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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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眩んでみたい

「ベス、そんなに浮かない顔をするものではないわ。かわいい顔が台無しよ」

 ルーシーさんは二日に一度、この言葉を口にする。


「だって、少しも楽しくないのよ。先生の真似をすれば、褒めてもらえるから、言う通りにしているけれど、架空の相手をそうそう敬えるものではないわ」

 私の髪をまとめながら、鏡の中のルーシーさんが笑う。


 侍女見習いの服と、証明書があれば、城内に入る事ができるのだ。

 髪をまとめて、お仕着せを身に付けてまで城に入るのは、別に侍女になろうとしている訳ではない。

 行儀作法を習うためである。


「確かにそうね。でも、どなたにどんな場所でお会いしても、ベスがベスでいるためには、礼儀作法は覚えて置くべきよ。あなたの周りの人たちに、恥をかかせないためにもね」

 ルーシーさんは、鏡の中の私を諭すように言った。


 同感ですとも……。

 私の後見人は一見、容姿端麗で後光すら差していそうな、主神官様ですからね。

 中身は悪態大魔神だとは、身内は知っているが、他の人には分からない。

 私が言葉を話せる、二本足の魔物だと思われては、まずいに違いないのだ。



 城には、行儀作法を教える教師がいる。

 その教師は髪の毛の一本から、小指の先にまで目を配らせて指摘する。

 美しい人が厳しい物言いをすると、冷たい人に見えて近寄りがたい。


 始めたばかりの頃は、背中が筋肉痛になったり、どこかの筋肉が(けい)(れん)を起こしたりしていたのだから、体の順応性とは素晴らしい。

 だが、気持ちには順応性はないようで、情けない事に気持ちはどんどん、沈んで行くばかりだった。



 いつもの部屋で先生を待っていると、一人の女性が入ってきた。

 先生より少し若いだろうか。

 彼女もまたお仕着せではなく、ドレス姿だった。

 一応、侍女見習いの私は慌てて立ち上がった。


「ええと、あなたがベスさん?」

「はい。侍女見習いのベスでございます」


「ああ。いいよ、いいよ。侍女見習いにあの人が、会う訳がないからね。私に付いてきなさい。今日から別の勉強をしてもらう」

「はい」

 行儀見習いは、もういいのか。

 他の勉強は望んでいないのだが。


「靴を脱いでね」

 広い音楽室だと思ったのは、楽器が並んでいるせいだ。

 靴に砂が付いていては、楽器に良くないのだろうか。

 私は急いで靴を脱いだ。


「片方で良いよ。靴の大きさを知りたかっただけだからね」

「はい」

 靴のサイズを知ってどうするのだろう。


 私はだされた靴を見て、その女性を見た。

 ヒールは高いが、太さがあるので、何とかなるだろうか。

「ダンスを覚えてもらうよ。基本の曲だけでも教えるように言われている。ベスはとても飲み込みが早いと聞いているから、教えがいがありそうだね」


 多分フォークダンスではない。

 テレビでしか見た事のないあれを、踊れと言うのか。

 日本の女子高生の、社交ダンス人口すら知らないのだが。


「ダンスの先生でいらしたのですね」

「先生ねえ。王も本当に人が悪い。私はダンスが得意なだけよ。ちなみに礼儀を教えた人は、とある国の元王女。厳しかったでしょう? 何も聞かされていないのね。ベスはここで男性を一人でも見た?」


