表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
36/185

早朝の訪問者

 朝日がようやく顔をだした頃だろうか。

 ゆっくりと扉の開く音と同時に、大声が響いた。

「ベスを迎えにきた!」

「静かにせんか。まだ眠っておる」


 声の主はルベのようだ。あれ? 魔力を使わないで普通に話をしている?

 私は寝床の中で、まだ起きそうもない自分の頭を持て余していた。

「ベスは我が大切に守っている子だ、返してもらうぞ」


「大切に守っているとは、恥ずかしくもなく、よく言ったものじゃ。お主の目の前にある檻を見ろ。その中でベスは、大昔の奴隷のように首輪をつけられ、助けを求めて叫んでいたのじゃぞ。聞けば二度目じゃと言うではないか。かわいそうに。なぜ誰にも手出しができぬようにせんのじゃ。お主ならたやすい事じゃろうに」


 私がルベのそばにいなかったからだと、おじいさんに伝えたいが、タヌキ寝入りをしている今の状況では、難しい。


「ふん。我だとてそうしたいのだ。教会もその思いは一緒だ。ただ、あれの肉親がそれを望まずに、ベスを見逃せとダニエルに頼み込んだ。将来は自分で決めさせて欲しいと願ったのだ。それは主神官であるダニエルが、大神官から任務を受ける時にだした条件と、くしくも同じだったのだ」


 村長だった祖父も両親も、もういない。

 それでもダニエル様は、約束を守ってくれているのだと改めて思う。


「大神官に条件だと? 主神官の身分でだせるものなのか?」

「あれは、我が力を分けた者。それだけの魔力と器を持っている」

 ルベの力を分けるとは、ダニエル様の薬草が入っている、見えないカバンの事だろうか。


「それで主神官のだした条件とはなんじゃ」

「ベスを十五歳まで普通に、人の子として育てる事だ。十五歳から学園に入れ、十八歳になるまで、教会がベスの将来に口をださぬ事だ」


 私が十八歳までにやりたい事を見つけたら、教会はどうするのだろう。

 ルベや教会は私に何を望んでいるのだろう。

 私は魔力が少し高いようだから、神官にさせたいのだろうか。


 教会も無理を言い過ぎると思う。ダニエル様の任務ってなんだろう。

 学園に行くまでの、十五年もの月日を私のそばにいるって……。

 それでは、ダニエル様の十五年は無駄になるかもしれない。


 そんな任務をなぜ引き受けたのだろう。

 私なら十五日で放棄すると思う。

 だって私が決める将来が、皆の望むものである保証なんてないのだから。


「ベスが普通の人間として生きる事を望めば、お主はどうするのだ?」

 普通の人間以外の生き方があるのか?!

 どんな質問なのやらだ。

 神官は普通の人間とは違うのだろうか。


「我はそばにいる。ベスはベスだからな。青もそう決めたようだ」

……ルベ。ところで、青って誰?


