大陸。それ以外の地図はない。そして、船はこの地図からは出ないのだ』

『なぜ? 青の大陸のベルナーダ国と、黒の大陸の二区や四区は近いと思うわ』

『そうだ。だが、それはできないと海に携わる者は皆、知っている』


 地図にはない海には、船が通れない場所があるとルベは言う。

 その場所は“神の海域”と呼ばれているようだ。

 その海域に挑んだ船の乗組員は、生きては戻らないらしい。


 運良く生き残った者たちは、呼吸ができない場所だったと、必ず証言をするようである。

 彼らは皆、どこかの大陸付近で、仲間の遺体と船ごと漂っていて、助けられるのだと言う。


『そんな怪しい場所を、教会本部が放置するとは思えないわ。だけど教会が動かないと言う事は、そこに秘密があるからでしょう?』

『ほう、そう取るか』


 それ以外は考えられない。

 興味本位で行ったにしても、人が命を落とすような場所である、自ら出向かなくても、教会本部の大神官は神の言葉が聞けるのだ。


『うん。その秘密をルベは知っているでしょう? で、何があるの?』

『それはまだ、教える訳にはいかん。そして教えるのは我ではない』

 ルベでなければ、ダニエル様しかいない。


 ルベは、まだと言ったのだ。

 そしてどうやら、いつかは教えてもらえるようだ。

 別に船乗りになろうとは、思っていない。

 ならば今は“神の海域”があるとだけ覚えておこうと思う。



 夕食が、土間にあるテーブルに並べられた。

「四区の料理ですから、お口に合うかどうか……」

 教会の管理人さんが、そう言って笑顔を向けた。


 魚がぶつ切りで、たくさんの野菜と煮込まれていた。

 大豆のかけらは少し大きいが、これは間違いなくみそ仕立てである。

 米酢が利いている酢飯の中には、しょう油で煮た具材が混ざっていて、食べた事のない混ぜ寿司を懐かしいと思った。


「すごく、おいしい。このスープは体が温まりますね」

 みそ汁より鍋に近いと思うのだが、ここはスープと言うのが、正解だろう。

「ベスは、四区の食い物を本当に嫌わないな」

 ジョンはそれが嬉しいようだ。


 ルベの深いスープ皿にある、魚の骨を外していると、ダニエル様と目が合った。

「魔物の骨すら噛み砕くのですから、そのままで良いでしょう?」

『汁につかった骨は、味が悪い。ベスが手を掛けると、食い物が一段とうまくなるのを、知らんのか』

『知りませんよ。わがままな……』


 ドナート様には、ルベの話が聞こえるので、少し困った顔でダニエル様を見てから、小さく笑った。

「ルベウス様のスープには、エリザベス様のお気持ちが、込められています。私たちのスープより、きっと良い味になることでしょうね」


 私は食事をしながら、そっとダニエル様を盗み見た。

 悪態をつくのはいつもの事だが、今夜は少し何かが違う。

 まるで、ルベに不信感を抱いているかのように、その言葉に冷たい物を感じたのである。

 何かがあったのだろうか……。



 テーブルの食器が片付けられて、良い香りのハーブ茶が配られた時、ドナート様が席を立たれた。

「エリザベス様。少し私の部屋でお話をいたしませんか? 最近、若いお嬢さんとお話をする機会がありませんので」

「はい。若過ぎて子供ですが、喜んで」

 ドナート様のごまかしに、気が付かないような振りをして、私は立ち上がった。


「師匠、私もお話を」

『我はベスのそばにおる』

 ダニエル様とルベは子供か……。


「私は若いお嬢さんと、楽しくおしゃべりがしたいのですよ。邪魔はしないでください。さあ、エリザベス様、参りましょう」

 私は肩を落としている二人に、小さく手を振った。


 ドナート様の執務室は、壁が見えない程の本があったが、奇麗に整頓がされていて、落ち着きのある雰囲気だった。

 唯一、執務机の前にある窓からは、海が見えるのだろうが、今はランプの明かりに照らされた、私の姿が映っている。


 私たちの後から入ってきた管理人さんが、小さな机にお茶を置いて退室した。

 ドナート様は、椅子を引いて私を座らせると、ゆっくりとテーブルの向かいの椅子に腰を下ろした。


「ダニエル様は、本当にエリザベス様がかわいくて、仕方がないのでしょう。困ったものです。ルベウス様にあのような態度をおとりになるとは」

 やはり、今日の悪態は違ったのか……。


「残念ながら私にはもう、ダニエル様を見守る時間がないのです。来年の春には、旅立たねばなりませんからね」

 察してはいたが、旅立ちとはこの場合、死を意味する言葉だろうか。


「その旅の出発を、遅らせる事は不可能なのでしょうか?」

 ダニエル様の魔法は、きっと使えないのだろう。

 それができるのならば、迷わずに使用するに決まっているのだから。


「ええ。早くなっても、遅くはなりません。もう、私は十分に生きたのです。人間はいくつになっても、この世に未練があり、やり残している事はあるのです。どこで見切りを付けるか、それだけのようです」

 年を取ると人は悟って、この世に未練は無くなるものと思っていた。


「私には、神からお預かりした力があるのです。この紫の神官服を着用しているのが、送り神官の(あかし)なのですよ」

「送り神官?」

 神官補、神官、主神官、大神官に獣神官。教室で教わるのはそれだけだ。


「ええ。世界でただ一人の仕事です。私は神や獣神がお呼びになった方を、送って差し上げるのが仕事なのですよ」

 殺すのだろうか。神と会う機会は、それ以外にはないと思うのだが。

「どこへ? どのようにして?」


「送り神官は、神からその力を授かるのですが、それは、死期が近付くとだんだんと薄れてしまうのですよ。次の送り神官になるデビットは、まだ、その力を有していません。後十年は修行を積まなければなりません。デビットはそれを成し遂げるでしょうが、その間、送り神官の席が空きになるのです」


 それは分かったが、聞いたところで、十二歳の私に何ができるだろう。

 しばらく考えてはみたが、私が役に立てるとしたらデビット神官に、頑張れと声援を送る位しか思い浮かばない。

 そして、きっとそれは“ありがた迷惑”とよばれる類いの物だと思う。


「私がエリザベス様と、お話をしたかったのは、教会本部と、ダニエル様の言わないであろう本音の話です。本来ならば、それはまだ先でも良かったのですが、それを良しとしない、大きな力が動きだしてしまったのです」


 教会本部の思惑が何かを、私は知らない。

 だが、ダニエル様がそれから、私を守ってくれている事は知っている。

 大きな力が何かは分からないが、私はこれ以上、ダニエル様の陰に隠れていてはいけない気がする。

 私自身の事ならば、自分で解決をする努力は、するべきだろうと思った。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