旅装と刺繍
マニージュ国の王都から港町までは、すれ違うグープ車が多い。
旅団は少し遠くなっても、安全な道と時間帯を選ぶせいか、砂漠の中央では出会う事は少ない。
たとえ砂漠ですれ違っても、先を急ぐ御者が互いに認識し合うだけで、言葉を交わす事はない。
盗賊や魔物だけでなく、自然からも命を狙われるのだから、その辺りが他の国と違うところだろうか。
十日程で、私たちは港町に到着した。
門の両サイドには、たくさんのテントが立ち並んでいる。
「旅団の仲介でしょうか? すごく人が多いですね」
そう言いながら、ダニエルさまの顔を見た。
「門には兵士がいますから、少しは安全なのですよ。彼らは不法滞在者です。鉱山から逃げだした労働者がほとんどです」
「国へ帰らないのですか?」
「客船は運賃が高くて、庶民には乗れません。彼らはここで、人足の仕事を待っているのです」
マニージュ国で扱う物は鉱石がほとんどである。
人手は必要だが貴族や商人も自国から、たくさんの人間を連れてきては、経費がかさむようで、ここで人足を雇うのだと言う。
「それなら、港で待っていた方が安全ですよね?」
「ギルドが違法な商売を許しません。領主があの場所にテントを張り、仲介をしているのです。彼らは気に入ってもらえれば、船に乗せてもらえます。そうでなくても、賃金をためて貨物に乗れますからね」
「不法滞在者ですよね? 違法でしょ」
「そうですね。ですが必要な人手です。そして、彼らを犯罪者にさせずに済むのです。彼らはあのテントで暮らしているのですよ」
ギルドはリスクの高い護衛依頼を、安価では引き受けない事にしているようだ。
ギルドと領主は、目に余る行動をしない限り、見ない振りをするのが、暗黙の了解らしい。
彼らに許されている期間は二年。
それを過ぎると捕まり、王都にいる自国の役人に引き渡される。
その後は鉱山で強制労働らしいので、逃げだした意味がなくなる。
真面目に働く方が、賢明なのだろう。
少なくても、自国の船にさえ乗る事ができたら、野宿で故郷を目指せるのだから。
「私は恵まれていますね。ありがとうございます」
私の顔を見て、ダニエル様は口角を少し上げた。
「旅に誘ったのは私です。こうして自分の目で見ると、本には書かれていない事が分かりますからね」
「はい。さすがにギルドと領主の見ない振りは、教科書には載せられません」
ダニエル様は、ゆっくりとうなずいた。
身分札を見せて、港町に入った。
赤の大陸に初めて入った、ラバーブ国の港町とは違い、マニージュ国の港は大きな建物もあり、王都より栄えていそうだった。
「ここが王都みたいですね」
「ここを王都にしていたら、今のマニージュ国は発展しなかったでしょうね。王都が物流の中継点になっていますからね」
人間が空を飛ぶ事は、魔物が許さない気がする。
海と同様に空にも、強い魔物はいるのだから。
「ダニエル様、教会でいいですか? それとも宿を探しますか?」
ハーゲンが御者台から聞いた。
『船が着くまで、ゆっくりと過ごす』
ルベが先に、主張するのは珍しい。
『ベスは空間でいいですか?』
『船では、またルベがカバンの姿ですから。空間でゆっくりしましょう』
私は素直に、そうダニエル様に伝えた。
ハーゲンとディランは、南の大陸でダニエル様の仕事をしている。
彼らとは、この町でお別れする事は、昨夜のうちに知らされていた。
「ベス、いやエリザベス様。またお会いしましょう。どうかお元気で」
私はハーゲンに抱き付いた。
「良くしてくれてありがとう。たのしかった。ハーゲンも元気でね」
「ベス様、お会いできる日を楽しみにしています。良い旅を」
優しく言ってくれるディラン。
「ディラン、ありがとう。寂しくなるわ。きっと、会えるわよね?」
「ええ。もちろんですよ」
私はそう言うディランとハーゲンに、頑張って笑顔を作って見せた。
だって、彼らの思い出す私の顔は、笑顔であってほしいから。
彼らを見送って、横にいるダニエル様の腕にしがみついた。
「よく泣かずに頑張りましたね」
「はい。どんな顔の子でも、笑顔が一番ですから」
「なんですか、それは?」
「え? 深い意味はないですよ」
前世のばあちゃんが言っていた。
美人は泣いても笑っても怒っても、美しいから許される。
不細工は、笑顔しか許されない。
泣けば汚いし、膨れたら憎たらしいと思われる。
だから、笑顔でいなさいと……。
今更気が付いても遅いが、ばあちゃんは何げなくひどい事を、孫に言ったよね。
港町の大通りは、奇麗なドレスや飾りの付いた帽子を被った、女の人が従者を連れて歩いている。
男の人も、身分は高そうだ。
私は庶民なので、普段着の町の人を見かけると、少しほっとする。
「身分の高そうな人が、多いですね」
「冬の間、別荘のあるこの町で過ごす方が多いですからね。彼らもそろそろ帰国でしょうね」
冬は社交の季節ではないのだろうか。
「王都には行かないのでしょうか?」
「家督を継ぐ立場でもなければ、わざわざ砂漠を越えませんよ。城には入れませんからね」
「後は塀が並んでいるだけですからね」
