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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第三章 黒の大陸
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イーズリ国六区

「ダニエル様、報告書を書くために、まずは教会ですか?」

 国を移動する度に、ダニエル様は報告書を書かなければならない。

 彼が、最も嫌う仕事だが、嫌々こなす所をみると、義務なのだろう。

「五区で書きます。この六区の教会には行きません」

 また、いろいろと分からない言葉が並んだ。


「この港町は六区で、ここの教会には行かずに、どこにあるか分かりませんが、五区の教会に行くのですね?」

 コクリとうなずくダニエル様。

 あなたは三歳児でしょうか……。


『この町の教会は、ダニエルと相性の悪い主神官が、神官を送っているのだ。ここの神官とは面識もないだろうに、わがままを言うでない』

 ルベにわがままと言われるのは、人としてどうなのだろう。


「歩くだけで、山程の嫌みを言う方ですよ。その内に呼吸にすら文句を言われそうで嫌ですよ」

『それほど嫌なら、行かなくてよいが、ベスをここに立たせて置くのは許さぬぞ』

「ベスに見せたい物があるのです。少し早いですが、歩いて向かうとしましょう」


 こんな風に歩くのは、ワクワクしない。

 せめて何を見せてくれるのかを知らなければ、期待のしようがない。

 人なのか、景色なのか、物と言うからには特別な品物だろうか。

 それだけでも分かれば、心も躍るだろうと思うが。


 そういえば、気になる事があった。

「黒の大陸はイーズリ国だけなのですよね。六つの地区に分かれているから、ここが六区なのでしょうか。地図が見たいのですが、ありますか?」

『あるぞ。見るが良い』


 出ました、ルベの革の地図。そして丸い手が地図を指し示す……。

『ここが、六区だ』

 そう言うとニョッキリと爪がでてきて、思わず小さく笑ってしまった。

「本当に六つの地区があるのね」


 黒の大陸は、巨大な鶏卵のような形をしている。

 もちろん、その海岸線には凹凸はある。

 北に位置する細くなっている部分が、元のイーズリ国で、一区になっていた。

 その下に二区と三区がある。

 東側の三区は村長である祖父が教えてくれた、サイユ村があった場所だと思う。


「イーズリ国にサイユ村はあったと聞いていたのに」

「サイユ村は隣国との境にあったのです。イーズリ国は大きな国でしたから、三分の一程が二区と三区に組み入れられたのです」

「二区と三区はそれで、面積に大きな差がないのですね」

 ダニエル様は大きくうなずいた。


 二区と三区の下に、山がたくさん書かれているので、この辺りは他の大陸の国境と国境の境にある、教会所有の山なのだろう。

 四神獣の住む山があるのだと思うと、それはそれで、山だけの国にも思えるが。

 その下に東側から六区、五区、四区と続いている。


「四区だけが、小さいのですね」

「そこは、海岸の一部を除いて、幾重にも連なる山々に、囲まれていますからね」

 確かに地図を見れば分かるのだが、地図の中でその場所だけが、とても不自然な気がした。


『少し変わっている地区なのだ。他の地区との交流を好まない。我はベスをその地区へ連れて行きたいと思っておる』

「ルベが言うのなら、楽しみにしているけれど、交流を嫌うなら追い出されないかしら?」

『好まないとは、攻撃をするという意味ではない』


 ルベがそんな危険な場所に、私を連れて行くとは思ってはいない。

「彼らは独自の文化を持ち、物静かで知恵のある人たちなのです。ただ、少しかたくななところがあり、異なる文化や権力を拒絶するのです」

 だから、独自の文化が維持できているのだろう。


 異世界に生まれたと思っている私には、独自の文化など珍しくはないが、その世界の人が、異なる文化と思うのであれば気にはなる。

 黒の大陸の話をしながら歩いていたが、どうやら、目的の場所に着いたようだ。

 塀は嫌いだが、この塀は外から中を守る塀だと知っているから、嫌ではない。

 その塀にある大きな門には“イーズリ第二学園”と書かれていた。


「第二学園という事は、第一学園もあるのですね」

「学園は国ごとに一つなのですが、イーズリ国は広いですからね。一区に第一学園がありますよ」


 門番に書類を渡して、ダニエル様は母校を訪れた卒業生のように、敷地の中を歩いて行く。

 ダニエル様は白の学園を、卒業しているはずなのだが。


 広い中庭を囲んで、コの字型に石造りの校舎が並ぶ。

 中は木製で、その木の色は自然なあめ色になるほどの古さである。

 校舎の中庭と反対側にあるのは、寮だとダニエル様が教えてくれた。

 男子寮と女子寮は、校舎を挟んで建っているが、学園の寮は各学園により違うらしい。


 ダニエル様は、学園を見せたかったのだろうか。物とは言わないと思うが。

 着いた場所は、学園長室と扉に書いてある場所だった。

 ノックをすると、中からダニエル様と同じ年頃の男性が現れ、中に通された。

「学園長、ご無沙汰しておりました」


 奇麗なお爺さんだと思った。黒い目と白に近いシルバーの髪と髭。

 全身を覆うローブは生成り色であるせいか、清潔感がある。

「なにが学園長だ。やめんか」


「おじいさま、お元気そうですね」

 どうやら、ダニエル様の祖父らしい。なるほど、奇麗なのは血筋のようである。

