生きる事と寄生
私はおじいさんと並んで、川を見ていた。
川は日の光を受けて、その水面の表情を変えながら、楽しんでいるかのように、優しい水音をたてている。
「ベスよ。世界を見ると言ったな。学園に行くとも言った。それからどうするつもりなのじゃ?」
「どんな世界で、どんな仕事があるのか分からないから、勉強をしながら、将来を考えたいと思っているの。まだ十歳ですから」
そう、将来なんて今から決められない。
十歳の子どもの“大きくなったら”なんて夢でも良いはずなのである。
「ベス、世界を見せてもらって、学園に行かせてもらって、見せられた物から、将来を選ぶ。随分と良い寄生先があるのじゃな」
「キセイサキ?」
この場合は帰省先の事ではないだろう。
子供が大人に養育してもらう事は、寄生とは言わないと思う。
だからこそ、おじいさんの言葉の意味が、分からなかった。
「そうだ。全てを与えられ、守られて生きていく事に、疑問も持たない。ベスは、おそらく人には珍しい程の、大きな魔力を持っておるのじゃろう。それは多くの思惑に、左右される運命にあると覚えておくのじゃ」
確かに魔力は、大きいと聞かされている。
だから教会やダニエル様に、守られているのは事実なのだ。
「魔力は大きいと聞きました。首輪のせいで使えませんが」
「自分の力で生きる事のできない者に、自分の将来が探せるのじゃろうか。学園に行くとその魔力が公になる。楽に金や地位が手に入る話が、次々にくるじゃろう。寄生して生きた事しかないベスは、その中から新たな寄生先を選ぶ事になるじゃろう。それは決して悪い事ではない。じゃが、自分の足で立つ事ができたなら、本当に自分がやりたい事を、見つけられると思うがな」
そう言われてみれば、世界を見て回るとは、観光旅行とどこが違うのだろう。
旅費すら支払ってはいない。
ダニエル様に言われた学園だって、おそらく教会が金を出すのだろうが、何を学びたいと言う訳でもないのだ。
レストランのメニューから選ぶように、私は後付けで、勉強を選ぼうとしているのではないだろうか。
そうなれば将来、私はスポンサーである教会の、言いつけに逆らえるだろうか。
給料と待遇の良い仕事があれば、飛び付かない人間の方が少ないだろう。
現に前世の私は十六歳になっても、親のすねをかじって大学に進学して、給料の良い所に就職することしか、考えていなかったのである。
おじいさんに寄生だといわれても、仕方がない。
魔力が高いだけで、親もなく、何も持たない私は、生かされているだけだ。
ダニエル様に手を離されたら、ルベがいなければ、私は生きられないだろう。
「十歳で仕事をする事は、できないでしょ?」
「できない理由を探して、どうするのじゃ。仕事がなければ生きられぬのか?」
私は前世の感覚が抜けていないのだと思う。
おじいさんの言っている生きるとは、生命の維持を言っているのかもしれない。 この世界は仕事をしなくても、生きてはいけるのである。
ただし、命を賭ける事にはなるのだが。
「人の子も獣の子も、赤子の時は生きる事に必死なのじゃがな。ベスよ、魔法が封じられても、剣を取り上げられても、生きていけるようになるのじゃ。この世界のどこに放り出されても、生きていける自信を付けたなら、誰にこびる事もなく、己の将来を歩けるとは思わないか」
それは理想だが、そんな自分になるには、どうすれば良いのかすら分からない。
「そうは思いますが、そんな強さを身につけるには、どれだけの月日が必要なのでしょう」
「月日ではない。心のありようだ。口を開けると餌がもらえる環境に、慣れるなと言っておるのじゃ。自分で餌をとり、自分の身を守れるようになれ。共に旅をする事は寄生する事ではない。共に生きる事もまた同じじゃと思うがな」
「寄生に慣れた私に、それができるのでしょうか?」
おじいさんは小さく笑った。
「ここに住んでいた者も、同じ事を儂に聞いた。同じ返事をしてやろう。分からなければ考えるのじゃ。果たしてそれは、他人に答えを教えてもらう事なのか?」
大人に反発しながらも、言いなりに生きる事は楽だった。
お利口な子供でいる事は、親や教師を安心させて、それが自分の評価を良くする事を私は知っていたのだ。
十八歳までの生活が保障されている。
楽な仕事に就いて、結婚して子供を育て、生涯を終えると、考えていたのではないだろうか。前世と同じように。
今回の誘拐は二度目である。この先、三度目がないとは言い切れない。
地球の中でも治安の良い日本では、命を狩る事はない。
だが、ここは日本ではないのだ。
私は魔力の多い、転移者ではない。転生者なのだ。
ここで生まれたのだから、ここで生きて、ここで死ぬのだ。
だとしたら、いつまでも女子高生面をしている場合ではない。
怖い……。無理……。楽に生きたい……。
それらを封印するのは、きっと今しかない。
「おじいさん。私は一人では生きられない。十年間、一人で生きる事を、習ってはいないもの。餌を取り、身を守る方法を教えてください」
おじいさんは優しい笑みを浮かべた。
「良く決心をしたな。人に教えを請う事は恥ずべき事ではない。ベスは魔力が高いようじゃから、将来は魔法で多くの事ができるじゃろう。だからこそ、ベスを思いのままにしようとする者は、その魔法を封じるのじゃ。首輪がある今なら、魔法に頼らず生きる事が学べるじゃろう」
私は立ち上がって、思い切り深呼吸をした。
細胞の隅々まで、この世界の空気が行き渡るように。
頭の中の前世が、新しい時の中でセピア色になるように。
「おじいさん! 昼と夜の餌はどうしますか?」
「そうじゃな。ベス、一応教えておくが、人の子は食事を餌とは言わんよ」
知っています!
