姿が見えない黒い鳥
「ジョンじゃないか! お帰り」
「おう、元気そうだな。ダニエル様をお連れしたのだが、今回はめいごさんもご一緒だ。通してくれるか?」
ダニエル様が幌から顔を出した。
「姪を連れて、始祖の教会まで行きたいのです」
「ダニエル様! どうぞ、どうぞお通りください」
「はい。ありがとうございます」
ダニエル様が幌の中に戻って、小さく肩を上げた。
「馬鹿、俺を失業させる気かよ。ああ、失礼があってはならないから、この札を持って行ってくれ。ダニエル様を存じ上げない若い者がいるかもしれない」
「ありがとうな。仕事がんばれよ」
ダニエル様は主神官だが、そこまで偉い人だっただろうか。
今までの旅で、邪険にされていた訳ではないが、この対応は初めてだった。
四区の門は、何も調べられずに通る事ができた。
調べられても困る事がないと、その待遇に違和感を覚えるから不思議だ。
『ダニエル様って、主神官だから偉い人なの?』
『いいえ。私の師は、四区では尊敬されていますからね。私はその師と数年、一緒に暮らしていただけなのですよ』
そんな事ではないと思うが……。
私の料金は本当に良いのだろうか。
「ねえ、本当にただ? 無料? ひょっとして、いんちき?」
私はジョンに念を押すように聞いた。
「四区は入り口で金を払うだけで、後はどこにでも行けるんだよ」
「親切ね」
ジョンは鼻で小さく笑う。
「親切なものか。宿も店もよそ者は一割増しなんだよ」
「どうやって、よそ者だと分かるの?」
「肌の色だよ。四区の魔力持ちは地元でしか買い物はしない。その都度、身分札を見せるのは、面倒だからね」
四区は人種差別がひどいのだろうか。
「肌の色で差別をするのは、いけない事だと聞いていますが」
私は返事を待つように、ダニエル様を見た。
「宿もお店も値札どおりに売っていますよ。ただ、四区は仲間意識がとても強いのです。魔力の少ない者同士が、助け合って暮らしてきましたからね。仲間は一から二割引きが普通なのです」
「ジョン、割り増しと割引は違うわ。お金の差ではなくて、悪意と善意の差だと思うのよ。四区の人たちを、意地が悪いみたいに言わないでよ。失礼だわ」
「意地は悪くないが、偏屈でかたくなな事は確かだよ。ベスが嫌な思いをしないようにと思ってね」
四区の人たちを見るのは、私の目。
そこに誰の思惑も、入れてはいけないと思う。
偏屈だったり、親切だったり、優しかったりは、どこの世界でも肌の色で変わるものではないのだ。
陶磁器のような肌を、嫌いになんてなれない。
その肌の色はかつて、私の肌の色だったのだから。
初夏の畑は、ただ青い。稲穂も畑の作物も、ようやく根を張り、今は水も土も太陽も全てが嬉しいと言わんばかりだ。
魔素が少ないと言われたが、私には大気の変化を感じる事はできない。
魔法を使えば、分かるのかもしれないが、魔法のない世界で暮らしていた私には、魔法に心残りや未練はない。
魔法など無くても、困らないと思ったが、さっそく無いと不便だと、知る事になったのは、野宿だった。
「へえ。ベスが火袋を持っているとは驚いたね」
「うん、良いでしょう? 魔法が封じられた時に、おじいさんにもらったのよ。これはとても便利なの」
ジョンはダニエル様の顔を見た。
ダニエル様は少し情けない顔で、うなずいた。
肉を焼いて、ルベが持っているスープと果実で夕食を済ませた。
ランタンとたき火で過ごす夜も、悪くはない。
ベッドマットが使用できないので、ダニエル様には気の毒だが。
四区に入って次の日には、もう、大きな町に入った。
「ここが市場の町だよ」
「市場の町?」
首をかしげる私に、ジョンが笑いながら、説明をしてくれた。
普通は、町に市場があるが、この細長い四区は、地理的に中心となる場所に、市場の町を作ったらしい。
四区の代表はこの町で仕事をすると言う。
この町の市場で、四区の物が全てそろうのだとジョンは言った。
特注品や、大量に物が欲しい時は、さすがに産地まで行くようだが。
「ジョン、私とルベは教会に挨拶をしてきますから、ベスをお願いします」
「良いですよ」
ジョンが私を馬車から降ろすと、ダニエル様を乗せた馬車は走って行った。
「ダニエル様の師匠に、お会いしたかったのに……」
「ああ、会えますよ。あの教会にドナート様はいないからね」
この町の教会は四区で一番大きいが、ダニエル様の師匠がいる教会は、四区で最古の教会なのだと、ジョンが教えてくれた。
「それなら、どうしてルベを連れて行ったのかな? どんな時でも、ルベは必ず私といたのに」
「心細いですか?」
ジョンはからかうような笑顔で、私の顔をのぞき込む。
「そんな事はないけれど、少し変だなと思ったの」
ダニエル様やルベと離れる時には、理由や事情がある。
だが、こんな風に説明をしてくれない事は、なかった気がするのだ。
「この町の教会は新しいのですよ。大神官様からの贈り物を届けに、ルベ様と行ったのです。すぐに戻りますから、私とアンモチでも食べて待っていましょう」
ジョンは今、なんて言った?
