再び転がされて
体が痛くて目が覚めたが、私はそのまま目を開けずにいた。
自分が良い状況に置かれていないのは、縛られている手足で想像が付く。
馬車に転がされたのは二度目だが、慣れてはいない。
ひどく乱暴な馬車の扱いで、揺れる度に体が、床に打ち付けられる。
しばらく様子をうかがっていたが、そばに人の息遣いもないので、ゆっくりと目を開けた。
私は木の床がある、鉄格子の檻の中に入れられている。
両足を縛られ、両手は後ろで縛られている。
今回は猿ぐつわはなく、布で縛られているだけなので、さほどつらくはない。
大きさのあまり違わない、木箱や空っぽの檻と一緒に、布で覆われているので、時間も場所も想像が付かない。
ただ、馬の足音と車輪のきしむ音で、馬車が悪路を走っているのは分かった。
エブリンはどうしただろうか。
ダニエル様は探しているだろうか。
ルベが私の魔力を探して、そばまで来ていると良いのだが。
そこで私はエブリンの言葉を思い出して、そっと肩を上げて首をかたむけた。
首輪がある……。
縛られている手で、生活魔法を使ってみたが、何一つ魔法は使えなかった。
魔法が使えないなら剣があると思ったが、そんな物は当然、取り上げられていて、手元にはない。
何とか逃げ出す方法はないかと考えたが、今回は全くお手上げだった。
「おい。程々にしておけよ。主は酒の匂いが嫌いだからな」
「分かっているって、王都までは日にちが掛かる。運悪く馬車を替える町まで来ていたって、その頃には酔いも覚めているさ」
「お前、夜はどうするんだよ。見張りも俺一人にやらせる気なのか? こんな街道から離れた道だぜ。おまけにもうすぐ山に入るんだ」
どうやら、グイドさんと話をしていた二人のようである。
この国にきたばかりで、地図も全く分からない私には、山がどこにあるのかすら、把握をしてはいない。
「あん? 魔物なんて、ベロベロに酔っ払っていたって、片付けてやるよ。ほら場所を変われよ。文句が多い癖に、馬車もろくに扱えやしない。お前じゃあ、この山の細い道は無理だろうよ」
馬車が山道に入った事は、体の傾きで分かった。
馬車のスピードが落ちたので、かなり細い道なのだろう。
御者台の会話が途切れて、静かになった。
私はただ、逃げ出す方法を探していた。
馬の休憩の時間がきたのだろうか、馬車が止まった。
「ガキの食い物はどうするんだ?」
「魔力を奪ってあるから、食わなければ弱って死ぬぞ。水と食い物は入れてやれ。顔の布を取るのを忘れるな」
「手はどうする? 食えないだろう?」
「暴れるようすもないから、外してもいいだろう。檻に入っているんだ。逃げられやしない。叫んだところで、人もこない山道だ。魔物よけになって良いくらいだ。町に近付いたら、また縛ればいいさ」
檻の布が外されて、新しい空気が入ってきたが、馬車の幌で外は見えなかった。
「後ろを向いてこっちに来い。縄をほどいてやる」
どうやら檻の外から手を入れて、縄をほどくようだ。
私は手と口の自由を得たが、悔しくて何も言う気はしなかった。
水の瓶と、全粒粉の古いパンが檻に入れられたが、固いパンは手で千切る事もできなかった。
噛み千切ったパンのかけらを、ゆっくりと口の中で柔らかくしてから、飲み込んだ。水は大事に飲まなければ、次にもらえる保証はないだろう。
さて、この自由になった手と、口を使って、私は何をすれば良いのだろう。
まずは、足首が痛いので、その縄を外した。
ルベに獣語でも習っておけば良かった……。現実逃避も甚だしいが。
馬車の幌のなかで、声帯が壊れるほど叫んでみようか。
「助けてえ! 誰か助けて!」
誰もいないと知ってはいるが、叫ぶ言葉が思い浮かばないのだ。
「助けてえ! 誰か助けて! 殺される!」
殺すとは言われていない気が……。ああ、そうだ。殺されるような危険に、他人は首を突っ込まないから、殺されると言ってはいけないと聞いた事がある。
「助けてえ! 誰か助けて!」
とりあえず、暇なので、叫んでいようと思う。
「煩い! ガキ」
「よせ、商品に傷を付けるな。エブリンの時を思い出せ。兄貴が消されたんだぞ」
「だがよお」
「そのうち、疲れて寝る。あれじゃあ、明日は縛るしかないな」
ここは馬車が通らないと聞いたが、一台でも近付いたら、盛大に辺りの物を蹴飛ばそうと、音のでそうな物を物色した。
それから私は、水を一口ずつ飲みながら、眠るまで叫んでいた。
何かが壊れるような音で、私は目を覚ました。
魔物だろうか? 人の声はしないが、深夜の馬車の中では、何が起こっているのかも分からない。
どうせ、檻に入っているのだ、声を出すべきだろう。
「助けて! ここから出して!」
「生きておったか」
幌を引き裂く音と同時に現れたのは、月を背にした見上げるほどの、大きなトカゲだった。
大失敗だ……。
「トカゲさん。出してほしいけど、私は人の子でまずいわよ。食べないでくれるとありがたいのだけれど」
「何を言っておるのじゃ?」
その声は、馬車の横の幌を破いたトカゲとは、別の場所から聞こえた。
