早朝の訪問者
朝日がようやく顔をだした頃だろうか。
ゆっくりと扉の開く音と同時に、大声が響いた。
「ベスを迎えにきた!」
「静かにせんか。まだ眠っておる」
声の主はルベのようだ。あれ? 魔力を使わないで普通に話をしている?
私は寝床の中で、まだ起きそうもない自分の頭を持て余していた。
「ベスは我が大切に守っている子だ、返してもらうぞ」
「大切に守っているとは、恥ずかしくもなく、よく言ったものじゃ。お主の目の前にある檻を見ろ。その中でベスは、大昔の奴隷のように首輪をつけられ、助けを求めて叫んでいたのじゃぞ。聞けば二度目じゃと言うではないか。かわいそうに。なぜ誰にも手出しができぬようにせんのじゃ。お主ならたやすい事じゃろうに」
私がルベのそばにいなかったからだと、おじいさんに伝えたいが、タヌキ寝入りをしている今の状況では、難しい。
「ふん。我だとてそうしたいのだ。教会もその思いは一緒だ。ただ、あれの肉親がそれを望まずに、ベスを見逃せとダニエルに頼み込んだ。将来は自分で決めさせて欲しいと願ったのだ。それは主神官であるダニエルが、大神官から任務を受ける時にだした条件と、くしくも同じだったのだ」
村長だった祖父も両親も、もういない。
それでもダニエル様は、約束を守ってくれているのだと改めて思う。
「大神官に条件だと? 主神官の身分でだせるものなのか?」
「あれは、我が力を分けた者。それだけの魔力と器を持っている」
ルベの力を分けるとは、ダニエル様の薬草が入っている、見えないカバンの事だろうか。
「それで主神官のだした条件とはなんじゃ」
「ベスを十五歳まで普通に、人の子として育てる事だ。十五歳から学園に入れ、十八歳になるまで、教会がベスの将来に口をださぬ事だ」
私が十八歳までにやりたい事を見つけたら、教会はどうするのだろう。
ルベや教会は私に何を望んでいるのだろう。
私は魔力が少し高いようだから、神官にさせたいのだろうか。
教会も無理を言い過ぎると思う。ダニエル様の任務ってなんだろう。
学園に行くまでの、十五年もの月日を私のそばにいるって……。
それでは、ダニエル様の十五年は無駄になるかもしれない。
そんな任務をなぜ引き受けたのだろう。
私なら十五日で放棄すると思う。
だって私が決める将来が、皆の望むものである保証なんてないのだから。
「ベスが普通の人間として生きる事を望めば、お主はどうするのだ?」
普通の人間以外の生き方があるのか?!
どんな質問なのやらだ。
神官は普通の人間とは違うのだろうか。
「我はそばにいる。ベスはベスだからな。青もそう決めたようだ」
……ルベ。ところで、青って誰?
