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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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五歳児の愛

 まるで私の小さな分身のようだと、ダニエル様に笑われると、得意そうにこちらを見上げるフルビア。

 褒められてはいないと思うけれど……。


 寝食をともにしていると、ふと弟を思い出す。

 弟のエルモはフルビアの一つ上である。

 かわいい盛りを、ともにいられない事を残念に思う。

 男の子と女の子は違うだろうが、それでも、たった一人の弟に会いたいと思う。

 元気にしているだろうか。


 ダニエル様は、体調を崩した乗客や船員を診た後、フルビアの祖父母の元にいる事が多い。おじいさんはかなり元気になったようだが、おばあさんは思わしくないようである。

 フルビアを日に一度連れて行くが、それぞれの気持ちが、私の目にはほんの僅かだが、ずれているような気がしてならない。


 彼女もそれを感じているのか、面会の後は表情が晴れない。

 部屋に戻るとすぐに食事が届き、フルビアの顔が輝く。

 もちろん、自分が食べるためではない。


 ルベと自分の皿を、向かい合わせに並べると、自分のスープを飲んで、おいしさを表現しようと必死だ。

 今日はミルクのシチューで、フルビアの好物である。


 頬を押さえて、うっとりとする姿に、私は笑いを何とか押し殺した。

 名演技というか迷演技である。

 五歳児にしては見事な演技力ではあると思う。

 私がルベに“アーン”と言って食べさせるせいか、フルビアもスプーンをルベに向けて、声は出ないが口を開けるので、本人は心の中で言っているのだろう。


 今日はムニエルがある。

 私は声を掛けずに、様子を見ながら、食事をしていた。

 フルビアは少しも迷う事なく、それを口に入れて、おいしそうな顔を見せた。


 ルベもしっかりと食べて、得意気な顔をしてみせる。

“ねえ、僕、食べたよ。偉いでしょうご主人様。褒めて! なでて”とでも聞こえているのだろうか、彼女は優しくうなずきながら、ルベをなでている。


『クソ、魚か。油の匂いでだまされた。我はそろそろ肉が食いたい』

『フルビアはまだ無理だから、我慢してね』

『分かっておる。人の子は食さぬ』

『そんな意味じゃないから!』


 かわいいカーバンクルの裏側は、こんなものである。

 フルビアには決して言えはしないが。



 私とフルビアとルベが寝るために、ダニエル様が狭いベッドに移って、五日が過ぎていた。

 夜中にダニエル様の気配を感じて、私は目を覚ました。

 フルビアを起こさないように、私は魔力を使ってダニエル様に話し掛けた。


『おかえりなさい』

『起こしてしまいましたか?』

『いいえ、先程まで、図鑑を見ていましたから。お二人は良くなりましたか』

 私の問いにダニエル様は、困った顔をして首を振った。


『おじいさんは、もう大丈夫でしょうが、おばあさんは、息子さんを亡くされた悲しみが今、来ているようです。心を癒やす魔法はありません。食が戻れば体力は付くと思うのですが。ベスのように不意打ちで、スプーンをだしましょうか』

