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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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姿が見えない黒い鳥

「ジョンじゃないか! お帰り」

「おう、元気そうだな。ダニエル様をお連れしたのだが、今回はめいごさんもご一緒だ。通してくれるか?」


 ダニエル様が幌から顔を出した。

「姪を連れて、始祖の教会まで行きたいのです」

「ダニエル様! どうぞ、どうぞお通りください」

「はい。ありがとうございます」

 ダニエル様が幌の中に戻って、小さく肩を上げた。


「馬鹿、俺を失業させる気かよ。ああ、失礼があってはならないから、この札を持って行ってくれ。ダニエル様を存じ上げない若い者がいるかもしれない」

「ありがとうな。仕事がんばれよ」


 ダニエル様は主神官だが、そこまで偉い人だっただろうか。

 今までの旅で、邪険にされていた訳ではないが、この対応は初めてだった。

 四区の門は、何も調べられずに通る事ができた。

 調べられても困る事がないと、その待遇に違和感を覚えるから不思議だ。


『ダニエル様って、主神官だから偉い人なの?』

『いいえ。私の師は、四区では尊敬されていますからね。私はその師と数年、一緒に暮らしていただけなのですよ』

 そんな事ではないと思うが……。


 私の料金は本当に良いのだろうか。

「ねえ、本当にただ? 無料? ひょっとして、いんちき?」

 私はジョンに念を押すように聞いた。

「四区は入り口で金を払うだけで、後はどこにでも行けるんだよ」

「親切ね」


 ジョンは鼻で小さく笑う。

「親切なものか。宿も店もよそ者は一割増しなんだよ」

「どうやって、よそ者だと分かるの?」

「肌の色だよ。四区の魔力持ちは地元でしか買い物はしない。その都度、身分札を見せるのは、面倒だからね」


 四区は人種差別がひどいのだろうか。

「肌の色で差別をするのは、いけない事だと聞いていますが」

 私は返事を待つように、ダニエル様を見た。


「宿もお店も値札どおりに売っていますよ。ただ、四区は仲間意識がとても強いのです。魔力の少ない者同士が、助け合って暮らしてきましたからね。仲間は一から二割引きが普通なのです」


「ジョン、割り増しと割引は違うわ。お金の差ではなくて、悪意と善意の差だと思うのよ。四区の人たちを、意地が悪いみたいに言わないでよ。失礼だわ」

「意地は悪くないが、偏屈でかたくなな事は確かだよ。ベスが嫌な思いをしないようにと思ってね」


 四区の人たちを見るのは、私の目。

 そこに誰の思惑も、入れてはいけないと思う。

 偏屈だったり、親切だったり、優しかったりは、どこの世界でも肌の色で変わるものではないのだ。


 陶磁器のような肌を、嫌いになんてなれない。

 その肌の色はかつて、私の肌の色だったのだから。


 初夏の畑は、ただ青い。稲穂も畑の作物も、ようやく根を張り、今は水も土も太陽も全てが嬉しいと言わんばかりだ。

 魔素が少ないと言われたが、私には大気の変化を感じる事はできない。

 魔法を使えば、分かるのかもしれないが、魔法のない世界で暮らしていた私には、魔法に心残りや未練はない。


 魔法など無くても、困らないと思ったが、さっそく無いと不便だと、知る事になったのは、野宿だった。


「へえ。ベスが火袋を持っているとは驚いたね」

「うん、良いでしょう? 魔法が封じられた時に、おじいさんにもらったのよ。これはとても便利なの」

 ジョンはダニエル様の顔を見た。

 ダニエル様は少し情けない顔で、うなずいた。


 肉を焼いて、ルベが持っているスープと果実で夕食を済ませた。

 ランタンとたき火で過ごす夜も、悪くはない。

 ベッドマットが使用できないので、ダニエル様には気の毒だが。


 四区に入って次の日には、もう、大きな町に入った。

「ここが市場の町だよ」

「市場の町?」

 首をかしげる私に、ジョンが笑いながら、説明をしてくれた。


 普通は、町に市場があるが、この細長い四区は、地理的に中心となる場所に、市場の町を作ったらしい。

 四区の代表はこの町で仕事をすると言う。

 この町の市場で、四区の物が全てそろうのだとジョンは言った。

 特注品や、大量に物が欲しい時は、さすがに産地まで行くようだが。


「ジョン、私とルベは教会に挨拶をしてきますから、ベスをお願いします」

「良いですよ」

 ジョンが私を馬車から降ろすと、ダニエル様を乗せた馬車は走って行った。


「ダニエル様の師匠に、お会いしたかったのに……」

「ああ、会えますよ。あの教会にドナート様はいないからね」

 この町の教会は四区で一番大きいが、ダニエル様の師匠がいる教会は、四区で最古の教会なのだと、ジョンが教えてくれた。


「それなら、どうしてルベを連れて行ったのかな? どんな時でも、ルベは必ず私といたのに」

「心細いですか?」

 ジョンはからかうような笑顔で、私の顔をのぞき込む。


「そんな事はないけれど、少し変だなと思ったの」

 ダニエル様やルベと離れる時には、理由や事情がある。

 だが、こんな風に説明をしてくれない事は、なかった気がするのだ。


「この町の教会は新しいのですよ。大神官様からの贈り物を届けに、ルベ様と行ったのです。すぐに戻りますから、私とアンモチでも食べて待っていましょう」

 ジョンは今、なんて言った?


