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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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おじいさんの正体

 ふてくされているですって? 断じて違う。

 私は怒っているのだ。


 多分それほど時間はたっていないだろう。

 私はおじいさんに感謝の言葉を、いっぱい言ったと思う。

 おじいさんは笑顔で言ったのだ。


“ベス、儂も楽しかった。いつでも会える。達者で暮らせ” と。


 その後だ。その後の記憶が全くないのである。

 こんな山道で、寝た記憶もないのに目覚めた私の混乱を、どうしてくれる。

 第一、起きたばかりだったのだ。うたた寝をする訳がない。


『そろそろ、機嫌を直せ。ダニエルが心配する』

 あれ? ルベが魔力で話をしている。

 おじいさんの所では、普通に話をしていたのに。


「だって……」

『ベスを不安にさせたくは、なかったのだ。あやつの事だ、嫌われたくなかったのかもしれんがな』


 そんなのは、そちらの勝手な話である。

 置き去りにされた私の気持ちは、無視されたままなのだろうか。


「私は隠されている事が多すぎると思うの。ルベだって、ダニエル様だって、私が大きくなるまで、何も教えてくれる気はないのでしょう? 私は小さいけれど、子供ではないの。疑問を抱えたままでいる事が、理不尽に感じる時があるのよ」


『分かったから、だだをこねるな。我には言えぬ事もある。ダニエルに言ってやる。それで良いか?』

 私は嬉しくなって、思い切りうなずいた。


 二人乗りの馬車が止まり、ダニエル様が飛び降りてきて、私を抱きしめた。

「ベス、少し見ない間に、大きくなったでしょうか。お帰りなさい。待っていましたよ」

「ダニエル様、ただいま。心配をお掛けしました」

「ええ。心配しました。多分、老けたと思います」


 私はダニエル様から、腕の長さだけ顔を離した。

 ダニエル様の顔は、いつも通りに美しい彫刻のようだった。


「変わっていませんよ?」

『前から老けていたんじゃないのか』

「ルベ!」

 ダニエル様はルベをしかりながら、笑った。


「それより、ルベ。待っていた場所じゃなくて驚きました」

『ああ、送ってくれたのだ。まあ、それでベスがへそを曲げて大変だったのだが』


「珍しいですね。悲しい事でもありましたか?」

「はい。皆がいつも私の気持ちを置き去りにして、先に歩いて行くようで、心が冷たくなってしまいました」


「それはいけませんね。おなかもすいているのでしょう。食事にしますか?」

 ダニエル様はもう一度、優しく私を抱きしめて、そう言った。

「はい」

 ダニエル様にはかなわない。朝食がまだだったのである。


 人がめったに通らない山道だから魔物が多いと、ルベの張った結界の中に、ダニエル様が敷物を広げた。

 並んでいるのは、私のために作ってくれたのだと、一目でわかる食事で、思わず涙がでそうになって、何とか堪えた。

 子供ではないと言ったばかりなのに……。


「そんなに、おなかがすいていたのですか? さあ、食べましょう」

「うん。おいしそう」

 赤ん坊でもあるまいし、空腹で目頭を熱くするものか。

 それでもその言葉で、ダニエル様との日常が戻ってきたのだと実感した。


『ベスの作った、乾燥果実を持たされたぞ?』

「もう少しで完成だったのに」

 私はそれを手にして、首をかしげた。

「できている」

『あやつが仕上げたのだろう』


 食後は久しぶりのダニエル様のお茶と、乾燥果実で、今日までの話をした。

 ダニエル様とルベは、乾燥果実がとてもおいしいと言ってくれた。


「乾燥果実が入っているカゴも、私が作ったの」

「良くできていますね。違う材料を加えて、模様にするとは考えましたね」

 私は褒められた事が嬉しくて、ダニエル様を見た。

「はい。カゴを編むのは好きです」


 そこで私は不意に、大事な事を思い出した。

「ダニエル様。ルベと三人の秘密が、また増えてしまったのです」

「何です?」


 私は腰の袋の中から、手拭いを出した。

 それから、その間に挟まっている赤い鳥からもらった羽根を、ダニエル様の前に差し出した。

 ダニエル様は小さく息を吐いた。


「ルベに預けている箱に入れて、大切にとっておきなさい」

「はい。でも、これって何かに使うのでしょうか」

「ベスの身を守る物を作る予定ですよ。材料がそろってからですね」

「はい……」


 またか。身を守る物って何? 服? (よろい)? (かぶと)? そんな物はいらない。

 頭の中には、なぜか戦国時代の鎧や兜を身に着けて座っている、展示品の武将が現れた。

 私はこの世界の鎧や兜を見た事がないのである。


『ダニエル、ベスにはそろそろ、ちゃんと話してやれ。子供だが、前世の記憶がある分、精神的には少し同世代よりは大人だ。何から何まで隠されているような、不安があるのだろう。真実を知って戸惑うかもしれん。おびえるかもしれん。だが、ベスはそれを望んでいる』


