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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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その名はルベウス

「ジルさん、ここは?」

「ジルでいいと言っただろう。まあちょっと降りろ」

 馬車から降ろされたのは、古い家の前だった。


 ジルはその家の裏に回ると、乱暴に扉をたたいた。

「婆さん、いるか?!」


「うるさいねぇ、ジル。ちょっと待ちな! 扉が壊れちまうよ」

 扉からでてきたのは、声から想像していた老婆ではなく、身なりの整った、見た目の良い老婦人だった。


「悪いな。この子の身なり一式用意してくれ。旅用のマントもだ。急いでいる」

「訳ありかい。任せておきな。着替えていくのかい?」

「いや。王都をでてからだ」


 十分もしない内に、その老婦人は布の包みを持ってきた。

「下着は余分に入れておいたよ」

「すまない。金だ。多目にしてあるぜ。婆さん、そろそろ移れよ」


「きな臭いと思っていたら、いよいよかい。明日にはでるよ」

「ああ。またな」

 私はただ頭を下げた。


 馬車に乗ると、ジルが言った。

「あの婆さんは、大丈夫だ。堂々と裏の世界で生きている、化け物みたいな人だ。俺やセルジオがガキの時から、あの姿のままなんだ。と言っても会ったのは、この大陸でもなかったんだがな」


「年はおいくつなんでしょう? 本当は上品な方なんでしょうね」

「婆さんも大した事はないな。ベスに見抜かれているとはな」

 ジルは口角を少し上げて、笑みを浮かべた。


「そうなの?」

「亡国の王家の血筋らしいという話は聞いたな。新品から古着まで、見ただけでそろえてくれるんだ。値段は三倍もふんだくる」


 村の子供は皆、お下がりや、大人の古着を仕立て直してもらうので、服の値段が分からない。ただ、三倍はどんな安物でも高くなる気がした。

「ごめんなさい」

「ああ。払ったのはダニエル様だ。気にするな」


 着替えができるのは、嬉しかった。

 着の身着のままで村を出てから、何日かかったのかは分からないが、風呂にも入っていなかったのである。



 王都の出口は、長蛇の列だった。

「なんだぁ? どうなっていやがる」

 ジルが通行人から聞いた話によると、貴族は王都から出るのを禁止されているようで、王都から出ようとする、貴族の妻子が止められているようである。


「女房、子供は逃がしたいんだろうな。人としては分かるが、見下されていた平民は納得しないだろうなぁ」

 ジルが、前方の様子を気にしながら言った。


「貴族も大変ですね」

「今はいいが、皆が逃げ出す時には、ただでは済まないだろうな。馬車から引きずりだされるからな。それを知っているから、早々に逃げ出したいのさ」


 王都の門で、神官様に渡された札を見せると、簡単に出してもらえた。

 私は緊張していたようで、自分の小心さにため息をつく。

 村の門すら、潜った事はないのだ。


 王都の門の外には馬車がたくさん止まっていた。

「あれは、乗合馬車だ。ほとんどの馬車が、次の大きな町まで行く」

 私はバスみたいな物だと理解した。


 一番外れの行列に、神官様は平民の格好で立っていた。

 ジルが馬車を寄せると、神官様は私を抱き上げて、(ほろ)の中に一緒に入った。

「御者台は木ですからね。ベスにはまだ無理です。お尻が持ちません」


「はい。服を買ってもらいました。ありがとうございます」

「どういたしまして。この国を出るまで、大きな宿には泊まれませんからね。お風呂は多分、川になるかな? 夏で良かった。それでも冷たいでしょうけれどね」


「汗を流す事ができるのなら、わがままを言ったりしません」

「女の子だものね」

 私は小さくなってうなずいた。


 神官様は私の肩からカバンを取ると、荷物の上に載せて言った。

「ところで、あなたはいつまでカバンのままなのですか?」


 カバンから姿を変えると、前足を伸ばしながら、のんびりと彼は言った。

「飯までは良いかと思ったのだ。ところでそろそろベスの魔法が切れるぞ?」

「そうですね。切れても問題はないと思いますが、本人に聞いてみましょう」


 その言葉に私は首をかしげた。

 魔法を見た事がない私は、もちろん、掛けられた記憶もないのである。

「私の魔法ですか?」


「ええ。あなたはおなかの中にいる時から、高魔力だったのですよ。私たちはあなたが誕生する事を知っていたのです。ベスはどこから覚えていますか?」


 神官様の言葉に驚いたが、ここで嘘を言っても仕方がないと思った。

「背中をたたかれて、泣いた時からです。赤ん坊の時は、起きている時の記憶だけです」


 神官様は驚きもせずにうなずいた。

「では、エリーとセルジオが実の親ではない事も、知っているのですね?」

「はい。でも大切な両親です。大事に育ててもらいました」


「そうですね。では、時々ベッドの横に、カバンがあったのはどうですか?」

「……すみません。覚えていません」

 あれほど奇麗な赤い石が付いているカバンなら、覚えていそうなのだが、記憶は全くなかったのである。


「ベスの全身の毛と瞳の色は彼が、エリーの色を移していたのですよ」

「え?」

 さすがに、それには驚いた。

 薄茶色の髪と焦げ茶色の瞳は、母さんと同じ色で優しく見えるから、結構気に入っていたのである。


「ベスは混じりけのない黒い髪と瞳を持って生まれてきました。それは総黒と言って、とても珍しいのです。この世界に黒を持つ者はいますが、よく見ると他の色が混ざっているのです。私の目をご覧なさい。黒に見えますが、日の加減で赤く見えるのですよ」


