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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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ジョンの故郷

「良い馬ですね」

「こいつは二区で見つけて、五区まで乗って来たやつです。取っておいてもらったんですよ。四区に行くと分かっていましたからね」

 ダニエル様の言葉に、得意そうにジョンが馬をなでた。


「初めまして、よろしくね。黒いたてがみは私と同じね」

 黒毛の馬はまるで、なでろと言っているかのように、私に鼻先を押し付けた。

「ベスは、馬に好かれるようだね。前の馬も、ベスにはそうして甘えていた」

 馬をなでる私をみながら、ジョンは目を細めた。


「だって、私は馬のお世話しかできないから」

「馬は嫌いな人に触られるのを、ひどく嫌がるものだよ。こいつは結構、気難しい馬だと思う」

「そうなの? それなら、気に入ってもらえて良かったわ」

 山道は馬の休息を幾度も挟むので、嫌われると世話がしにくいだろう。

 幸い、性格の良い馬にあたっているのか、今まで困った事はない。



 街道が広かったせいか、山道はとても狭く感じる。

 二区へ向かう馬車が多かったのか、途中から他の馬車は見えなくなった。

「ダニエル様、近道を行っても良いですか?」

「ルベがいるから、大丈夫ですよ。ただ、崖から落ちるのは二度とご免です」

 落ちたのか……。


「あの時は、大変でしたよね。あれはオレや馬のせいではありませんよ。まさか、魔物が滑り落ちてくるなんて、普通は思わないですよ」

「魔物が滑り落ちてきたのですか?」

 私は驚いて、ダニエル様に尋ねた。


「ええ、崖の上で魔物同士が、争っていたらしいのですが、落ちてきましてね。ルベがいなければ、全員がけがでは済まなかったでしょうね」

『我もまさか、落ちてくるとは思わなかった。腹がたったので、落としたやつも食ってやったわ』


 食ったのか……。

 一番恐ろしい思いをしたのは、この場合は魔物だと私は思った。


「あれはうまかったですよね。熟成させなくても柔らかで、もう一度食べたい肉ですよね」

「死ぬかと思ったのですよ。もう、味なんて覚えていません」

 ジョンの笑顔と、ダニエル様の嫌そうな顔が対照的で笑ってしまった。


『ベス、食いたいか?』

『安全が一番。ルベはそばにいてね』

 私はそう言って、ルベの背をなでた。


 走り回っていると言っていたジョンが、それ以来食べていないと言うのだ。

 間違いなく、危ない魔物に違いない。

 味の問題ではなく、命の問題である。

 うまい物はたくさんあるが、命はひとつだけなのだから。


 四区までの道を熟知しているジョンでも、山は三度も越えなくてはならない。

 馬の休憩に人間が合わせて、最初の夜を迎えた。

 ルベの空間で、馬を自由にしてやる事は、どの馬もとても喜ぶ。

 平地に川の水と新鮮な食料があり、危害を加える生き物もいないのだから、当然ではある。


 一方、私たちの食事は、昼間はルベに保存をしている物を食べるが、夜は炊事になる。

 ダニエル様とジョンが二人で話し合い、今夜はダニエル様がスープを作り、ジョンが肉を焼く事になった。


「四区に行くから、これはもう食べてもいいかな」

 そう言ってジョンが出したのは、なんと米だった。

 私はきっと、その米をしばらく見つめていたのだろう。


「ベス? これは四区の食べ物なんだよ。不思議だろうけど水からゆでると食べられるんだ」

 知っていますとも。

 おまけにその料理法はゆでるではなく、炊くと言う事も。


『ベス、どうした?』

『ジョンが出した食材は、前世では米と言って、主食だったの』

 心配するルベに、私はそう説明をした。


『そうでしたか、あれはライハですよ。とても手が掛かる植物で、四区でしか作られていません。ジョンはパンより保存が利くと、持ち歩いていますが、あの量を見ると、しばらく忙しくて戻れなかったのでしょうね』