「着きました。ここです」
「へっ?」
すごく立派な店構えだが……。
「行きますよ。どうしたのです?」
私は全身を見回した。
待て、砂を払い落としたが、どう見ても私は汚い子供だろう。
その辺を歩いている庶民だって、私よりは数段と小ぎれいである。
「大丈夫ですよ。追い出されたりしません」
ダニエル様は私の手を引いて歩きだした。
どうなっても、知らないですからね。
第一、私はこんな店に用事はない。
「主神官様。わざわざこのような店にまで、お運びいただきありがとうございます。お呼びいただければ、伺いましたものを。急に入り用な物でも、ございましたでしょうか」
おなかの周りが、いろいろと大変な事になっている男の人は、店主なのだろう。
「この子のマントをお願いします」
店主は汚い私の、頭から足先までを笑顔で見つめて、奥に入った。
「マントはありますよ?」
「あなたは成長期なのですよ? 三年前の物は、もう着られませんよ」
ああ、忘れていた。
そう言えば、クララがいろいろと用意してくれたから、不自由はしていなかったのだ。
「お子様用の在庫はこれだけなのです。お時間がいただけるようでしたら、ご希望のお色でご用意いたしますが」
店主は申し訳なさそうに言っているが、私は在庫がある事に驚いている。
「ベスはどれが良いですか?」
「選んでも?」
「ええ。もちろん、どれでもいいですよ」
「それでは、これを」
黒いシンプルな物にしようかとも考えたのだが、そこで一品だけ、小さな赤い花が刺繍されている、グレーのマントを見て気に入った。
ダニエル様はそれを私に着せて、笑顔を見せた。
「私もこれに目を付けました。良く似合います」
「これは、お出ししようか迷ったのですが、気に入っていただけて良かった。新しく入った針子が作った品なのですが、刺繍のマントは嫌われますので」
店主なのだから、余計な事は言わずに売れば良いのに……。
『なぜですか?』
『刺繍は刺す物ですからね。旅装には不向きとされるのです』
『かわいいから、気にしない。ルベとダニエル様がいて刺す事はあっても、刺される事はないでしょう』
「この子は、このマントが気に入ったようですから、これをいただきますよ」
「ありがとうございます」
ダニエル様の言葉に、店主は満面の笑みを浮かべた。
見送りを受けて、店をでてから、私はダニエル様を見上げた。
「このマントはすごく軽い物でした。高価な物だったのではないですか?」
「あの店は、教会本部に本店があるのです。マニージュ国でしか手に入らない繊維があるため、ここで仕入れをしているのですよ。私の部下は皆、ここのマントを持たせています。このマントも同じ効果がありますよ」
「ありがとうございます。大切にします」
「大切にしなくても、いいのですよ。とても丈夫で、汚れも付きません。寒さや暑さにも強いですから、気軽に着てください」
「あっ。はい。すごくうれしい。着るのが楽しみです」
『船に乗ったら、すぐに着ると良い』
『はい。それまでよろしくね』
私は渡されたマントを、ルベのカバンに入れた。
それから私たちは、マニージュの特産品を見たり、調味料を買ったりしながら、港町を楽しんだ。
私はマニージュ国に来てから、もうじき離れる事になる今日まで、この国の表の顔を知らなかったのだと気付いた。
「ダニエル様、私はこの国を何も知らないみたいです。長くいたのに……」
『マニージュ国を知っている者はたくさんいるが、あの村を知っている者はいない。誰よりもマニージュの秘密を、知っているではないか』
『そうね。この国にはまた来なくてはね』
「そろそろ、ベスを非難させないと、真っ赤になっていますね」
『港の近くに、良い場所があったであろう?』
「ええ。あそこが良いでしょうね」
どうやら、二人には知っている場所があるようだ。
ストールを掛けてはいるが、布地を通して日差しが肌に当たる。
湿度がないので、気にはならなかったが、肌は熱くなっていた。
着いた場所は公園だった。
離れてはいるが、屋台が並んでいて人の行き交う姿が見えていた。
「ここはグープで入る事ができない場所なのですよ。あの屋台の向こうが道になっています。グープはそこに止めるのです。ここは、大きな海の魔物を引き上げる場所です。石が敷き詰められているでしょう」
「解体もここでするのですか?」
「普通の港町には、隣接した場所があるのですが、マニージュ国だけは町の中にあるのです。ここは、いろいろな行事にも使われています」
話をしながら中を歩くと、小さな建物があり目隠しになりそうだった。
「あれ? あんな近くに海がある」
「ここだけは、岸を固めていないのですよ。魔物を引き上げますからね」
港の景色も良いが、波の打ち寄せる砂浜は、なぜか心を落ち着かせる。
『良い場所であろう。この町は人間が多いからな。我はここが一番好きだ』
ルベの空間は、どこにでも作れるのだから、景色は関係ないと思うが。
ダニエル様と目が合った。
きっと、同じ事を考えているに違いない。
私も同じように、微妙な表情をしていると思うから。