 ダニエル様は私をじっと見つめた。

「そうなのですか? 私はベスにいつも逃げ場を用意してあげたい。真実を知る事は、時に選択の余地がなくなる事があるのです。それが重い物ならばなおのことです。真実はベスがそれと比べる何かを見つけた時に、話そうと思っていましたよ」


「はい。分からない事は、これからも聞きます。教会やダニエル様の秘密まで知りたいとは思いません。ただ、私に関する事は教えて欲しいのです。まだ判断ができない事もあると思いますが、それは時間を掛けて、ゆっくり考えてから、決めたいと思います」

 そう言いながら、私の視線は落ちていった。


 戸惑いやおびえを感じる程の現実に、向き合った事はないのである。

 しかし、いずれ突きつけられる現実ならば、ここは逃げてはいけない。

 私が抱えるべき問題だと思うのだ。


「そうですねえ。どうしても今は話せない事もありますが、できるだけ聞かれた事は答えましょう。あなたは十一歳になったのですからね」

「え?」


「やはり、忘れていたのですね」

「はい」

 十歳と十一歳は一日違いだ。外見は一年で成長したようだが、中身は十六歳のままだった。

 あと四年で追い付く。


 私たちはモンテナ村に馬車を向けた。

「ベス。その首から提げているひもは何ですか?」

 私は、そのひもをひっぱり上げてた。


「おじいさんが、本当に助けが必要な時には、吹けと言っていました。おじいさんとそのお友達にしか聞こえない笛です」

『なんだと!』


 ルベとダニエル様の驚きように、私の方が驚いた。

 どうやら、ただ事ではなさそうである。


「ベス。良く聞いてくださいね。大切な話をします。その笛を人のいる場所で吹いてはいけません」

「おじいさんや、おばあさんが人混みで疲れるから? 檻や牢屋に入れられた時に吹けと言われたのです。お年寄りを呼んでは、気の毒ですよね」


『違うわ! あやつは竜だ。そのお友達とやらも、皆、竜なのだ』


「へ?」

 今なんて言ったの? 竜って言った? おじいさんが?


「ルベ、いきなりそんな言い方をしたら、ベスが混乱するでしょう?」

『まさか、竜笛を授けたとは思わなかったからな』


「おじいさんは、どうして言ってくれなかったの……」

 おじいさんが竜である事より、それを秘密にされた事が悲しかった。


「竜は大きいですし、めったに人の目に触れる事はないのです。獣王と呼ばれている方が、ベスがおじいさんと呼んでいた方ですよ」


『だから言っただろう。驚かれたり、嫌われたりしたくなかったのだ。獣王がベスをあの場所に運んだのだ。眠らせて、大事そうに結界をはってな。我は嫌だったのだが、しばらく会えないのだから譲れと言われてな』


 今度の涙は、止める事ができなかった。

 ダニエル様が、片手で私の肩を抱いてくれた。


「言ってくれたら良かったのに。嫌いになったりしない。おじいさんはおじいさんだもの。とても温かで優しい人だったの」

「そうですね。心の広い方です」


『あれに手紙でも書いてやれ。我が今度は届けてやる』

「うん」


「竜を村や町に呼ぶのは、危険だと分かりましたね」

「はい」


『檻や牢屋に入れられたら、王城だろうと構わぬ。ためらわずに笛を吹け。そんなところにベスを入れたら、我とて許すものか』


 そう言ったルベは、両手を組んでうなずいているが、見た目は白くてかわいいカーバンクルで、なんとも様になってはいない。

 ダニエル様と私は顔を見合わせて、小さく笑った。


「ダニエル様。白の大陸の学園にいた、青い肌の人をご存じですか?」

「ええ。学園には肖像画もありますよ。人の権利を説いた方で、この世界に生まれた者は、神がお認めになった者。そこに優劣はないと言われた方です。奴隷制度を廃止させた方でもあります」


 彼の使命はそれだったのだろうか。

 違うにしても、生きた証しを残したのは事実である。


「おじいさんが助けて、しばらく一緒に暮らしたと言っていました。その家で私もお世話になっていたのです」

「それは、貴重な体験でしたね。その話はルベも関与していますよ」

 私は膝の上のルベを見た。


『あやつに頼まれて、白の大陸で面倒をみた。字を覚えたら、四六時中本を読んでいた。あまりにも本ばかり読んでいるので、ある日、学園の行事に参加させたら、洞穴で一人だけ迷子になりおった。教会の警備隊が大騒ぎで探したら、のんびり本を読んでおった。学生から教師になって変わったのは、本を読む立場から本を書く立場になっただけだったな』


「変わった逸話をたくさんお持ちの方でしたが、生徒にはとても人気がある方だったようです」

『学園が長期の休みにはいると、獣王を訪ねていた。獣王に字を教えたのは、あれだぞ。この世を去る間際まで、恩義を感じていたようだ。そんなやつにも、獣王は竜笛を渡したりはしなかったのだ』


「え? その話でそこにいくの?」

 私はルベの顔をのぞき込んで、ため息をついた。

 ダニエル様は楽しそうに笑っていた。








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