 神官様は奇麗な銀色の髪を持ち、黒い瞳の目は潤んでいるように見えて、私はいつも奇麗な人だと思っていたのだ。だが、言われるがままにのぞいたその瞳は、確かに濃い赤が重なって、黒く見えていたのだと知った。


「どうしますか? その美しい黒を隠しますか?」

 神官様が、日本に行ったら驚かれるだろうと思った。

 私は日本にいた時から、髪を染めた経験がない。校則で禁止されているからではなく、髪の色にこだわりがなかったのである。


「黒で問題がないなら、黒で過ごします」

「サイユ村のベスは黒を持っていませんでしたからね。警備隊長も確認していますので、心配はいりません。髪の色と瞳の色が変わると別人ですからね」


 それは、高校生であった私には身近な事だった。ヘアカラーやカラーコンタクトは、確かに良くも悪くも、その人の個性までをも変えた気がしていたのだ。


 私はお座りの姿勢で聞いている彼を見て言った。

「いろいろとお世話になっていたんですね。ありがとうございます」

「我が守ると言っただろう。気にするな。腹は減ってないか? 眠いのではないか? 先は長いぞ」


 その言葉に珍しく神官様が吹き出した。

「あなたはいつから、ベスの母親になったのですか? それより、名前はいただいたのですか?」

「まだだ……」


 二人の会話から、どうやら大耳の猫に名前がないのは分かったが、名前とはペットにつける、あれと同じ感覚で良いのだろうか?

「名前ですか?」

「彼らは名前を付けて、魔力をくれる人を決して裏切りません。名前を付けた人が亡くなると名前は消えてしまいます。ですから、彼には名前がないのです」


 いや、そんな大役を仰せつかっても……。

「私でいいの? 後悔はしないですか?」

「我はベスを待っていたからな」

 彼は迷いもなく、その緑の目で私を見つめた。


 私は少し考えた。できれば彼らしい名前にしたいと思った。

「そうだわ。暗闇の中で初めてあなたに会った時は、赤い光だったから、ルベウスはどうかしら? 赤っていう意味なんだけど……」


 神官様が優しい顔でうなずいた。

「良い名前ですね。ルベウス。愛称はルベですね」

 そう言われて、尻尾を大きく振ったルベ。


「気に入ってくれた?」

 私の問いに尻尾がまた揺れた。

「これで、カバンの状態でも話ができるな」


「そうなのぉ? 早く言ってよ。口がないから話ができないのかと思っていたわ」

 ルベは慌てたように言った。

「いや、ベス。違う。名をもらったから、我とベスには信頼という絆ができた。どんな時でも、会話ができるのだ。ダニエルは付き合いが長いからな、互いに遠慮がない。それもまた信頼だ」


「我がジルと話ができないのは、信頼とは別の次元だがな」

 私はその意外な言葉に首をかしげた。

「どういう事ですか?」


「ジルは良いやつだが、魔力は低いのだ。我の声は魔力の高い者にしか聞こえないのだ。その中でも我が許可を与えた者としか会話はできない。それは逆に、ベスが我を拒絶したなら、我がいかに叫ぼうとベスには届かないという事にもなる」


 そんな日が来なければいいと思った。

 魔力の高い人が、どれだけいるかは分からない。自分で選んだ人とだけ話をするとなれば範囲は極端に狭くなる気がした。

「寂しいわね」


「大丈夫ですよ。ルベは人の他にも交流がありますからね。忘れていませんか? 彼は人ではありませんよ」

「そうだった! 良かったぁ」

 私の言葉に、神官様は困った顔で笑った。


 馬車の幌は、後ろと前に開口部分がある。

 その御者台の方から、ジルの声が聞こえた。

「そろそろ、馬を休ませますかぁ? 夜通し走るなら、次の町で馬を変えるにしても、持ちませんよ」


 神官様は御者台にいるジルに向かって声をかけた。

「そうですね。どこかで休ませて、私たちも食事にしましょう」


 いつの間にか、日が傾いていた。

 ジルが馬の世話をしている間に、神官様は火をおこし、手際良く野菜を切ると、鍋に入れて炒めだした。

 次に肉を入れて色が変わったら、水を加えて煮込む事にしたようである。

 私は馬車から、木の食器をだすだけの仕事を任された。


 出来上がったのは、クリームシチューだった。

 ミルクなどはどこにも見当たらないのに、どうやって作ったのだろう?

 母さんは料理が上手で、私はこの世界で、食べる物に困った事はない。

 だが、神官様の料理はそれに負けないほど、良い味だったのである。


「おいしいです」

「そう、良かった。お替わりもありますから、たくさん食べてください」

「ダニエル様の料理は、本当にうまいよな」


 ジルの言葉にうなずく私を見て、神官様は笑った。

「私たちは料理の勉強もするのですよ。災害にあった場所での炊き出しや、手の足りない教会では、病人の食事の支度もありますからね」


 この世界で一番大変な職業は、神官に違いないと私は思った。







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