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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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馴染めずに

 王都が横長にできているのは、馬車が丘を登っている時に分かった。

 反対側の山に、城が見えている。


「ダニエル様、王城の下にある塀に囲まれている場所は、何ですか?」

「学園ですよ。学生以外の立ち入りが禁止されていますが、年に一回だけ、学園の行事の時に公開されるのです。お祭りみたいなものですが、行ってみますか?」

「はい」


 学校祭みたいなものだろうか。

 一度は学園の生徒を見てみたいと思った。

 小さな村の教会で勉強をするのとは、違うだろうとは思うが、その差すら分からない。


 いずれ学園に身を置くのなら入学試験はあるのだから、水準だって気にはなる。

 学園の公開は大陸により違うようだが、白の大陸以外は国民の収穫祭が終わった時期になると、ダニエル様が教えてくれた。



 馬車は速度を落とさずに、門を抜けた。

 荷台の後ろを見ている私は、多分微妙な顔をしていると思う。

 なぜなら、門番らしき人が二人で、慌てて門を閉めているのである。


 彼らはおそらく馬車が通過できるように、門を開けたのだろう。

 急いでいる訳でもないのに、気の毒だと思う。

 立派な家の仕組みは、よく分からないものである。



 今日はスカートで正解だったようだ。

 ハーゲンがダニエル様に、ズボンが擦り切れている話をして、ズボンは全て取り上げられてしまった。


 ジルと買ったズボンだから、せめて布地は取っておきたかったが、手で簡単に裂けるほど弱ってしまった布地では、諦めるように言われたら従うしかない。

 ジルとの買い物を思い出して、少し悲しかったが、小さい子供ではないので、そこは我慢するしかなかった。


 馬車ごと入れるのではないかと思う程、大きな玄関の前で、ダニエル様は荷台から私を抱えて降ろした。

 多分飛び降りると思ったのだろうが、スカートでそんな事はしない。

 後ろ向きにずり落ちるのは、得意である。


「お待ちしておりました、ダニエル様」

 優しげに怪しい笑みを浮かべるその人は、ネガーラ国のヨハンさんの家にいた、初老の執事さんと同じような服を着ていた。


「リナルドをよこすとは……。あの人は何を(くわだ)てているのでしょう」

 リナルドさんは顔色も変えずに、玄関ホールに並んでいる、お揃いのお仕着せの女性たちを紹介していった。


 侍女頭のブルーナさんだけはちゃんと覚えたが、後の方はその内、生活の中で覚えるだろうと思った。

 ダニエル様は私たちを紹介して、部屋への案内を頼んだ。


 私とダニエル様の部屋は、応接間のような部屋をはさんで、廊下に出なくても、行き来が可能だった。

廊下に出たところで、距離にそう変わりはないが、大きな屋敷だから、続き部屋になっていると安心する。

 ルベも動きやすいだろう。



 ノックの音に返事をしたら、ブルーナさんが現れた。

「ブルーナさん、エリザベスです。ベスと呼んでください。よろしくお願いいたします」

 ブルーナさんは、侍女頭のお手本のような笑みを浮かべた。


「丁寧なご挨拶をありがとうございます。どうか、使用人は呼び捨てに、なさいますように。私たちはお仕えするご家族を、愛称でお呼びする事は止められておりますので、ご容赦ください」


