エブリンの過去
翌朝、村長宅の客室で、ダニエル様が言った。
「今日は一日、村長と出かけます。ベスは同世代の子供と、たまには遊ぶのもいいでしょう。グイドに頼んでおきますよ」
『我もこの村の中にいる』
仕事の邪魔になるのなら、私は留守番をしていようと思った。
この家にいるエブリンは年上だが、この世界で初めて出会った、同世代の女の子で、おまけに好感が持てたのである。
食堂でその話になると、村長が笑顔で私を見た。
「近くに取り次ぎの村があるのです、ミルクと卵はそこに出荷するのですが、今日はグイドが配達の当番ですから、ベスも付いて行くといいですよ。夕方には戻ってきますからね」
「私も父さんの当番の日は、楽しみなのよ。その村にはタマゴクリムを売っている店があるの!」
エブリンの笑顔で、それは随分と良い物のようだが、何なのかが分からない。
「タマゴクリム?」
「ベスは青の大陸で育ちましたからね。赤の大陸にある、新鮮な卵とミルクで作られた、冷たい食べ物です。口の中に入れるとなめらかに甘くて、すぐに溶けてしまうのですが、おいしいのですよ」
ダニエル様の言っているのは、アイスクリームの事だろうか?
「一緒に行きましょうベス。タマゴクリムはすぐに溶けてしまうので、村には持って帰れないのよ」
エブリンはそう言うと、私の手を取った。
私はどうして良いのかが分からず、ダニエル様の顔を見た。
「ああ、心配はいらないですよ。このあたりは卵やミルクの村があるから、冒険者や警備の兵士が、魔物の駆除を定期的にしているのです」
村長が小さく笑って言った。
ダニエル様はにこやかにうなずいた。
「夕方までですし、行ってらっしゃい。タマゴクリムが食べたいのでしょう?」
「はい。楽しみです」
アイスクリームは十年以上、食べてはいない。
前世の私は、風呂上がりのアイスも、楽しみの一つだったのである。
直射日光から卵を守るために、荷台に掛けられた幌は、子供が辛うじて座れる高さがあった。
エブリンと二人で腰を掛けて、荷馬車の後ろから、遠ざかる景色を眺めていた。
そこで私は、エブリンが多少の揺れでも、バランスを崩さない事に気が付いた。
スカートの膨らみで、彼女の右足は膝から下だけが無いのだと知った。
この世界には義足はないのだろうか。生涯つえを使うのでは大変だと思う。
「気になるのに聞けない? 子供は聞くわよ“足はどうしたの”って」
「楽しい思い出ではないでしょう? エブリンのつらい顔を見たいとは思わない。子供の私が聞いたって、何もできはしないもの」
エブリンは笑顔で私を見た。
「ベスは親を失ったの? それとも捨てられた? 父さんは神官と旅をする子は、施設に入るのだと言っていたわ。気を悪くしないで。私は捨てられたのよ」
とんでもないカミングアウトに驚いたが、彼女はどうやら私を仲間意識の延長上で見ているようで、悪意はないようである。
「家族は全員、殺されたのよ。育ててくれた親とも、はぐれてしまって、ダニエル様と旅をしているの。施設の話は聞いていないわ」
口にすると、結構悲惨な話になると、私は苦く笑った。
「お互いに大変よね。私の家は子供が多くて貧乏だったわ。私が八歳の年は不作で、雑草を食べて暮らすほどだったの。朝起きたら、私は知らない場所で知らない人たちと一緒にいたのよ」
エブリンの話が理解できない私は、思わず彼女の顔を見た。
「どういうこと?」
「多分、前の日の夜に、親が内緒でくれたクッキーに、薬が入っていたんだわ。そこにいた人たちが皆、クッキーを食べたと話していたから」
私は教会の神官様が、闇商人の話をしていたのを思い出していた。
貧しくて子供を育てられないのなら、施設がある。
村か近隣の町には、教会があるはずなのだ。
クッキーを食べさせて眠らせた我が子を、いくらで売ったのだろう。
その金で買ったパンは、おいしかっただろうか。
「皆は、それなりに大きかったから、働き口はすぐに見つかったのよ。小さい子供は里親がみつかったわ。私は痩せていて反抗的だったから、行き先がなかったの。何度も村に帰ろうと逃げ出して、とうとう足の腱を切られたのよ」
「ひどい……」
自分を売った親でも、子供にとっては親なのである。
