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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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砂漠の旅(偽)

「まだ出発はしないの?」

「砂漠の一番暑い時間ですからね。徐々に体を慣らさないと、つらいですよ」

 私の問いに、ダニエル様はにこやかに答えた。


 砂漠を旅する人たちは、案内人を頼りに数人単位で、旅団を作って移動をするらしい。

 案内人たちは、宿泊用の小さなコミュニティを各地点に置き、そこで宿泊をさせながら、目的地に旅人を送り届けるようである。


 宿に駐在する案内人は信用もあり、その駆け引きでにぎやかである。

 乗合馬車も走らない国で移動するには、徒歩しかないが砂漠を歩く者はいない。


 ダニエル様はこのような時、決まって神官の服を着用しない。

 子連れで色の白い、見るからに力のなさそうな男に、声を掛ける人はいない。

 それどころか、話し掛けられないように、彼らは目すら合わさない。

 ハーゲンたちは雇われた用心棒にでも見えるらしく。影で声を掛けられたと笑っていた。


 ディランが、買い物のついでに、私のストールを買ってきてくれた。

「麦わら帽子は駄目なの?」

「できるだけ、肌をださないほうが、涼しいんだ。太陽も風も遮るものがないから、帽子よりストールが便利なんだよ」


 ディランが見てみろと言わんばかりに、辺りに視線を向けた。

 確かに、不思議なほど誰もが、布を身に付けていた。

 私はダニエル様に、ストールの巻き方を幾つか教えてもらった。


 クララのお手製のズボンに、長袖のチュニックを着て、バージムでお婆さんから買ったマントは、いつでもだせるようにルベに任せた。

 これで、旅の身支度は調った


『ベス、気負う事はない。我がいるのを忘れるな。そんな不自由な旅をさせる訳がなかろう』

『でも、砂漠だよ? 暑くて水もなくて、砂嵐だって吹くんだよ? 夜は涼しいのかと思ったら、寒くて凍えるらしいの。ハーゲンが言っていたから本当よ』


『その状況を楽しみたいのだろうな。少しだけだぞ。ああ、面倒な。空を飛べば、すぐに到着すると言うのに』

『本当にね。鳥や竜がうらやましいわね。でも、私は旅が好きよ』


 ダニエル様とルベがいるから、私たちだけで旅ができる。

 本来であれば、私は旅団のお荷物として、旅をしなければならない。

 魔物や盗賊がでる世界は、子供と年寄りは、荷物として数えられるようである。

 子供だった事がないかのような物言いに腹が立つ。彼らに親はいないのか。そう遠くない将来、彼らだって老いるというのに。


 私たちは荷物もないので、グープが引く箱車で、国境の町を後にした。

 旅団で移動する人たちは、一頭のグープに二人で乗るようである。

 荷車も使えないので、荷物もやはりグープで運ぶ。

 箱車を使う身分のある人たちもまた、護衛は直接グープや幌車に乗せて移動するようだ。


 砂漠でグープが箱車や幌車を引くには、土魔法を使える高魔力者が必要になるが、彼らは国や貴族の隊に籍を置いているので、雇う事は難しい。

 特に鉱山のあるマニージュでは、水と土の魔導師はエリートなのである。


 砂漠には道がある。グープは固い地面を選んで進む。

 二人乗りの馬車を思い出させるような、フードのついた御者台に、ハーゲンとディランは交互に座るようだ。

 実はこの高級な箱車には、あろうことか冷風の魔導具が付いているのだ。


『だから、気負うなと言ったであろう』

「すごく覚悟を決めて、砂漠を旅しようと思っていたのに、これじゃあ、ラバーブ国の方がはるかに暑かったわ」


 楽をさせてもらって、文句を言うのもどうかと思うが、拍子抜けしたのは事実である。

 ダニエル様とディランは、視線をそらして楽しそうに笑っている。


「油断はできませんよ? この先には家を飲み込むほど大きな魔物が現れるかもしれません。そんな時はベスに頑張ってもらいますよ」

 ダニエル様の言葉に、私は自分の(ほお)を思い切り膨らませた。


「家を飲み込むほどの魔物を、私にどうしろと言うのですか? その時こそ、大の大人の出番ですよね。私はきっと、動くなと言われて、ここでお茶を飲まされるのよ。いつもそうなの。今回は参加させてくれるのですか?」


