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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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奪還作戦成功?

 ルベが宿ではなく、ルベの空間でゆっくりしたいと言ったのは、きっと私のためだったのだろう。

 そう気が付いたのは、ルベの行動だった。


 ルベは、私を見守りながら、魔法を使わせてくれたり、一緒に泳いだりと好きなようにさせてくれたのである。

 無理をした記憶はないが、ルベにはどこか力が入って見えていたらしい。

 ダニエル様も乗船の予約や、私の手紙を送ってくると言いながら、いろいろと外で仕事をしているようである。


 ダニエル様と私は料理をしなかった。

 完成している料理がかなりあり、半端な数の料理を食べる事にしたからである。

 いくら、時が止まっていても、古い物は食べる気が失せるという考え方は、ダニエル様と一致した。


 そのついでに、ルベが保管している荷物の整理を、する事になった。

 不要な食材を売却したら、驚くほどの金額になったようである。

 手に入りにくい物を保存していたのだから、当然の結果だろう。


 私の服も整理をすると、着る事ができる物は、クララの手作りの服だけだった。

 ネガーラのサマンサさんは、さすが侍女頭。

 少し大きな服も、用意をしてくれていたので、船旅の服は今回も何とかなりそうだった。


 庶民の服は、古着屋で買えるのだが、上等な服は古着屋でも手に入りにくい。

 それは、売りに出ない訳ではなく買う者がいないので、仕入れないのだそうだ。

 貴族が着飾って行く場所は、庶民が行く事はないのである。

 客船もいつか、庶民が利用できる価格になると良いのだが。



 船を待って、六日目の事だった。

「明日の朝、船に乗りますよ」

「空きがあったのですか?」


「いいえ実は、空きならばとうにあったのですが、お受けしたいご招待があったのですよ」

 混んでいるとは聞いていたが、それにしても待たされる時間が、長いとは思っていた。


「貴族様ですか?」

「そんなものならば、待ってはいません。赤の大陸にくる時に乗った船を、覚えているでしょうか?」


 あの日に見た、遠ざかる船の後ろ姿は、生涯忘れないと思いますが。

「あの時の船長が、赤の大陸と黒の大陸間をつなぐ船に、乗っているようなのです。商会が良い部屋に招待してくれました」

 おお、従者用の四人部屋は免れそうである。


「招待ってお金が要らないの?」

「ええ。おいしい話でしょ?」

「はい!」

 ダニエル様は、主神官なのに相変わらず、おいしい話が好きである。


『金はあるだろうが! ダニエル、ベスを商人にでもするつもりか?』

「ベスは焼き栗を売るのが上手でしたね」

 ルベの言葉で、ダニエル様は思い出したように笑った。


 焼き栗は成り行きで売っただけだったが、私にとっては、楽しい思い出の一つである。

「商売もいいですねえ」

 ダニエル様……。

 そんな驚いた顔をしないでください。商人になろうとは思っていません。


 私はこの世界の職業を把握してはいないので、やりたい事を仕事と結び付ける事ができない。

 その答えはきっと、黒の大陸にあるような気がするのだ。

 黒の大陸は、薬師と治療師を目指す者が通う、学園があるのだから。




 翌朝は、早めに起きて、身なりを整えた。

 潮風は経験済みだったので、髪は一本にまとめた。

 白い襟の付いた、若い苗色のワンピースは、清楚な感じがする。

 私ときたら、上品な雰囲気は全くないのだから、少し大人しくしなければ服に負けそうである。


「とても良く似合っていますよ」

「ありがとうございます」

 空間をでると、ルベがポシェットになった。

『さて、行くぞ』

 ルベ、歩くのは私なのですが……。



 船着き場には、たくさんの荷車が目的の船の前で順番を待っている。

 荷物を担いで、荷車と貨物船を往復する人たちの姿はたくましい。

 旅客船の客は従者を連れているので、見送る人たちに別れを告げて、ただ静かに乗船する。


 金銭の問題ではなく、身分の高い彼らの旅もまた、お気楽なだけの物ではないようである。

“じゃあ、またね”と気楽に手を振る別れは、港では見られない。


 船の甲板には、乗客に声を掛ける船長がいた。

「エリザベス?」

 船長はあの日と同じく、優しい笑顔で私を見つめた。

「ええ。ご招待ありがとうございます、船長」

 私はスカートを少しつまんで、左足を後ろに下げた。


「なんと大きくなられた事か。初めての船旅を、あのような思い出にしてしまい、申し訳なく思っていました。もう一度、良い旅をお届けする機会を、与えてくださった神に感謝をしていますよ」


