クララと鉄の笑顔と
「これは?」
ダニエル様から手渡された物は、新品のズボンと上着だった。
「クララの手作りだそうです。ベスが気に入らなければ捨ててくださいと、私の所に持ってきたのですよ。捨てますか?」
ダニエル様から少し離れた後ろで、クララがうつむいていた。
「そんな事、誰がするものですか!」
驚いたように顔を上げたクララに、私の嬉しい気持ちをどう伝えよう。
「クララ、ありがとう。すごく嬉しい。女の子用のズボンね。かわいいわ」
「古着をとおっしゃっていましたので、差し出がましいかとも思ったのですが、ダニエル様に古い物を見せていただいて、作ってみました」
私が寝て起きる間の時間で、作ってくれたのだと思うと、胸が苦しくなる。
「着てみてもいい? 手作りの服なんて、一歳のお祝いの時以来よ。ああ、もちろん、聞いた話だけれどね」
危ない、危ない。普通は一歳の時の記憶はない事を忘れていた。
服を脱ぐ私に、クララは慌てて近寄って、手を貸してくれた。
女の子がズボンを身に付けない世界で、クララはズボンを女の子らしく見えるように、考えてくれたようである。
ウエストと足首のひもは少し太い布で、結ぶとリボンのようになり、ウエストの上と足首の下には。リボンのせいでフリルがあるように見える。
共布の短いタンクトップはとても涼しそうだった。
「ありがとう。本当にこんな服が欲しかったの」
「喜んでいただけるとは、思っておりませんでした。作って良かった」
私が着替える時には必ず、見えないように背を向けるダニエル様が、振り返って目を細めた。
「ダニエル様、似合うでしょ?」
「ええ。とてもお似合いですよ。女の子用のズボンは、かわいらしい物ですね。クララ、本当にありがとう」
「いいえ」
クララが恥ずかしそうに、小さな笑みを浮かべた。
私はそれから、クララとたくさん話ができるようになった。
物をもらったからではない。
それがきっかけだったのは、確かではあるが。
物静かなクララを、初対面で嫌々担当にさせられたのだろうと、勝手に誤解したのは私だった。
私は少し、ひがみっぽい性格なのだろうか。それは嫌だな。
クララは母さんとは全く逆の性格だが、そばで優しく見守ってくれるのが嬉しくて、ついつい目で姿を追ってしまう自分に気が付いた。
監視されるのは嫌だが、見守っては欲しいと思う私は、やはり子供だ。
魔法の稽古はルベの空間で、保護者付きでやらせてもらっている。
保護者といっても、ダニエル様が優雅に、お茶を飲んでいるだけなのだが。
剣の稽古はハーゲンやディランが相手をしてくれる。
これは周りの人が、青ざめる程の厳しさである。
鬼かあんたらはと、なんど心の中で悪態をついただろうか。
クララがそれを見て、大急ぎでズボンの予備を作ると言い出した。
「クララ、作るなら私の部屋で作ってよ」
「いえ、仕事中にはできませんので」
「だからよ。私がブルーナに、裁縫を習いたいって言っておくわ。私が眠っている時ぐらい休んでほしいのよ。クララが倒れたら、私が付きっきりで看病するわよ。それでもいいの?」
「エリザベス様。私は脅されているのでしょうか?」
「うん。そうよ」
ブルーナはすぐに許可をくれた。必要な物は誰かが買いに行ってくれるようで、クララは一人で恐縮していた。
聞けばクララが一番若いという理由で、私の話し相手も務まるだろうと、担当侍女になったらしい。
それなのに私はいつも逃げ回り、うなずくだけで口も開かなかったのだから、クララはつらかったのに違いない。
私はどれだけ自分本位だったのだろう。ごめんね。
ダニエル様やハーゲンたちは、時々くる連絡で外出するが、ルベは熱を出した日から私のそばを離れない。
屋敷の人たちは、まるで敬意を払っているかのように、ルベと接する。
ルベの偉そうな言葉を聞いたら、ひれ伏すのではないだろうか。
聞こえなくて良かったと思う。
