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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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再び転がされて

 体が痛くて目が覚めたが、私はそのまま目を開けずにいた。

 自分が良い状況に置かれていないのは、縛られている手足で想像が付く。

 馬車に転がされたのは二度目だが、慣れてはいない。


 ひどく乱暴な馬車の扱いで、揺れる度に体が、床に打ち付けられる。

 しばらく様子をうかがっていたが、そばに人の息遣いもないので、ゆっくりと目を開けた。


 私は木の床がある、鉄格子の(おり)の中に入れられている。

 両足を縛られ、両手は後ろで縛られている。

 今回は猿ぐつわはなく、布で縛られているだけなので、さほどつらくはない。


 大きさのあまり違わない、木箱や空っぽの檻と一緒に、布で覆われているので、時間も場所も想像が付かない。

 ただ、馬の足音と車輪のきしむ音で、馬車が悪路を走っているのは分かった。


 エブリンはどうしただろうか。

 ダニエル様は探しているだろうか。

 ルベが私の魔力を探して、そばまで来ていると良いのだが。


 そこで私はエブリンの言葉を思い出して、そっと肩を上げて首をかたむけた。

 首輪がある……。

 縛られている手で、生活魔法を使ってみたが、何一つ魔法は使えなかった。


 魔法が使えないなら剣があると思ったが、そんな物は当然、取り上げられていて、手元にはない。

 何とか逃げ出す方法はないかと考えたが、今回は全くお手上げだった。


「おい。程々にしておけよ。主は酒の匂いが嫌いだからな」

「分かっているって、王都までは日にちが掛かる。運悪く馬車を替える町まで来ていたって、その頃には酔いも覚めているさ」


「お前、夜はどうするんだよ。見張りも俺一人にやらせる気なのか? こんな街道から離れた道だぜ。おまけにもうすぐ山に入るんだ」

 どうやら、グイドさんと話をしていた二人のようである。

 この国にきたばかりで、地図も全く分からない私には、山がどこにあるのかすら、把握をしてはいない。


「あん? 魔物なんて、ベロベロに酔っ払っていたって、片付けてやるよ。ほら場所を変われよ。文句が多い癖に、馬車もろくに扱えやしない。お前じゃあ、この山の細い道は無理だろうよ」


 馬車が山道に入った事は、体の傾きで分かった。

 馬車のスピードが落ちたので、かなり細い道なのだろう。

 御者台の会話が途切れて、静かになった。

 私はただ、逃げ出す方法を探していた。


 馬の休憩の時間がきたのだろうか、馬車が止まった。

「ガキの食い物はどうするんだ?」

「魔力を奪ってあるから、食わなければ弱って死ぬぞ。水と食い物は入れてやれ。顔の布を取るのを忘れるな」


「手はどうする? 食えないだろう?」

「暴れるようすもないから、外してもいいだろう。檻に入っているんだ。逃げられやしない。叫んだところで、人もこない山道だ。魔物よけになって良いくらいだ。町に近付いたら、また縛ればいいさ」


