表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
54/185

お前は誰だ

「ベス! 畑に行くのかい。行ったらうちの父ちゃんに伝えておくれよ。野菜がないってね!」

「おばさん! 分かったわぁ!」


 私は、荷車を引いているダーという魔物に乗って、畑に向かう。

 見た目は毛の長いヤギだが、地上ではグープにその座を追われ、今では野生のダーが鉱山の奥にいるだけのようだ。

 だが、ムージョン村では小さくて従順なダーは、役に立つ。


 ダーの毛を刈り、乳を飲み、肉を食べる。

 今は地上から、新鮮な卵やいろいろな種類の肉が入ってくるが、ムージョン族は自分たちの生活を大きく変えようとはしない。

 彼らは今でもダーを大切に育てている。


 だまされ利用され、裏切られ続けたムージョン族が歩んだ歴史のせいか、彼らは他種族に多大な期待はしていない。

 そして、裏切られた時の準備を、怠ってはいないのである。


 私がこの村にきて、もう三カ月になる。

 その間に年が変わり、十二歳になった。

 ダニエル様の手紙は、当たり障りのない事ばかりが書かれているが、役目柄、それは仕方のない事だと思っている。


 ダニエル様に心配を掛けたくないので、私は元気で過ごしている事だけを書いている。

 ただ、エブリンには手紙がだせないので、ダニエル様から元気でいる事を伝えてもらった。


 新参者が村人の顔を覚えたり、ダーを乗りこなしたりができないで、どうするとばかりに頑張った。

 それで私はようやく客人扱いから、抜け出せた気がする。


 ムージョンの子供たちは、リュアンさんとルーシーさんから、午前中に勉強を教わり、昼からは畑で働く。

 働く事が当たり前だと思っているのは、この部族は家族のためというより、村のために働く大人を見て育つせいだろう。


 私も毎日、畑を手伝う。

 畑は皆の物で、誰が何を食べようと誰も文句は言わない。

 野菜を食べながら、大人も子供も立ち話をしている姿を、よく見かける。


 この村には虫もいなければ、風もないので、受粉には人手が掛かる。

 受粉はそう神経質な物ではなく、ダーの毛を棒に巻き付けた物で、開花時期の作物の花をなで付けるだけだ。


 今日はルーシーさんに、キャベツを頼まれていた。

 先日、ロールキャベツを作って、トマトソースで煮込んだら、気に入ってもらえたようで、今度の集会で出すようだ。

 情報が少ないので、新しい料理に誰もが興味を示すようである。


「ベス、野菜は俺が持って帰ろう。ダーと遊んでおいで」

 リュアンさんは、そう言って手を振った。

「はい」

 私は笑顔で手をふり返した。


 私はトマトやキュウリをカバンに入れて、荷車からダーを離した。

 ダーは走らせると、かなり早い。

 このダーは若いので、私と駆け回るのが好きだと、体全体で伝えてくるから、かわいい。



 この村には景色がない。

 長い歴史の中で、獣神官が始めに作った空間より、今は広がっている。

 ずぼらな私でも広い空間があれば、その先が見たいと思う程度の好奇心はある。

 それは偶然、行き止まりを探している時に知った事だった。


 獣神官の作った空間の壁と似てはいるが、その壁を触って気が付いたのである。

 魔力の違いだろうか、手触りが違っていたのだ。



 王都が危険な状態になった時の避難所は、教会の下に作られている。

 各国の王都の教会にも地下室はある。

 しかし、マニージュ国はこの村を使わないのだと聞いて驚いた。


 そのような日が来ても、この村ならば助けがくるまで、誰も不自由はしないだろうと思ったからだ。

 だが、そうまでして隠す、ムージョン村に私は疑問を抱いた。


 肌の色に差別がないのに、体質に差別があるのだろうか。

 だとしても優秀な部族を、滅んだ事にする必要はどこにあるのだろう。

 誰もが口を閉ざしているが、地下で生育する魔物の領域より深いこの地層では、おそらく、通貨に混ぜられている鉱石が採れるのだと思う。

