お前は誰だ
「ベス! 畑に行くのかい。行ったらうちの父ちゃんに伝えておくれよ。野菜がないってね!」
「おばさん! 分かったわぁ!」
私は、荷車を引いているダーという魔物に乗って、畑に向かう。
見た目は毛の長いヤギだが、地上ではグープにその座を追われ、今では野生のダーが鉱山の奥にいるだけのようだ。
だが、ムージョン村では小さくて従順なダーは、役に立つ。
ダーの毛を刈り、乳を飲み、肉を食べる。
今は地上から、新鮮な卵やいろいろな種類の肉が入ってくるが、ムージョン族は自分たちの生活を大きく変えようとはしない。
彼らは今でもダーを大切に育てている。
だまされ利用され、裏切られ続けたムージョン族が歩んだ歴史のせいか、彼らは他種族に多大な期待はしていない。
そして、裏切られた時の準備を、怠ってはいないのである。
私がこの村にきて、もう三カ月になる。
その間に年が変わり、十二歳になった。
ダニエル様の手紙は、当たり障りのない事ばかりが書かれているが、役目柄、それは仕方のない事だと思っている。
ダニエル様に心配を掛けたくないので、私は元気で過ごしている事だけを書いている。
ただ、エブリンには手紙がだせないので、ダニエル様から元気でいる事を伝えてもらった。
新参者が村人の顔を覚えたり、ダーを乗りこなしたりができないで、どうするとばかりに頑張った。
それで私はようやく客人扱いから、抜け出せた気がする。
ムージョンの子供たちは、リュアンさんとルーシーさんから、午前中に勉強を教わり、昼からは畑で働く。
働く事が当たり前だと思っているのは、この部族は家族のためというより、村のために働く大人を見て育つせいだろう。
私も毎日、畑を手伝う。
畑は皆の物で、誰が何を食べようと誰も文句は言わない。
野菜を食べながら、大人も子供も立ち話をしている姿を、よく見かける。
この村には虫もいなければ、風もないので、受粉には人手が掛かる。
受粉はそう神経質な物ではなく、ダーの毛を棒に巻き付けた物で、開花時期の作物の花をなで付けるだけだ。
今日はルーシーさんに、キャベツを頼まれていた。
先日、ロールキャベツを作って、トマトソースで煮込んだら、気に入ってもらえたようで、今度の集会で出すようだ。
情報が少ないので、新しい料理に誰もが興味を示すようである。
「ベス、野菜は俺が持って帰ろう。ダーと遊んでおいで」
リュアンさんは、そう言って手を振った。
「はい」
私は笑顔で手をふり返した。
私はトマトやキュウリをカバンに入れて、荷車からダーを離した。
ダーは走らせると、かなり早い。
このダーは若いので、私と駆け回るのが好きだと、体全体で伝えてくるから、かわいい。
この村には景色がない。
長い歴史の中で、獣神官が始めに作った空間より、今は広がっている。
ずぼらな私でも広い空間があれば、その先が見たいと思う程度の好奇心はある。
それは偶然、行き止まりを探している時に知った事だった。
獣神官の作った空間の壁と似てはいるが、その壁を触って気が付いたのである。
魔力の違いだろうか、手触りが違っていたのだ。
王都が危険な状態になった時の避難所は、教会の下に作られている。
各国の王都の教会にも地下室はある。
しかし、マニージュ国はこの村を使わないのだと聞いて驚いた。
そのような日が来ても、この村ならば助けがくるまで、誰も不自由はしないだろうと思ったからだ。
だが、そうまでして隠す、ムージョン村に私は疑問を抱いた。
肌の色に差別がないのに、体質に差別があるのだろうか。
だとしても優秀な部族を、滅んだ事にする必要はどこにあるのだろう。
誰もが口を閉ざしているが、地下で生育する魔物の領域より深いこの地層では、おそらく、通貨に混ぜられている鉱石が採れるのだと思う。
その突拍子もない結論を出した理由が、この場所にある。
