奪還作戦成功?
ルベが宿ではなく、ルベの空間でゆっくりしたいと言ったのは、きっと私のためだったのだろう。
そう気が付いたのは、ルベの行動だった。
ルベは、私を見守りながら、魔法を使わせてくれたり、一緒に泳いだりと好きなようにさせてくれたのである。
無理をした記憶はないが、ルベにはどこか力が入って見えていたらしい。
ダニエル様も乗船の予約や、私の手紙を送ってくると言いながら、いろいろと外で仕事をしているようである。
ダニエル様と私は料理をしなかった。
完成している料理がかなりあり、半端な数の料理を食べる事にしたからである。
いくら、時が止まっていても、古い物は食べる気が失せるという考え方は、ダニエル様と一致した。
そのついでに、ルベが保管している荷物の整理を、する事になった。
不要な食材を売却したら、驚くほどの金額になったようである。
手に入りにくい物を保存していたのだから、当然の結果だろう。
私の服も整理をすると、着る事ができる物は、クララの手作りの服だけだった。
ネガーラのサマンサさんは、さすが侍女頭。
少し大きな服も、用意をしてくれていたので、船旅の服は今回も何とかなりそうだった。
庶民の服は、古着屋で買えるのだが、上等な服は古着屋でも手に入りにくい。
それは、売りに出ない訳ではなく買う者がいないので、仕入れないのだそうだ。
貴族が着飾って行く場所は、庶民が行く事はないのである。
客船もいつか、庶民が利用できる価格になると良いのだが。
船を待って、六日目の事だった。
「明日の朝、船に乗りますよ」
「空きがあったのですか?」
「いいえ実は、空きならばとうにあったのですが、お受けしたいご招待があったのですよ」
混んでいるとは聞いていたが、それにしても待たされる時間が、長いとは思っていた。
「貴族様ですか?」
「そんなものならば、待ってはいません。赤の大陸にくる時に乗った船を、覚えているでしょうか?」
あの日に見た、遠ざかる船の後ろ姿は、生涯忘れないと思いますが。
「あの時の船長が、赤の大陸と黒の大陸間をつなぐ船に、乗っているようなのです。商会が良い部屋に招待してくれました」
おお、従者用の四人部屋は免れそうである。
「招待ってお金が要らないの?」
「ええ。おいしい話でしょ?」
「はい!」
ダニエル様は、主神官なのに相変わらず、おいしい話が好きである。
『金はあるだろうが! ダニエル、ベスを商人にでもするつもりか?』
「ベスは焼き栗を売るのが上手でしたね」
ルベの言葉で、ダニエル様は思い出したように笑った。
焼き栗は成り行きで売っただけだったが、私にとっては、楽しい思い出の一つである。
「商売もいいですねえ」
ダニエル様……。
そんな驚いた顔をしないでください。商人になろうとは思っていません。
私はこの世界の職業を把握してはいないので、やりたい事を仕事と結び付ける事ができない。
その答えはきっと、黒の大陸にあるような気がするのだ。
黒の大陸は、薬師と治療師を目指す者が通う、学園があるのだから。
翌朝は、早めに起きて、身なりを整えた。
潮風は経験済みだったので、髪は一本にまとめた。
白い襟の付いた、若い苗色のワンピースは、清楚な感じがする。
私ときたら、上品な雰囲気は全くないのだから、少し大人しくしなければ服に負けそうである。
「とても良く似合っていますよ」
「ありがとうございます」
空間をでると、ルベがポシェットになった。
『さて、行くぞ』
ルベ、歩くのは私なのですが……。
船着き場には、たくさんの荷車が目的の船の前で順番を待っている。
荷物を担いで、荷車と貨物船を往復する人たちの姿はたくましい。
旅客船の客は従者を連れているので、見送る人たちに別れを告げて、ただ静かに乗船する。
金銭の問題ではなく、身分の高い彼らの旅もまた、お気楽なだけの物ではないようである。
“じゃあ、またね”と気楽に手を振る別れは、港では見られない。
船の甲板には、乗客に声を掛ける船長がいた。
「エリザベス?」
船長はあの日と同じく、優しい笑顔で私を見つめた。