「ならば、儂のそばにおいても問題はなかろう?」
「ふん。それは我らが阻止をする。ベスは我が百年も待っておったのだ」
いっそ三人で暮らすのはどうだろう。
ダニエル様を入れると四人になるが。
「ならば、手を離すな。離れた時の生きるすべを教えておかぬから、あれは必死に助けを呼んでおった。幸い傷にはならなかったが、あれは娘だ。そこを忘れてはならない」
「ああ。我もさすがに肝が冷えた」
売られたかもしれない事を、言っているのだろうか。
「それにしても、ミッシェルの時とはえらい違いだな。あれだって幾度も助けを求めたであろうに」
戦争の中で暮らし、拉致されて冤罪で火あぶりにされた彼女は、誰に助けを求めたのだろう。
「あれは儂らとは対局にいる者。生涯、富のために儂らの命を狙う者だ。いくら魔力が高くても、儂らに害をなす傷のある魂の声は、儂らの耳には入らぬ」
傷のある魂って何だろう。
私はおじいさんに助けてもらったのだから、魂に傷がないという事だろうか。
ところで魂とは何だろう。
私の認識している魂は目には見えない物だから、傷などは当然、あるかどうかすらも分からない。
魂の話は、この世界の常識なのだろうか。
「そうだな。無傷の魂を持って生まれてくる者は、まれだからな」
「大事にしろ。儂も成長を楽しみにしておる」
「ああ。世話になったな」
「なに。隙あらばいつでも奪いにいく。あれは儂らの世界でも、上に立つ魂を持っておるからな」
「させるか。ダニエルが待っている。ベスは連れて帰るぞ」
「起きるまで、待ってやれ。最低限の事は教えたからな。魔力がないのだ。睡眠は食い物と同じだ」
タヌキ寝入りは起きるタイミングが難しい……。
それでも聞きたい事は山程ある。
「ルベ!」
私は家を飛び出して、ルベを抱き締めた。
「起きたか、ベス」
空気を抱えている、毛並みは手に柔らかく、上等の絹のように滑りがいい。
私は懐かしさと嬉しさで、その毛並みに顔を埋めた。
「うん、おはよう。ダニエル様は?」
「ここには、人間はこられぬからな。別の場所で待っている」
「モンテナ村は? ルベ、グイドさんとエブリンは? 逃げ切れなかったけれど、私を逃がしてくれたのよ」
私が捕まったのは彼らのせいではないと、私は言いたかったのだ。
「知っている。二人とも元気だ。エブリンもベスに会いたがっているぞ」
「私も会いたい」
無事で良かった。エブリンがあれ以上、傷つけられるのは嫌だった。
私は川で顔を洗って、ルベを見た。
ルベは私の首輪を破壊して言った。
「我が離れていたせいで、つらい思いをさせたな」
「ありがとう。大丈夫よ、ルベ。首輪がなければ、私は自分で歩こうともしなかったと思うの」
「ベスは、ちゃんと歩いていた。歩む速度は人により異なるものだ」
私は少し軽くなった首をなでながら聞いた。
「村の毒はどうなったの? 闇商人は?」
「グイドたちが、大慌てで村に戻ってきてな。事情を聞いてダニエルは、ギルドや王都の警備隊に連絡を入れて対処にあたった。その間に我は、ベスの魔力を探したのだ」
ルベはエブリンから聞いて、私が向かった隣村に行こうとしたようだ。
ところが、私の魔力が消えた場所に、馬と二人の男の臭いがあったのだと言う。
「魔導具を使われたと思ったから、その馬車の後を追ったのだ。馬は魔物に出会ったのだろう、傷だらけで近くの村に保護されていた」
「かわいそうに。大丈夫だった?」
「ああ。あの程度の傷ならば、村人の薬草で十分元気になるだろう」
「良かった」
傷を負わせてしまったが、それでも、命を失わずに済むと聞いて、胸をなで下ろした。
「我はそのまま馬の臭いを追って、夜の山に入った」
「危ない事をしないで、ルベ」
「我に向かってくる魔物は、強さを感じ取れない雑魚だ。我は夜目もきく」
自慢されているのだろうか。強いのは知っている。
私はクラーケンを怒鳴りつけたルベを、見ていたのだから。
ルベが見たのは、壊れた馬車だったようで、近くの谷底にいた二人の男は、魔物の毒で、既に事切れていたらしい。
「夜中だから、谷底だろうと上の道だろうと、食われるのに変わりはないので、放っておいた」
