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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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マニージュ国

 五カ月以上も共に過ごすと情も湧き、別れ間際は名残惜しい気持ちにもなったが、私たちは王都の屋敷を後にした。

 ハーゲンとディランは、一緒にマニージュ国に向かう。


 国境の町は近いと聞かされていたが、朝早くに王都を出て、次の日の朝には到着したのには、少し驚いた。

 私は皆と一緒に、久しぶりに教会の礼拝堂で祈った。

 これから、砂漠の国に行くと思えば、旅の無事くらいはお願いしたくなる。


 ラバーブ国を出る報告の手紙を、エブリンに書いてダニエル様に送ってもらう。

 月に一度くらいの割合で出す手紙だが、返事は必ず一週間で届く。

 大変なのはグイドさんだから、あまり頻繁に書かないようにはしている。


 ダニエル様が神官様と、お茶を飲みながら話をしている間に、私はルベと庭の隅でのんびりとしていた。

 ダニエル様が口角を無理に上げて、笑顔を作っている時の相手は、警戒する事にしている。


 この教会の神官様は、そういう相手なのだろう。

 私は子供なので挨拶さえすれば、お茶を勧められる前に、とっとと逃げる口実は山ほどあるのだ。


『今日はここに泊まるのかなぁ』

『ダニエルはこの教会には泊まらぬ。あの神官が支持している主神官とは、馬が合わないからな』


『そうなんだ、だから雰囲気が悪かったのね。子供みたい』

『あれは、若くして主神官になったから、味方が少なかったのだ』

 そういえば、そんな話を聞いたような気もする。

 エリートも苦労するようだ。

 そんな者とは無縁な私には分からないが。


「ベス。席がとれたから行くよ」

 ディランに言われた、言葉の意味が分からない。

「席? どこのですか」


「聞いていなかったか? ここからマニージュ国までは、山の下を抜けるのが一番早いのだが、個人の馬車は入れない。荷車の座席券が必要なのだ」

 ディランの説明もよく分からなかったが、急いでいる事だけは伝わった。


「よく席が確保できましたね?」

「昨日から並ばせましたからね。まだこの時期だからとれましたが、あと一月もすれば三日待ちだったでしょう」

 ダニエル様の言葉に、ハーゲンはそう言った。


「ありがとう。あの教会に泊まる位なら、野宿をしようかと思っていました」

「宿も混んでいますが、空きはありますよ?」

 ハーゲンは少し意地の悪い顔で笑う。


「宿なんかに泊まったら、どんな告げ口をされるか分かりません。あの神官は学園の同期でした。頭と性格は良いのですが、気が回らないのに口は回るのです」

 散々である……。

 神官様に少し同情をしてしまった。


 この暑い大陸を二分する山並みは、頂きが白く見えるほど高く険しい。

 街道はあるのだが、馬が通れない場所も多く、荷運びの人足を使って越えるようで、私を連れての旅は、不可能らしい。


 身分札を見せて、出国の門を抜けると、その横にはトンネルがあった。

 トンネルを珍しいと思う日本人はいないだろうが、この世界では珍しいようで、おびえる人が多いようだ。

 かく言う私も、実は徒歩でトンネルを潜った事はないのだが。


 ダニエル様に手を引かれて歩いているのは、魔導具の照明が薄暗く、外から入ると目が慣れないせいであり、怖い訳ではない。

「ベス、大丈夫ですよ。盗賊や魔物はめったにでません」

 でるんだ……。そちらの方が驚く。


 荷車がたくさん連なっている光景は、まるで子供遊園の汽車を大きくしたようで、少し異様だと思った。

「ああ、これだ」


 荷車の横に書かれている数字と、乗車券の番号を照らし合わせて、ハーゲンが嬉しそうな笑顔を向ける。

 そういえば彼は、荷車には一度しか乗った事がないと言っていた。


 荷車の人数制限は六人で。荷物は重量制限がある。

 荷車一台を貸し切るには四人以上と決められていて、後は相乗りになるので、手荷物は一個と制限される。


 乗車料金が金貨一枚と高いが、地上で人足を雇う事を考えると、安いのかもしれない。

 二つの国が共同経営しているのだから、思惑は山のようにありそうだ。


「どうして、荷車なんですか? 箱車でもいいですよね」

 私は土がむきだしの天井を見て、ダニエル様に言った。


「ここは、人を運ぶためにある道ではないのですよ。マニージュ国は昔、食料が慢性的に不足していたのです。砂漠の占める割合が大きいですからね。世界中から集まる鉱山労働者たちが、新鮮な野菜や果実を求めて、協力して掘ったのが、この道なのですよ。今でもこの道の主な仕事は、人を運ぶ事ではありません」