「ええ。ご招待ありがとうございます、船長」
私はスカートを少しつまんで、左足を後ろに下げた。
「なんと大きくなられた事か。初めての船旅を、あのような思い出にしてしまい、申し訳なく思っていました。もう一度、良い旅をお届けする機会を、与えてくださった神に感謝をしていますよ」
「船長に再会できた事を、私も感謝しなくてはいけませんね。旅を楽しみにしています。よろしくお願いいたします」
「お任せください」
船長はそう言うと、小さく笑った。
海の上では、船長が頼りだが、船の後ろ姿を一度でも見てしまうと、心の隅に小さな覚悟の居場所ができた気がする。
船長は自分で育てた船員を連れて移動するらしく、船員たちの頭に巻かれている布は、あの日と同じ物だった。
そして目の前にいる彼もまた、あの日の客室係だった。
「私は、ダニエル様の係でしたので、あの日の事は今でも夢に見ますよ。暗い海にクラーケンと消えていくお二人。ご無事だと、何度も仲間に言われたんですが、慰めにしか聞こえなくて」
トラウマになったのだろうか。
ごめんね。のん気にカメと遊んでいたとは言えない。
「おやおや。それはひどい目に遭いましたね。二人共無事で、けがもしていません。また、よろしくお願いしますね。食事はエリザベスが未成年ですから、部屋にお願いします」
「明日の夜は、お子さんも参加できる時間帯の食事会になっておりますが、いかがなさいますか」
「忙しいでしょうから、それは参加しますよ」
「かしこまりました」
船員がでて行った後で、ダニエル様が私を見た。
「聞いた通りです」
「はい。食事会ってなんです」
食事をする会だろうが、私の聞きたい事はそれではなかった。
「食事をしたり、乗客同士が交流をしたりするのです。船員たちが芸を披露したりと、なかなか楽しいですよ」
「楽しみですね」
良かった、歓迎会みたいな物だろうか。
「船酔いを忘れさせるためでもあるのです。赤と黒の間の海は、比較的に穏やかなので、そんな気晴らしが可能なのですよ」
初日は深夜まで、ダニエル様は帰って来なかった。
船酔いの薬は、港町の薬師の所で売っている。
なぜ買って来ないのだろうか。
馬車は酔わないから、船も酔わないと思う理由も分からない。
ダニエル様はそれでも時々、重い病を発症する人もいるからと、往診に行く。
私はルベを抱いているから、留守番は大丈夫だと、ダニエル様に伝えた。
少し背伸びをしているのは、きっとばれていると思うが。
次の日は船員さんたちと、ダニエル様の協力のたま物だろうか、食事会という名目の船長主催の歓迎会はたくさんの人が集まった。
子供が参加できる時間帯ではあったが、従者がいるような家の子供は、安全のために参加はしないようだ。
だが、フルーツや菓子を選んで、従者が運んでいる姿を目にすると、その位はさせてやっても良いだろうと思う。
自分で選ぶ事が、どれ程の心躍る事なのかを、大人になると忘れてしまうようである。
ダニエル様のそばにいると、いろいろな人と挨拶をする羽目になるから、私は早々に逃げだした。
好きな食べ物を口にして、目当てのショーを見て部屋に戻ろうと思っていた。
私たちの部屋の担当船員が、ナイフ投げを披露するというのだから、ここは是非にも応援しなければと、張り切っていた。
“この船には腕の立つ者が、乗っています。どうか、悪さをしないでください”
そんな船長からの言葉が、伝わってきそうではあるが。
確かに彼のナイフ投げの術は、素人の私から見ても、素晴らしかった。
照明の魔導具が少し暗くなり、船員さんたちがお酒を用意すると、音楽が流れてきた。
これからはきっと大人の時間である。
私たちの部屋には、鍵が掛かっているので、ダニエル様を探した。
『ルベ、ダニエル様は、会場にいるよね。急患とかじゃないよね』
『ああ、また、変なのに捕まっておるわ。ダニエルは右側の人だかりの中だ』
『奇麗な人だねえ』
ダニエル様の連れのような顔をして、他の女性を排除する気のようだが、彼女はどこの誰だろう?