『ねえ、ルベ。村にいる時は管理人の子として、お手伝いはたくさんあったのよ。ダニエル様と旅をするようになって、治療院で暮らした時にも、お手伝いはしていたわ。でも、ここには仕事がないの。手伝おうとすると侍女さんたちが、困った顔をするの』
『だろうな。ベスが困らぬように、本部から派遣されたのだろうからな。ここにいる者たちは、リナルドが指示を出している。リナルドに言うしかあるまい』
『そうか! ルベ、ありがとう』
私はリナルドの執務室に急いだ。
「リナルド、私を侍女にして!」
リナルドは笑顔の表情を、少しも崩さずに私を見た。
「私を赤ん坊にしてくださったら、その望みをかなえて差し上げますよ」
なんて遠回しな断り方だ……。
「駄目って言った方が、早いと思うよ」
「それでは、諦めていただけますね?」
「駄目!」
「エリザベス様、少しそちらの椅子にお掛けください。お茶をいれましょう」
リナルドはポットに茶葉を入れ、魔導具の湯沸かしから湯を注ぐと、鮮やかな手つきで、お茶を温めてあったカップに移した。
お茶をいれさせたら、ダニエル様が一番上手だと思っていたが、もう一人、一番がいた。
ちなみに、二番は知らない。
「おいしいです」
「ありがとうございます」
リナルドはクッキーを出してから、私を見た。
「エリザベス様。侍女になるには、学園の卒業証と、貴族の身元保証がいるのはご存じでしょうか? それ以外の者を侍女にすれば、雇い主が罰を受けます」
「そうなの? 厳しいのね」
彼女たちを見ていると、侍女としての教育を受けているのだろうと、想像する事は容易だった。
ただ、少し私は侍女という仕事を、安易に考えていた気がする。
「侍女は、主やその家族の秘密を知る事もできれば、命を狙う事もできます。侍女を雇えるほどの身分であれば、それを警戒するのは当然でございます。貴族が身元を保証するのは、それだけの見返りがある家柄なのでございますよ」
「侍女とは、貴族の子女って事ですね」
「そうです。ただ、例外がございます」
「例外?」
「教会本部に登録されている侍女です。白の大陸に貴族はおりませんので、彼女たちの身元を保証する者は、教会本部に長年仕えている親と、その上司になるのです。どこの大陸でも、侍女とはそう簡単に就ける職業ではございません」
エリート職だったのね。
「私が将来やってみたい仕事から、侍女は消さなければならないわね」
リナルドは鉄の笑みを深くした。表情はあるのね。面白い。
「それは……。ダニエル様が喜ばれるでしょうね」
「私は少しだけ、そそっかしいから、確かに安心するかもしれないわ」
だが、リナルドは少し失礼な人ではある。
「それでは、この屋敷で資格のいらない仕事はなあに?」
「本部から給金が支給されている者は、皆、資格を持っております」
想定内の答えです。
「給金をもらわなければ、良いという理屈は使えなさそうだし……。そうだ! 私が勉強させて欲しいと言ったらどうする?」
「できる限りの協力はいたします。ただし、侍女や調理人になるための勉強でしたら、協力は出来かねます」
それはもう、諦めた。だが、子供が何かを手放す時は、もっと面白いものを見つけた時である事を、大人になると忘れるようである。
「私は将来、人を使う身分になれるかしら?」
「ダニエル様も本部も、エリザベス様の将来が、明るいものになるように、こうして私たちにお世話を命じたのでございますよ」
リナルドの笑顔は、ほんの少し誇らしげだ。
私は嬉しさを半分隠して、胸を張る。
「そう。では、私は将来のために、主の勉強をします。だからリナルド、協力してくださいね」
リナルドの困惑の笑顔。いろいろな笑顔をまだ、隠し持っているのだろうか。
「主の勉強……。でございますか?」
「そうよ。リナルドは屋敷中の使用人を把握しているでしょう? だから、リナルドのそばで勉強するわ」
私はリナルドの笑顔に負けないように、口角を思い切り上げてみせた。
どうやら、ダニエル様と相談の上、答えはもらえるらしい。
『ルベ、ダニエル様は許可してくれるかしら?』
