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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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不器用な大人

「ハーゲンだ。全くあの方は……。どうして厄介な事に巻き込まれるのか。エリザベス様。大丈夫ですよ。私が町までお連れします」


 ハーゲンと名乗った彼は、ダニエル様の部下で青の大陸でお世話になったジルや、セルジオ父さんの友人らしい。

 ダニエル様は盗賊の人数が多いため、冒険者と共に領主の警備兵を待つ事になったのである。


「お世話をお掛けします。ベスとお呼びください。ハーゲンさん」

 黒に見える焦げ茶色の短髪と、茶色の瞳、高い身長に引き締まった体は、その浅黒い肌がそう見せているのかもしれない。


「俺にさんはいらない、ベス。ハーゲンでいい。セルジオとエリーの自慢の娘だ。必ず守ってやる」

 私はハーゲンの声が、父さんの声に似ている気がして、少し嬉しくなった。


「はい、ハーゲンは母さんとも知り合いですか?」

「ジルやセルジオとは同じ隊だったから、エリーの手料理は幾度もごちそうになったものだ。俺はその後、ダニエル様を手伝うために、隊を抜けたがな」


『ルベ、カバンじゃなくていいの? 彼とは話せるの?』

 私はカバンになっていないルベに気が付いて、話しかけた。

『ダニエルの部下は皆、我を知っている。だが、話せる者はいない。我とベスやダニエルが会話ができる事は、皆が知っているから、気にする必要はない。このハーゲンは赤の大陸にいる仲間を仕切っている。安心できる男だ』


「町まで持つかなあ。ギルドのリヤカーの方が、はるかに安全そうだ」

 馬車を一通り見て戻ってきたハーゲンは、頭の後ろをかきながら言った。

「リヤカーなら、引くのは私とハーゲンの交代ですよ?」


「それはまずいだろう?! 俺が恥ずかしくてかなわない。馬車が壊れたら、俺と馬に乗ってもらうぞ」

「はい。でも鞍はどうするのですか?」


 どうやら、馬車の後ろには必ず、簡易の鞍が付いているらしい。

「のんびり行っても、明日には着くだろう」

「これから行く町は、どんな町ですか?」


「港と王都を結ぶ街道の中では、一番大きな町だ。今回捕まった盗賊団が、町でもいろいろと悪さをしていたから、近頃は皆がおびえていたが、全員が捕まったと知ったら大喜びだろうな。野菜と果実が自慢の町だ」


 青の大陸と違い、気温の高い赤の大陸は、野菜の種類は多くはないようだが、果実は多いらしい。

 それでも隣国のマニージュに比べると雲泥の差があるらしく。両国は互いに助け合い交流も盛んのようだ。


『マニージュ国にしかいない魔物からとれる、繊維が有名なのだ。宝石や金属が世界一とれるから、裕福な国ではあるのだが、あの国は暮らしやすいとは言えない』


 食事やお茶は、ダニエル様がルベに頼んでおいてくれたようで、温めるだけで食べる事ができる物ばかりだった。

「いやあ、本当に仲良く食っているんだな」

 私とルベがいつものように食事をしていると、ハーゲンが笑いながら言った。


「食事の時は、普通仲良く食べるでしょう?」

「いや、ルベウス様はダニエル様と食事をしているのを、見た事がないので、仲間から流れてきた話を、信じてはいなかったのだ」


 ルベと楽しく食事をしている私より、ルベに様を付けているハーゲンの方が、よほど不思議だと思うのだが。


「何でも、同じ物を食べてくれるから、私も食事をするのが楽しいですよ」

「だろうな。それが伝わってくるよ」

 ルベの口元を拭う私を見ながら、ハーゲンは優しく目を細めた。


 二人乗りの馬車なので、父さんたちの若い頃の話などを聞きながら、馬車を進めたが、町の近くの村まできたところで夕方になり、ハーゲンは馬車を止めた。

「今夜はこの村で休ませてもらおう」


「え? 野営じゃないのですか」

「ああ。この村は知り合いがいてな。明日は町に入るから、風呂に入って着替えもしたいだろう?」

「はい」


 村の入り口に差し掛かると、ルベはカバンになった。

 どこにでもありそうな村の外れにある家の前で、私たちは馬車を降りた。

 畑の横で馬を馬車から外していると、一人の初老の男性が現れた。


「馬小屋に入れておけ。後で面倒をみておいてやる。それで? 隠し子か?」

「ベスと申します。初めまして」

「ああ、ヴァレだ」

 ヴァレさんは、そう言うと強面の顔を崩した。優しそうな人である。


「こんなかわいい娘がいたら、隠したりしないで自慢して歩くさ。友人から預かったのだが、野営はさせたくなくてな。明日の朝までだが、いつもの小屋はあいているか?」

「使う奴などいるかよ。何もしてやれんが、畑の物は好きに食え」


 馬小屋には、農耕用とは思えないほど奇麗な馬がいた。

「畑で働く馬ではないですよね」

「ほう、分かるか。これは騎乗にしか向かない馬だ。もう年だがヴァレの大切な相棒だ」


「馬さん。お邪魔でしょうが、一晩、この子をよろしくお願いします」

「なんて言ってた?」

「何も言わないでしょ? 言われたら私が驚くわ。でも、しょうがないって顔をしているように見えませんか?」

「馬の表情なんて、気にした事はないからな」


 小屋の反対側の出入り口を抜けると、ヴァレさんの家の裏になっていた。

 そこにあったのは、おそらくハーゲンが言っていた小屋なのだろうが、私には小さな平家の家にしか見えなかった。

 サイユ村ではこの大きさの建物を、小屋とは言わなかったのだ。


 ハーゲンは慣れた様子で、家の戸を開ける。

 小さな台所が付いている、ダイニングキッチンには長椅子と長机があった。

 トイレも風呂もあり、掃除はされていた。


 二つある狭いベッドルームには、板のベッドがあり、古い毛布が奇麗にたたんで積まれている。

 暑い国なので、毛布は体が痛くないように、敷くのだろう。


「この家は?」

「ヴァレは元々、王都に住んでいたんだ。女房を病で亡くして、一人息子も同じ病だと知って、仕事を辞めてこの村に移り住んだ。この小屋は王都からくる、治療師のために作ったんだ」


