きっとまたね
翌朝、私たちは村を出発する事になった。
そもそも港から直接、王都に向かう予定だったのである。
ダニエル様は事件が解決した後、私と合流してそのまま王都に向かっても良かったのだが、私とエブリンとの再会のために、遠回りをしてくれたのだ。
「昨日戻ってきたばかりなのに、もう行ってしまうのね」
「うん。何日ここにいても、きっとエブリンとの別れは、寂しいと思うの」
私たちは何日もの時間を、一緒に過ごした訳ではない。
サイユ村には同世代の女の子はいなかった。
エブリンもまた、モンテナ村に友達がいない。
私たちは友達を望んでいる訳ではなかった。
「それは、私も同じだわ。今度会う時には、きっと杖も使わずに歩いているから、楽しみしていてね」
「すごく楽しみにしている。エブリンの笑顔も同じくらいに楽しみにしているよ。健康で幸せに暮らしていてね。そんなあなたに会いにくるから」
私たちは、戦友を望んでいたのだと思う。
互いに面倒な人生という敵と、戦う運命にあるのだから。
「ありがとう。ベスも落ち着いて暮らせる場所が、見つかる事を祈っているわ」
「手紙を書くね。村には教会がないから、返事は期待していないけど、住む場所が変わるなら、教会からダニエル様に手紙を送って欲しいの。お金は掛からないし、確実に届くのよ」
教育を受ける事ができなかったエブリンは、村長に勉強を教わっていて、文字は書けるのである。
「あら、返事は期待して欲しいわ。父さんが月に一度は必ず領主様の所に行くから、その時に教会に頼んでもらうわ」
「そうなの?! きっと、手紙を書くわね」
私たちは魔導具を買うどころか、一枚の硬貨も持ってはいない。
それでも、互いの安否を確かめる手段がある事に、私は感謝していた。
いよいよ馬車に乗り込んで、出発するという時だった。
「ベス、また会いましょう」
エブリンの目にあったのは、涙ではなく強い力だった。
「エブリン、きっとまたね」
私はその強い再会の約束が嬉しくて、飛び切り上等の笑顔を返した。
好みもあるだろうが……。
馬車はモンテナ村を出て、私たちはいつもの旅の生活に戻った。
「ダニエル様、この道は取り次ぎの村へ行く道ですよね」
「ええ。タマゴクリムを食べようと思います」
手綱を手に、前を向いているダニエル様の、横顔が笑っている。
「本当に?!」
「忙しくて私はまだ、食べていないのですよ」
タマゴクリムを食べた後で捕まってしまった、私への心配りだと思うと、嬉しかった。
それなら、ここは思い切り甘えても良いだろうか。
「ダニエル様、お昼は熱々の蒸しパンにしませんか? ルベに持ってもらったら、冷めませんよね?」
「蒸しパンが好きなのですか?」
「お肉がたっぷり入っているのです」
得意気に言う私に、ダニエル様は首をかしげた。
「肉饅頭ではなく?」
「肉饅頭って何ですか? エブリンは蒸しパンと言いましたよ。ああ、屋台の看板にもそう書いてありました」
私はあの日、蒸しパンと看板を何度も見直したのである。
「そうですか。それは楽しみですね。ルベも肉は好きですから、お昼用に買いましょう」
「はい」
私の頭の中はタマゴクリムと蒸しパンが飛び回り、顔はどう頑張っても、嬉しさを隠しきれなかった。
取り次ぎの村は二度目だが、前回は歩きだったので、ほんの少しの場所しか移動していなかったのだと知った。
エブリンの足の事もあるが、ゆっくり見て回る状況でもなかったのだ。
ダニエル様はいろいろな店から、新鮮なミルクやチーズを買い込んでは、馬車に乗せ、それをルベがしまっていく。
私は手渡された、味見用のチーズを食べながら、なかなか息が合っているその様子を、感心しながら見ていた。
「あそこはグイドさんが、ミルクのお酒を飲みながら、情報交換をする場所で、つまみは焼いた肉らしいですよ」
私は、前回グイドさんがいた立ち飲みの場所を指差して、ダニエル様に伝えた。
「焼きたてのお肉はおいしそうですね。村長にミルクのお酒は、飲ませてもらいましたよ。女性が好みそうなお酒でした」
お酒の情報は、飲めない私の役に立つとは思えなかった。
それよりも私は、今度はお酒を飲めるまで、生きていられるかの方が、重要な気がする。
二回目でも自分で歩いた場所は、ちゃんと覚えているものである。
「そこの曲がり角にある屋台。ほら蒸しパンと書いてあるでしょ?」
「本当ですね。どんな物なのでしょう」
屋台の横に馬車を止めて、ダニエル様が蒸しパンを買いに行った。
私が降りなかったのは、蒸しパンしかない事を知っていたからである。
ダニエル様は、楽しそうな笑みを浮かべて、戻ってきた。
