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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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フルビアの記憶

 金髪にも濃淡はあり、直毛と癖毛でもそのイメージは驚く程変わる。

 私は黒髪で直毛だからだろうか、緩いウエーブが頭の動き一つで、まるで波のように動く美しい髪は、他に比べる物がないと思った。


 興味がある物を決して見逃さないように、大きく開かれた青い目をもつ少女。

 体調を少し崩しているので、透明感のある白い肌が青い。食事をしないせいか、ふっくらとしているであろう頬に、縦の線がはいっているのが痛ましい。

 それがフルビア五歳の姿である。


 彼女の両親は、マニージュ国の鉱山に派遣されていた、黒の大陸の技師だった。

 ダニエル様たちが、八カ月も各鉱山を歩き回る事になった災害は、記憶にあたらしい。


 フルビアの家は鉱山の居住区にあり、有毒ガスの発生で避難する最中に、魔物の襲撃にあったようである。

 両親に守られ、父親の同僚に助け出された時には、両親は人の形もとどめていなかったようだ。


 祖父母がフルビアを迎えにきた時には、ただの人形のように言葉を発する事も、食べ物を口にする事もなくなっていたと言う。

 少量の流動食と薬湯を口にできるようになり、ようやく黒の大陸に向かう事になったのだとダニエル様が言った。



 それで、どうして彼女が私のスカートを握っているのかだが……。


 彼女の祖父母はあろうことか、船に弱かったのである。

 行きは無我夢中で、酔った記憶もないらしい。

 疲労や心労も重なっていた老夫婦を、心配したダニエル様が、私をフルビアに会わせたのだ。


「おじいさんとおばあさんはきっと、神官様が元気にしてくださるわ。大丈夫よ。それまでは、私がフルビアを守ってあげる。その代わり、フルビアは私のお手伝いをしてくれる?」


 両親を失った彼女は、きっと大切にされていたのだろう。

 手伝えと言われて、戸惑っているようだった。

 ただ、彼女が私を無視しないのは、私が両親を亡くしているからだろう。

 私は今回、自分の過去を話す事を、ダニエル様の判断にまかせたのである。


『ルベ、家獣になって』

『かまわぬが。何を考えておる』

『彼女の笑顔が見たいの』


『ベス、彼女に魔物は……』

『ダニエル様。フルビアを一生、どこかに閉じ込めますか?』

 ルベはカーバンクルの姿になって、私の腕に抱かれた。


「家獣のルベよ。噛んだりしないの。かわいいでしょう? 少し甘ったれで、手が掛かるのよ。一緒に面倒をみてくれるかしら?」


 差し出したルベに、そっと手を伸ばして、おっかなびっくり触れるフルビア。

 魔物に親を殺されたのである。

 私は彼女の全てから、目が離せなかった。

 しかし、ビル程大きなミミズとカーバンクルが、ともに魔物であるという事は、五歳の彼女の脳内で、一致はしていないようだった。


 フルビアの小さな手を、ルベはその小さな舌でペロリと舐めた。

 ルベはなかなかの芸達者である。

 あの偉そうな物言いをする生き物とは、別の生き物に見えるから笑いそうになる。


「手伝えそう?」

 コクリとうなずいて彼女の手は、ダニエル様の上着から、私のスカートへと移動したのである。



 船室でルベには獣化したままで、過ごしてもらう事にした。

 フルビアは、生まれて初めてペットを飼う子供のように、私の行動とルベを見て学ぼうとしているようだった。

 賢く繊細な子なのだろう。


 ルベの食事はスプーンで食べさせる。

 食べさせながら、私は忙しそうに自分も食べる。

 間違った振りをして、フルビアの口にも放り込む。


 流動食しか口にしない彼女に、固形物をいきなり食べさせはしない。

 かわいそうだがルベには、フルビアの差し出す流動食は、食べないで欲しいと頼んでおいた。



「こうして、自分で食べて、安全な食べ物だよ。おいしいよって見せて食べさせるのよ。フルビアはお話をしないけれど、ルベはちゃんと見ているから、おいしそうに食べてみせてね」

 コクリとうなずく、五歳児はかわいい。


 ルベは人前で排泄はしないので、食べ物と風呂の世話しかない。

 ルベを抱き、そのかわいらしさに彼女が癒やされて行くのを見ていた。

 それでも、深夜になると、彼女は母を求めて泣く。


 それは、まるで今、目の前で母を奪われる子供のようだった。

 私はフルビアを抱きしめる。

 その涙の全てを、私は吸い取ってしまいたいと、心の底から思った。

 この震える程の悲しさを私は知っているのだから。



 深夜に戻ったダニエル様は、入浴を済ませると眠っているフルビアを、優しく見つめた。

「ベス、ありがとう。落ち着いているようですね」


『ダニエル、フルビアの記憶を消してやろうか? まだ、幼い身だ、後付けで記憶は育つだろう。祖父母がいるのだから、思い出話に事欠く事はなかろう』


「お二人からも、その話は相談を受けているのです。食事や言語の事で悩んでおいでです。彼女の未来に影を落とす事は、亡くなった息子さん夫婦も本意ではないだろうとおっしゃって」


