表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
65/185

ジョンが来るまで

 ヒラリーさんの下宿屋にきて、四日目の朝。

 剣の稽古のために、ダニエル様が待っている一階に下りた。

「ベス、今日の稽古は夕方にしてください」

 ダニエル様が、魚を片手で持ち上げて、私に見せた。


「朝からどうしたのですか?」

「ルベウス様が明け方、大量の魚をくださったのよ」

 ヒラリーさんはそう言って、少し困った笑みを浮かべた。

 その気持ちが、とても良く分かるので、私も同じような顔をしていると思う。


「そろそろ、ベスに魚を食べさせようと思ったのでしょう。ここは昔から、冷凍の設備があるのを、ルベは知っていますからね」

 いや、それにしても魚屋さんが、恥ずかしがるような量ですが……。


『その青い魚がうまいぞベス。元気がなくなる前に、あれを焼いてもらえ』

『ルベ、ありがとう。でも、とりあえずお手伝いをするから、少し椅子で休んでいてね』

 気持ちは嬉しいが、知らぬ振りはできない。


『刃物を持つなら、気をつけるのだぞ。手を切りそうになったら言うのだぞ』

 ダニエル様はそこで吹き出した。

 そんな瞬間に助けを求める時間があれば、手を切る事は避けられると思う。

 笑っているダニエル様だって、過保護に関しては似たり寄ったりなのだが、自覚はないようである。


 港のある六区と、海がある四区に挟まれている五区には、海が無い。

 五区は昔から塩で漬けた魚か、干物を食べていたのだと、ヒラリーさんは教えてくれた。

 一方、一年中雪と氷に覆われている白の大陸では、魚は凍らせたまま保存していたのだと言う。


 ここの主のために、魔力の高い主神官は、凍った魚を届けて、保存する方法を考えたようである。

『氷の魔法を使うだけでしょう?』

 私はダニエル様に、そう尋ねた。


『ベスの使っている氷の魔法は、水魔法です。水の魔石と風の魔石を合わせても凍りませんよ』

 ダニエル様に言われて、グープ車を思い出した。

 あの箱車には水と風の魔石が付いていたから、砂漠地帯でも快適だったのだ。


『氷の魔法を使うには、高い魔力が必要なのだ。それに耐えられる大きくて強い魔石はそうそう手には入らぬ』

 ルベは私を見てそう言った。


『だから、冷凍庫は少ないのね。ああ! ひょっとして、教会本部が資金源のために、主神官様たちに魔石を作らせているとか?』


『本部は忙しいのですよ。主神官が内職をしている時間はありません。白の大陸には魔石の補充工場はありますが』

 あるのね……。確かに内職などをさせられたら、ダニエル様の悪態は止まらないだろうとは思う。


 ヒラリーさんは大量の魚を、料理別に処理したいようで、ダニエル様と私はその指示通りに、魚をさばいていった。

『魚は内臓を食う物だというのに』

 ルベの言葉は、聞こえなかった事にした。私はサンマの内臓は除く派なのだ。

 そんな派閥があるかどうかは知らないが。


 魚の生臭いにおいは、出がらしの茶葉で落として、朝食になった。

 新鮮な魚の塩焼きは、やはりおいしい。

 ルベの食器にも、ほぐした魚の身を入れながら、表面をカリッと焼いたパンとともに食べた。

 塩焼きの魚には、トーストしたパンがなぜか合う。



 私とルベとの朝食を済ませて、ダニエル様は教会に出掛ける。

 ジョンさんと合流して四区に向かう予定らしく、彼が到着するまで、教会の仕事をするようである。

 ダニエル様が戻るのは夕方になる。


 私は午前中だけ図書館で、勉強をする事にしている。

 イーズリ第二学園で、私はいずれ修得しなければならない課題を、この機会に学ぼうと思ったのである。


 私は五区の住人ではないので、図書館では、半日で銅貨五枚を支払わなければならない。

 銅貨三枚もあれば、大人の靴ほど大きなパンに、肉や野菜をたっぷりと挟んだサンドウィッチが買える。

 大きな器に入った果実水は銅貨二枚で買えるのだから、銅貨五枚あれば、昼食を食べる事ができるのである。


 なかなか痛い出費だが、私は魔物を倒したり、盗賊を倒したり、事件の解決に協力したりと収入があったようである。

 お金は学園に行っても、お釣りがくるほどあるのだといわれた。

 偶然に得たお金は、周りに迷惑を掛けた自覚もあるので、受け取れる訳がない。


 私の食いぶちとして、ダニエル様に使って欲しいと言ったが、本部からもらっている分が余っているから、欲しい物があるなら購入するようにと言われた。

 テレビやファッション雑誌もない、古着屋を覗いても、積み上がった服の山を見ると、それを崩す気にはなれない。


 武器や宝石は、手を出して良い年齢ではないと思う。

 欲しい物って何だろう。

 前世では、ショッピングモールに行くと、必要か否かは別にして、欲しい物はたくさんあった気がする。


 お財布はルベなので、落とす事も盗まれる事もないが、外で食事をしないのは、ルベがカバンのままだからである。

 お昼は、それを理解してくれるヒラリーさんと、食べる事にしている。


 五区は海がなく、畜産業が盛んなので、乳製品や卵を使った料理が多い。

 メインの肉料理はしたがって、野生の魔物の肉だけではない。

 雌は子を産みミルクを出すが、雄は皮と肉になる。

