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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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生きる事と寄生

 私はおじいさんと並んで、川を見ていた。

 川は日の光を受けて、その水面の表情を変えながら、楽しんでいるかのように、優しい水音をたてている。


「ベスよ。世界を見ると言ったな。学園に行くとも言った。それからどうするつもりなのじゃ?」

「どんな世界で、どんな仕事があるのか分からないから、勉強をしながら、将来を考えたいと思っているの。まだ十歳ですから」


 そう、将来なんて今から決められない。

 十歳の子どもの“大きくなったら”なんて夢でも良いはずなのである。


「ベス、世界を見せてもらって、学園に行かせてもらって、見せられた物から、将来を選ぶ。随分と良い寄生先があるのじゃな」

「キセイサキ?」


 この場合は帰省先の事ではないだろう。

 子供が大人に養育してもらう事は、寄生とは言わないと思う。

 だからこそ、おじいさんの言葉の意味が、分からなかった。


「そうだ。全てを与えられ、守られて生きていく事に、疑問も持たない。ベスは、おそらく人には珍しい程の、大きな魔力を持っておるのじゃろう。それは多くの思惑に、左右される運命にあると覚えておくのじゃ」


 確かに魔力は、大きいと聞かされている。

 だから教会やダニエル様に、守られているのは事実なのだ。

「魔力は大きいと聞きました。首輪のせいで使えませんが」


「自分の力で生きる事のできない者に、自分の将来が探せるのじゃろうか。学園に行くとその魔力が公になる。楽に金や地位が手に入る話が、次々にくるじゃろう。寄生して生きた事しかないベスは、その中から新たな寄生先を選ぶ事になるじゃろう。それは決して悪い事ではない。じゃが、自分の足で立つ事ができたなら、本当に自分がやりたい事を、見つけられると思うがな」


 そう言われてみれば、世界を見て回るとは、観光旅行とどこが違うのだろう。

 旅費すら支払ってはいない。

 ダニエル様に言われた学園だって、おそらく教会が金を出すのだろうが、何を学びたいと言う訳でもないのだ。


 レストランのメニューから選ぶように、私は後付けで、勉強を選ぼうとしているのではないだろうか。

 そうなれば将来、私はスポンサーである教会の、言いつけに逆らえるだろうか。

 給料と待遇の良い仕事があれば、飛び付かない人間の方が少ないだろう。


 現に前世の私は十六歳になっても、親のすねをかじって大学に進学して、給料の良い所に就職することしか、考えていなかったのである。

 おじいさんに寄生だといわれても、仕方がない。

 魔力が高いだけで、親もなく、何も持たない私は、生かされているだけだ。

 ダニエル様に手を離されたら、ルベがいなければ、私は生きられないだろう。


「十歳で仕事をする事は、できないでしょ?」

「できない理由を探して、どうするのじゃ。仕事がなければ生きられぬのか?」


 私は前世の感覚が抜けていないのだと思う。

 おじいさんの言っている生きるとは、生命の維持を言っているのかもしれない。 この世界は仕事をしなくても、生きてはいけるのである。

 ただし、命を賭ける事にはなるのだが。


「人の子も獣の子も、赤子の時は生きる事に必死なのじゃがな。ベスよ、魔法が封じられても、剣を取り上げられても、生きていけるようになるのじゃ。この世界のどこに放り出されても、生きていける自信を付けたなら、誰にこびる事もなく、己の将来を歩けるとは思わないか」


 それは理想だが、そんな自分になるには、どうすれば良いのかすら分からない。

「そうは思いますが、そんな強さを身につけるには、どれだけの月日が必要なのでしょう」


「月日ではない。心のありようだ。口を開けると餌がもらえる環境に、慣れるなと言っておるのじゃ。自分で餌をとり、自分の身を守れるようになれ。共に旅をする事は寄生する事ではない。共に生きる事もまた同じじゃと思うがな」

「寄生に慣れた私に、それができるのでしょうか?」


 おじいさんは小さく笑った。

「ここに住んでいた者も、同じ事を儂に聞いた。同じ返事をしてやろう。分からなければ考えるのじゃ。果たしてそれは、他人に答えを教えてもらう事なのか?」


 大人に反発しながらも、言いなりに生きる事は楽だった。

 お利口な子供でいる事は、親や教師を安心させて、それが自分の評価を良くする事を私は知っていたのだ。


 十八歳までの生活が保障されている。

 楽な仕事に就いて、結婚して子供を育て、生涯を終えると、考えていたのではないだろうか。前世と同じように。


 今回の誘拐は二度目である。この先、三度目がないとは言い切れない。

 地球の中でも治安の良い日本では、命を狩る事はない。

 だが、ここは日本ではないのだ。


 私は魔力の多い、転移者ではない。転生者なのだ。

 ここで生まれたのだから、ここで生きて、ここで死ぬのだ。

 だとしたら、いつまでも女子高生面をしている場合ではない。

 怖い……。無理……。楽に生きたい……。

 それらを封印するのは、きっと今しかない。


「おじいさん。私は一人では生きられない。十年間、一人で生きる事を、習ってはいないもの。餌を取り、身を守る方法を教えてください」


 おじいさんは優しい笑みを浮かべた。

「良く決心をしたな。人に教えを請う事は恥ずべき事ではない。ベスは魔力が高いようじゃから、将来は魔法で多くの事ができるじゃろう。だからこそ、ベスを思いのままにしようとする者は、その魔法を封じるのじゃ。首輪がある今なら、魔法に頼らず生きる事が学べるじゃろう」


 私は立ち上がって、思い切り深呼吸をした。

 細胞の隅々まで、この世界の空気が行き渡るように。

 頭の中の前世が、新しい時の中でセピア色になるように。


「おじいさん! 昼と夜の餌はどうしますか?」

「そうじゃな。ベス、一応教えておくが、人の子は食事を餌とは言わんよ」

 知っています!