「着いたよ。キュウリを食べる?」
ダーはキュウリやトマトのような、青臭い物が好きだ。
ダーを降りたこの場所には、不思議な物がある。
全てが茶色の空間には、断層の模様すらないのだが、たった一カ所、ここにだけ黒く光る岩が壁から突き出ている。
その岩の裂け目から、水が流れているのである。
その水は、大きな池にためられ、その横の小さな池から、消えて行く。
大きな池にはたくさんの魚がいる、いわば、養殖場である。
この黒く光る岩はおそらく、他にもあったと思われる。
これだけの広い空間に、ここにしかないとは考えにくい。
だとしたら、偶然地下水を出すこの岩だけが、残されたと考えた方が早い。
初めてここに、リュアンさんとルーシーさんに連れてこられた時、私は黒い岩など見なかった事にして、水や魚についての質問だけをした。
前日は大人たちだけの集会があり、子供たちは一カ所に集まって過ごした。
その違和感で私は、二人に試されていると思ったからだ。
その頃の私は、何にでも興味を示し、ダーを乗りこなし始めた時だったのだ。
この村の話を口外しない誓いは、ムージョン族より、この黒い岩なのだと思う。
彼らの温厚な性格は、決して害にはならないと思ったからである。
だが、硬貨に使う金属でないのは、素人の私でも分かる。
マニージュだけが硬貨を作れるのは、硬貨に混ぜる特殊な鉱石があるからだと聞いていた。
世界中から作業員が集まる鉱山に、秘密があるとは思えない。
絶滅したと言われている部族と、隠された地下の村。
ルベが城より、私を預ける場所として、この村を選んだ理由。
私の想像が正しく、偽造できない硬貨の秘密がこの岩であっても、私は偽金を作る予定もないので、関係はないのだが。
村に慣れてくると、身に危険のない場所は刺激が少ないから、いろいろと考え付いてしまうのは仕方がない。
だが、この仮説は気に入っている。
答え合わせは、ルベとの再会の日だと思うと待ち遠しい。
リュアンさんが、ときどき餌を与えて、魚を村に持って帰る。
ここの魚は、マスに似ている淡水魚で味は良い。
水魔法の水では魚が育たない。
ここの水は、人が飲んでもおいしいのである。
ダーにぶら下げてある、水袋の全てに水を入れた。
この水で入れたお茶は、まろやかでおいしいのだ。
ロールキャベツの後はきっと、おかみさんたちのお茶の時間になる。
それはいつもの事なので、今日は水をくみにきたのである。
村長であるリュアンさんの家は来客が多い。
とは言っても、村の人たちだけだが、玄関は人の出入りが多い。
私は既に家族扱いで、一階のキッチン脇の入り口を使う。
リュアンさんは帰ってきているようで、キッチンにはキャベツが並んでいた。
私は水を置いて、ダーにブラシをかけて、小屋へ連れて行った。
「また明日も、よろしくね」
名前が呼べないのが少し残念だが、食料になる生き物に名前を付けるのは、いけない事は知っていた。
来客だったのだろうか、玄関の方から話し声が聞こえた。
村では見ない顔だが、親子だろうか。
急ぎ足で近寄った二人も、どうやら一緒のようだが、後ろの二人は護衛だろう。
あんな体の一般人は少ない。
ダニエル様の部下だって、もう少し普通の体型だが、それでも護衛と間違われるのだから。
プロテインのない世界で、あの体を維持するのは大変だろう。
きっと、生卵だな……。
顔をだして良いのかも分からないから、ダーの小屋の勝手口を閉めて、しばらくこの場所にいる事にした。
リュアンさんは、ダーを六頭も飼っている。
乳を搾るには、子供を産ませなければならないので、仕方がないのだ。
村で祝い事があると、ダーを丸焼きにするようで、村長であるリュアンさんは、だせない家の予備も育てている。
今も子供用の囲いには、二頭のかわいらしいダーがいる。
残念ながら雄なので、食用である。
