おじいさんの正体
ふてくされているですって? 断じて違う。
私は怒っているのだ。
多分それほど時間はたっていないだろう。
私はおじいさんに感謝の言葉を、いっぱい言ったと思う。
おじいさんは笑顔で言ったのだ。
“ベス、儂も楽しかった。いつでも会える。達者で暮らせ” と。
その後だ。その後の記憶が全くないのである。
こんな山道で、寝た記憶もないのに目覚めた私の混乱を、どうしてくれる。
第一、起きたばかりだったのだ。うたた寝をする訳がない。
『そろそろ、機嫌を直せ。ダニエルが心配する』
あれ? ルベが魔力で話をしている。
おじいさんの所では、普通に話をしていたのに。
「だって……」
『ベスを不安にさせたくは、なかったのだ。あやつの事だ、嫌われたくなかったのかもしれんがな』
そんなのは、そちらの勝手な話である。
置き去りにされた私の気持ちは、無視されたままなのだろうか。
「私は隠されている事が多すぎると思うの。ルベだって、ダニエル様だって、私が大きくなるまで、何も教えてくれる気はないのでしょう? 私は小さいけれど、子供ではないの。疑問を抱えたままでいる事が、理不尽に感じる時があるのよ」
『分かったから、だだをこねるな。我には言えぬ事もある。ダニエルに言ってやる。それで良いか?』
私は嬉しくなって、思い切りうなずいた。
二人乗りの馬車が止まり、ダニエル様が飛び降りてきて、私を抱きしめた。
「ベス、少し見ない間に、大きくなったでしょうか。お帰りなさい。待っていましたよ」
「ダニエル様、ただいま。心配をお掛けしました」
「ええ。心配しました。多分、老けたと思います」
私はダニエル様から、腕の長さだけ顔を離した。
ダニエル様の顔は、いつも通りに美しい彫刻のようだった。
「変わっていませんよ?」
『前から老けていたんじゃないのか』
「ルベ!」
ダニエル様はルベをしかりながら、笑った。
「それより、ルベ。待っていた場所じゃなくて驚きました」
『ああ、送ってくれたのだ。まあ、それでベスがへそを曲げて大変だったのだが』
「珍しいですね。悲しい事でもありましたか?」
「はい。皆がいつも私の気持ちを置き去りにして、先に歩いて行くようで、心が冷たくなってしまいました」
「それはいけませんね。おなかもすいているのでしょう。食事にしますか?」
ダニエル様はもう一度、優しく私を抱きしめて、そう言った。
「はい」
ダニエル様にはかなわない。朝食がまだだったのである。
人がめったに通らない山道だから魔物が多いと、ルベの張った結界の中に、ダニエル様が敷物を広げた。
並んでいるのは、私のために作ってくれたのだと、一目でわかる食事で、思わず涙がでそうになって、何とか堪えた。
子供ではないと言ったばかりなのに……。
「そんなに、おなかがすいていたのですか? さあ、食べましょう」
「うん。おいしそう」
赤ん坊でもあるまいし、空腹で目頭を熱くするものか。
それでもその言葉で、ダニエル様との日常が戻ってきたのだと実感した。
『ベスの作った、乾燥果実を持たされたぞ?』
「もう少しで完成だったのに」
私はそれを手にして、首をかしげた。
「できている」
『あやつが仕上げたのだろう』
食後は久しぶりのダニエル様のお茶と、乾燥果実で、今日までの話をした。
ダニエル様とルベは、乾燥果実がとてもおいしいと言ってくれた。
「乾燥果実が入っているカゴも、私が作ったの」
「良くできていますね。違う材料を加えて、模様にするとは考えましたね」
私は褒められた事が嬉しくて、ダニエル様を見た。
「はい。カゴを編むのは好きです」
そこで私は不意に、大事な事を思い出した。
「ダニエル様。ルベと三人の秘密が、また増えてしまったのです」
「何です?」
私は腰の袋の中から、手拭いを出した。
それから、その間に挟まっている赤い鳥からもらった羽根を、ダニエル様の前に差し出した。
ダニエル様は小さく息を吐いた。
「ルベに預けている箱に入れて、大切にとっておきなさい」
「はい。でも、これって何かに使うのでしょうか」
「ベスの身を守る物を作る予定ですよ。材料がそろってからですね」
「はい……」
またか。身を守る物って何? 服? 鎧? 兜? そんな物はいらない。
頭の中には、なぜか戦国時代の鎧や兜を身に着けて座っている、展示品の武将が現れた。
私はこの世界の鎧や兜を見た事がないのである。
『ダニエル、ベスにはそろそろ、ちゃんと話してやれ。子供だが、前世の記憶がある分、精神的には少し同世代よりは大人だ。何から何まで隠されているような、不安があるのだろう。真実を知って戸惑うかもしれん。おびえるかもしれん。だが、ベスはそれを望んでいる』
ダニエル様は私をじっと見つめた。
