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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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器用は病だ

 私が付いて歩いているのを知りながら、リナルドは大人気ないと思う。

 頭のてっぺんから背中にまで、板でも入っているかのように真っすぐで、その姿勢が崩れる事はない。


 屋敷中を音も立てずに、すごい早さで歩かれても、私はドタドタと後ろから走って付いていくしかない。

 執事のスキル恐るべし。


 そんなに急がなくても一日の仕事量に大差はないと、言いたいけれど負け惜しみにしか聞こえないだろうから、ここは我慢する。

“付いてこられないなら、お部屋でお休みください”とか言われるのは嫌だ。


「少し休みましょう」

「……うん」

 肩で息をしているのだから、大丈夫だなんて強がる事もできない。


「執事って、こんなに大変な仕事なのね」

「いいえ、本当はこの屋敷に執事はおりません」

「え? いるじゃない。とても忙しそうだけど?」

「使用人頭としての、仕事だけでございます」

「何を言っているのか、分かりません。リナルドは執事でしょ?」


 リナルドは変わらぬ笑顔のままで、私の前にお茶をだした。

「執事とは、主人あっての仕事ですから、今の私は使用人頭でしかないのです。この屋敷では、ダニエル様が仮の主ですが、私は本部に籍があるだけで、本当の主人を持っていないのでございます」


 持たないのだろうか、それとも持てないのだろうか、それが気になるが、大人の生き方に立ち入るのは失礼な気がして、私はリナルドの顔を見ていた。

「私の主人は、父や祖父が決めます。エリザベス様がそのようなお顔をなさらなくても、大丈夫でございますよ」


「うん。リナルドのご主人が決まらなかったら、ダニエル様に一緒にお願いしてみよう。ちょっと毒を吐く、わがままな神官だけど、本当は優しい人だから、きっと相談に乗ってくれるわよ」


 リナルドがふわりと笑った。優しく慈しむような笑顔は、大人の女性のようだと思った。

 だから、あの笑顔なのだろうか。確かにこの顔では威厳はない。

 執事や侍女を目指す人の学科がある学園は、世界に二カ所あるらしい。

 執事になるには、卒業してからの見習い期間も長くなるようだ。


「主人の食べ物を含む、身の回り全てのお世話と、私的な秘書として、公私にわたり補佐をするのが執事の仕事でございます。主人の地位により、屋敷以外にも土地や領地の管理もいたします。ああ、男性の使用人の管理もございます」


「侍女はしないの?」

「侍女はその主人の奥さまが、管理するのが普通でございますが、独身の主人の場合は侍女頭に管理を任せる事が多いでしょう」


「それにしてもそれを、一人でするのは無理でしょう?」

「ええ、もちろん。庭を含む屋敷の手入れ、掃除、洗濯、料理、屋敷を維持するための金銭の管理。主人の予定管理、ご親戚やお知り合いの冠婚葬祭の情報収集もございます。それらを使用人たち全員でいたします。その指示をだすのが執事です」


「それって、ひょっとして、リナルドは全部できたりする?」

「当然でございます。誰が倒れても、その穴埋めができなければなりません」


 器用過ぎて、どれにも集中できない人が就く職業なのだろうか。

 もっと楽な仕事がありそうだと思う。

 男なら一旗揚げる夢だってありそうなものだ。

 十五歳でそれを捨てる覚悟が、できるものだろうか。

 どう考えても、賢くなければできない仕事だと思う。


「後継者が育ちにくそうな職業ね」

「学園の倍率はとても高く、人気のある学科でございますよ。女性は結婚に有利ですし、城や貴族の家で働けますから、良い出会いもあるでしょう。男は執事でなくとも、下働きで重宝されるのです。ある程度の事はできますからね」