「アンモチって?」

「四区は豆をたくさん育てているんですよ。それでアンを作ります。モチライハはライハと同じような形なんですが別物で、蒸してこねると粒がなくなって、モチという物になるんです」

 餅米と餅の説明のようだが……。


 店先に縁台が並び、客が楽しそうに話し込んでいる。

 店内に入ると、色とりどりのアンが並んでいた。

 豆の色ごとに味は違うが、基本的にアンは甘いと説明を受けた。


 私は日本で食べていた小豆のアンと、初めて見たピンク色のアンを選んだ。

 赤い豆があるようで、アンにするとピンクになるようである。

 色アンは、白アンを着色した物と思っていたが、ここのアンは着色をしてはいないらしい。


 お皿の上に一口大のモチが並び、その上に注文したアンが掛けられている。

「おいしい!」

 柔らかいモチと、くどさがないアンの絶妙なバランス。

 そして、上品なアンの艶はさすがモチ屋だと思った。


 私はアンの後口に、僅かに残る塩味が好きなのだが、ここのアンにはそれがあったのである。

 おいしい食べ物に出会うと、人はそれをともに味わいたい者を、思い浮かべるようである。


「ルベは食べた事があるかしら」

「無いと思うよ。人の食べ物を口にしている姿は、今回初めて見たからね」

「甘い物が好きだから、きっと気にいるわね」

「ダニエル様の分と一緒に、買って来ましょう」


 人気のある店のようで、時間帯もあるのだろうが、客の切れ間がない。

 店の縁台を独占するのは、気が引ける。

 私は客が多い店先から、少し外れた木陰で、ジョンを待つ事にした。


 初夏に落ち葉だろうか。

 だが、肩に感じた重さに記憶がある。

 顔を横に向けると、今回のそれは黒い色をしていた。


「こんにちは、黒い鳥さん。私はベスよ、よろしくね。ルベは教会に行ったの。もうすぐ戻ってくるわよ」

 その鳥は私の髪にくちばしを入れて、頬に頭をすり寄せた。

「あなたは、とても穏やかな子なのかしら。私は眠くなりそうよ」


 そう鳥に話したところで、ジョンが店の方から私の名前を呼んだ。

「鳥さん?」

 どこに消えたのか、私の肩にいた黒い鳥はいなくなった。

 黒い鳥が、くちばしを突っ込んでいた髪に触れると、そこには黒い羽根が刺してあった。


 青、赤、黒……。

 偶然ではないだろう。きっと大地の色と関係があるに違いない。

 羽根の色は違っていたが、どの鳥も細身のハトのような大きさで、赤い目をしていた。

 白の大陸では白い鳥がくるのだろうか。



 ジョンが急ぎ足で私の所までくると、アンモチの包みを見せた。

「少し多目に買ってきた。でもアンだよ? ルベ様の口の周りが大変だろうね」

「うん。でも、あれってかわいいでしょう?」

「たしかにね」


「ねえ、ジョン。私を見た時、肩に黒い鳥は見えた?」

 人がいない場所ならばいざ知らず。

 ハト程の大きさの鳥が、肩に乗っていれば人目につくだろう。

 おまけに魔物なのだから、騒ぎにならないまでも、一人位は気が付いても不思議ではない。


「黒い鳥? この区は魔素が薄いからね、大きな魔物はいないよ。いたら大騒ぎになるだろうね。鳥に襲われたのかい?」

「いいえ」

 黒い鳥は、誰にも見えていないようである。



 ダニエル様とルベを乗せた馬車が戻ってきた。

「ベス、大丈夫でしたか?」

「ダニエル様、オレが付いているのに、随分なお言葉ですね」

「え? ああ、そんな意味ではありませんよ」


『黒いのが来たであろう?』

『うん。この羽根』

 私は羽根をダニエル様に見えるように、ルベに渡した。


『なんですって?! ルベどういう事ですか? ベスはどの学園に行くかも、まだ決めていないのですよ』

『我もあやつらの急ぐ理由が分からぬ。はて、何を考えたのか。後で聞いておく』


 そこで、私と二人の会話が聞こえないジョンは、とうとう我慢ができずに吹き出した。

 小首をかしげて、賢そうに言ってはいるが、ルベの口の周りはアンで黒い。

 ジョンには口の周りを汚して、小首をかしげているだけの、愛らしいルベが見えているのだろう。


『これは、面白い歯ごたえで、癖になりそうだ。アンも気に入ったから、ダニエル、これは時々作ってくれ』

『ええ、いくらでも作りますから、ベスの安全は頼みましたよ』

『頼まれるまでもないわ』


 ルベの口の周りを、手拭いで拭きながら、羽根と学園に何の関係があるのかと考えた。

 羽根はいつか、私を守る物になると聞いてはいたが、それが何かも分からない。


 町を抜けた次の日、馬車は海沿いの細い道を、進んでいた。

「見えてきたよ、ベス。あそこが始祖の教会。四区では最古の教会なんだ」

 ジョンが指を差す、小高い丘の上には、小さな建物が見えた。


「ダニエル様、師匠にもうすぐ会えますね」

 振り向いた私は、再び丘の上を見るしかなかった。

「ええ。お元気なうちに、お会いできるとは思っていませんでしたから、とても嬉しい……」

 背中で聞くダニエル様の声は、ほんの少し震えていた。


 ルベの小さな舌が、気にするなと言っているように、私の手をなめた。








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