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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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クララと鉄の笑顔と

「これは?」

 ダニエル様から手渡された物は、新品のズボンと上着だった。

「クララの手作りだそうです。ベスが気に入らなければ捨ててくださいと、私の所に持ってきたのですよ。捨てますか?」


 ダニエル様から少し離れた後ろで、クララがうつむいていた。

「そんな事、誰がするものですか!」

 驚いたように顔を上げたクララに、私の嬉しい気持ちをどう伝えよう。

「クララ、ありがとう。すごく嬉しい。女の子用のズボンね。かわいいわ」


「古着をとおっしゃっていましたので、差し出がましいかとも思ったのですが、ダニエル様に古い物を見せていただいて、作ってみました」

 私が寝て起きる間の時間で、作ってくれたのだと思うと、胸が苦しくなる。


「着てみてもいい? 手作りの服なんて、一歳のお祝いの時以来よ。ああ、もちろん、聞いた話だけれどね」

 危ない、危ない。普通は一歳の時の記憶はない事を忘れていた。


 服を脱ぐ私に、クララは慌てて近寄って、手を貸してくれた。

 女の子がズボンを身に付けない世界で、クララはズボンを女の子らしく見えるように、考えてくれたようである。


 ウエストと足首のひもは少し太い布で、結ぶとリボンのようになり、ウエストの上と足首の下には。リボンのせいでフリルがあるように見える。

 共布の短いタンクトップはとても涼しそうだった。


「ありがとう。本当にこんな服が欲しかったの」

「喜んでいただけるとは、思っておりませんでした。作って良かった」

 私が着替える時には必ず、見えないように背を向けるダニエル様が、振り返って目を細めた。


「ダニエル様、似合うでしょ?」

「ええ。とてもお似合いですよ。女の子用のズボンは、かわいらしい物ですね。クララ、本当にありがとう」

「いいえ」

 クララが恥ずかしそうに、小さな笑みを浮かべた。



 私はそれから、クララとたくさん話ができるようになった。

 物をもらったからではない。

 それがきっかけだったのは、確かではあるが。


 物静かなクララを、初対面で嫌々担当にさせられたのだろうと、勝手に誤解したのは私だった。

 私は少し、ひがみっぽい性格なのだろうか。それは嫌だな。


 クララは母さんとは全く逆の性格だが、そばで優しく見守ってくれるのが嬉しくて、ついつい目で姿を追ってしまう自分に気が付いた。

 監視されるのは嫌だが、見守っては欲しいと思う私は、やはり子供だ。


 魔法の稽古はルベの空間で、保護者付きでやらせてもらっている。

 保護者といっても、ダニエル様が優雅に、お茶を飲んでいるだけなのだが。


 剣の稽古はハーゲンやディランが相手をしてくれる。

 これは周りの人が、青ざめる程の厳しさである。

 鬼かあんたらはと、なんど心の中で悪態をついただろうか。


 クララがそれを見て、大急ぎでズボンの予備を作ると言い出した。

「クララ、作るなら私の部屋で作ってよ」

「いえ、仕事中にはできませんので」


「だからよ。私がブルーナに、裁縫を習いたいって言っておくわ。私が眠っている時ぐらい休んでほしいのよ。クララが倒れたら、私が付きっきりで看病するわよ。それでもいいの?」


「エリザベス様。私は脅されているのでしょうか?」

「うん。そうよ」

 ブルーナはすぐに許可をくれた。必要な物は誰かが買いに行ってくれるようで、クララは一人で恐縮していた。


 聞けばクララが一番若いという理由で、私の話し相手も務まるだろうと、担当侍女になったらしい。

 それなのに私はいつも逃げ回り、うなずくだけで口も開かなかったのだから、クララはつらかったのに違いない。

 私はどれだけ自分本位だったのだろう。ごめんね。



 ダニエル様やハーゲンたちは、時々くる連絡で外出するが、ルベは熱を出した日から私のそばを離れない。

 屋敷の人たちは、まるで敬意を払っているかのように、ルベと接する。

 ルベの偉そうな言葉を聞いたら、ひれ伏すのではないだろうか。

 聞こえなくて良かったと思う。


『ねえ、ルベ。村にいる時は管理人の子として、お手伝いはたくさんあったのよ。ダニエル様と旅をするようになって、治療院で暮らした時にも、お手伝いはしていたわ。でも、ここには仕事がないの。手伝おうとすると侍女さんたちが、困った顔をするの』