馬車の後ろから入ってきたのは、人間のおじいさんだった。
「おじいさん! 危ないわ。トカゲよ!」
「あれはトカゲではない。お前を食ったりはせんから、落ち着け」
巨大なイモリか、ヤモリかしら? ハ虫類に興味がなかったので、区別が付かないけれど。
おじいさんは、どこから見つけてきたのか、鍵で檻を開けると言った。
「助けを呼ぶ声が聞こえたのでな」
「外にいる二人に、さらわれたのです」
おじいさんは、大きなハ虫類の魔物を見て言った。
「あれを見て逃げ出したが、魔物に行く手を阻まれて、谷に落ちたからな。運が良ければ、逃げ切れるじゃろう。まあ、谷底は毒のあるやつばかりじゃから、人がどうこうするのは無理じゃろうがな。この道はそれで人が通らないのじゃ」
私はようやく立ち上がって、お礼を言った。
「助かりました。ありがとうございます」
馬車の外に出て、私は彼らの荷物を探した。
馬車の外の荷物を手探りで探したが、毛布や衣類があるだけだった。
大切な荷物は御者台の下にある事を思い出して、私は御者台を押し上げた。
「あった!」
暗闇の中でも、それは確かに、私の剣だと主張していた。
「ほう、剣が使えるのか?」
おじいさんの言葉に、私は首をかしげた。
「十歳になったので、今回、初めて持たされたのです。おじいさんも見たでしょ? 私は気が付いたら檻の中だったの。剣は使う暇もなかったのよ」
「誇る事か……」
「でも、魔法を封じる魔導具を付けられてしまったから、剣がなければ人里にはいけないでしょ? おじいさんの住んでいる所に教会はある?」
「ないな。ここから教会のある町まで歩くのは、無理じゃろうな」
「そんなに遠いの?」
「遠い。第一、馬は逃げたからな。魔法も使えぬその身一つでは、朝を見る事すらかなわぬじゃろうな」
「どうしよう……」
私はその場に座り込んでしまった。
助けてくれたおじいさんに、これ以上何かを頼むのは、申し訳ないとは思うが、他の方法は見つかりそうもなかった。
「おじいさん。私を連れていってもらえませんか?」
「儂は山の奥で、一人で暮らしておる。人里に知らせはだせるが、行く事はない」
「知らせをだしてもらえるだけで十分です」
「それならば、待っておれ」
おじいさんは、馬車の中から檻を出すと、強度を確かめて、私を中に入れた。
「おじいさん?」
「少しの我慢じゃ。お前さんの足ではたどり着けぬからな」
おじいさんの言葉で、私はとても失礼な自分に気が付いた。
「助けていただくのに、名前も名乗らずにごめんなさい。エリザベスと言います。ベスと呼んでください」
「ベスか。良い名じゃな。少しの辛抱じゃからな」
おじいさんは、笑顔で私に座るように促した。
私は、布を掛けられて周りが見えなくなったが、この匂いは馬の干し草だろうか。まるで、荷物に入れる緩衝材のように次々と何かが入れられた。
大きな翼が羽ばたくような音がして、風の音はしたが、ただ座っているだけの私は、寒さも感じなかった。
静かな衝撃の後で、檻が開く音がした後、私はそこからだされた。
「着いたぞ」
月明かりしかない夜の闇の中で、カンテラが明るい光を放っていた。
「その毛布を抱えて、ついてくるがいい」
私は二枚の毛布を抱えて、おじいさんのカンテラの後を付いて行った。
「久しく来てはいなかったが、大丈夫そうじゃな」
土の壁のくぼみに、不自然過ぎる木の扉があった。
「ここは、おじいさんの住む山ではないのですか?」
「儂の山は、少々高くてな。ベスには暮らしにくいのじゃ。ここは昔、儂が友人としばらく過ごした山なのじゃ。あれが亡くなって、もう来る事もないと思っておったが、残しておいて良かったな」
おじいさんは、古い魔導具のランプを次々に、確かめながらつけていった。
照らし出されたその部屋は、全てが土の色だった。
部屋の片隅にある、石を削って作ったと思われる物はシンクだろうか。穴があいていて、その下にある四角い木が、排水を外に出す仕組みのようである。
シンクの横には、木の台があった。
その並びにあるのは、おそらくカマドなのだろう。ただ石で囲ってあるだけだが、中には積もった灰があり、空の錆びた鉄鍋があった。
カマドの横の壁には穴があり、たきぎがきれいに並んでいた。
家具といえば、木の机とベンチだが、丸太を半分に切って、足をつけただけのそれは、私では気軽に動かせる重さのものではないだろう。
扉はないが、次の部屋は毛皮が乱雑に散らばっていた。
「ここは寝床だ。好きなように毛皮を並び変えれば良い。そこの小さな部屋は、魔導具があるが、使えぬじゃろうから儂を呼べ」
木の扉の中には風呂とトイレがあった。
完璧な住まいとは言えないが、使い勝手は良さそうである。
むしろ、庶民の小さな家に比べたら上等だと思える住まいである。
「全ては夜が明けてからじゃな。まずは休むがいい」
「はい」
私は靴を脱いで、自分の寝床用に毛皮を並べた。
毛皮も重ねると、敷き布団のように寝心地が良い。
持ってきた毛布をかけて横になると、初めての場所だというのに、眠りはすぐにやってきた。