 ダニエル様はそう言うと、出来上がったら、私にも食べさせて欲しいと頼んでくれた。

「好きになってくれると嬉しいな。オレの荷物の半分はライハなんだよ」

「楽しみにしています」

 ジョンの言葉に、私はそう言うしかなかったが、楽しみにしているのは、事実だった。


 ダニエル様のスープは旅に出ると、健康を考えて急に具沢山になる。

 ジョンは肉を、岩塩とコショウだけでシンプルに焼くが、それぞれの好み通りにとても上手に焼き上げた。


 ルベはほとんど生だが、中までちゃんと温かかった。

 私はルベと一緒に食べる事が多いので、今ではすっかり焼き加減はレアが好きになった。

 レアの柔らかい歯ごたえと、肉の甘みを覚えてしまったら、もう、硬い肉には戻れないと思っている。


 私にとって、今夜のメイン料理は炊きたてのご飯だった。

 ジョンはふっくらと、とても上手にご飯を炊く。

 ああ、こんなにご飯って甘かったのだ……。おいしい。


 両親が共働きだった、我が家の唯一の贅沢品。

 ばあちゃんが上等な米を購入していたせいで、亡くなった後も米だけは、質を落とせなかったのである。

 その味覚がまだ残っているのか、忘れてしまったのかは分からないが、ジョンの炊いてくれたご飯は、香りや艶、味も申し分がなかった。


「おいしい……。ジョン、ありがとう」

「そうか、うまいか。秋には採れたても食わせてやるよ。うまいぞう」

 おいしい新米が、この世界でも食べられると思うと、嬉しかった。

 米の中に水分がある新米こそ、少し固めで楽しみたいと思うのは、ぜいたくだろうか。


「はい。楽しみにしています。ちなみに、ライハでお酒も造っていますか?」

「ああ。造っているぞ。ベスはいける口か?」

 いけない口ですが……。


「馬鹿を言わないでください。ベスに飲ませたりは、していませんよ」

 ニコニコと会話を聞いていたダニエル様が、慌てて否定した。

「だってダニエル様、ライハの酒は造り方が特殊で、秘伝なんですよ? 聞かれる事はまずありませんからね」


 酒があると言う事は、(こうじ)があると言うことなのだ。

 ならば、みそやしょう油に類似した物があるかもしれない。

 みそやしょう油はなくても、私は大丈夫なのだが、生の魚に岩塩やコショウ、シードオイルを掛けられては、刺身が恋しくなる。


 この世界の肉は、種類がたくさんある。

 肉の種類と同じだけ脂の種類もあり、それがとてもおいしいのである。

 脂の味が良い魔物の肉に出会ったら、私は迷わず豚汁だと思ってしまう。

 ああ、ひょっとしたら私、みそとしょう油が好きなのかも……。



 ダニエル様とジョンが、お酒を飲み始めたので、私は後片付けをした。

 ルベと私はお酒を飲まないので、ダニエル様がお酒を楽しむ相手がいる時は、邪魔をしたくはない。


 いつものようにルベにお風呂を出してもらって、私はルベとお風呂を楽しむ事にした。

 小川の音と、満天の星。

 温泉ではないが、露天風呂である。


「あぁ。極楽、極楽」

『ゴクラクとはなんだ?』

 うは。そこを聞きますか……。


「前世にはいろいろな宗教があってね。こっちでいう教会みたいな物を建てる時、お風呂も建てていたらしいのよ。体を清潔にすると病気になりにくくて、幸せが来るという教えがあったって、ばあちゃんが言っていたわ。極楽は神様のいる場所の事だから、そんな場所にいるような、幸せな気分という事かもしれないわね」


 ばあちゃんは良く語る人だったけれど、半分くらいは創作だったから、真実かどうかは限りなく怪しいのだけれど。

『ゴクラク、ゴクラク』

 ルベは極楽という言葉が、気に入ったらしく、言葉と一緒に尻尾を揺らした。


 テントの中には、ダニエル様のこだわりのベッドマット。

 洗ってフカフカでスベスベになったルベは、抱き心地が最高に良い。

 いつものようにルベをなでながら、私はゆっくりと目を閉じた。



 それから私たちは二つ目の山で、一日中薬草や山菜の採取をした。

 急ぐ旅ではない。

 それよりも、この地方のこの時期にしかない、珍しい植物を見つける事が楽しかった。


 三つ目の山から、四区が見えた。

「畑が……。きれいですね」

「見えている場所は農業地だからね。四区は別名、四の国と言われているんだよ」

 ジョンが明るい笑顔で言う。


「黒の大陸中が戦争をしていた頃、四区だけは戦争をしなかったのです」

「魔法を使えない人が多ければ、攻め込まれるでしょう?」

 ダニエル様の言葉に、私の問いは間違ってはいないと思う。


「この山々が砦になったのですよ。ごらんなさい。四区は崖に囲まれているのです。抜け道は二箇所だけなのです」

 自分のいる山の麓は見えないが、切り立った岩肌が遠くに見えていた。


「四区が国と言われるのは、入り口を塞いで、外との関係を閉ざしても、少しも困らないほど全てが揃うからなんだよ」

「全て?」

 ジョンの言葉に思わず反応をしてしまったが、考えてみると日本だって、鎖国時代があったのだから、それは可能だと思う。


「食べ物、衣類、金属、木材。その全てが揃うのですよ。昔から、魔法を使わない人たちが暮らしていましたから、独自の文化が発展したのです」

「でもダニエル様。魔法を使わないでできる事なら、他の区でもできますよね」

 ダニエル様は、楽しそうな笑みを浮かべた。


「魔法で火起こしができるなら、魔法で鍋に水が張れるなら、あえて苦労はしないでしょう? 四区の人たちは独自の文化を代々受け継ぎ、進化をさせてきましたからね。真似をしようとしても、そう簡単にできない物がたくさんあるのですよ」

 おお、(たくみ)か……。


 魔法のない世界を知っている私には、四区の暮らしの方が、普通に受け入れられると思った。

『ベスにはきっと、普通の生活に見えるだろうな』

『うん。魔法がない世界で、十六年も生きていたからね』


『四区は魔法が発動しにくい。おまけに必要以上の魔力を使うから、魔法は極力、使わぬ事だ』

『うん。使わない人たちの前では、使えないでしょ?』

 四区の人たちが、魔法をどのように考えているのかが、分からない以上、無闇に使用して、反感を買いたくはない。


 ダニエル様が笑顔でうなずいて、私の頭をなでたのが答えだと思った。








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