 荷車は人が押していた時代から、魔法で強化した縄で引くようになり、今では鉄のワイヤーを魔導具で巻き上げる物へと進化したようだ。

 そこまで進化ができるなら、線路を作ってトロッコを運行させれば良いと思うが、線路や鉄道はこの世界にはない。


 先頭と最後尾には係員が乗っていて、荷車が壁にぶつからないように、調整をしている。

 それにしても、早さは馬車に負けてはいないのだから、大したものである。


「何時間くらいで、到着するのですか?」

 私は、皆に飲み物を配っている、ダニエル様に尋ねた。

「ほぼ、六時間でしょうか。退屈なら眠りなさい。この暗さでは、本も読めませんからね」

 荷車の角には、魔導具の照明がついているのだが、それは係員用の目印で乗客は自分の照明を使う事は禁じられている。


 六時間の間に停車はないので、オマルが用意されている。

 絶対に体調不良の時は乗らないと、一人で心に誓った。

 馬車より揺れはかなり少ないが、昼食を誰も口にしないのは、乗り物酔いのせいらしい。

 私はダニエル様に寄り掛かり、毛布をかけて眠る事にした。




「ベス、着きましたよ」

 ダニエル様の声を聞くまで、熟睡ができるほど荷車は揺れなかった。

 多少揺れる馬車でも、眠れる私だが、眠りにも質はあるのだ。

 入国の手続きが終わると、一人の男が近寄ってきて、ハーゲンに話し掛けてから立ち去った。


「ダニエル様、宿は湖水亭だそうです」

「そうですか、では向かいましょう」

 ハーゲンの言葉に、ダニエル様は笑顔で応えたが、湖水亭と言うからには、湖があるのだろうか。

 私は茶色の風景を見渡した。


「マニージュの宿は大抵、名前に水が入っているんだ。湖は探してもないよ。旅人は皆、水と風呂を恋しがるからな」

 ディランは私が湖を探していたのが、分かったようだ。


「湖が近くにあるのかと思いました」

「マニージュ国に湖はないな。どんな小さな村にも池はあるけどね」

 ディランの言葉に、ハーゲンは笑った。

「あれは、池じゃないだろう。洗い場だ」


「洗い場?」

「この国は川も少ないのですよ。魔導具や水魔法で生活には困りませんが、それでも水は貴重ですから、砂の汚れを簡単に落とす水場があるのです」

 そう言うダニエル様の視線の先にあるのは、水場と呼ばれる場所のようで、大人や子供がたくさん集まっていた。


「まるで池ですね」

「ここは国境の町ですから、大きな魔導具を使っていますね」


 水が流れでている石のオブジェが、どうやら魔導具のようである。

 私たちは砂漠から来た訳ではないので、その水場には寄らずに、早々に湖水亭に向かった。


 湖水亭はこの町では大きな宿のようで、午後の中途半端な時間帯だというのに、とてもにぎわっていた。

「ベス、明日から使う馬車がもう届いているんだよ。見に行くかい?」


 ディランの言葉に、私は思い切りうなずいた。

 宿は子供にとっては、退屈な場所なのである。

 宿の裏にある石組みの馬小屋には、毛の長い馬に似た魔物が、おとなしく膝を折って座っていた。


 砂漠なので、ラクダだろうと疑っていなかった私は、少し驚いていた。

 ラクダのようなコブは無く、体は馬に近いが、牛に近い顔立ちで角がある。

 尻尾は牛のそれだった。


「グープは初めてだろう?」

「うん。グープという魔物なの?」

「そうだよ。マニージュ国にしか生息していない。グープができない事は、卵を産む事だけだと言われているんだ」


 牛や馬に近い生き物に、卵を産めと望むほうがどうかしている。

「何でもできるとは、どういう事?」


「グープの毛は織物に、皮はとても丈夫で何にでも使われる。肉や骨は食料になり、脂も大量に取れる。マニージュ国のミルクは全てグープの乳なんだよ。そして、やはり一番はマニージュの馬である事だろうね。彼らは砂漠を、飲まず食わずで十日も移動できる」


「すごい! こんなにかわいい顔をしているのに」

 私はグープがこの国で、一番大切にされている生き物に、違いないと思った。

 そっと伸ばした私の手に、顔を寄せるグープがかわいくて、思わずなでてしまったのは仕方がない事だろう。

 気持ち良さそうに目を細められると、その手を止めるのは難しい。


「驚いたな。こいつらは、人見知りで頑固だから馬のようには扱えない。このグープも教会が飼っていて、ダニエル様のおそばに、ハーゲンと僕が付いている理由の半分は、グープを扱えるからなんだよ」


 二人以外のダニエル様の部下らしき人たちは、何人か見かけたが、私が紹介される事はなかった。

 それはつまり、私はダニエル様の部下ではなく、あえて知る必要がないと言う事なのだろう。


 私はグープの顔を抱きしめて言った。

「私はベスよ。明日からよろしくね。あなたが頼りよ」

 見つめ返すグープの瞳は、深く優しい。

 長いまつげの奥に、笑顔の私がいた。


 宿へ戻るディランの後ろを歩いていると、ポシェットのルベが語り掛けてきた。

『あれは、人が思うより知恵がある。戦闘には向かないが、家獣になる事で子孫を守り育てておるのだ』

『ますます、すごいわね。人間は皆、良い人ばかりではないから苦労しそうね』

『なに、あれらとて良い奴ばかりではない』


 人に個性があるように、魔物にも個性がある事を、私はいつから忘れていたのだろう。

 (こび)びない生き物を全て敵とみなすのは、人間のおごりだと分かっていたはずだったが、どうやら自分を除外していたようだと気付き、私は小さく笑った。








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