「ああ、生きている位しか、する事がないからな。して、その娘か?」

 へそ曲がりな物言いも、血筋なのか……。


「ええ、エリザベスです」

 ダニエル様はそう言って、私を見る。

「初めてお目にかかります。エリザベスと申します」

 笑顔で自己紹介をしますよ。ひょっとしたら、お世話になる学園かもしれませんからね。


「私の母方の祖父です。私は母親似ですから、祖父に似ていると、良く言われるのですよ。ちなみに兄は父親似です」

 嫌な顔をするのなら、お兄様の話をしなければいいのに……。


「面立ちが、似ていらっしゃいます」

 とりあえず、言葉に詰まったので、素直に言ってみた。

「まな娘を盗まれたのだ。ダニエルの容姿で敵を討ってやった気になったわ」

 面立ちどころか、性格まで瓜二つですが。その悪い笑みは止めてください。


 出迎えてくれた男性が、お茶の用意をしてくれて、私たちはようやく、椅子に腰を掛けた。

 彼は学園長に紙の束を渡して、学園長の席の近くにある、机に戻った。

 二つあるところを見ると、どうやら二人いるのだろう。


 学園長は紙の束を、私たちの前にあるテーブルに置いた。

「頼まれていた過去の入学試験問題と、一般卒業試験問題だ。薬師と治療師は第一学園から取り寄せておいたが、これは、極秘扱いだから、くれぐれも扱いに気を付けるのだぞ」

 見せたい物とは、試験用紙だったのだろうか。とてもありがたいと思う。


「ありがとうございます。入試の心配はしていないのですが、旅をしているので、忘れている箇所もあるかと思いましてね」

 ダニエル様はそう言うが、村の教科書ならば、何ページにどんな形のシミがあるかまで、まだ覚えている。


 他の教材がなかったので、それで飽きる程、何度も同じ学年の勉強をしていたのだから。

『ルベ、ペンと包み紙を取り出したいの』

 私はそう言ってから、カバンに手を入れた。


 大切に取っておいた包み紙の中から私は、再利用が難しそうな、一番シワの多い紙を適当な大きさにたたんだ。

 忘れている箇所を見つけるために、私は算数と理科と社会の試験をしてみる事にしたのだ。作文は、今は必要がない。


 十五歳で受ける学園の入学試験は、日本の入試と比べるとレベルは低い。

 できあがりを見て、これは自慢にはならないと思った。

 ラバーブの学園祭で、学園のレベルも把握していたので、卒業試験は楽しく問題を解く事ができた。

 ただ、それだけでは卒業はできない。


 薬師と治療師の試験を見て思った。

 この世界と日本では、病気やその治療が基本から違うのである。

 試験には実技もあるようだ。

 これはやはり、ちゃんと学園で学ぶべきだと、自覚した。


「どうしました? 薬学の基礎は教えたと思いますが」

「はい。後は図鑑も読んでいます。ただ、薬学も治療も独自の解釈で解答しては、試験は通らないと思うのです。やはり学んでから解答するべきかと思いました」

 ダニエル様の視線を受けて、私はそう言うしかなかった。


「うむ。だが、ここは試験会場ではない。自分の知識が通用するものか、試してみるが良い」

 学園長に促されて、私は薬師と治療師の問題に取り組んだ。

 前世の生物の知識で、何とかできる程度の問題だったから、やはり実技で本当の腕を試されるのだろう。


 私の解答を見て、学園長は愉快そうに笑った。

「これは、卒業試験が大変な事になりそうだ」

 だから、解答するのは嫌だったのである。


 そもそも、地球人とラベーナ人は、人体の構造が違うのか、問題が間違っているのかすら分からない。

 青の大陸で目にした医学書も、怪しげな挿絵だったが、ほぼ地球人と同じだと思ったのだが、違っていたのだろうか。


「エリザベスは前世の知識があるのです。まだ、十六歳で一般教養しか学んでいないと言っていましたが、教育水準が高い世界だったようです。彼女は幼い時から、それを自覚していたようで、それを表にだそうとはしませんでした」

 ダニエル様は笑わないで、そう言ってくれたのは嬉しい。


「エリザベスは学園に通いながら、同世代の子供と遊び、語らい、一般常識を学ばせるのが良かろう。そして、専門分野はその学問を熟知している者に、委ねるのも良いだろう。この答案を見る限り、できればエリザベスの思考を育てる事が、できる師がいると良いのだが」

 そんな人がいるとは思えないが、それが許される学園があったら良いと思う。


 学園長の部屋にノックの音がした。

 入ってきたのは、少し年配の女性だが、その厳しそうな顔と場所を考えると教師なのかもしれない。

「学園長、学生代表のアリスを連れて参りました」


 アリスと呼ばれたのは、この学園の生徒なのだろう。

 廊下から見えた学生たちと、同じ服装だった。

 明るい茶色の髪と目をした優しそうな雰囲気は、人から好感を持たれるだろうと思った。


「おお、引き受けてくれるのか」

 学園長は何かを頼んでいたようである。

「はい。一日とはいえ、良い経験や思い出を、得ていただきたいと思います」

 どういう事だろう。


『一日、学生体験をさせてくれるようです』

『本当ですか?!』

 学園長がダニエル様のお爺さんで良かった。


 こんな公私混同は、許されるのだろうかとは思うが、ダニエル様のお爺さんなのだ、その辺はずる賢く何とかしたのだろう。

 好意は素直に受け取るのが、子供というものだと、私は自分に言い聞かせた。









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