 そう言って、ダニエル様は苦く笑った。


『少し試してみたい事があります。おばあさんの食事ですが、明日の昼食は柔らかい野菜の入った、スープにしてもらえますか?』

『どうするのです? 召し上がりませんよ』


 それは知っている、お婆さんは日に一度お会いするが、物静かで繊細な感じが、フルビアに似ていると思ったのだ。


『フルビアと三人で、食事をしてもらいましょう』

 ダニエル様はしばらく考えて、弾かれたように私を見た。

『なるほど。ベス、お願いできますか?』

『フルビアは賢い子ですから、協力してくれると思いますよ』


 私はきっと、とてもずるい顔をして笑っていると思う。

 船はあと三日で、黒の大陸に着くのである。

 五歳の子供にやらせるのは、少し酷だと思うが、多少の荒療治はこの際、許して欲しいと思った。



 次の日の昼、私はフルビアと彼女の祖父母がいる船室にきていた。

 彼女には祖母が食欲がなく、このままでは病気になるので、助けて欲しいと言っておいた。

 もちろん、ルベの食事も上手に食べさせているのだから大丈夫だと、何とも無責任な助言も忘れずに添えた。


 五歳の彼女は、両親を亡くし、初めて祖父母に会った。

 大切にされているのは、分かっているはずである。

 初対面で言葉も交わさず、意思の疎通を図る事は、大人でも難しい。


 だが、フルビアは祖父母を肉親と自覚し、大切に思っている。

 私は彼女と祖父母の部屋に通って、そう確信していた。

 五歳児が家族を愛せる事を、忘れてしまった大人は多いのかもしれない。


 その船室の窓からは海が見えていた。私たちは招待でただ乗りだが、老夫婦とその孫は正規の運賃を支払って、この上等な部屋を使っている。

 とは言え彼らは貴族ではなく、黒の大陸では有名な商家らしい。


 現役を退いた老夫婦は、末の息子家族の身に起こった悲劇から、立ち直る暇はなかったのだろう。

 忘れ形見であるフルビアを生かす事に、無我夢中だったのだ。

 老人がここまで頑張って、疲れて倒れた事を誰が責められるだろうか。


 ベッドの横に用意されたテーブルに、祖父とフルビアが座る。

 ダニエル様が手慣れた様子で、老婦人の身を起こして、その背に枕を差し込んだ。

 老夫婦は、孫娘の前に置かれたスープを、黙って見つめた。


 フルビアは祖父が食事を始めると、スープを一口、口にして私を見た。

「お食事が始まったばかりの所を、失礼いたします。今回はフルビアが少々、礼儀を欠く行動をいたしますが、お許しをいただきたいようでございます」


 フルビアは祖父母を交互に見た。

「フルビア、許しなど得なくとも良い。そのように元気な姿になってくれたのだ。他に何も望まぬよ」

 まあ、大人はそう言いながら、明日には何かを望むのだが。


 船は少し揺れるので、私がベッドにスープの器を運んだ。

 フルビアは大きな口で、スプーンの上の野菜とスープを食べ、小さな手を頬にあて、幸せそうに飲み込んだ。すごくおいしい事を表現しているようである。

 私には妙な芸を教えた、後ろめたさはあるが、ここは知らない振りをする。


 それから、スプーンでスープをすくい、祖母の口の前に持っていった。

「アーン」

 祖母はそれを慌てて口に入れると、口元を押さえて泣き出した。

 祖父は天井を見て、幾度か瞬きをすると、妻の肩を抱いた。


「フルビア、彼女は嬉しくて泣いているのだよ。ありがとう」

 祖父は空いている方の腕で、フルビアを抱きしめた。

「おばあさまは、元気になる?」


「ああ、フルビアの声が聞けたのだ。すぐに元気になるだろう。こうしてともに食事ができる日を、どれだけ神に祈った事か……」



『フルビアが話せるようになったのを、隠していたのでしょうか。驚きました』

『そんなめでたい事を隠したりしません。五歳児の愛の奇跡でしょうか』

『声は出していた。夜泣きをする時に、母親を呼んでいただろうが』


 ルベの言葉に、ダニエル様と私は、幾度も頭を縦に振った。

 誰も見ていないが、突然無言のまま首を振る二人は、きっと怪しいと思う。


 それから、フルビアは祖父母の部屋に戻り、楽しく食事をしているようで、私のそばでルベを抱きながら、報告をしてくれた。

 私が感じた奇妙なずれは、どうやら、修正されたようである。


 午後には黒の大陸の港に着く日、部屋に顔を出した彼女を、甲板に誘った。

 ルベは外に出る事ができないから、お留守番だと言いながら、見えない場所でカバンに変わったルベを私は肩にかけた。


 フルビアは迷わず、船首に向かって歩きだした。

 私はやはり、今でも船尾に行きたくなる。

 船長が初対面で言ったように、今回は残してきた人も心残りもないが、やはり見た事のない未来より、誰かとの思い出がある過去の方が、心が落ち着く。


「まだ、黒の大陸は見えないわね」

「ルベとベスはお家にくる?」

 五歳の子供に、ここで別れるのだとは言いにくい。

 泣かれたくはない。せっかく戻った笑顔なのである。


「私は学園に、勉強をしに行かなければならないのよ」

「勉強?」

「そう、フルビアももう少し大きくなったら、勉強をするのよ」

「勉強を?」


 私はフルビアの横にしゃがんだ。

「フルビアは自分の名前が書ける?」

 フルビアは首を横に振った。


「字を覚えるとね、名前が書けるようになるのよ、本も読めるようになる。今はお話を読んでもらっているでしょ? 世界中にたくさんのお話があるのよ。それを全部、自分で読めるようになるの。すごいでしょう?」

 フルビアは、本の読み聞かせを、寝る前にねだる子だった。


「分からない事は、本が何でも教えてくれるのよ」

 私はカバンから、図鑑をだした。

「例えばこの本は図鑑といって、世界中のお薬になる草や花が書かれているの。薬湯はたくさん飲まされたでしょう? 薬湯には、どんな草が入っているのかも、分かるのよ」

 私がめくる本を、フルビアは面白そうにのぞき込んだ。


「フルビア、元気でいるのよ。私も元気でいるわ。私たちはいつでも会えるのよ。私を忘れないでいてくれるかしら?」

 フルビアは大きくうなずいた。

「大好きよ。フルビア」

「ベス、大好き!」

「ありがとう」



 甲板がにぎやかになってきた。

 船旅から解放されるのが、嬉しいのだろう、どの顔にも、笑みがあった。

 黒の大陸が、水平線にその姿を現した。

 私はフルビアを彼女の祖父母に送り届けて、ダニエル様のもとへ急いだ。


「黒の大陸が見えてきましたよ」

「甲板はにぎやかでしょうから、停船してからでましょうか」

 ダニエル様は、人目のある所は好まない。

 世話になった人たちの挨拶を受けるのが、面倒なのに違いない。



「そういえば、あの奇麗なお姉さんは、どうしたのでしょう? 見かけませんでしたね?」

「狭い船の中で、そうそう問題を起こせませんからね。ご主人のそばにいたようですよ。いろいろと人生の計算もあるのでしょう」

 計画をあえて計算と言う所をみると、彼女はダニエル様の、好みではないようである。


 船が泊まり、私たちはゆっくりと客室をでた。

「エリザベス、話を聞きましたよ。大活躍だったようだね。それで、船は楽しめましたか?」

「はい。お陰様で、快適な旅でした。ありがとうございます」


 フルビアたちの事を、ダニエル様に頼んだのは船長だったようで、報告を受けていたらしい。

 ダニエル様が船長や、乗客と挨拶を終えて、私たちは船をおりた。


「ここが黒の大陸ですね。空気がおいしい」

「そうですね。赤の大陸とは気候も違いますからね」


 どんな大陸なのだろう。

 港町の中にある、草木の緑が鮮やかに目に飛び込んでくるのが、嬉しかった。








お読み頂き、ありがとうございます。

第二章 赤の大陸 はこれで終わります。

ブックマークや評価ポイントでの激励、本当にありがとうございます。

よろしければ、ご感想等をお聞かせいただけると、嬉しく思います。

第三章も引き続き、よろしくお願いいたします。






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