私は少しあきれて、ルベの顔を見た。
「聞いていると、気の毒な気がするわね」
「気のせいだ。我はベスを捕らえた悪党の遺体に、情けを掛ける気などない。あいつらのせいで、ベスの行方が全く分からなくなったのだ」
ルベは長生きをしているわりに、大人気がない。
私は首をかしげた。
「え? ルベはおじいさんの、知り合いでしょう? 臭いや魔力を感じ取れなかったの?」
「あやつが、そんなヘマをする訳がないだろう」
「確かに、それはないかもね。私も檻の中で、外が全く見えない状態で運ばれたから、どこをどうやって運ばれたのか分からないの」
「夜中でも、堂々と短時間で運ぶ方法は、初対面の者には見せられないからな」
私は声を潜めて言った。
「そうなの? 空を飛んだと思うのよ。翼の音と風の音が聞こえたもの」
ルベも目を細めて、同じように声を潜めた。
「ふん。あやつも大した事はないな」
ルベは、自分もその場に行くと言うダニエル様の元に、一度戻ったようだ。
「ダニエルは人間で夜目が利かぬのに、言い出したら人の話は聞かん。谷底の二人も、警備兵に知らせぬ訳にはいかないからな」
いろいろと言っていたわりには、常識人である。獣だが……。
そして次の朝。おじいさんからの連絡を受け取ったのだと言う。
「ダニエルは迎えに行くと言ったが、あやつが信用できる事は、あれも知っているからな。ダニエルと我は闇商人の捜査に協力したり、子供たちを保護したりと、走りまわっていた」
その内に私からの、報告の手紙が届くようになったのだと言う。
「我もだが、ダニエルはベスをこんなに離していた事はない。様子をこの目で見ようにも、ここの結界は我の目を欺く仕掛けがしてあったのだ」
「え? 弱い魔物はいっぱいいるのに、ルベは入られなかったの?」
「それは、あやつがベスの訓練のために、入れたのだろう。ここら辺の山は大型の魔物の巣窟だからな」
「そうなの?!」
そう言われれば、順序良く魔物が強くなっていった気がする。
「赤い鳥がきただろう?」
「うん。やはりルベのお友達だったんだね」
「まあな。あれが、笛の音を聞いてベスを見つけたと、知らせてきたんだ。闇商人を根絶やしにした後。ベスの帰りを待ちながら、ダニエルはエブリンに新しい足の訓練をしていたぞ」
「義足があったの?」
「村長がダニエルに頼んだのだ。教会にはその技術があるからな」
義足があると聞かされただけで、涙をこらえるのに、苦労をしている私は、気持ちがきっと高ぶっているのだと思う。
グイドさんの親は、闇商人に金を借りていたらしく、彼は借金の形に、下働きをさせられていたようである。
グイドさんが彼らの素性を知ったのは、逃げだそうとしたエブリンが、足を切られた時だったらしい。
彼は闇商人の犯行を阻止したつもりだったが、村に古井戸があった事までは、知らなかったらしく、完全に阻止はできなかったと話したようだ。
エブリンに首輪があるので、逃げる事もできず、闇商人がモンテナ村に目を付ける結果になったと、二人は村長に謝罪をしたようだ。
だが、小さな村で、妻や子供を失った人の怒りは、どこにも行き場がない。
「家族を亡くした方たちに、責められなかったの?」
「毒を入れたのは闇商人で、グイドではない。村を守ろうと阻止しなければ、全滅していただろう。村長は全てを聞かなかった事にしたようだ」
その時、ルベはエブリンの首輪を壊してくれたようだ。
「それでいいの?」
「情報はダニエルの配下が得た事にすれば、知っているのは我らだけだからな」
「村長は彼らの生きる場所を、作ってやりたいと言った。彼らは被害者でもある。義理ではあるが親子として生きる事に決めたようだ」
「そうか。良かったんだね」
「二人には、頼れる肉親もないからな」
エブリンはどんな顔をしているだろうか。
親子の振りはしなくていいのだ。堂々と親子と言えるのだから。
首輪のないエブリンは、これから新しい足で、歩きだすのだ。
私は嬉しくなって、ベスを抱きしめた。
「ダニエルが首を長くして、待っておるぞ」
「おじいさんに、ごあいさつをしてくるね」
私はおじいさんの元に歩きだした。