 その突拍子もない結論を出した理由が、この場所にある。



「着いたよ。キュウリを食べる?」

 ダーはキュウリやトマトのような、青臭い物が好きだ。


 ダーを降りたこの場所には、不思議な物がある。

 全てが茶色の空間には、断層の模様すらないのだが、たった一カ所、ここにだけ黒く光る岩が壁から突き出ている。


 その岩の裂け目から、水が流れているのである。

 その水は、大きな池にためられ、その横の小さな池から、消えて行く。

 大きな池にはたくさんの魚がいる、いわば、養殖場である。


 この黒く光る岩はおそらく、他にもあったと思われる。

 これだけの広い空間に、ここにしかないとは考えにくい。

 だとしたら、偶然地下水を出すこの岩だけが、残されたと考えた方が早い。



 初めてここに、リュアンさんとルーシーさんに連れてこられた時、私は黒い岩など見なかった事にして、水や魚についての質問だけをした。

 前日は大人たちだけの集会があり、子供たちは一カ所に集まって過ごした。

 その違和感で私は、二人に試されていると思ったからだ。

 その頃の私は、何にでも興味を示し、ダーを乗りこなし始めた時だったのだ。


 この村の話を口外しない誓いは、ムージョン族より、この黒い岩なのだと思う。

 彼らの温厚な性格は、決して害にはならないと思ったからである。

 だが、硬貨に使う金属でないのは、素人の私でも分かる。


 マニージュだけが硬貨を作れるのは、硬貨に混ぜる特殊な鉱石があるからだと聞いていた。

 世界中から作業員が集まる鉱山に、秘密があるとは思えない。


 絶滅したと言われている部族と、隠された地下の村。

 ルベが城より、私を預ける場所として、この村を選んだ理由。

 私の想像が正しく、偽造できない硬貨の秘密がこの岩であっても、私は偽金を作る予定もないので、関係はないのだが。


 村に慣れてくると、身に危険のない場所は刺激が少ないから、いろいろと考え付いてしまうのは仕方がない。

 だが、この仮説は気に入っている。

 答え合わせは、ルベとの再会の日だと思うと待ち遠しい。



 リュアンさんが、ときどき餌を与えて、魚を村に持って帰る。

 ここの魚は、マスに似ている淡水魚で味は良い。

 水魔法の水では魚が育たない。

 ここの水は、人が飲んでもおいしいのである。


 ダーにぶら下げてある、水袋の全てに水を入れた。

 この水で入れたお茶は、まろやかでおいしいのだ。

 ロールキャベツの後はきっと、おかみさんたちのお茶の時間になる。

 それはいつもの事なので、今日は水をくみにきたのである。




 村長であるリュアンさんの家は来客が多い。

 とは言っても、村の人たちだけだが、玄関は人の出入りが多い。

 私は既に家族扱いで、一階のキッチン脇の入り口を使う。

 リュアンさんは帰ってきているようで、キッチンにはキャベツが並んでいた。


 私は水を置いて、ダーにブラシをかけて、小屋へ連れて行った。

「また明日も、よろしくね」

 名前が呼べないのが少し残念だが、食料になる生き物に名前を付けるのは、いけない事は知っていた。


 来客だったのだろうか、玄関の方から話し声が聞こえた。

 村では見ない顔だが、親子だろうか。

 急ぎ足で近寄った二人も、どうやら一緒のようだが、後ろの二人は護衛だろう。

 あんな体の一般人は少ない。


 ダニエル様の部下だって、もう少し普通の体型だが、それでも護衛と間違われるのだから。

 プロテインのない世界で、あの体を維持するのは大変だろう。

 きっと、生卵だな……。


 顔をだして良いのかも分からないから、ダーの小屋の勝手口を閉めて、しばらくこの場所にいる事にした。

 リュアンさんは、ダーを六頭も飼っている。

 乳を搾るには、子供を産ませなければならないので、仕方がないのだ。


 村で祝い事があると、ダーを丸焼きにするようで、村長であるリュアンさんは、だせない家の予備も育てている。

 今も子供用の囲いには、二頭のかわいらしいダーがいる。

 残念ながら雄なので、食用である。



 ダーの小屋の大きな引き戸が開かれた。