ダーの小屋の大きな引き戸が開かれた。
ああ、こう言う時はどうすれば良いのだろう。
男の子が私を見つけて近付いてきた。子供と言っても年は同じ位だろうか。
「お前は誰だ!」
簡素ではあるが、仕立ての良さそうな服を身に付けている。
貴族ほど派手ではないので、富裕層の人なのだろうか。
だが、彼の顔と態度が気に食わない。
誰でも金の元に、頭を下げると思うなよ。
金持ちに恨みはないが、気分が悪い。
「初対面で失礼な物言いをする人に、名乗りたくはない。呼びたければ、石なり草なりと呼ぶが良い」
浅黒い肌に黒い髪、ただ、深い青の目はとてもきれいだが、生意気そうだ。
しばらく目を丸くして、固まっている所を見ると、言い返されたのは初めてか。
「お前、女のような剣を持っているのだな。良かろう。どちらが上か、剣で分からせてやろう。相手をしてやる。表に出るが良い」
女が女の剣を持つのは、当たり前だと思うが。
私が男にでも見えているのか、このボンクラは。
「私が下でも問題はない。上になりたいのならなるが良い。剣は命を刈る物、子供の享受のために、ふるって良い物ではない」
付き合ってはいられない。
私は大人に目礼をして、ダーの勝手口から表にでた。
「待て! 剣を抜け!」
ああ、面倒臭い。
この手の子供を野放しにするなよ。
こちらが剣を抜いて構える間もなく、振り下ろすとは乱暴な。
何とかに刃物か……。
おまけに見た事もない程の、下手さ加減である。
二、三回。軽く受けて剣を巻き込んで、人のいない方へ飛ばしてやった。
彼は、拾いにも行かずに、私を見た。
その顔にあるのは怒りではなく、笑みだった。
「私はウィリアムだ。強いな。私の部下になれ。学園には私が入れてやろう」
「私はベス。学園には自力で入ります。部下になる気もありません」
何を言い出すかと思ったら。
こんな危ない人の部下なんて、命がいくつあっても足りやしない。
大人たちは大笑いをしている。
子供に刃物を持たせて、遊ばせるな。
縄を付けるか、しばり付けておけ。
心の中で、悪態を並べるしかないのは、居候のつらいところである。
父親らしき人が、息を整えようとしているが、つらそうである。
「ウィリアム。そなたは、淑女に対して、どこまで無礼を働く気なのだ?」
息は何とかなったようだ。
ウイリアムは目が乾燥でもしているのか、まばたきを繰り返す。
「しゅっ、しゅっ、淑女って……」
いやいや、淑女は私もないと思う。
「父上、ドレスを着ておりません……。女がズボン?」
そこか……。
女はスカート、男はズボンの設定はもう飽きた。
ウィリアムは、私を見て言った。
「なぜそのような格好をしている?」
その質問は、もっと幼い子供がする物だ。
この村でそう聞いた子は五歳だったと、教えてやろうか。
「畑仕事やダーに乗るのに便利ですから。時々、無闇に剣で切りつけてくる人もいますしね?」
ウイリアムは、気まずそうな顔をした。
「わ、悪かったよ」
「だったら、あの剣はご自分で取りに行ってくださいね」
私は、自分が飛ばした彼の剣を指差して言った。
その日の夜、リビングでリュアンさんが、ルーシーさんに楽しそうに、ウィリアムとの一件を聞かせていた。
「さすが、エリーの自慢の娘ね。でも、よく怒られなかったわね」
「あいつがここにくる時は、俺の幼なじみだよ。王ではない。ベスをえらく気に入ったようでね。城で礼儀作法を習わせないかと言っていた」
「それは良いわね。学園に入ると、それで庶民は差別されるのよ。まあ、ベスなら何とかなるでしょうけど、覚えて損はないわ」
私はただ、ぼう然としていた。
あの人が王なら、ウィリアムは王子と言う事になる。
だって、父上と呼んでいたのだから。
まさか、王族だとは思わなかったが、それにしても王子って……。
……弱っ!