「ならば、儂のそばにおいても問題はなかろう?」

「ふん。それは我らが阻止をする。ベスは我が百年も待っておったのだ」

 いっそ三人で暮らすのはどうだろう。

 ダニエル様を入れると四人になるが。


「ならば、手を離すな。離れた時の生きるすべを教えておかぬから、あれは必死に助けを呼んでおった。幸い傷にはならなかったが、あれは娘だ。そこを忘れてはならない」

「ああ。我もさすがに肝が冷えた」

 売られたかもしれない事を、言っているのだろうか。


「それにしても、ミッシェルの時とはえらい違いだな。あれだって幾度も助けを求めたであろうに」

 戦争の中で暮らし、拉致されて冤罪で火あぶりにされた彼女は、誰に助けを求めたのだろう。


「あれは儂らとは対局にいる者。生涯、富のために儂らの命を狙う者だ。いくら魔力が高くても、儂らに害をなす傷のある魂の声は、儂らの耳には入らぬ」


 傷のある魂って何だろう。

 私はおじいさんに助けてもらったのだから、魂に傷がないという事だろうか。

 ところで魂とは何だろう。


私の認識している魂は目には見えない物だから、傷などは当然、あるかどうかすらも分からない。

 魂の話は、この世界の常識なのだろうか。


「そうだな。無傷の魂を持って生まれてくる者は、まれだからな」

「大事にしろ。儂も成長を楽しみにしておる」


「ああ。世話になったな」

「なに。隙あらばいつでも奪いにいく。あれは儂らの世界でも、上に立つ魂を持っておるからな」


「させるか。ダニエルが待っている。ベスは連れて帰るぞ」

「起きるまで、待ってやれ。最低限の事は教えたからな。魔力がないのだ。睡眠は食い物と同じだ」


 タヌキ寝入りは起きるタイミングが難しい……。

 それでも聞きたい事は山程ある。


「ルベ!」

 私は家を飛び出して、ルベを抱き締めた。

「起きたか、ベス」


 空気を抱えている、毛並みは手に柔らかく、上等の絹のように滑りがいい。

 私は懐かしさと嬉しさで、その毛並みに顔を埋めた。


「うん、おはよう。ダニエル様は?」

「ここには、人間はこられぬからな。別の場所で待っている」


「モンテナ村は? ルベ、グイドさんとエブリンは? 逃げ切れなかったけれど、私を逃がしてくれたのよ」

 私が捕まったのは彼らのせいではないと、私は言いたかったのだ。


「知っている。二人とも元気だ。エブリンもベスに会いたがっているぞ」

「私も会いたい」

 無事で良かった。エブリンがあれ以上、傷つけられるのは嫌だった。

 私は川で顔を洗って、ルベを見た。


 ルベは私の首輪を破壊して言った。

「我が離れていたせいで、つらい思いをさせたな」

「ありがとう。大丈夫よ、ルベ。首輪がなければ、私は自分で歩こうともしなかったと思うの」

「ベスは、ちゃんと歩いていた。歩む速度は人により異なるものだ」


 私は少し軽くなった首をなでながら聞いた。

「村の毒はどうなったの? 闇商人は?」

「グイドたちが、大慌てで村に戻ってきてな。事情を聞いてダニエルは、ギルドや王都の警備隊に連絡を入れて対処にあたった。その間に我は、ベスの魔力を探したのだ」


 ルベはエブリンから聞いて、私が向かった隣村に行こうとしたようだ。

 ところが、私の魔力が消えた場所に、馬と二人の男の臭いがあったのだと言う。

「魔導具を使われたと思ったから、その馬車の後を追ったのだ。馬は魔物に出会ったのだろう、傷だらけで近くの村に保護されていた」

「かわいそうに。大丈夫だった?」


「ああ。あの程度の傷ならば、村人の薬草で十分元気になるだろう」

「良かった」

 傷を負わせてしまったが、それでも、命を失わずに済むと聞いて、胸をなで下ろした。


「我はそのまま馬の臭いを追って、夜の山に入った」

「危ない事をしないで、ルベ」

「我に向かってくる魔物は、強さを感じ取れない雑魚だ。我は夜目もきく」


 自慢されているのだろうか。強いのは知っている。

 私はクラーケンを怒鳴りつけたルベを、見ていたのだから。

 ルベが見たのは、壊れた馬車だったようで、近くの谷底にいた二人の男は、魔物の毒で、既に事切れていたらしい。


「夜中だから、谷底だろうと上の道だろうと、食われるのに変わりはないので、放っておいた」

 私は少しあきれて、ルベの顔を見た。