「いいえ」

 城にはいくつも入り口があるようで、私が入る入り口と時間は決まっていた。

 いつも同じ侍女さんが、待っていてくれたのだが、そう言われれば、兵士の一人も見てはいなかった。


「ここは、(きさき)の宮なのよ」

 私は慌てて、礼の姿勢をとるしかなかった。

「知らぬ事とはいえ、ご無礼をいたしました」


「お止めなさい。私はベスと楽しくダンスを踊りたいだけ。かしずかれるのは、侍女たちだけでたくさんなのよ。だから、顔を上げて笑顔を見せてちょうだい」

 このお妃様は、本気で言っていると思った。

 その声の温もりが心地よくて、私は顔をあげた。

 笑顔は気に入ってもらえただろうか……。



 その日からは楽しくて、ルーシーさんが呆れる程元気に、城へでかけた。

 靴はもらい物で、靴になじむ前に足が悲鳴をあげたが、城の薬師は優秀で無事に乗り越えられた。

 休憩時間には、楽器も触らせてもらった。


 今はハープの音色がお気に入りだ。

 ピアノは指が全く付いて行かなかった。

 体が別物なのだから、仕方が無いが基礎は覚えているので、指を動かす練習をしようと思った。




 家に戻り自分の部屋に入って、私は立ち尽くした。


『随分と楽しそうだな、ベス』


 一歩も前に進めなかったのは、涙で前が見えなかったからである。


「ルベ……?」

『泣かせるつもりはなかったのだ。元気だったようだな』


 いつものように、肩まで飛んできてくれたのだろう。

 涙を小さな舌が拭う。

「うん。会いたかったよお」

 私はルベを抱きしめて、そのすべすべとした毛をなでた。


『我もだ。だから、ダニエルを放って先に帰ってきたのだ』

「お仕事は終わったのね?」

 ダニエル様を放ってきては、駄目だと思うが。


『あれは部下と、ここまで十日は掛かるだろう。人は不便過ぎる』

 ハーゲンたちとダニエル様の様子を、想像すると楽しくなってくる。

「一人で来ちゃったの? 危なくなかった?」


 ルベは強くても小さいのである。

 鉱山から王都までの砂漠を、私に会うために、飛んできてくれたのだと思うとたまらない。

『我は強いからな』

 そう自慢げに胸を張る姿は、やはり頼もしいと言うより、かわいいが相応しい。


 ルベと風呂に入ったり、一緒に食事をしたりする姿を見て、リュアンさんもルーシーさんも初めは驚いていたが、すぐに慣れてくれて、一緒に楽しんでくれるようになった。


 私とルベが会話をしているとは、思ってもいないようで、私は生き物好きの優しい子なのだと信じているようだった。

 ダーは好きだが、ルベとは別枠なのだが、あえて否定をする事でもない。



 ルベが帰ってきた事で、ダニエル様も近々戻るだろうと、行儀作法の勉強は終わりになった。

 妃の宮に挨拶に伺った後、見た事のない侍女さんに呼び止められた。

 案内された庭には緑があり、花が咲いていて、ここが砂漠の真ん中であることを忘れてしまいそうになる。


 珍しそうに辺りを見回している私に、侍女さんは城に幾つかある庭の、一つだと話してくれた。

 彼女は小さく笑っているが、私の反応はきっと普通だと思う。


 侍女見習い姿の私が、本物の侍女さんたちに、お茶や菓子を用意してもらっている光景を、人が見たら驚くだろうと思う。

 それよりもっと驚くのは、見習い侍女の前にウイリアム王子がいる事だろう。


「父上にお聞きした。今日から城にはこないのだな」

「はい。行儀はまだまだですが、もうじき迎えもきますので」

 ダニエル様のお茶よりは劣るか……。

 茶葉がいまいちなのかもしれない。


「父上には、ベスを侍女として雇うのは、無理だと言われた。だが、私はベスをそばにおきたいと思っている」

「無理でしょう。私は庶民ですから」


 何を言い出す事やらです。

 侍女さんたちに失礼と言うものです。

「だが、ベスの髪と瞳は黒い。私のために魔力を測ってくれないか。魔力が高ければ、庶民とて妃候補にはなれるのだ。そうすれば、私たちは離れずとも済む」


 茶を吹き出さなかった私を、褒めてもらいたい。

 こいつ、十二歳の子供相手に、今、妃と言ったか?!


 十二歳らしく、とぼけておくべきだろうか。

 体毛の一本までが、全力で拒否しているが、この手の男には、はっきり断らねばならない気がする。


「私は白の民ですから、他国での魔力測定は禁止されております。申し出はありがたいと存じますが、私は学びたい物がございます。誰かの元に嫁ぐつもりはございません」


「私にはベスを幸せにする自信がある。学び終わるまで待っていよう。ベスにとってこんな良い話はないのだよ」

 はっきり断っても、分からない人もいるのね……。


「私は今でも、幸せでございます。私はまだ未成年ですので、これ以上のお話は、後見人にお願い致します」

 私は後の事はダニエル様に丸投げして、お茶のお礼を言ってから城をでた。



『ふん。王子ごときが、ベスと(つが)いたいとはな。安く見られたものよ』

『えっ? いやいや、庶民にはもったいない話だよ、きっと』


 王子様との結婚は、おとぎ話だから少女たちは憧れる。

 ただし、それにはとんでもない美人という条件が必要だ。

 王子と美しい女性だから結ばれる話だと、気付いたのは小学生の時だった。


 シンデレラも白雪姫も不細工では、きっと幸せになれなかったのだ。

 おとぎ話は、王子たちの一目ぼれの話なのだから。

 要は、王子にとってお得な条件が必要なのだ。


『では、なぜ受けなかったのだ』

『私に魔力がなければ、妃になれないと言っていたのよ。私は夢見る乙女ですからね。恋愛をしてから、結婚したいわ』

『そんなものか……』


 魔物の恋愛事情は知らないが、人間の庶民が結婚するのは、そんな物だろう。

 数日で使い果たせそうな小金や、餌よりまし程度の料理で、人生を決めるとは思えない。

 そこに愛だの恋だのが輝いているから、目が(くら)むのだと思う。

 乙女なら、眩んでみたいものである。


『エリー母さんが言っていたのよ。夫婦喧嘩をしても、私はこの人に剣は向けられない、そう思ったから結婚したって。私、あの王子と喧嘩をしたら、剣どころか魔法まで乱れ打ちしそうだもの』

『そっ、そうか。それは気の毒だな……』


 私はその答えに、吹き出した。

 確かに王子には気の毒だから、マニージュ国の幸せのためにも、お断りをして正解なのである。



 その日、ダニエル様が帰ってきた。

 リュアンさんとルーシーさんに挨拶をしてから、優しい目を私に向けた。

「ベス、元気そうで安心しましたよ」


「お帰りなさい。ダニエル様」

 思い切り抱き付いた。

 待っていたのだから、その権利はある。


 ルベに王子の話を聞いたようで。泣くほど笑っていた。

「明日の朝、報告に行きますから、やんわりと締めておきましょう。付きまとわれたら、面倒そうな相手です」

「嫌いですが、そんなに悪い人だとは思いませんが」

 ダニエル様の言葉に、一応、援護はしておいた。


「いいえ。付きまとわれたら、私の兄が黙っていないでしょう。あの人を怒らせるのは危険ですからね。相手が王子ならば、面倒な事になるのです」

 どんな兄だ……。

 そう言えばダニエル様とは、叔父と姪の設定だった時があった。


「そんな怖いお兄さんを、嘘でも父親役にしたのですか?」

「そうですよ。脅しには最高でしょう? ただ、困った事に、本人が大喜びのようなのです。会うのを楽しみにしていますから、その前に結婚の話はできないでしょうね。そんなに娘を望んでいたとは、私も知りませんでしたよ」


『あれが、付きまといそうな気がするが……』

 ダニエル様が、一瞬、顔を歪めて舌打ちをした。


 どちらにしても、仲良し兄弟なのだろう……。

“混ぜるな危険” の文字が頭に浮かんだのは、内緒にしておこう。








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