 王都からくる治療師ならば、貴族か王宮のおかかえだろうか。

 だとしたら、贅沢が身に付いている人たちには、この家は暮らしにくいだろう。


「治療師のために家を?」

「ああ。ヴァレが治療師の命を救った事があるらしい。貴族でさえ会ってもらえないような、高位の治療師だったらしい。こんな家でも泊まり込んで、最後まで息子を診てくれたのだと、今でも感謝をしている」

 治療師が患者を診るのは、当たり前だと思うが、腕は確かだったのだろうか。


「神官には?」

「ヴァレは、籍を抜いたとはいえ貴族の出だからな。俺は王都で知り合ったが、この村で再会して驚いたよ。すっかり村になじんでいたからな」


 なるほど、今更言ったところで、息子さんは亡くなられたのだ。

 蒸し返しても、気分を損ねるだけだろうと思った。


「それで、時々家を借りるのですか?」

「まあな。時々家や人脈を借りているな」


 人脈って……。

 ハーゲンはダニエル様の部下だけあって、その辺りは手抜かりがないようだ。

 私たちは手持ちの食料で、夕食を済ませて風呂に入り、ゆっくりと休んだ。



 次の朝は食事を終えると、私は久しぶりにスカートを身につけて、新しい麦わら帽子を被った。


 バージム国でジルに買ってもらった二組のズボンは、布地もすっかり薄くなって、裏から当てた布が見えていた。

 継ぎを当てた服でも着やすかったのだが、そろそろ人前での着用は、諦めた方が良いのかもしれない。


 私は畑にいるヴァレさんに、旅立ちのあいさつをした。

 ヴァレさんは、私にカゴを持たせると優しく笑った。


「ベス、このトマトを持っていくと良い。その白い肌は赤の大陸の者ではあるまい。喉の渇きを水だけに頼っていては、体を悪くする。菓子の代わりや料理にも使えるからトマトは重宝だ」

「はい。ありがとうございます」


 そのトマトは、子供の私でも三口ほどで食べる事ができた。

「おいしい! 甘いですね」

「ああ。雨が少ないから、ここら辺の野菜は味が強い。好きなだけ持っていけ」


 この好きなだけという言葉は難しい。

 遠慮し過ぎると、おいしいと言った言葉が嘘になる。

 もらい過ぎても怒りはしないだろうが、遠慮を知らない子供を嫌う大人は、多いのである。


 カゴが少し重たく感じるほどのトマトを入れたところで、ハーゲンがヴァレさんとの話を終えたのか、こちらにやってきた。

「これだけか? ああ、重くて持てないのか。よし、俺に任せろ」

 ハーゲンは、大きなカゴを持ってきて、野菜やトマトを次々に入れていく。

「そんなに持って行くと、ヴァレさんが困りますよ」


 私たちを見ていた、ヴァレさんが笑った。

「気にしなくていい。畑があるから作っているだけだ。こうして知り合いが持って行ってくれなければ、食べ切れはしないからな」


 ヴァレさんは、収入源は別にあるようで、農家ではないらしい。

 村に協力しながら、村人の生活に影響がないように、暮らしていたいようだ。

 病気の息子と共に、受け入れてくれたこの村を、彼は大切にしているのだろう。

 不器用で優しい大人を、私はそっと見上げた。



 予定より少し遅れて出発したが、その町の門はにぎやかだった。

 ハーゲンは、顔見知りらしい門番に話し掛けた。


「盗賊団の影響か?」

「ああ、全員捕まったらしい。反抗的な者は、現地で処分だと聞いた。王都まで連れて行くのは大変だろうからな」

 未成年の子供がいるのだから、大人としての配慮を望みたい!


「国の警備隊に引き渡すのか?」

「あいつら全員を牢に入れたら、飯代だけで大変だろうよ。町の皆は一歩も入れさせたくないと、町の代表を立てて領主に頼んだようだ」


「被害もでていたから、気持ちは理解できるがな」

 外にいても恐怖を感じていた盗賊が、牢とはいえ同じ町にいるのは、嫌なのだと思う。脱獄の不安もあるのだから。


「何でも、主神官様と身内の方に、神獣様がお力を貸してくださったらしくて、夕べから教会はお礼の祈りで、すごい人混みだぞ」

 誰の事だろう。身内は私で、ルベが神獣って……。

 ダニエル様はきっと、楽しそうに笑っているに違いない。

 そういう遊びを一人で楽しむのは、やめてもらいたい。


「へえ。熱心な事だな。近寄らないでおくよ。ありがとうな」

 門番が見えなくなって、ハーゲンはため息をついた。

「あの方は全く……」

「楽しんでいるのでしょうね」

 私も同じようにため息をついた。


『ベス、許してやれ。一人で残されて、不機嫌なのだろう。どんな顔をしているのか、想像は付くだろう?』

『うん。残念な事に、時々見ますからね……』







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