『だろうな。ベスが困らぬように、本部から派遣されたのだろうからな。ここにいる者たちは、リナルドが指示を出している。リナルドに言うしかあるまい』

『そうか! ルベ、ありがとう』


 私はリナルドの執務室に急いだ。

「リナルド、私を侍女にして!」

 リナルドは笑顔の表情を、少しも崩さずに私を見た。


「私を赤ん坊にしてくださったら、その望みをかなえて差し上げますよ」

 なんて遠回しな断り方だ……。

「駄目って言った方が、早いと思うよ」

「それでは、諦めていただけますね?」


「駄目!」

「エリザベス様、少しそちらの椅子にお掛けください。お茶をいれましょう」

 リナルドはポットに茶葉を入れ、魔導具の湯沸かしから湯を注ぐと、鮮やかな手つきで、お茶を温めてあったカップに移した。


 お茶をいれさせたら、ダニエル様が一番上手だと思っていたが、もう一人、一番がいた。

 ちなみに、二番は知らない。


「おいしいです」

「ありがとうございます」

 リナルドはクッキーを出してから、私を見た。

「エリザベス様。侍女になるには、学園の卒業証と、貴族の身元保証がいるのはご存じでしょうか? それ以外の者を侍女にすれば、雇い主が罰を受けます」


「そうなの? 厳しいのね」

 彼女たちを見ていると、侍女としての教育を受けているのだろうと、想像する事は容易だった。

 ただ、少し私は侍女という仕事を、安易に考えていた気がする。


「侍女は、主やその家族の秘密を知る事もできれば、命を狙う事もできます。侍女を雇えるほどの身分であれば、それを警戒するのは当然でございます。貴族が身元を保証するのは、それだけの見返りがある家柄なのでございますよ」


「侍女とは、貴族の子女って事ですね」

「そうです。ただ、例外がございます」

「例外?」


「教会本部に登録されている侍女です。白の大陸に貴族はおりませんので、彼女たちの身元を保証する者は、教会本部に長年仕えている親と、その上司になるのです。どこの大陸でも、侍女とはそう簡単に就ける職業ではございません」