「赤の大陸は暑いですからね。昔は饅頭を知らなかったようです。青の大陸からきた人が作り方を教えたようで、蒸して作るからそのまま蒸しパンになったようです。女主人は肉饅頭だと知っていましたが、親から引き継いだ名物の名前を、今更変えられないと笑っていました」
やはり、肉まんだったと知って、私は心の中で小さく笑った。
前世のコンビニの物より具は何倍も多く、それを包む皮はしっかりとしていたのを思い出して、きっと地球のどこかに、似たような物があったのかもしれないと思った。
私は十六歳だったが、今よりも狭い世界しか知らない事に、疑問すら持っていなかったのだ。
多種多様な情報の中で、私の五感は使われる事が実に少なかったのだ。
「どこかに書いておいて欲しいですよね。エブリンや私のように、肉饅頭を知らない者は信じてしまいます。今度、蒸しパンも見てみたいです」
「簡単ですから、私が作ってあげますよ」
ダニエル様が、料理上手である事を忘れていた。
「できるなら、作り方も見せて欲しいです」
「一緒に作りましょうね」
「はい」
この世界は目を開けて座っているだけでは、生きてはいけないのだと、私は遅ればせながら、おじいさんに教わったばかりなのだ。
タマゴクリムを買って、ルベに預けたダニエル様は、そのまま馬車を走らせた。
人気のない場所で、食べる事にしたのは、ルベのためだろう。
『うまいな。歯がなくても食える。人は顎が弱いからな』
「ルベ、顎を休める目的はないと思うよ。冷たくておいしいね」
ダニエル様は、ルベと私を見ながら、タマゴクリムをゆっくり味わっていた。
「王都には、ジャムの入った物も売っていますよ」
「おいしそうですね」
どこの世界でも、同じなのだと思った。
おいしいからこそ、目先を変えてみたくなる気持ちは、分かる気がする。
「楽しみにしていてください。王都はこの辺よりもっと暑いですから、きっととてもおいしく感じますよ」
いろいろとおかしい気がする。暑くなくてもおいしいと思う。
アイスのトッピングに暑さってどうなのだろう……。
馬を休ませる時間に合わせた昼食は、肉まんとフルーツで済ませる事になった。
『これは幾らでも食えそうだが、中が熱すぎる』
確かに熱いが、具は熱い方が私は好きだ。
私はルベのために肉まんを四等分にして、肉の部分に息を吹き掛けた。
「これで大丈夫だと思うよ。おいしい?」
『ああ。格別にうまいな』
「こんなに中身が入っているとは、驚きましたね。重いわけですね。二つでおなかがいっぱいになりました。買い過ぎたでしょうか」
『我はこれが気に入ったから、買い過ぎではない』
ダニエル様の言葉に、ルベはすかさず言った。
中の肉がミンチではないので、肉の歯ごたえがあるからだろうか。
「ルベはベスが手を掛けてくれる食べ物なら、何でもお気に入りですね」
『ベスが我のために、やってくれるのだ。嬉しくないはずがなかろう』
ダニエル様はため息をついたが、ルベは人ではないから、表現が不器用なのは仕方がない。
ルベは器に入れた食べ物より、私が手で食べさせる物を好む。
食べ物に魔力が付くようで、それがルベの好みらしい。
手を洗っても薄れる事はないようだが、ばい菌を食べさせているようで、申し訳ない気になるのはなぜだろう。
私たちは王都を目指しているだけで、時間に追われてはいない。
途中でダニエル様と薬草を採取したり、その最中に私が食料を見つけたりと、楽しみながら、旅は続いた。
馬の休憩には気を付けているが、それでも、長期の移動では負担が掛かる。
負担を掛けたくないので、できるだけ街道を通るが、それでも土の道は凹凸もあれば石もある。
おまけに馬は休ませる事で回復するが、馬車の車輪はそうはいかない。
「後三日ほどで、大きな町に着きます。馬車を変えて、少し良い宿でゆっくりしたいですね」
「はい。でもダニエル様は教会に行ったら、何があるか分かりませんよね? 門で身分札を見せたら、神官なのは一目で分かってしまいますし」
ダニエル様は怪しいほほ笑みを浮かべると、懐から身分札を取り出した。
「これは、白の民の身分札です」
「え? 今までだって白の民ですよね」
「これは、主神官に使える者たちの札ですよ。主神官が身分を隠す時のために、教会が発行している物です」
嬉しそうにしている所を見ると、どうやら良く使っているようだ。
『ダニエル、その札が使えると良いのだがな』
「きますか?」
『ベスを安全な場所に避難させるぞ』
ルベとダニエル様の表情が変わった。
私は何があったのか、これから何が起こるのかも分からない。
だが、ここは黙って従わなければいけないと、自分の気持ちにそう言い聞かせていた。