 ああ、こう言う時はどうすれば良いのだろう。

 男の子が私を見つけて近付いてきた。子供と言っても年は同じ位だろうか。


「お前は誰だ!」

 簡素ではあるが、仕立ての良さそうな服を身に付けている。

 貴族ほど派手ではないので、富裕層の人なのだろうか。


 だが、彼の顔と態度が気に食わない。

 誰でも金の元に、頭を下げると思うなよ。

 金持ちに恨みはないが、気分が悪い。


「初対面で失礼な物言いをする人に、名乗りたくはない。呼びたければ、石なり草なりと呼ぶが良い」

 浅黒い肌に黒い髪、ただ、深い青の目はとてもきれいだが、生意気そうだ。


 しばらく目を丸くして、固まっている所を見ると、言い返されたのは初めてか。

「お前、女のような剣を持っているのだな。良かろう。どちらが上か、剣で分からせてやろう。相手をしてやる。表に出るが良い」


 女が女の剣を持つのは、当たり前だと思うが。

 私が男にでも見えているのか、このボンクラは。


「私が下でも問題はない。上になりたいのならなるが良い。剣は命を刈る物、子供の享受のために、ふるって良い物ではない」


 付き合ってはいられない。

 私は大人に目礼をして、ダーの勝手口から表にでた。

「待て! 剣を抜け!」

 ああ、面倒臭い。


 この手の子供を野放しにするなよ。

 こちらが剣を抜いて構える間もなく、振り下ろすとは乱暴な。

 何とかに刃物か……。

 おまけに見た事もない程の、下手さ加減である。


 二、三回。軽く受けて剣を巻き込んで、人のいない方へ飛ばしてやった。

 彼は、拾いにも行かずに、私を見た。

 その顔にあるのは怒りではなく、笑みだった。


「私はウィリアムだ。強いな。私の部下になれ。学園には私が入れてやろう」

「私はベス。学園には自力で入ります。部下になる気もありません」

 何を言い出すかと思ったら。

 こんな危ない人の部下なんて、命がいくつあっても足りやしない。


 大人たちは大笑いをしている。

 子供に刃物を持たせて、遊ばせるな。

 縄を付けるか、しばり付けておけ。

 心の中で、悪態を並べるしかないのは、居候のつらいところである。


 父親らしき人が、息を整えようとしているが、つらそうである。

「ウィリアム。そなたは、淑女に対して、どこまで無礼を働く気なのだ?」

 息は何とかなったようだ。


 ウイリアムは目が乾燥でもしているのか、まばたきを繰り返す。

「しゅっ、しゅっ、淑女って……」

 いやいや、淑女は私もないと思う。


「父上、ドレスを着ておりません……。女がズボン?」

 そこか……。

 女はスカート、男はズボンの設定はもう飽きた。


 ウィリアムは、私を見て言った。

「なぜそのような格好をしている?」

 その質問は、もっと幼い子供がする物だ。

 この村でそう聞いた子は五歳だったと、教えてやろうか。


「畑仕事やダーに乗るのに便利ですから。時々、無闇に剣で切りつけてくる人もいますしね?」


 ウイリアムは、気まずそうな顔をした。

「わ、悪かったよ」

「だったら、あの剣はご自分で取りに行ってくださいね」

 私は、自分が飛ばした彼の剣を指差して言った。


 その日の夜、リビングでリュアンさんが、ルーシーさんに楽しそうに、ウィリアムとの一件を聞かせていた。

「さすが、エリーの自慢の娘ね。でも、よく怒られなかったわね」


「あいつがここにくる時は、俺の幼なじみだよ。王ではない。ベスをえらく気に入ったようでね。城で礼儀作法を習わせないかと言っていた」

「それは良いわね。学園に入ると、それで庶民は差別されるのよ。まあ、ベスなら何とかなるでしょうけど、覚えて損はないわ」


 私はただ、ぼう然としていた。

 あの人が王なら、ウィリアムは王子と言う事になる。

 だって、父上と呼んでいたのだから。

 まさか、王族だとは思わなかったが、それにしても王子って……。



……弱っ!








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