「アンモチって?」
「四区は豆をたくさん育てているんですよ。それでアンを作ります。モチライハはライハと同じような形なんですが別物で、蒸してこねると粒がなくなって、モチという物になるんです」
餅米と餅の説明のようだが……。
店先に縁台が並び、客が楽しそうに話し込んでいる。
店内に入ると、色とりどりのアンが並んでいた。
豆の色ごとに味は違うが、基本的にアンは甘いと説明を受けた。
私は日本で食べていた小豆のアンと、初めて見たピンク色のアンを選んだ。
赤い豆があるようで、アンにするとピンクになるようである。
色アンは、白アンを着色した物と思っていたが、ここのアンは着色をしてはいないらしい。
お皿の上に一口大のモチが並び、その上に注文したアンが掛けられている。
「おいしい!」
柔らかいモチと、くどさがないアンの絶妙なバランス。
そして、上品なアンの艶はさすがモチ屋だと思った。
私はアンの後口に、僅かに残る塩味が好きなのだが、ここのアンにはそれがあったのである。
おいしい食べ物に出会うと、人はそれをともに味わいたい者を、思い浮かべるようである。
「ルベは食べた事があるかしら」
「無いと思うよ。人の食べ物を口にしている姿は、今回初めて見たからね」
「甘い物が好きだから、きっと気にいるわね」
「ダニエル様の分と一緒に、買って来ましょう」
人気のある店のようで、時間帯もあるのだろうが、客の切れ間がない。
店の縁台を独占するのは、気が引ける。
私は客が多い店先から、少し外れた木陰で、ジョンを待つ事にした。
初夏に落ち葉だろうか。
だが、肩に感じた重さに記憶がある。
顔を横に向けると、今回のそれは黒い色をしていた。
「こんにちは、黒い鳥さん。私はベスよ、よろしくね。ルベは教会に行ったの。もうすぐ戻ってくるわよ」
その鳥は私の髪にくちばしを入れて、頬に頭をすり寄せた。
「あなたは、とても穏やかな子なのかしら。私は眠くなりそうよ」
そう鳥に話したところで、ジョンが店の方から私の名前を呼んだ。
「鳥さん?」
どこに消えたのか、私の肩にいた黒い鳥はいなくなった。
黒い鳥が、くちばしを突っ込んでいた髪に触れると、そこには黒い羽根が刺してあった。
青、赤、黒……。
偶然ではないだろう。きっと大地の色と関係があるに違いない。
羽根の色は違っていたが、どの鳥も細身のハトのような大きさで、赤い目をしていた。
白の大陸では白い鳥がくるのだろうか。
ジョンが急ぎ足で私の所までくると、アンモチの包みを見せた。
「少し多目に買ってきた。でもアンだよ? ルベ様の口の周りが大変だろうね」
「うん。でも、あれってかわいいでしょう?」
「たしかにね」
「ねえ、ジョン。私を見た時、肩に黒い鳥は見えた?」
人がいない場所ならばいざ知らず。
ハト程の大きさの鳥が、肩に乗っていれば人目につくだろう。
おまけに魔物なのだから、騒ぎにならないまでも、一人位は気が付いても不思議ではない。
「黒い鳥? この区は魔素が薄いからね、大きな魔物はいないよ。いたら大騒ぎになるだろうね。鳥に襲われたのかい?」
「いいえ」
黒い鳥は、誰にも見えていないようである。
ダニエル様とルベを乗せた馬車が戻ってきた。
「ベス、大丈夫でしたか?」
「ダニエル様、オレが付いているのに、随分なお言葉ですね」
「え? ああ、そんな意味ではありませんよ」
『黒いのが来たであろう?』
『うん。この羽根』
私は羽根をダニエル様に見えるように、ルベに渡した。
『なんですって?! ルベどういう事ですか? ベスはどの学園に行くかも、まだ決めていないのですよ』
『我もあやつらの急ぐ理由が分からぬ。はて、何を考えたのか。後で聞いておく』
そこで、私と二人の会話が聞こえないジョンは、とうとう我慢ができずに吹き出した。
小首をかしげて、賢そうに言ってはいるが、ルベの口の周りはアンで黒い。
ジョンには口の周りを汚して、小首をかしげているだけの、愛らしいルベが見えているのだろう。
『これは、面白い歯ごたえで、癖になりそうだ。アンも気に入ったから、ダニエル、これは時々作ってくれ』
『ええ、いくらでも作りますから、ベスの安全は頼みましたよ』
『頼まれるまでもないわ』
ルベの口の周りを、手拭いで拭きながら、羽根と学園に何の関係があるのかと考えた。
羽根はいつか、私を守る物になると聞いてはいたが、それが何かも分からない。
町を抜けた次の日、馬車は海沿いの細い道を、進んでいた。
「見えてきたよ、ベス。あそこが始祖の教会。四区では最古の教会なんだ」
ジョンが指を差す、小高い丘の上には、小さな建物が見えた。
「ダニエル様、師匠にもうすぐ会えますね」
振り向いた私は、再び丘の上を見るしかなかった。
「ええ。お元気なうちに、お会いできるとは思っていませんでしたから、とても嬉しい……」
背中で聞くダニエル様の声は、ほんの少し震えていた。
ルベの小さな舌が、気にするなと言っているように、私の手をなめた。