「船長に再会できた事を、私も感謝しなくてはいけませんね。旅を楽しみにしています。よろしくお願いいたします」

「お任せください」


 船長はそう言うと、小さく笑った。

 海の上では、船長が頼りだが、船の後ろ姿を一度でも見てしまうと、心の隅に小さな覚悟の居場所ができた気がする。


 船長は自分で育てた船員を連れて移動するらしく、船員たちの頭に巻かれている布は、あの日と同じ物だった。

 そして目の前にいる彼もまた、あの日の客室係だった。


「私は、ダニエル様の係でしたので、あの日の事は今でも夢に見ますよ。暗い海にクラーケンと消えていくお二人。ご無事だと、何度も仲間に言われたんですが、慰めにしか聞こえなくて」


 トラウマになったのだろうか。

 ごめんね。のん気にカメと遊んでいたとは言えない。


「おやおや。それはひどい目に遭いましたね。二人共無事で、けがもしていません。また、よろしくお願いしますね。食事はエリザベスが未成年ですから、部屋にお願いします」


「明日の夜は、お子さんも参加できる時間帯の食事会になっておりますが、いかがなさいますか」

「忙しいでしょうから、それは参加しますよ」

「かしこまりました」


 船員がでて行った後で、ダニエル様が私を見た。

「聞いた通りです」

「はい。食事会ってなんです」

 食事をする会だろうが、私の聞きたい事はそれではなかった。


「食事をしたり、乗客同士が交流をしたりするのです。船員たちが芸を披露したりと、なかなか楽しいですよ」

「楽しみですね」


 良かった、歓迎会みたいな物だろうか。

「船酔いを忘れさせるためでもあるのです。赤と黒の間の海は、比較的に穏やかなので、そんな気晴らしが可能なのですよ」


 初日は深夜まで、ダニエル様は帰って来なかった。

 船酔いの薬は、港町の薬師の所で売っている。

 なぜ買って来ないのだろうか。

 馬車は酔わないから、船も酔わないと思う理由も分からない。


 ダニエル様はそれでも時々、重い病を発症する人もいるからと、往診に行く。

 私はルベを抱いているから、留守番は大丈夫だと、ダニエル様に伝えた。

 少し背伸びをしているのは、きっとばれていると思うが。


 次の日は船員さんたちと、ダニエル様の協力のたま物だろうか、食事会という名目の船長主催の歓迎会はたくさんの人が集まった。

 子供が参加できる時間帯ではあったが、従者がいるような家の子供は、安全のために参加はしないようだ。


 だが、フルーツや菓子を選んで、従者が運んでいる姿を目にすると、その位はさせてやっても良いだろうと思う。

 自分で選ぶ事が、どれ程の心躍る事なのかを、大人になると忘れてしまうようである。


 ダニエル様のそばにいると、いろいろな人と挨拶をする羽目になるから、私は早々に逃げだした。

 好きな食べ物を口にして、目当てのショーを見て部屋に戻ろうと思っていた。

 私たちの部屋の担当船員が、ナイフ投げを披露するというのだから、ここは是非にも応援しなければと、張り切っていた。


“この船には腕の立つ者が、乗っています。どうか、悪さをしないでください”

 そんな船長からの言葉が、伝わってきそうではあるが。

 確かに彼のナイフ投げの術は、素人の私から見ても、素晴らしかった。



 照明の魔導具が少し暗くなり、船員さんたちがお酒を用意すると、音楽が流れてきた。

 これからはきっと大人の時間である。

 私たちの部屋には、鍵が掛かっているので、ダニエル様を探した。


『ルベ、ダニエル様は、会場にいるよね。急患とかじゃないよね』

『ああ、また、変なのに捕まっておるわ。ダニエルは右側の人だかりの中だ』

『奇麗な人だねえ』


 ダニエル様の連れのような顔をして、他の女性を排除する気のようだが、彼女はどこの誰だろう?