「そうなのですか? 私はベスにいつも逃げ場を用意してあげたい。真実を知る事は、時に選択の余地がなくなる事があるのです。それが重い物ならばなおのことです。真実はベスがそれと比べる何かを見つけた時に、話そうと思っていましたよ」
「はい。分からない事は、これからも聞きます。教会やダニエル様の秘密まで知りたいとは思いません。ただ、私に関する事は教えて欲しいのです。まだ判断ができない事もあると思いますが、それは時間を掛けて、ゆっくり考えてから、決めたいと思います」
そう言いながら、私の視線は落ちていった。
戸惑いやおびえを感じる程の現実に、向き合った事はないのである。
しかし、いずれ突きつけられる現実ならば、ここは逃げてはいけない。
私が抱えるべき問題だと思うのだ。
「そうですねえ。どうしても今は話せない事もありますが、できるだけ聞かれた事は答えましょう。あなたは十一歳になったのですからね」
「え?」
「やはり、忘れていたのですね」
「はい」
十歳と十一歳は一日違いだ。外見は一年で成長したようだが、中身は十六歳のままだった。
あと四年で追い付く。
私たちはモンテナ村に馬車を向けた。
「ベス。その首から提げているひもは何ですか?」
私は、そのひもをひっぱり上げてた。
「おじいさんが、本当に助けが必要な時には、吹けと言っていました。おじいさんとそのお友達にしか聞こえない笛です」
『なんだと!』
ルベとダニエル様の驚きように、私の方が驚いた。
どうやら、ただ事ではなさそうである。
「ベス。良く聞いてくださいね。大切な話をします。その笛を人のいる場所で吹いてはいけません」
「おじいさんや、おばあさんが人混みで疲れるから? 檻や牢屋に入れられた時に吹けと言われたのです。お年寄りを呼んでは、気の毒ですよね」
『違うわ! あやつは竜だ。そのお友達とやらも、皆、竜なのだ』
「へ?」
今なんて言ったの? 竜って言った? おじいさんが?
「ルベ、いきなりそんな言い方をしたら、ベスが混乱するでしょう?」
『まさか、竜笛を授けたとは思わなかったからな』
「おじいさんは、どうして言ってくれなかったの……」
おじいさんが竜である事より、それを秘密にされた事が悲しかった。
「竜は大きいですし、めったに人の目に触れる事はないのです。獣王と呼ばれている方が、ベスがおじいさんと呼んでいた方ですよ」
『だから言っただろう。驚かれたり、嫌われたりしたくなかったのだ。獣王がベスをあの場所に運んだのだ。眠らせて、大事そうに結界をはってな。我は嫌だったのだが、しばらく会えないのだから譲れと言われてな』
今度の涙は、止める事ができなかった。
ダニエル様が、片手で私の肩を抱いてくれた。
「言ってくれたら良かったのに。嫌いになったりしない。おじいさんはおじいさんだもの。とても温かで優しい人だったの」
「そうですね。心の広い方です」
『あれに手紙でも書いてやれ。我が今度は届けてやる』
「うん」
「竜を村や町に呼ぶのは、危険だと分かりましたね」
「はい」
『檻や牢屋に入れられたら、王城だろうと構わぬ。ためらわずに笛を吹け。そんなところにベスを入れたら、我とて許すものか』
そう言ったルベは、両手を組んでうなずいているが、見た目は白くてかわいいカーバンクルで、なんとも様になってはいない。
ダニエル様と私は顔を見合わせて、小さく笑った。
「ダニエル様。白の大陸の学園にいた、青い肌の人をご存じですか?」
「ええ。学園には肖像画もありますよ。人の権利を説いた方で、この世界に生まれた者は、神がお認めになった者。そこに優劣はないと言われた方です。奴隷制度を廃止させた方でもあります」
彼の使命はそれだったのだろうか。
違うにしても、生きた証しを残したのは事実である。
「おじいさんが助けて、しばらく一緒に暮らしたと言っていました。その家で私もお世話になっていたのです」
「それは、貴重な体験でしたね。その話はルベも関与していますよ」
私は膝の上のルベを見た。
『あやつに頼まれて、白の大陸で面倒をみた。字を覚えたら、四六時中本を読んでいた。あまりにも本ばかり読んでいるので、ある日、学園の行事に参加させたら、洞穴で一人だけ迷子になりおった。教会の警備隊が大騒ぎで探したら、のんびり本を読んでおった。学生から教師になって変わったのは、本を読む立場から本を書く立場になっただけだったな』
「変わった逸話をたくさんお持ちの方でしたが、生徒にはとても人気がある方だったようです」
『学園が長期の休みにはいると、獣王を訪ねていた。獣王に字を教えたのは、あれだぞ。この世を去る間際まで、恩義を感じていたようだ。そんなやつにも、獣王は竜笛を渡したりはしなかったのだ』
「え? その話でそこにいくの?」
私はルベの顔をのぞき込んで、ため息をついた。
ダニエル様は楽しそうに笑っていた。