「聞いていると、気の毒な気がするわね」


「気のせいだ。我はベスを捕らえた悪党の遺体に、情けを掛ける気などない。あいつらのせいで、ベスの行方が全く分からなくなったのだ」

 ルベは長生きをしているわりに、大人気がない。


 私は首をかしげた。

「え? ルベはおじいさんの、知り合いでしょう? 臭いや魔力を感じ取れなかったの?」

「あやつが、そんなヘマをする訳がないだろう」


「確かに、それはないかもね。私も檻の中で、外が全く見えない状態で運ばれたから、どこをどうやって運ばれたのか分からないの」

「夜中でも、堂々と短時間で運ぶ方法は、初対面の者には見せられないからな」


 私は声を潜めて言った。

「そうなの? 空を飛んだと思うのよ。翼の音と風の音が聞こえたもの」

 ルベも目を細めて、同じように声を潜めた。

「ふん。あやつも大した事はないな」


 ルベは、自分もその場に行くと言うダニエル様の元に、一度戻ったようだ。

「ダニエルは人間で夜目が利かぬのに、言い出したら人の話は聞かん。谷底の二人も、警備兵に知らせぬ訳にはいかないからな」

 いろいろと言っていたわりには、常識人である。獣だが……。


 そして次の朝。おじいさんからの連絡を受け取ったのだと言う。

「ダニエルは迎えに行くと言ったが、あやつが信用できる事は、あれも知っているからな。ダニエルと我は闇商人の捜査に協力したり、子供たちを保護したりと、走りまわっていた」


 その内に私からの、報告の手紙が届くようになったのだと言う。

「我もだが、ダニエルはベスをこんなに離していた事はない。様子をこの目で見ようにも、ここの結界は我の目を欺く仕掛けがしてあったのだ」


「え? 弱い魔物はいっぱいいるのに、ルベは入られなかったの?」

「それは、あやつがベスの訓練のために、入れたのだろう。ここら辺の山は大型の魔物の巣窟だからな」


「そうなの?!」

 そう言われれば、順序良く魔物が強くなっていった気がする。

「赤い鳥がきただろう?」

「うん。やはりルベのお友達だったんだね」


「まあな。あれが、笛の音を聞いてベスを見つけたと、知らせてきたんだ。闇商人を根絶やしにした後。ベスの帰りを待ちながら、ダニエルはエブリンに新しい足の訓練をしていたぞ」


「義足があったの?」

「村長がダニエルに頼んだのだ。教会にはその技術があるからな」

 義足があると聞かされただけで、涙をこらえるのに、苦労をしている私は、気持ちがきっと高ぶっているのだと思う。


 グイドさんの親は、闇商人に金を借りていたらしく、彼は借金の形に、下働きをさせられていたようである。

 グイドさんが彼らの素性を知ったのは、逃げだそうとしたエブリンが、足を切られた時だったらしい。


 彼は闇商人の犯行を阻止したつもりだったが、村に古井戸があった事までは、知らなかったらしく、完全に阻止はできなかったと話したようだ。

 エブリンに首輪があるので、逃げる事もできず、闇商人がモンテナ村に目を付ける結果になったと、二人は村長に謝罪をしたようだ。


 だが、小さな村で、妻や子供を失った人の怒りは、どこにも行き場がない。

「家族を亡くした方たちに、責められなかったの?」

「毒を入れたのは闇商人で、グイドではない。村を守ろうと阻止しなければ、全滅していただろう。村長は全てを聞かなかった事にしたようだ」


 その時、ルベはエブリンの首輪を壊してくれたようだ。

「それでいいの?」

「情報はダニエルの配下が得た事にすれば、知っているのは我らだけだからな」


「村長は彼らの生きる場所を、作ってやりたいと言った。彼らは被害者でもある。義理ではあるが親子として生きる事に決めたようだ」

「そうか。良かったんだね」

「二人には、頼れる肉親もないからな」


 エブリンはどんな顔をしているだろうか。

 親子の振りはしなくていいのだ。堂々と親子と言えるのだから。

 首輪のないエブリンは、これから新しい足で、歩きだすのだ。

 私は嬉しくなって、ベスを抱きしめた。


「ダニエルが首を長くして、待っておるぞ」

「おじいさんに、ごあいさつをしてくるね」

 私はおじいさんの元に歩きだした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