『危険ではないが、良い顔はせぬだろうな』
『どうして?』
『リナルドの家は優秀な執事を輩出するのだ。ダニエルの親に付いている執事はリナルドの祖父だ。そして兄に付いているのがリナルドの父なのだ』
『ダニエル様は子供の頃、いじわるでもされたの?』
『ダニエルがしたのなら理解できるが、リナルドがするなど、想像もつかん』
いやルベ、ダニエル様があの鉄の笑顔をいじめるとか、想像が付きません。
『ダニエルは本部にいる兄が、リナルドを使った事が面白くないのだろう。弟など放って置けば良いものを、先読みしては嫌われておる』
『リナルドがダニエル様に嫌われていないのならば、問題はないよね』
後は私が頼み込めば良いだけである。
その日の夜、ダニエル様と私の部屋の間にある部屋に、ダニエル様はリナルドを連れて入ってきた。
お辞儀をして、部屋の隅に移動するクララ。
「ベス。主に興味があったのでしょうか?」
「いいえ。そんな者に興味はありません」
「では、リナルドを困らせたかったのでしょうか?」
「いいえ。人を困らせるつもりはありません。ただ、知りたいと思ったのです」
ダニエル様は困った顔をして私を見る。
「執事の仕事をですか?」
「私はここでは、手伝いをさせてはもらえません。小さな仕事の一つも許可してはくれないのです。ならば、何かを学ぼうと思ったのです」
少し力を入れすぎたかしら、リナルドが笑顔で小さく息を吐いた。
「エリザベス様は、魔法や剣や裁縫を、毎日学ばれていらっしゃいます。これ以上はお体に無理が掛かると思われます」
リナルドの言葉に、ダニエル様はうなずく。
「魔法や剣は毎日の事だから、顔を洗うのと同じです。裁縫は覚えるとは言っていません。見ていないとクララが無理をするからよ。私の専属侍女なのに、周りがうるさすぎるわ。私が侍女に求めている事を理解してくれるのは、クララだけだから、私が守る事にしたの」
文句があるのかと言わんばかりに主張する私に、ダニエル様が面白そうに肩をふるわせている。
ここは、しっかりと言っておくべきだろう。
「侍女とか執事なんて仕事をする人と、暮らしたのは初めてなの。これからの人生で、また会う事もあるかもしれない。今日はリナルドに侍女の事を少し教えてもらいました。屋敷で働く人たちを知るにはリナルドのそばが、一番正確に教えてもらえるでしょ? 一日中付いている訳ではないわ。数時間そばで一緒に動きながら教えてもらおうと思ったの。駄目だと言われたら諦めます」
ダニエル様は、とうとう声を出して、苦しそうにおなかを抱えた。
私は鼻息も荒く、天井の角を見つめている。
「今日のベスは、まるで大岩のようですね。とても動かせそうもない。駄目だと言ったら、今度はどの木に登るのでしょうか?」
苦しそうな顔でダニエル様が皮肉を言うのが、面白くない。
「いいえ。剣と魔法の稽古以外は部屋からでません。見方はルベとクララだけですから」
ダニエル様は面白そうに、少し悪い顔でリナルドを見た。
「リナルド。あなたのせいで私も敵にされるのですよ? どうしてくれるのですか? ベスはすねていても、かわいいですが、私が敵になるのはご免です。ここでの仕事など、あなたがこなせる量の三割もないでしょう?」
さすがは、鉄の笑顔を持つリナルド、表情は変わらない。
「よろしいのでしょうか? 下働きの仕事に興味を持たれてはと、案じておりました。エリザベス様さえよろしければ、楽器や礼儀作法の教師を招く事も可能でございますよ?」
「楽器は落ち着く場所ができてからで良いわ。今からではどうせ遅いもの。礼儀作法は必要だと思うの。学園に入って、社会に出るまでに覚えようと思っていたわ。成人になってもこのままでは、恥ずかしいと思っているのよ。これでも」
親切な心配りには、ちゃんと応える私です。
明日からリナルドが午後の数時間、私の先生になると決まった。
なぜか、クララが一番、ほっとした顔をしていた。
心配かけてごめんね、クララ。