『あれは、マニージュ国の港町では、有名な踊り子だった女だ。最近、老いた豪商の嫁になったと聞いたがな』
『嫁?! 今、豪商の嫁っていったの?』
『言ったぞ。噂好きの家獣に聞いた』
『そうなんだ……』
噂好きのペットの話には興味がある。
噂の方ではなくて、そのペットにだが。
『ところで、なんで彼女はダニエル様の隣にいるの?』
『あれは、他人に興味がないから、いつも好きにさせる。面倒なのだろうが、変な女に捕まって、いつも大変な目に遭うのだ』
『鍵をもらおうと思っていたけれど、一緒に部屋へ戻りたくなりました。ルベ、ダニエル様を返してもらいましょう』
『あれの心配はしていないがな。ベスの好きにするがいい』
私はダニエル様の前で、小ざかしく目を手の甲で拭って言った。
「お父様、もう眠い……。お部屋に戻りたいの」
ダニエル様は一瞬、ギョッとした顔をしたが、何とか耐えたようである。
「え? あら、かわいいお嬢様ね。あたしは子供が好きよ」
顔も姿も美しいというのに、女は欲張りである。
この動物系の香りは、男の人には好かれるだろうが、鼻の良い子供には、ただ臭いだけである。
子供が好きだと、うそぶく女に、私はあどけない表情を貼り付け、彼女の耳元で声を潜めた。
「お金持ちの次に? 私はあなたが嫌いよ。臭いもの」
私の顔を見て、彼女が下品に片方の口角を上げた。
「そろそろ一人で寝る事を覚えてもらうわよ?」
お馬鹿さんですね。挑発に乗るのであれば、ここは小声で私にだけ、言えば良いところでしょう?
性格の悪い子供を敵に回すのは、初めてでしょうか?
さて、そろそろ仕上げましょうかね。
両手は胸の前。
心細そうに、父親を見上げる子供の声は、大きすぎてはいけない。
「お父さま、ベスがお邪魔でしょうか?」
周りのおじさんたちの目は優しいが、ごめんなさい。猿芝居です。
ダニエル様は私と視線を合わせると、慈悲深く優しい神官の顔でほほ笑んだ。
張りぼての笑顔ってあるのですね……。
「娘を愛さない父親がいるものですか。さあ、部屋に戻りましょう」
棒読みでないことを、褒めてあげましょう。
「お待ちください。あたしたちは運命の出会いをしたばかりよ。その子の面倒はこちらにお任せくださいませ」
すごい出会いをしたらしい。
彼女の従者なのだろうか、数人の大人が私のそばにきた。
ルベが嫌がるだろうから、ここは逃げだそうかと思った時だった。
「この子に触れる事は、止めてもらいましょう」
ダニエル様はそう従者に言うと、女性を見た。
「運命の出会い? あなたと? ご主人が気の毒でなりません。私と娘の部屋に、あなたのベッドはありませんよ。あなたは運命を語る前に、人生と向き合う事をお勧めしますよ」
ダニエル様は私を抱えると、冷たい眼差しを彼女に向けた。
そのまま部屋に戻ってくれたのは良いのだが。
だが、お怒りモードなのか、膝から降ろしてもらえない。
やりすぎたかも……。
「それで? 誰が、いつ、お父さまになったのでしょうか?」
「ダニエル様が、変な女に付きまとわれていたからですよ。だって、私は十二歳ですよ? 夫に手を出さないで! とは言えないでしょう?」
ダニエル様が少し首をかしげた。
『確かにな……』
「私もいろいろと疑われそうですし……」
「でしょう? ダニエル様奪還作戦は成功したのよ!」
私は疲労困憊なのだと言うと、ルベを連れて風呂に入った。
『風呂は逃げ場になるのだな』
「いろいろな物を洗い流す場所だから」
何を言っているのか、自分でも分からないのだから、ルベに伝わっているとは思えない。
ルベが湯船に幸せそうに浮かんでいるのだから、きっと良いのだと思う。
「今日も無事に終わったね、ルベ」
『そうだな。無事に終わったな……』
船のバスタブは小さいが、二人で浮かぶには十分だった。




