別れと出会いは突然に
私は九歳。この世界は誕生日ではなく、一月一日に年齢が上がる。
同じ年齢でも一年の差があると、幼い時には雲泥の差がある。
私の場合は兄が双子であったせいか、気にはならなかった。いつの間にか身長は抜かれたが、それ以外は前世の記憶というズルがあるので、死守していた。
「じいちゃん!」
「ウィリー。教室では村長と呼べと言っただろう」
突然叫び出した兄に、そっとため息をつく。
「聞いてない! それより、ベスばかり、えこひいきしてるだろう?!」
「しとらん」
「じゃあ、なぜベスは、今日習ったばかりの分数の問題が、全部できるんだよ」
兄は最近、遊び相手ができて、勉強が疎かになっていた。
「ベスは、予習も復習もしているからだ。ウィリーは遊んでばかりいるのだから、仕方がないだろう」
「そんな事はいいんだ! えこひいきをするな!」
ウィリーは最近反抗期のようで、怒って教室をでていった。
近頃はこのような会話が多くなった。
私はまた、ため息をつく。反抗期は兄だけではなかったのである。
エルモもまた、反抗期で家族を困らせていた。
「ただいま。母さん、どうしたの?」
「ベス、お帰り。エルモがお昼を食べないんだよ」
「私が代わる。やることがまだあるんでしょ?」
私は急いで手を洗った。
「朝も任せたのに、ごめんね」
「気にしないで。行ってもいいよ」
母さんは小走りで部屋を出る。授業が終わった後は、村長と次の準備の打ち合わせがあるのだ。
「エルモ、おいしそうなスープとパンだね。ベスに頂戴よ」
「いや!」
「赤ちゃんだから、一人じゃ食べられないんでしょう?」
私は少し、意地の悪い笑顔を作る。
「食べられる!」
「うそぉ」
「ベス。見ていろ」
反抗期のやせ我慢だったのだろうか、おなかはすいていたようで、良い食べっぷりを披露して得意気のエルモ。
「すごいねぇ。そんなに上手に食べられる子を、見た事がないわ! エルモは何をやっても天才ね」
反抗期は褒められても、素直になれないようで、すぐに遊びにでかけたが、顔は正直に喜んでいた。
エルモの反抗期は何でも否定するタイプのもので、うまく否定させれば幼い分、扱いやすいのである。後は姉として、ひたすら褒めて育てようと思っている。
弟は天使なのだから、何をしてもかわいいのである。
別れが近いせいか、私は今、家族をとても大切に思っている。
今は夏。秋にはこの村を出なければならない。
この国の冬は雪が深く、移動には向かない季節なのだ。
先日、村長に呼ばれて、それを聞かされたばかりだった。
私は魔力が高いだろうから、神官様に任せる事になったのだと、子供だましのような理由が、後に付けられていた。
生まれる前から決まっていたとは、言えなかったのだろう。
ちなみにこの世界は、一日二十四時間、一年は十三カ月。大陸により長さは違うが四季がある。
それは突然の事だった。
「ベス、起きなさい。ベス」
眠っている私を起こしたのは、母さんだった。
「母さん? どうしたの?」
「とにかく、服を着て」
私は訳も分からずに、言われるがまま着替えを済ませた。
「いいかい。今から神官様の部屋に向かいな。父さんが待っているからね」
「母さん?」
「愛しているよ。達者でね。いつかきっと会えるからね」
母さんが私を抱きしめて涙を見せた。私は母さんに別れを告げられているのだと寝ぼけた頭で理解した。説明は要らなかった。おそらくそんな時間もないだろう。
「母さん。会える日を楽しみにしているわ。大好きよ」
「さあ。お行き!」
私は礼拝堂の奥を目指した。
夜だというのに、教会の外が騒がしい。
胸が締め付けられる気がするのは、今しがたの別れのせいだろうか?
それとも、緊張や恐怖からくるものだろうか?