「おじいさんが餌と言ったので、つい……」


「さて、魚と肉。ベスはどちらが食べたい?」

「魚は捕った経験がありません。肉は小さい魔物を魔法で狩りましたが、剣で仕留めた事はありません。どちらも食べたいのですが」

「魚も肉も魔法で仕留めるのは、楽じゃからな。では、そこの森でベスの剣の腕前を見せてもらおう」


 家に戻り、私は男たちの袋を持ち出した。魔法を使ってではあったが、狩りはできる。

 手で持ち帰るのは大変だと思ったのだ。

 空き地の前の森は、膝丈ほどの植物が茂っていたので、私は足を止めた。


「おじいさん、毒虫や毒蛇はいないのでしょうか?」

「どちらもいる。クモも魔物もいる。彼らとて生きておるからな。身の安全と餌の確保は本能で知っている。さて、どうすれば良い?」


「草を刈る?」

 それしか思い浮かばなかったのだが、おじいさんは愉快そうに笑った。

「剣を使って刈るのか? 外れじゃ」


 おじいさんは木の枝を落とすと、私にそれを手渡した。

「何かが隠れていそうだと思うなら、それを使え。この辺りの草に隠れている、小さな虫の毒は、腫れる程度じゃ。あとはほれ、あの大きさじゃ、群れもつくらないから、心配はいらん」


 離れていても分かるそれは、図鑑で見たムカデだった。

 弱い魔物と書かれていたので、気にも止めなかったが、五歳児ほどの大きさがあるとなれば、気味が悪い。

 ウサギは逃げ足が速く、魔法がないので諦めたが、それを狙っていた蛇と、挑んできた蛇は仕留めた。


「剣は防御も攻撃も、油断さえしなければ、ベスと同じくらいの大きさの魔物なら、何とかなりそうじゃな。ただ、飛ぶものと知恵のあるものはまだ無理じゃな」

「はい」

「丁度、そこに穴がある。儂がむこうから追い出すから、出てきたらすぐに剣を刺すのじゃ」


 私は穴から見えない位置に立ち、言われたように飛び出してきたウサギに、とどめを刺した。

「生き物のほとんどは、巣やたまり場がある。楽に狩れる生き物の習性は、覚えておくといい」


 森の中では、好きだった薬草図鑑の知識が役にたった。

 木の実や果実の木があれば、おじいさんはその説明をしてくれた。

 おじいさんが一人いれば、図鑑はいらないと思った。


「ベスよ。蛇やウサギはそのまま食べるのか?」

 ルベの許可なく、生の肉は食べてはいけないと言われている。

 だが、火魔法は使えないのだ。

「それなんですよ。魔法が使えないから、カマドのそばに火打ち石がないか、探したのですが無かったのです」


「前に暮らしていた者は、生活魔法が使えたからな」

 なるほど、火打ち石がないわけだ。

「木をこすり合わせて、火をおこせば良いでしょうか」


 サイユ村で、父さんがやって見せてくれたので、知ってはいるが、父さんの手でも豆ができたのだ。

 豆は嫌だが、食べるためには、ここはやるしかない気がする。


「ベスはこの大陸の生まれではなかったか。これをやろう」

 それは、黒いが光にかざすと濃い赤で、石のように固い親指ほどの袋だった。

「これは?」


「この国の隣国には、火をふく魔物がおる。その魔物は体内に火袋があるのじゃ。それを丸一日焼くとこれになる。この山には火魔法を使う魔物はおるが、火をふく魔物はいないからな」


 細かくした枯れた草やワラ、乾いた木の粉などを入れて、木の枝などで数回突くだけで、袋の中の物が焦げだした。

 後は燃えやすい物の上にだして、息を静かに吹き掛けると、火がついた。

 赤の大陸では、昔から使われているが、手に入りにくい物のようである。


 カマドの横には薪があり火もあるので、重たい鍋はおじいさんに上げてもらい、ついでに水も入れてもらった。

「だっておじいさん。いつか私が追われて森に入っても、鍋はないでしょう?」

 私を見て、あきれたようにおじいさんは肩を落とした。

「そうじゃな」


「おじいさん、食器がなければ、お湯は手ですくって飲めませんが」

「確か、そこにある木の台の壁も、窓と同じように塞いだが」


 おじいさんが土を取り除くと、その穴には木や陶器の食器があった。

 この家がなければ、野宿だろうが、おじいさんは野宿をすると知っていれば、それで良いと言った。


 ウサギはダニエル様に、解体の仕方を教えてもらっていたので、問題はない。

 蛇は仕留める時に頭を落としていたので、手足がない分、皮も内臓も簡単に取れたが、食べるのは初めてだった。


 棚にある塩、コショウで焼いて食べたが、料理方法で変わる味とは思えなく、私にとって蛇は、これから先も非常食の域をでる事はないだろう。

 おじいさんは蛇の血だけを飲んで、肉は見向きもしなかった。


 好き嫌いがあるなら言えと、大量に残ったそれを見て、私はため息をついた。









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