 檻の布が外されて、新しい空気が入ってきたが、馬車の幌で外は見えなかった。

「後ろを向いてこっちに来い。縄をほどいてやる」

 どうやら檻の外から手を入れて、縄をほどくようだ。

 私は手と口の自由を得たが、悔しくて何も言う気はしなかった。


 水の瓶と、全粒粉の古いパンが檻に入れられたが、固いパンは手で千切る事もできなかった。

 噛み千切ったパンのかけらを、ゆっくりと口の中で柔らかくしてから、飲み込んだ。水は大事に飲まなければ、次にもらえる保証はないだろう。


 さて、この自由になった手と、口を使って、私は何をすれば良いのだろう。

 まずは、足首が痛いので、その縄を外した。

 ルベに獣語でも習っておけば良かった……。現実逃避も甚だしいが。

 馬車の幌のなかで、声帯が壊れるほど叫んでみようか。


「助けてえ! 誰か助けて!」

 誰もいないと知ってはいるが、叫ぶ言葉が思い浮かばないのだ。

「助けてえ! 誰か助けて! 殺される!」


 殺すとは言われていない気が……。ああ、そうだ。殺されるような危険に、他人は首を突っ込まないから、殺されると言ってはいけないと聞いた事がある。

「助けてえ! 誰か助けて!」

 とりあえず、暇なので、叫んでいようと思う。


「煩い! ガキ」

「よせ、商品に傷を付けるな。エブリンの時を思い出せ。兄貴が消されたんだぞ」

「だがよお」

「そのうち、疲れて寝る。あれじゃあ、明日は縛るしかないな」


 ここは馬車が通らないと聞いたが、一台でも近付いたら、盛大に辺りの物を蹴飛ばそうと、音のでそうな物を物色した。

 それから私は、水を一口ずつ飲みながら、眠るまで叫んでいた。


 何かが壊れるような音で、私は目を覚ました。

 魔物だろうか? 人の声はしないが、深夜の馬車の中では、何が起こっているのかも分からない。

 どうせ、檻に入っているのだ、声を出すべきだろう。


「助けて! ここから出して!」


「生きておったか」


 幌を引き裂く音と同時に現れたのは、月を背にした見上げるほどの、大きなトカゲだった。

 大失敗だ……。


「トカゲさん。出してほしいけど、私は人の子でまずいわよ。食べないでくれるとありがたいのだけれど」


「何を言っておるのじゃ?」

 その声は、馬車の横の幌を破いたトカゲとは、別の場所から聞こえた。

 馬車の後ろから入ってきたのは、人間のおじいさんだった。


「おじいさん! 危ないわ。トカゲよ!」

「あれはトカゲではない。お前を食ったりはせんから、落ち着け」

 巨大なイモリか、ヤモリかしら? ハ虫類に興味がなかったので、区別が付かないけれど。


 おじいさんは、どこから見つけてきたのか、鍵で檻を開けると言った。

「助けを呼ぶ声が聞こえたのでな」

「外にいる二人に、さらわれたのです」


 おじいさんは、大きなハ虫類の魔物を見て言った。

「あれを見て逃げ出したが、魔物に行く手を阻まれて、谷に落ちたからな。運が良ければ、逃げ切れるじゃろう。まあ、谷底は毒のあるやつばかりじゃから、人がどうこうするのは無理じゃろうがな。この道はそれで人が通らないのじゃ」


 私はようやく立ち上がって、お礼を言った。

「助かりました。ありがとうございます」

 馬車の外に出て、私は彼らの荷物を探した。

 馬車の外の荷物を手探りで探したが、毛布や衣類があるだけだった。

 大切な荷物は御者台の下にある事を思い出して、私は御者台を押し上げた。


「あった!」

 暗闇の中でも、それは確かに、私の剣だと主張していた。

「ほう、剣が使えるのか?」

 おじいさんの言葉に、私は首をかしげた。


「十歳になったので、今回、初めて持たされたのです。おじいさんも見たでしょ? 私は気が付いたら檻の中だったの。剣は使う暇もなかったのよ」

「誇る事か……」

「でも、魔法を封じる魔導具を付けられてしまったから、剣がなければ人里にはいけないでしょ? おじいさんの住んでいる所に教会はある?」


「ないな。ここから教会のある町まで歩くのは、無理じゃろうな」

「そんなに遠いの?」

「遠い。第一、馬は逃げたからな。魔法も使えぬその身一つでは、朝を見る事すらかなわぬじゃろうな」

「どうしよう……」


 私はその場に座り込んでしまった。

 助けてくれたおじいさんに、これ以上何かを頼むのは、申し訳ないとは思うが、他の方法は見つかりそうもなかった。

「おじいさん。私を連れていってもらえませんか?」


「儂は山の奥で、一人で暮らしておる。人里に知らせはだせるが、行く事はない」

「知らせをだしてもらえるだけで十分です」

「それならば、待っておれ」

 おじいさんは、馬車の中から檻を出すと、強度を確かめて、私を中に入れた。


「おじいさん?」

「少しの我慢じゃ。お前さんの足ではたどり着けぬからな」

 おじいさんの言葉で、私はとても失礼な自分に気が付いた。


「助けていただくのに、名前も名乗らずにごめんなさい。エリザベスと言います。ベスと呼んでください」

「ベスか。良い名じゃな。少しの辛抱じゃからな」

 おじいさんは、笑顔で私に座るように促した。


 私は、布を掛けられて周りが見えなくなったが、この匂いは馬の干し草だろうか。まるで、荷物に入れる緩衝材のように次々と何かが入れられた。


 大きな翼が羽ばたくような音がして、風の音はしたが、ただ座っているだけの私は、寒さも感じなかった。

 静かな衝撃の後で、檻が開く音がした後、私はそこからだされた。

「着いたぞ」

 月明かりしかない夜の闇の中で、カンテラが明るい光を放っていた。


「その毛布を抱えて、ついてくるがいい」

 私は二枚の毛布を抱えて、おじいさんのカンテラの後を付いて行った。

「久しく来てはいなかったが、大丈夫そうじゃな」

 土の壁のくぼみに、不自然過ぎる木の扉があった。


「ここは、おじいさんの住む山ではないのですか?」

「儂の山は、少々高くてな。ベスには暮らしにくいのじゃ。ここは昔、儂が友人としばらく過ごした山なのじゃ。あれが亡くなって、もう来る事もないと思っておったが、残しておいて良かったな」

 おじいさんは、古い魔導具のランプを次々に、確かめながらつけていった。


 照らし出されたその部屋は、全てが土の色だった。

 部屋の片隅にある、石を削って作ったと思われる物はシンクだろうか。穴があいていて、その下にある四角い木が、排水を外に出す仕組みのようである。

 シンクの横には、木の台があった。


 その並びにあるのは、おそらくカマドなのだろう。ただ石で囲ってあるだけだが、中には積もった灰があり、空の錆びた鉄鍋があった。

 カマドの横の壁には穴があり、たきぎがきれいに並んでいた。

 家具といえば、木の机とベンチだが、丸太を半分に切って、足をつけただけのそれは、私では気軽に動かせる重さのものではないだろう。


 扉はないが、次の部屋は毛皮が乱雑に散らばっていた。

「ここは寝床だ。好きなように毛皮を並び変えれば良い。そこの小さな部屋は、魔導具があるが、使えぬじゃろうから儂を呼べ」


 木の扉の中には風呂とトイレがあった。

 完璧な住まいとは言えないが、使い勝手は良さそうである。

 むしろ、庶民の小さな家に比べたら上等だと思える住まいである。


「全ては夜が明けてからじゃな。まずは休むがいい」

「はい」

 私は靴を脱いで、自分の寝床用に毛皮を並べた。

 毛皮も重ねると、敷き布団のように寝心地が良い。


 持ってきた毛布をかけて横になると、初めての場所だというのに、眠りはすぐにやってきた。









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