『あれは、マニージュ国の港町では、有名な踊り子だった女だ。最近、老いた豪商の嫁になったと聞いたがな』


『嫁?! 今、豪商の嫁っていったの?』

『言ったぞ。噂好きの家獣に聞いた』

『そうなんだ……』

 噂好きのペットの話には興味がある。

 噂の方ではなくて、そのペットにだが。


『ところで、なんで彼女はダニエル様の隣にいるの?』

『あれは、他人に興味がないから、いつも好きにさせる。面倒なのだろうが、変な女に捕まって、いつも大変な目に遭うのだ』


『鍵をもらおうと思っていたけれど、一緒に部屋へ戻りたくなりました。ルベ、ダニエル様を返してもらいましょう』

『あれの心配はしていないがな。ベスの好きにするがいい』


 私はダニエル様の前で、小ざかしく目を手の甲で拭って言った。

「お父様、もう眠い……。お部屋に戻りたいの」

 ダニエル様は一瞬、ギョッとした顔をしたが、何とか耐えたようである。


「え? あら、かわいいお嬢様ね。あたしは子供が好きよ」

 顔も姿も美しいというのに、女は欲張りである。

 この動物系の香りは、男の人には好かれるだろうが、鼻の良い子供には、ただ臭いだけである。


 子供が好きだと、うそぶく女に、私はあどけない表情を貼り付け、彼女の耳元で声を潜めた。

「お金持ちの次に? 私はあなたが嫌いよ。臭いもの」


 私の顔を見て、彼女が下品に片方の口角を上げた。

「そろそろ一人で寝る事を覚えてもらうわよ?」

 お馬鹿さんですね。挑発に乗るのであれば、ここは小声で私にだけ、言えば良いところでしょう?


 性格の悪い子供を敵に回すのは、初めてでしょうか?

 さて、そろそろ仕上げましょうかね。

 両手は胸の前。

 心細そうに、父親を見上げる子供の声は、大きすぎてはいけない。


「お父さま、ベスがお邪魔でしょうか?」

 周りのおじさんたちの目は優しいが、ごめんなさい。猿芝居です。

 ダニエル様は私と視線を合わせると、慈悲深く優しい神官の顔でほほ笑んだ。

 張りぼての笑顔ってあるのですね……。


「娘を愛さない父親がいるものですか。さあ、部屋に戻りましょう」

 棒読みでないことを、褒めてあげましょう。


「お待ちください。あたしたちは運命の出会いをしたばかりよ。その子の面倒はこちらにお任せくださいませ」

 すごい出会いをしたらしい。


 彼女の従者なのだろうか、数人の大人が私のそばにきた。

 ルベが嫌がるだろうから、ここは逃げだそうかと思った時だった。


「この子に触れる事は、止めてもらいましょう」

 ダニエル様はそう従者に言うと、女性を見た。


「運命の出会い? あなたと? ご主人が気の毒でなりません。私と娘の部屋に、あなたのベッドはありませんよ。あなたは運命を語る前に、人生と向き合う事をお勧めしますよ」

 ダニエル様は私を抱えると、冷たい眼差しを彼女に向けた。



 そのまま部屋に戻ってくれたのは良いのだが。

 だが、お怒りモードなのか、膝から降ろしてもらえない。

 やりすぎたかも……。


「それで? 誰が、いつ、お父さまになったのでしょうか?」

「ダニエル様が、変な女に付きまとわれていたからですよ。だって、私は十二歳ですよ? 夫に手を出さないで! とは言えないでしょう?」

 ダニエル様が少し首をかしげた。


『確かにな……』

「私もいろいろと疑われそうですし……」

「でしょう? ダニエル様奪還作戦は成功したのよ!」


 私は疲労困憊なのだと言うと、ルベを連れて風呂に入った。

『風呂は逃げ場になるのだな』

「いろいろな物を洗い流す場所だから」


 何を言っているのか、自分でも分からないのだから、ルベに伝わっているとは思えない。

 ルベが湯船に幸せそうに浮かんでいるのだから、きっと良いのだと思う。


「今日も無事に終わったね、ルベ」

『そうだな。無事に終わったな……』


 船のバスタブは小さいが、二人で浮かぶには十分だった。








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