 穏やかな顔で優しく諭されたが、私の身分を知らない訳ではないだろう。

 私は彼女より、立場はかなり低いはずである。


「エリザベス様の担当侍女を、連れて参りました。クララ、ご挨拶を」


 ブルーナさんは茶色の髪と茶色の目をしているが、クララはとても美しい金色の髪をしていた。

 髪を後頭部でお団子にするのが、規則なのだろうが、もったいないと思う。

 日本の女子高生だって、もう少し自由がある。

 個性の差は知性の差とは、離れたところにあったりはしたが。


「クララと申します。よろしくお願いいたします」

「エリザベスです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 担当侍女って何をする人なのだろうか。

 尋ねるのは、失礼だろうか。

 少し気が重いけれど、聞かなければ分からない。


「私は侍女さんがいる暮らしを、した事がないのですが、侍女さんとは何をする人なのでしょうか?」

「エリザベス様がお目覚めになり、お休みになるまで、お屋敷にいる間は、お身の回りのお世話をいたします」


 身の回りの世話って……。

 寝たきりの老人ならば必要だろうが、私は自分の世話は自分でできる。

 この手の話は、余計な事を言わずに、黙っている方が良いのだろう。


 ブルーナがいなくなると、クララはお風呂に入れと言った。

 そこで、私の頭の中には、ヨハンさんの屋敷の風呂が浮かんだ。

 腕をまくり上げ、他の侍女も呼ぶという思っていた通りの発言に、私は慌ててクララを止めた。


「クララ、私はルベとお風呂に入るので、手伝いはいらないですよ。上がったら、髪の手入れをお願いしてもいい?」

「かしこまりました。何かございましたら、お声を掛けてください」


 少し寂しそうに言うクララに申し訳なく思うが、あの拷問のような経験はご免なのである。

 ここは髪を任せる事で、何とか許してもらいたい。


 ヨハンさんのところでもらった服は上等なのだが、この国では暑い。

 この屋敷で風呂上がりに、いつものシュミーズ一枚という訳にもいかないだろう。 私は取りあえず、港で買ってもらった、木綿のワンピースを着た。

 クララに体のサイズを測られて、着る物を用意すると言われた。


「一枚しかないので、着替え用にもう一枚あると助かります」

「ダニエル様より伺っております。夜衣も用意いたします。明日には仕立屋も参りますから、急がせましょう」

「私、まだ成長すると思うので、古着で十分なのですが」


「ズボンはいかがなさいますか? この辺りは男の子用の古着が出回る事は、ほとんどありませんが」

「そう。それではお願いします」

「かしこまりました」


 クララは仕事が出来る人なのだろう、動きに無駄はないが、私以外の担当になりたかったのだろうと思うと、気の毒な気がした。

 大きな屋敷の、大きな食堂で、料理人が作る料理を食べる。


 ルベは食事はいらないと言った。

 確かに、人に見られているので、楽しい雰囲気ではない。

 しばらくは、おやつを二人で楽しむ事にした。



 朝早く目覚めても、する事は何もない。

 掃除も料理も専門の人がいて、付き合いもないのに、声は掛けられなかった。

 しまいには、探しているクララに連れ戻されて、部屋に入れられる始末。

 別に仕事の邪魔をする気などないというのに。


 ルベとダニエル様たちは、仕事があるようで教会に行った。

 この屋敷は教会本部の人しかいないらしく、王都で今一番安全な場所らしい。


 午後からきた仕立屋は、ニコニコと愛想が良く、気の利いた褒め言葉で、侍女たちを喜ばせていた。

 十一歳の私に聞いたのは、好きな色だけである。


侍女たちは、数あるデザインの中から、何点か私のものを選ぶと、自分たちのドレスの相談に大忙しだった。

 私はそっと部屋を出て、リナルドを探した。


「エリザベス様、いかがなさいましたか?」

「私の服だけど、お金の無駄だからいらない」

「その理由をお伺いしても、よろしいですか?」

「私がわがままで、嫌な子だからよ。それ以外の理由は一つもないわ」


 私は庭を思い切り走った。

 どこかへ行きたい訳ではない。


 自分の思うようにならない事にいら立って、かんしゃくを起こしている子供、そのものであると自覚はしている。

 そして、それを情けないとも思っているが、今は人に監視されているのが、たまらなく嫌だった。


 屋敷から少し離れただけだが、気持ちが少し落ちついた。

 建物の近くには、美しい花壇があったが、それ以外は木立の中に、散歩道があるだけだった。


 ただ、自然の中と違い、足元の草は均等な丈に切り揃えられている。