 エリート職だったのね。

「私が将来やってみたい仕事から、侍女は消さなければならないわね」

 リナルドは鉄の笑みを深くした。表情はあるのね。面白い。

「それは……。ダニエル様が喜ばれるでしょうね」


「私は少しだけ、そそっかしいから、確かに安心するかもしれないわ」

 だが、リナルドは少し失礼な人ではある。

「それでは、この屋敷で資格のいらない仕事はなあに?」


「本部から給金が支給されている者は、皆、資格を持っております」

 想定内の答えです。

「給金をもらわなければ、良いという理屈は使えなさそうだし……。そうだ! 私が勉強させて欲しいと言ったらどうする?」


「できる限りの協力はいたします。ただし、侍女や調理人になるための勉強でしたら、協力は出来かねます」

 それはもう、諦めた。だが、子供が何かを手放す時は、もっと面白いものを見つけた時である事を、大人になると忘れるようである。


「私は将来、人を使う身分になれるかしら?」

「ダニエル様も本部も、エリザベス様の将来が、明るいものになるように、こうして私たちにお世話を命じたのでございますよ」

 リナルドの笑顔は、ほんの少し誇らしげだ。


 私は嬉しさを半分隠して、胸を張る。

「そう。では、私は将来のために、主の勉強をします。だからリナルド、協力してくださいね」

 リナルドの困惑の笑顔。いろいろな笑顔をまだ、隠し持っているのだろうか。


「主の勉強……。でございますか?」

「そうよ。リナルドは屋敷中の使用人を把握しているでしょう? だから、リナルドのそばで勉強するわ」

 私はリナルドの笑顔に負けないように、口角を思い切り上げてみせた。

 どうやら、ダニエル様と相談の上、答えはもらえるらしい。



『ルベ、ダニエル様は許可してくれるかしら?』

『危険ではないが、良い顔はせぬだろうな』

『どうして?』


『リナルドの家は優秀な執事を輩出するのだ。ダニエルの親に付いている執事はリナルドの祖父だ。そして兄に付いているのがリナルドの父なのだ』

『ダニエル様は子供の頃、いじわるでもされたの?』


『ダニエルがしたのなら理解できるが、リナルドがするなど、想像もつかん』

 いやルベ、ダニエル様があの鉄の笑顔をいじめるとか、想像が付きません。


『ダニエルは本部にいる兄が、リナルドを使った事が面白くないのだろう。弟など放って置けば良いものを、先読みしては嫌われておる』

『リナルドがダニエル様に嫌われていないのならば、問題はないよね』

 後は私が頼み込めば良いだけである。



 その日の夜、ダニエル様と私の部屋の間にある部屋に、ダニエル様はリナルドを連れて入ってきた。

 お辞儀をして、部屋の隅に移動するクララ。


「ベス。主に興味があったのでしょうか?」

「いいえ。そんな者に興味はありません」

「では、リナルドを困らせたかったのでしょうか?」

「いいえ。人を困らせるつもりはありません。ただ、知りたいと思ったのです」


 ダニエル様は困った顔をして私を見る。

「執事の仕事をですか?」

「私はここでは、手伝いをさせてはもらえません。小さな仕事の一つも許可してはくれないのです。ならば、何かを学ぼうと思ったのです」


 少し力を入れすぎたかしら、リナルドが笑顔で小さく息を吐いた。

「エリザベス様は、魔法や剣や裁縫を、毎日学ばれていらっしゃいます。これ以上はお体に無理が掛かると思われます」

 リナルドの言葉に、ダニエル様はうなずく。


「魔法や剣は毎日の事だから、顔を洗うのと同じです。裁縫は覚えるとは言っていません。見ていないとクララが無理をするからよ。私の専属侍女なのに、周りがうるさすぎるわ。私が侍女に求めている事を理解してくれるのは、クララだけだから、私が守る事にしたの」


 文句があるのかと言わんばかりに主張する私に、ダニエル様が面白そうに肩をふるわせている。

 ここは、しっかりと言っておくべきだろう。


「侍女とか執事なんて仕事をする人と、暮らしたのは初めてなの。これからの人生で、また会う事もあるかもしれない。今日はリナルドに侍女の事を少し教えてもらいました。屋敷で働く人たちを知るにはリナルドのそばが、一番正確に教えてもらえるでしょ? 一日中付いている訳ではないわ。数時間そばで一緒に動きながら教えてもらおうと思ったの。駄目だと言われたら諦めます」


 ダニエル様は、とうとう声を出して、苦しそうにおなかを抱えた。

 私は鼻息も荒く、天井の角を見つめている。


「今日のベスは、まるで大岩のようですね。とても動かせそうもない。駄目だと言ったら、今度はどの木に登るのでしょうか?」

 苦しそうな顔でダニエル様が皮肉を言うのが、面白くない。

「いいえ。剣と魔法の稽古以外は部屋からでません。見方はルベとクララだけですから」


 ダニエル様は面白そうに、少し悪い顔でリナルドを見た。

「リナルド。あなたのせいで私も敵にされるのですよ? どうしてくれるのですか? ベスはすねていても、かわいいですが、私が敵になるのはご免です。ここでの仕事など、あなたがこなせる量の三割もないでしょう?」


 さすがは、鉄の笑顔を持つリナルド、表情は変わらない。

「よろしいのでしょうか? 下働きの仕事に興味を持たれてはと、案じておりました。エリザベス様さえよろしければ、楽器や礼儀作法の教師を招く事も可能でございますよ?」


「楽器は落ち着く場所ができてからで良いわ。今からではどうせ遅いもの。礼儀作法は必要だと思うの。学園に入って、社会に出るまでに覚えようと思っていたわ。成人になってもこのままでは、恥ずかしいと思っているのよ。これでも」

 親切な心配りには、ちゃんと応える私です。


 明日からリナルドが午後の数時間、私の先生になると決まった。


 なぜか、クララが一番、ほっとした顔をしていた。

 心配かけてごめんね、クララ。





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