「おじいさんが餌と言ったので、つい……」
「さて、魚と肉。ベスはどちらが食べたい?」
「魚は捕った経験がありません。肉は小さい魔物を魔法で狩りましたが、剣で仕留めた事はありません。どちらも食べたいのですが」
「魚も肉も魔法で仕留めるのは、楽じゃからな。では、そこの森でベスの剣の腕前を見せてもらおう」
家に戻り、私は男たちの袋を持ち出した。魔法を使ってではあったが、狩りはできる。
手で持ち帰るのは大変だと思ったのだ。
空き地の前の森は、膝丈ほどの植物が茂っていたので、私は足を止めた。
「おじいさん、毒虫や毒蛇はいないのでしょうか?」
「どちらもいる。クモも魔物もいる。彼らとて生きておるからな。身の安全と餌の確保は本能で知っている。さて、どうすれば良い?」
「草を刈る?」
それしか思い浮かばなかったのだが、おじいさんは愉快そうに笑った。
「剣を使って刈るのか? 外れじゃ」
おじいさんは木の枝を落とすと、私にそれを手渡した。
「何かが隠れていそうだと思うなら、それを使え。この辺りの草に隠れている、小さな虫の毒は、腫れる程度じゃ。あとはほれ、あの大きさじゃ、群れもつくらないから、心配はいらん」
離れていても分かるそれは、図鑑で見たムカデだった。
弱い魔物と書かれていたので、気にも止めなかったが、五歳児ほどの大きさがあるとなれば、気味が悪い。
ウサギは逃げ足が速く、魔法がないので諦めたが、それを狙っていた蛇と、挑んできた蛇は仕留めた。
「剣は防御も攻撃も、油断さえしなければ、ベスと同じくらいの大きさの魔物なら、何とかなりそうじゃな。ただ、飛ぶものと知恵のあるものはまだ無理じゃな」
「はい」
「丁度、そこに穴がある。儂がむこうから追い出すから、出てきたらすぐに剣を刺すのじゃ」
私は穴から見えない位置に立ち、言われたように飛び出してきたウサギに、とどめを刺した。
「生き物のほとんどは、巣やたまり場がある。楽に狩れる生き物の習性は、覚えておくといい」
森の中では、好きだった薬草図鑑の知識が役にたった。
木の実や果実の木があれば、おじいさんはその説明をしてくれた。
おじいさんが一人いれば、図鑑はいらないと思った。
「ベスよ。蛇やウサギはそのまま食べるのか?」
ルベの許可なく、生の肉は食べてはいけないと言われている。
だが、火魔法は使えないのだ。
「それなんですよ。魔法が使えないから、カマドのそばに火打ち石がないか、探したのですが無かったのです」
「前に暮らしていた者は、生活魔法が使えたからな」
なるほど、火打ち石がないわけだ。
「木をこすり合わせて、火をおこせば良いでしょうか」
サイユ村で、父さんがやって見せてくれたので、知ってはいるが、父さんの手でも豆ができたのだ。
豆は嫌だが、食べるためには、ここはやるしかない気がする。
「ベスはこの大陸の生まれではなかったか。これをやろう」
それは、黒いが光にかざすと濃い赤で、石のように固い親指ほどの袋だった。
「これは?」
「この国の隣国には、火をふく魔物がおる。その魔物は体内に火袋があるのじゃ。それを丸一日焼くとこれになる。この山には火魔法を使う魔物はおるが、火をふく魔物はいないからな」
細かくした枯れた草やワラ、乾いた木の粉などを入れて、木の枝などで数回突くだけで、袋の中の物が焦げだした。
後は燃えやすい物の上にだして、息を静かに吹き掛けると、火がついた。
赤の大陸では、昔から使われているが、手に入りにくい物のようである。
カマドの横には薪があり火もあるので、重たい鍋はおじいさんに上げてもらい、ついでに水も入れてもらった。
「だっておじいさん。いつか私が追われて森に入っても、鍋はないでしょう?」
私を見て、あきれたようにおじいさんは肩を落とした。
「そうじゃな」
「おじいさん、食器がなければ、お湯は手ですくって飲めませんが」
「確か、そこにある木の台の壁も、窓と同じように塞いだが」
おじいさんが土を取り除くと、その穴には木や陶器の食器があった。
この家がなければ、野宿だろうが、おじいさんは野宿をすると知っていれば、それで良いと言った。
ウサギはダニエル様に、解体の仕方を教えてもらっていたので、問題はない。
蛇は仕留める時に頭を落としていたので、手足がない分、皮も内臓も簡単に取れたが、食べるのは初めてだった。
棚にある塩、コショウで焼いて食べたが、料理方法で変わる味とは思えなく、私にとって蛇は、これから先も非常食の域をでる事はないだろう。
おじいさんは蛇の血だけを飲んで、肉は見向きもしなかった。
好き嫌いがあるなら言えと、大量に残ったそれを見て、私はため息をついた。