「私が男だったら、執事と神官の仕事は目指さないわ。リナルドとダニエル様は器用という不治の病よ」

 私はそう言って、ため息をついた。


 リナルドはいつもの笑顔を私に向けた。

「エリザベス様は、男の子にお生まれでしたら、どのような職業をお選びになるでしょうね」

「そうねえ。身の丈に合った生き方をしたいわ。親も身分もないから、商店の下働きをしながらお金をためて、いずれ露店を持てたら楽しいでしょうね」


 リナルドは鉄の笑顔でうなずいた。

「たしかに、そのような生き方は、楽しいでしょうね。エリザベス様のお年で、身の丈をお考えとは、少々驚いておりますが」

 十一歳だって、自分の身の丈ぐらいは分かりるだろう。

 身分に階級があるこの世界では、夢を見るにも上限があるのだから。




 季節は秋になったようだが、日中は暑い。

 朝夕の暑さが和らぎ、雨が続くと気温が少し下がるようだが、長袖の衣服を着ようとは思わない。


 私はダニエル様と今、馬車に乗っている。

 少し暑いがクララが王都を歩いても、恥ずかしくないような、簡単なドレスを用意してくれた。

 今日のダニエル様は、神官の服を着用していない。


 高い塀を見る度に、サイユ村を思い出すが、ここは学園である。

 多くの人が訪れているようで、馬車がたくさん並んでいた。

 それはどこの学園も同じらしく、私たちの馬車も御者が付いていた。


 ルベはポーチになって、私に付いている。

 ダニエル様と、学園の門で身分札を見せてから、中へ入った。


 日本の高校にも学校祭があり、それぞれの学校に特色はあるが、基本の部分が同じだったように、こちらの学園祭もどこか似た感じがする。

 私は十一年間、高校生だったのである。


 同世代だと気が付く者はいないが、たまらなく彼や彼女たちに親しみを感じた。

 大きな看板に、会場の地図が書いてあり、訪れた人々はその前で足を止める。

 ダニエル様と順路を確かめながら、軽く展示会場を見て歩く事にした。


「赤の大陸の学園は、社会科学に力を入れているのですよ。マニージュ国がありますからね。目の前で学べる学問です」


 私の前世の知識が全く使えない分野である。

 政治や経済や地理は、暗記して思い出す学問なので楽はできないが、この世界は言語が統一されている事と、文字が一種類で、暗記物が少なくて助かる。


「学園の入学試験は、国により違いますか?」

「卒業試験は違いますが、入学試験は一月二日と決まっています。全世界共通の試験問題で行われますが、失敗したら一年後の同じ日まで、待たなくてはなりません」


 体調不良や当日にアクシデントがあったら、落ちるのを止める手立てがない。

 容赦がない世界だと思う。

 私はダニエル様の顔を見た。

「一年違えば、一つ年下の人たちと同級生ですよね?」


 ダニエル様が、それがどうしたと言わんばかりに、眉を上げて見せた。

「同じ年齢の子は、半分くらいでしょうか。試験も有料ですし、授業料も高額ですから、働いてお金をためてから、入る子も多いですね」


「そこまでして、入学するほどの所ですか?」

 失礼な言い方ではあるが、ためるほど働けるのなら、学園に入る必要があるのだろうか。


「魔法を使う職業は給金が高いですが、免許が必要な物も多いのですよ。育った場所によりどうしても、学力に差もでますから、一年目で様子を見て、二年目を本番と考える子もいるようです。特待生で国から支援してもらえる子は、限られていますからね」


 学校が大きな町や王都にしかないのだから、学力の差は仕方がないと思う。

 各国共通の試験はあるが、効果があるとは思えない。

 現にサイユ村で、試験の点数を気にしていたのは、村長だけだったのである。


 読み書きと、買い物に困らないだけの計算ができれば、十分だと思っている大人が多いので、子供が自主的に学ぼうとしないと、王都から通ってくる教師が話しているのを聞いた事がある。


 子供に高い魔力があると話は別なようで、親族の期待も大きく勉強せざるを得ないとも聞いた事がある。

 どちらにせよ、大変な事である。

 そう考えると学園はそれなりに、富裕層の子供が集まっている場所と、考えた方が良さそうだ。



 展示会場を一通り見て、出口を抜けると、模擬店が並んでいた。

 だが、少し様子が違う。

 少なくとも、スイカや果物を切り売りしている模擬店を、日本の学校祭で見た事はない。

 狭い地域しか知らないので、日本のどこかの地方には、あるのかもしれないが。


「学園祭では、その場で切って食べる物と、目の前で火を通す物以外の食べ物の販売は、禁止されているのですよ」

「飲み物もですか?」

「果実を目の前で絞れる物は許されています。何か食べたい物はありますか?」


 この暑い国で飲み物の販売がない事に驚いたが、なるほど、それで果実なのだろうか。

 学園祭に訪れる人たちには、常識なのだろう。

 小さな子供に、親が水袋を与えている姿が見えた。


「肉の種類は豊富ですね」

「冒険者ギルドにいる卒業生が提供するのですよ。出店の売り上げは、施設の教材費として寄付されますからね」


 出店って……。

 そう言えば、私が通っていた高校も、売り上げは毎年慈善団体への寄付と決まっていたが、どのような物に使われたのか、私は気にした事もなかった。


 ダニエル様が串に刺してある肉を、買ってきてくれたが、どこも人混みで変身のできないルベの分は、後で食べられるようにカバンに入れた。


「柔らかくて、おいしいですね」

「ええ。学生が焼いたとは、思えないほどですね」


 この世界で一番聞いてはいけない物がある。

 それは食べておいしいと思った、肉の名前である。

 だが、模擬店にはしっかりと肉の名前が表示されている。

 ハービー……。おいしい。


 遠くから、楽器の演奏が聞こえてきた。

 初めて耳にする音色の中に、聞き覚えのある音をつかまえた。

「ピアノがあるのね?!」

「ベスの記憶の世界に、ピアノがあるのですか?」

「はい。おばあちゃんのピアノですが、家にありました」


 ダニエル様は驚いたように、私の顔を見た。

「一般庶民だと聞きましたが、ピアノがあったのですか?」

 私はそれから前世では珍しくもないピアノの話を、ダニエル様に聞かれるがまま、話す事になった。


 ダニエル様は音楽が好きなようだ。

 顔は音楽室に飾っておけば、一番人気だろうと思ったのは、内緒にしておこう。








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