「両親の記憶を消すって、それは戻して欲しい時に戻してもらえるのでしょうか」

 私は驚くような会話を聞いて、ダニエル様に問いかけた。


『いや。失った物は戻らない。記憶の一部だけ消す事もできない。あの子の場合は、五歳までの記憶を全て失うだろう。当然赤子のようになるが、人間は体にも記憶があるので、普通の生活にはすぐに戻る事ができるだろう』


「それは駄目。してはいけない事よ。彼女の両親の記憶は、愛された記憶なのよ。虐待されていた訳ではないでしょう。大切な両親の記憶は、いつか彼女の大切な思い出になるわ」

 私はフルビアを起こさぬように、それでも力を込めてそう言った。


 ダニエル様は黙ってうなずいたが、それだけはしてはならない事だと、私はどうしても伝えたい。

 前世の父は私を殺したのかもしれない。

 しかし、私は家族の記憶を要らない物だとは思わない。


 愛されていたと今は思えるから。

 私を娘として、抱く事を許されなかった、この世界の優しい両親の顔だって、今も胸の中にしっかりとあるのだ。


「フルビアの未来に、ご両親が影を落とすか否かは、生きている人たちの責任でしょう? 大切な我が子のために、記憶から消されるご両親がかわいそうです。愛する娘とともに生きられないのなら、せめて、記憶の中で娘に寄り添い、励ましてあげたいと思う筈。フルビアを守ったご両親の記憶は、きっと彼女の誇りになるわ。未来の彼女から、ご両親の姿を奪ってはいけないと思うの」


 ダニエル様は私を抱きしめた。

「ベス、分かりましたよ。もう、それ以上は言わなくていい。あなたも両親を亡くしたのだと、フルビアには言いました。それでベスに会う事を納得したのです。彼女はきっと今、困惑の中から抜け出す方法を、探しているのかもしれないですね」


 同じ境遇の私だから、こちらを見たと言うのなら、フルビアは殻に閉じこもっていたい訳ではないと思った。


「話す事のできない人はたくさんいます。ですが、話さない人はそうたくさんはいません。時間はかかるでしょうが、いずれ話すようにはなるでしょう。ただ、流動食はじきに彼女をベッドに縛り付けるのです。おじいさんとおばあさんはそれを心配しているのですよ」


 ダニエル様はそう言って、視線を落とした。

 船が黒の大陸に着くまで、私に何ができるだろうか。

 ただ、かわいいフルビアが、寝たきりになる未来だけは、阻止しようと思った。


『ダニエル。スープはベスが飲ませている。薬草臭いあれを止めさせろ。初めて見たが、あれは生き物全ての食欲を落とす。ベスは食わせるのがうまいが、あれが邪魔をしておる。足りない分は、回復魔法とポーションで補え』


 ルベの言葉に、ダニエル様が驚いて私を見た。

「スープを飲ませたのですか?!」


「はい。目の前に突然、スプーンをだされたら、小さい子は口にしちゃうのです。弟のエルモで実験済みです。今は少し柔らかい物も入れていますが、舌で潰せる物が、もう少し欲しいです」


 エルモの離乳食は私が食べさせていた。

 薬などは、母さんよりも飲ませるのが上手だったのだ。

 五歳児は言葉が通じるから、反抗期の幼児より楽な位である。


 ダニエル様はその顔を優しく崩した。

「そうでした。エルモはベスでなければ、離乳食を口にしませんでしたね。あれはコツがあったのでしょうか?」


「食べたいと思わせる事でしょうか。食べたくない物は、大人でも食べないでしょう? 不意打ちと興味を持たせる事。それで駄目なら、空腹にしてやる事だと思っていますが」


「フルビアは、精神的に食べ物を受け付けないと思われています。それで流動食なのですが。最初からベスは、そうは思っていなかったのですね」


「はい。流動食を口にした時点で、食べ物を受け付けていますからね。あんなまずい物を飲み込めるなら、おいしいスープは食べる事ができるでしょ?」


 日本のじいちゃんは、鼻からチューブで流動食を流していたのだ。

 口から入れた物に体が拒否をしないという事は、食べる事ができると考えたのである。


 ダニエル様は楽しそうに笑った。

「フルビアの食事は、ベスに任せましょう。料理は言ってくれれば、私が料理長に注文をしますよ」

 私とルベとダニエル様は、少しでもフルビアのために、力を貸したいという思いで、一致していた。


 この世界の治療は魔法が使われる。

 薬学は自然の物が使われる。

 化学を駆使した、宇宙食のような完璧な流動食を、自然の物から作る方法はないのだろう。


 フルビアが悲しみの中で、その命を落としたなどと、思われては堪らない。

 小さな彼女は、生きる事を諦めてはいないのである。

 それを伝えるすべを、今の彼女は持っていない。


「大丈夫。私はフルビアを助けるわよ」

 私のスカートを握った、フルビアの小さな手を、起こさぬように両手で包み込んでそうつぶやいた。








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