『ダニエル、ベスをすねさせてどうする。菓子はないのか。あるなら食わせろ』

 ため息をついて、何とか笑いから抜け出したダニエル様が私を見た。

「黙って、結界の中にいた事はありましたっけ? 一歩もでるなと言われて、足はださずに、手だけを結界からだしたのは、どなただったでしょう?」

「私です……」


 ディランはとうとう、腹を押さえて涙を流し始めた。

 少しは子供の自尊心に、配慮をするべきだと思う。

 私がラバーブ国で作った乾燥果実は、箱車と御者台をつなぐ小さな扉から、ハーゲンにも渡された。


「そう言えば、これを幌馬車で干していたよな。あの時は、随分と変わったお嬢ちゃんだと思ったよ。まあ、今はそれがベスだと思えるようになったが」

 しみじみと語るディランに、ダニエル様がうなずいた。


 幾度か固い地面を外れたグープが速度を落とし、ルベとダニエル様が魔法を使って補助をしながら走った。

 しかし、昼を過ぎてから町をでたので、日はとうとう傾きだした。


「このまま走りますか? ルベウス様がいらっしゃるから、心配はないかと思いますが」

 ハーゲンが御者台から言った。


「いえ。グープも休ませてやりたいので、少し道を外して止まってください」

 宿では、グープの世話するところが見られなかった私は、どのように世話をするのかが楽しみで、箱車から飛び降りた。


「え? これって……」

「砂漠で野営をするには、特別なテントが必要なのですよ。夜は白の大陸並みの寒さなのです。夜になったら少し外にでて、体感してみると良いでしょう」


 ダニエル様は私の横に立って、そう言った。

 私が降りたそこは、ルベの空間だったのである。


 グープの世話は食事と水だけだと聞かされたが、緑の草だけではなく穀物も好物のようで、馬用の餌入れを用意した。

 グープは川の水が気に入ったようで、しばらく水を飲み続けた後、その場に座り込んで目を閉じた。


「グープが幾日も食べずにいられるのは、魔力のせいではない。体の中に袋があって、そこにうまくため込むと言われている」

 ハーゲンはグープを見ている私が、何を考えているか分かったのだろうか。


 ディランとダニエル様が二人で作った料理が、まずいはずはない。

 箱車の中でも、ちゃんと食事ができるように、二人は多目に作った料理を、ルベに任せる。

 野菜と腸詰めの煮込みとパンを食べたら、おいしそうに焼ける魚と肉は、目が食べたいと主張するのだが、体は断りをいれてくる。


 魚を真っ先に食べれば良かった。

 小さな胃袋はいつ成長するのだろう。

 焼きたての肉を煮込みに入れてもらって、おいしそうに食べるルベが、少しうらやましい。


「一口食べますか?」

 ダニエル様がスプーンに魚をのせて、目の前に差し出してくれた。

 私は一つうなずいて、それを口にした。

「おいしい。これで満足しました。一匹は無理なので、諦めたの」


『我に言えば良い。食いたい物、眠りたい時を我慢するな。卑屈になる』

『うん。ありがとう』

 卑屈な人って、それで性格が変わった訳ではないと思うけれど……。



 ルベの空間の中から見る星もきれいだが、外で見る星は大きくて別の美しさがあった。

 星が瞬く本当の姿を、初めて見た気がした。


「うわっ。それにしても寒い!」

 マントを着た上に、薄手とはいえ毛布まで掛けてもらったのに、吸い込む空気が冷えているのだからたまらない。

「これじゃあ、野営は大変ね。旅団は必要ですよね。皆も今頃、食事かしらね」


「人がゆっくり歩く速さで進むから、明け方の一番冷える前に着く。そして、昼から出発するんだ。暑さで客がもたないからな」

 ハーゲンはそう私に教えてくれた。


「板と布のテントだけど、隙間風が寒いんだ。出される食事はかなり砂っぽいが、食べる事ができて、寝る事ができるだけ、ありがたいからね。僕らもよく利用するよ。毛布は一人一枚だけど、追加は有料でねえ。追加しなければ寒くて寝られないのは、どうにかならないかと、いつも思うよ」

 ディランは肩をすぼめて、ため息をついてみせる。


「ディランは交渉がうまいから、護衛をする代わりに全て無料にさせる。毛布の追加料金くらいは払ってやれ」

「護衛でなければ、ハーゲンと二人でグープに乗るんだよ。ちょっと考えるよ僕だって」


 私とダニエル様は二人の会話に笑った。

 確かに男同士でグープに乗るのは嫌かもしれない。

 直射日光の中で、互いの汗を感じ合うのは、どうなのだろう。

 魔導具のついた箱馬車に乗り、夜は自然豊かな空間で休めるこの状況はぜいたくだが、これを砂漠の旅とは言わない事は確かである。



 ぜいたくが体中に染み込んだ三日目

 それは現れた。


「ルベ! ベスだけを頼みます!」

『言われるまでもない』

 ダニエル様は箱車を降りると、巨大な杖を担いで走りだした。

 その先には、ハーゲンとディランが、ビルほどあるワームと対じしていた。


「確かに家を飲み込みそうよね。さて、私も行くわ!」

『駄目だ。けがでもしたら、どうする!』

「びっくりするわ」

 ルベの耳がぺたんと後ろに倒れた。

 がっかりさせただろうか。


「ダニエル様は言ったのよ。あれが出たら、私を頼りにするってね」

『ああ、好きにしろ。あれは横に切ると増える。縦に切るのだ、あの口から炎を吐き、毒の霧を噴射する』


 ハーゲンたちが縦に傷を入れている横で、ダニエル様が対じしているのはサソリだろうか。

『スコーピオンがワームをつれてきたか。あれに物理攻撃はきかん。ハサミと尾は猛毒があるが、どちらもうまい』

 魔物に出会うと味を説明するのは、どうなのだろう。


 私は走って乱れた息を整えてから、叫んだ。

「ディラン! 離れて!」

 私の放ったエアーカッターは、その巨大な口の口角を同時に裂き、そのまま体に下っていった。


(とど)めはお願いします!」

 私はそう言って走る。

 一人でどうにかできる大きさとは思えない。

 

「ハーゲン!」

「おお!」

 ハーゲンはワームから距離を取った。


 自分でもあきれる程大きなエアーカッターが、迷わず飛んで行く。

 力任せの魔法だが、失敗してハーゲンたちを傷付けるより良いと思った。


『ほう、力の制御を覚えたか』

 私は自分の望む大きさの魔法に、最低限必要な魔力を使えるようになっていた。

 多分、分かってくれる人はいないだろうが。

 お陰で、体のどこにも異常はなかった。


『ダニエルも終わったか。飯にしよう』

「……」


 あんな巨大な魔物を相手にした後で、解体と料理など誰が好んでするだろう。

 嬉しそうに尻尾を揺らして、ダニエル様の元にフワフワと飛んで行くルベを見て、私は今、困った顔をしているに違いないと思う。








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