「父さん!」
私は父さんを見つけて、駆け寄った。
「さあ、急いで」
父さんは神官様の部屋に私を入れた。
本棚と本棚の間で父さんは何かをすると、私に手招きをした。
そこには、人が入れる程の穴があいていた。
「ベス。よく聞くんだよ。ここに入ったら、右手を決して壁から離してはいけない。最初の角を曲がったところにカバンがある。それを持って行きなさい。中には水や食料や毛布が入っている。休みながら行くんだ。突き当たりまで行き着いたら、小さな穴がある。それにこいつを入れるんだ」
それは、父さんの腰にいつも下がっていた。香木だった。
「すぐに開くといいが、何日待たされるかは分からない。だが、そこをけっして動いてはいけない。いいね?」
「はい」
「右手は壁。忘れるな。さあ、行け」
「父さん!」
私は父さんに抱き付いた。
「ベス。きっとまた会える。それまで、元気でいろよ。愛している」
父さんはそう言うと、私を抱きしめてから、そっと背中を押した。
「ここは閉じるから、ベスに追っ手はない。だが、戻れないからな。さあ、行け。人が来る」
振り向いた私に、父さんはそう言った。
「はい。行ってきます」
そう、再び会えるなら、別れではないのだ。
私は父さんに背を向けて、壁に右手を添えると歩きだした。
背後で音がした。
私は立ち止まって振り返った。その先に光はなかった。
急に押し寄せる不安と悲しみを、奥歯をかみ締めて堪えた。
何かがあった事は確かなのだ。ただならぬ雰囲気と、私が逃げる理由、そして追われる理由が分からない。ただ、私は三人の無事を祈るしかなかった。
二時間ほど歩いただろうか。
私の手は曲がり角にあった。父さんの話ではカバンがあるはずなのだが、見つかるとは思えなかった。
暗闇に目が慣れるのは、わずかにでも光があるからだと思う。
この穴は土の中のようで、明かりは全くない。
どんなに目を凝らしても、自分の足先も見えないのである。
地面か、壁にあるのだろうが、先を考えれば水や食料は欲しい。
私はゆっくりと角を曲がった。
暗闇の中に、小さな赤い光があった。
周りに光はないのだから、自ら光っているのだろう。
私はその光の場所に急いだ。それは、縦が二十センチ横が三十センチ、幅は十センチ程のカバンで、持ち手は、肩から斜め掛けをする長さがあった。
私はその大きさに毛布が入っているとは思えず、そっと手を入れてみた。
「あれ? 何もない。水がほしかったのに……」
その時、手に何かが触れた。
私はそれが何かを知っていた。この世界では水袋と呼ばれている水筒である。
栓を開けて臭いを嗅いでみたが、異臭がなかったので、ゆっくりと口に含む。
変な味もしなかったので、とりあえず、渇いた喉を潤した。
水は貴重なので、それをカバンに入れて、また歩きだす。
先は長そうだが最悪、水があればしのげると思った。
「おなかがすいた……。少し休憩」
暗がりの中で歩いたせいか、疲れを感じて座り込んだ。
子供だって疲れる時はある。
右手が触れていた壁を背もたれにして、目を閉じた。
父さんと母さんとエルモの顔が浮かんだ。
生まれて十年。こんな時、日本の家族が最初にでてこない私は、情が薄いのだろうか?
祖父である村長や、実の両親、双子の兄に別れを言う時間はなかったが、彼らともまた会えるだろうか……。
温かなベッドで、私はエルモを抱いて、幸せに眠る夢を見ていた。
随分と眠っていたようだ。起こされたのは夜だったので、仕方がないかと思いながら、そのぬくもりで気が付いた。
「毛布?! え? 誰が掛けてくれたの?」
辺りには誰もいない。
「あれ? 見えている……」
私の横にはカンテラがあり、それは、優しく辺りを照らしていたのだ。
毛布の中で、私ではない何かがモゾモゾと動いた。
それはゆっくりと毛布の中から現れた。
「フェネック? 違うよね。顔が丸いもの。おでこに赤い石……。まさか、カーバンクルだったりして。そりゃないか……」
その生き物は右前足と左後ろ足を、気持ち良さそうに伸ばすと、逆も同じように伸ばして、お座りをした。
毛布とカンテラ。そしてかわいい生き物。
私は頭を抱えた。眠っている間に何が起こったのだろう。
「暗闇を歩くのは危ないぞ? そんな薄着で寝るな。風邪をひく。欲しい物があるなら、欲しいと言え。ある物は出す。ない物は出せない」
キョロキョロと辺りを見渡す私は、おかしいだろうか?
辺りには誰もいないと、確認していたはずなのに、その声は確かに親切な説教とともに、聞こえたのである。
目の前にいるのは、白いぬいぐるみのような生き物だけ。
「うさぎ耳の長毛種の猫? 耳は大きいけど、三角だからキツネ? おでこの石はアクセサリーかしら? 餌とトイレはどうするんだろう? それより重要な事があるわ。野良かしらね?」
とりあえず、私はその生き物の前に手をだした。
「お手」
私の手に右前足がチョコンとのせられた。
「お替わり」
左前足をのせて、その生き物は言った。
「気が済んだか?」
「やはり、その声はさっきの声……。話せるのね?」
タイミングがいいのか、悪いのか。私のおなかがなった。
「カバンから飯を出せ」
「うん。あれカバンはどこだろう?」
辺りを見回してもカバンはなかった。だが、目の前にカバンはあった。
「そそっかしいのよね。目の前にあるじゃない」
私はカバンの中から、奇麗な布に包まれた物を取り出した。
それはサンドウィッチだった。
早速食べようとして、今度は先程の生き物がいない事に気が付いた。
「あれ? 大耳猫ちゃんは?」
「猫ではない」
今度はちゃんと見えた……。見てはいけない物を……。多分夢……。
「おい。大丈夫か? 食うのか、呆けるのか、どちらかにしろ」
「あなたはカバンなの? それとも猫なの?」
「だから猫ではないと言っただろう」
「カバンなのね」
その生き物はうなだれて首を振った。
あり得ないが、自分の目で見てしまったのだ。ならば事実なのだろうと、私は諦めて、食事をする事にした。
「食べる?」
「いらん」
「はい、どうぞ」
「なぜ聞いたんだ……」
私はパンにはさまっていた。ロースト肉をひときれ手に載せて差し出した。
その生き物は、それを食べてから、私の手を舐めた。
「うまいな。懐かしい味がする」
「お肉が好きなの?」
「いや。魔力だ」
「魔力? お肉にあるの?」
人間以外のため息を、私は初めて聞いた。
「お主の手だ」
「手? 私の手に魔力があるの?」
「そこからか……」
うなだれる生き物はかわいいが、私はどうやら失望させたようである。
「よく分からないけど、おいしかったのなら良かったね」
「ああ。百年振りの味だ」
仙人に飼われていた猫だろうか。
「えぇとぉ。ごめんね。私は十年しか生きていないのよ」
「知っている。この日を待っていたのだからな」
「え?」
「最後に舐めたその魔力は、ミッシェルという名の女の魔力だった」