 五区は食料品の価格が安定していて、おまけに安価なようである。


 今日の昼食は、ゆでた野菜と肉に自家製のソースをかけた物だったが、それがとてもおいしい。

「このソースは本当に、おいしいですよね。ダニエル様も大好きみたいです」


「これは両親の時代から、野菜や肉汁をつぎ足して火を通しているの。同じ味の物を新しく作るのは無理ね。ダニエル様もきっと懐かしい味なのでしょう」

 飲食店ならば分かるが、個人でそれをするのは大変だろうと思う。


「そう言えば、私と同じ年ごろに、あの部屋を使ったと言っていました」

「ええ。ルベウス様もご一緒でしたよ。お食事はされなかったですがね」

「ルベが人間と食事をするようになったのは、最近ですからね」

 私が強引に、食べさせたのが始まりである。


「ベス様とのお食事が、楽しいのでしょう。見ているとこちらまで、楽しくなりますよ。こんな日がくるなんて、思ってもいませんでした」

「ヒラリーさんは大げさです」

「そうでしょうか、ですが昔のダニエル様は、今とは別人のようだったのですよ」


 ダニエル様は、ほとんど話をしない子供だったようで、ヒラリーさんは、面倒を見るようにご両親に言われて、困り果てたのだと笑った。

 ルベをいつも肩に乗せていて、時々ルベにほほ笑む以外、喜怒哀楽を顔に出す事もなかったらしい。


「ヒラリーさん、そんな子は怖いです」

「大きな声では言えませんが、私も最初は少し怖かったの。でもある日、ダニエル様とお話をするきっかけができたのよ」


 その日は雨が急に強くなったのだと、ゆっくりと過去を振り返るように、ヒラリーさんは言った。

 ご両親が仕入れのために、遠くの村に出掛けたが、橋が流されて遠回りを強いられていると、ダニエル様が教会で、聞いてきたようである。


 当時は四人の下宿人がいたので、ヒラリーさんは急いで、夕食の支度をしたようである。

 ダニエル様が手伝って、何とか夕食は無事に終わったらしい。

 ヒラリーさんは手伝い程度しか料理経験がなく、ほぼ、ダニエル様がしてくれたのだと笑った。


 ヒラリーさんは、ご両親を心配しながら、眠ってしまったらしく、ダニエル様に起こされたようだ。

“二人の無事は、教会が確認済みだから、安心してベッドに入るといいよ”

 ダニエル様はそう言って、蜂蜜入りのミルクティーを目の前に置いたという。


「それがね、後片付けも全部終わって、台所は料理前より奇麗になっていたの」

「そういう人ですよね。神経質のくせに、その神経の一本が丈が足りていないみたいな……」

「そうね。本当にそうだわ」


 ヒラリーさんは、私の言葉が気に入ったようで、しばらく笑っていた。

 私は毎朝、決まって出されるミルクティーの謎が、ようやく解けた。

 ダニエル様とヒラリーさんの思い出の飲み物だったのだ……。



 その日の夕方、下宿に帰ってきたダニエル様は、私と剣の稽古をして、いつもと同じように一日の報告を聞きながら、食事を済ませた。

 私は話をしながら、一つ気になる事があって、集中ができないでいた。


『ルベ、木と布のすれるような変な音がするの。何かがいるわ』

『ふん。ダニエルに言え』

『大丈夫ですよ。音の持ち主はすぐに現れます』


「ジョン、ヒラリー以外には見つかっていますが、まだ続けますか?」

「まあ、相変わらずねジョン。夕食は済んでいるの?」

 ダニエル様の言葉に、ヒラリーさんは顔に笑みを浮かべて、辺りを見回した。


「久し振り、ヒラリー。腹ぺこだよ、何か残っている?」

 彼は部屋のドアから入ってきたが、どこにいたのだろう。

「ええ。すぐに用意をするわ」

 どうやら、彼のこの行動を不思議に思っているのは、私だけのようである。


「ルベウス様、ダニエル様、お久し振りです。こちらがエリザベス様ですか?」

「初めまして、エリザベスです」

「オレはジョン。よろしくね」


 深い茶色の髪と目。そして、透明感のない象牙色の肌。

 何より驚いたのは、その少し浅い面立ちだった。

 日本人だと思った。

 いや、日本ではなくても、地球の東南アジア系の懐かしさがある。


 それは当然口には出せない事なのだが。

 私がこちらに持ってきたのは、記憶と黒い髪と目だけである。

 前世の顔を知っているのは、ルベだけなのだ。


「三区はとうとう民衆が動き出しましたね。皆からも連絡が来るでしょうが」

「やはりそうですか。前の代表は二期務めましたから六年ですよね。仕事熱心な方だったのでしょうか、そのような話は、聞こえてはきませんでしたが。何とか穏やかに済むと良いのですがね」


 ダニエル様とジョンさんが、話し込んでいるうちに、ヒラリーさんの料理が完成した。

 ダニエル様は酒をのみながら、お付き合いをするようだ。

 久しく会っていなかったのだ、積もる話もあるだろう。

 私は、皆にお休みの挨拶をして、自室に戻った。


『ジョンの話を聞きたかったでしょう? 同じ家にいるのだから心配はないのに』

『ダニエルとジョンもいるから、心配はないが、三区の話なら人より正確に知っている。魔物は人の争いに、敏感にならざるを得ないからな。それより、あれが来たなら、四区へ向かう旅になる。ベスはゆっくり休め』


 ルベは魔物だったのよね。時々、忘れてごめんなさい……。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