 大きめの葉を茂らせている木を探して、私は葉で自分が隠れる高さまで登り、手頃な枝で休む事にした。


 ああ、ここで野営をしては駄目だろうか。

 本当にどうにかしていると思う。

 何かが嫌だとか、誰かが嫌いだとか、そんな理由だったら、どれほど楽だろう。

 困っているのは、私が不器用な自分にいら立っている事である。

 数カ月もどのように過ごせばいいのだろう。



 一週間も過ぎると、生活は何年も続いていたかのようになる。

 どんなに忙しくても、ダニエル様は朝の食事は一緒にしてくれる。

 昼と夜は、皆の時間が合わないので、自室で食べる事が許された。


 私は朝、皆が出掛けると、庭を歩いては木の上で時間を潰す。

 日が傾くと屋敷に戻って、侍女たちの言う事に、首をたてに振る。

 クララが時々私の意思を聞いてくれるが、他の侍女は私が黙ってうなずくと、仕事がしやすいのだろう機嫌が良い。


 毎日、木の上で過ごしていたが、急に雨が降り出した。

 葉で体を包みたいが、手入れの整った木立の中で、ツルは見つけられずにぬれてしまった。

 もらい物の服は薄手の物は少ないので、また、ルベに服をだしてもらって、探さねばならない。


『どうした、ベス。寂しかったか?』

「うん。お帰りなさい。今日は早かったんだね」

『ダニエルが心配しているぞ?』

「うん」


『屋敷になじめぬか?』

「……うん。ここにいてはいけないのは、分かっているの。でも、あそこに戻る気になれなくて」


『そうか。なら、こうしているが良い。生き物は皆、新しい環境に興味がある。だが、それと同じだけの不安もあるのだ。ベスは自分が選んで、この屋敷にきた訳ではない。川を泳ぐ魚ですら、新しい水に慣れるには、時間が掛かるのだぞ』


 ルベはいつも、私の欲しい言葉をくれる。

 私はルベを抱きしめて、目を閉じた。

 甘えていてはいけないのに……。




 額に冷たいものを感じて目が覚めた。どうやら私は寝ていたようだ。

「目が覚めましたか? 喉が渇いているでしょう?」

「ダニエル様……。私は……」


『熱があったのでな。我がダニエルを呼んだ』

「ごめんなさい」

 ここはダニエル様のベッドのようだ。


「謝る必要はありません。ベスが十六歳の気持ちを持っている事を、知っているのは私とルベだけですからね。この屋敷の者が、十一歳の子供を扱うように接しているのが、気になっていました。しかし、それを口にする事はできませんからね」


「はい。私がわがままなせいで、ごめんなさい」


『ベスはわがままを言っても良い。嫌な事は嫌だと言っても良いのだ。そのためにあれらはいるのだ。言わなければ、あれらだって分からない。ベスが初対面であったように、あれらだって初対面なのだ』


 ルベの言葉で、私の心の中にあった黒いものが、消えていった気がした。

 良い子である必要はないのだ。

 かと言って、理不尽な事を言うつもりはない。

 私はここにいる間にしか、できない事を見つけようと思った。


「ダニエル様、何か食べたい」

「何かとは、何でしょう?」

 ダニエル様は私の顔をのぞき込んだ。


「ええとね。甘い物で少し塩味も欲しいの、喉を潤すけれど液体じゃなくてね。柔らかくも硬くもない物」

 ダニエル様は少し考えて、部屋を出て行った。


 しばらくして、リナルドを連れて、ダニエル様が戻ってきた。

 リナルドの手には、なじみのある赤い物。

「リナルドには、どんなわがままを言っても、この笑顔は消えないのです。なんでもかなえてくれますよ」

 まるで、だから何でも言ってみろと言わんばかりだ。


「絶対に無理な事を言われても?」

 私の問いに、リナルドは笑みを深くした。

「その時は頭から角をだして、怒りますよ。ただ、この程度ならお任せください」

 スイカの事を言ったのではないが、塩を振りかけると、私の言った通りの物で、逆にこちらが驚いた。


 ダニエル様の困った顔が見たかっただけなのに、全く分かっていない。

 だから、答えはスイカでは間違えである。

 教えてはやらないが。


「おいしい」

 リナルドを見上げると、彼は鉄製の笑顔でうなずいた。

「リナルドの角は見たいかも」

 そう言った私を止めたのは、ダニエル様だった。


「止めておきなさい。それはそれは、怖い顔ですよ」

 きっとダニエル様の事だから、怒らせた経験があるのだと思う。

 日本で一度だけ見たナマハゲとどちらが怖いだろう。

 当時五歳の私にとっては、トラウマのレベルだったのだが。









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