子供が帰りたいと思うのは、当然の事だろう。
「主が言ったのよ。お前は教育も受けていないから、歩く必要のない仕事をさせるって。でも、足がどんどん黒くなって、私は高熱で動けなくなったの。そこの下働きをしていた今の父さんが、内緒で私を教会に連れていってくれたのよ。でも、足は膝から下が死んでいて、そのままでは私が危険だからと、切り落とされたわ」
傷の手当ても、されなかったのだろう。
それで彼女が自由になれたのだとしたら、どんな高い代償なのだろうと思うと、胸が痛んだ。
「教会から施設に行かなかったの?」
教会が保護していないから、彼女はここにいるのだが。
「父さんが、二人で暮らそうと言ってくれたの。これは内緒よ」
首に巻いた布を取ったエブリンの首には、金属の首輪がついていた。
「これは魔力を消す魔導具なの。ここに穴があるでしょう?」
「うん」
「ここに主が血を入れたから、私はどこにいても主には分かってしまうのよ」
「じゃあ、今も見張られているの? 連れ戻されるの?」
「主は足のない私に、興味はないわ。父さんは私を見張っている事で、あの人たちから解放されたの。私は父さんと一緒にいる事で、殺されずに済んだの。父さんはいつかこの首輪を外して、二人で自由になろうって言ってくれるのよ」
首輪を外す方法が分かれば、二人は自由になれるのだと聞いて、私は少し希望を持った。
「ダニエル様は主神官だから、首輪の事を相談してみたら? きっと二人を助けてくれるわ」
エブリンは目を見開いて、私を見た。
「本当? 主神官って魔導具に詳しいの?」
「ええ。人の作った物でしょう? きっと何とかしてくれる」
教育を受けていないと言うより、教会の事すらエブリンは知らないようだ。
「父さんは罪を問われないかしら?」
教会は警備隊ではないのだが、彼女の不安は分かる気がする。
「下働きじゃあ、大した罪も犯していないでしょう? 正直に二人で全部話すといいわよ。その主とやらは今、国が探している闇商人だと思うわよ」
そんな連中がたくさんいるとは思えないので、間違ってはいないと思う。
「国が? 主を捕まえるの?」
エブリンは、不思議そうに首をかたむけた。
彼女は自分が被害者だと、自覚してはいないようである。
「人を売り買いするのは、重罪らしいわ。ダニエル様に全部話して、助けてもらいましょう。私も一緒にお願いするわ」
「ありがとう。村に帰ったら、父さんと話すわ。父さんにはたくさん苦労を掛けたのよ。首輪がなくなったら、あいつらも来ないから働けるわ」
逆境にあっても、自分の未来を語れるエブリンは、強いと思った。
馬車が止まり、グイドさんが笑顔で幌を外した。
取り次ぎの村と聞いていたが、取り次ぎの場所というのが正解だろう。
飼育の村は、誰でも自由に出入りができないようになっているので、この場所に持ち込んで売買してもらうようだ。
「卵を納めてくるから、屋台で蒸しパンでも食ってから、タマゴクリムを食うんだぞ。夕食までに腹が減って倒れてしまうからな」
グイドさんは小さな袋をエブリンに渡しながら言った。
「父さん、今日はベスがいるんだから、飲み過ぎないでね」
「ああ。分かっている」
エブリンは慣れた足取りで、屋台に向かう。
私はエブリンが向かった屋台を見て、首をかしげた。蒸しパン?
「二つは持てないわ。ベス、受け取ってね」
エブリンは袋から金を出して、お釣りを受け取った。
私は店のおばさんから、葉っぱに包まれた、熱い蒸しパンを受け取った。
「あそこのベンチがいいわね」
エブリンの杖の先には、確かに良さそうなベンチがある。
私たちは、木陰にあるそのベンチに腰掛けて、葉っぱを開けた。
蒸しパンは具沢山の肉マンだった。
「おいしい。お肉がたくさん入っているのね」
「蒸しパンは初めてなの?」
「うん」
これを蒸しパンとは言わない世界の話など、できる訳がない。
「これは、ミルクの出なくなった魔物の肉を使っているのよ。だから安くて、肉がたっぷりなの。父さんたちはこの肉を焼いて、ミルクで造ったお酒を飲むのよ」
「そうなの? 酔わない?」
「弱いお酒だから、大丈夫よ。ここで卵やミルクを買いに来た人たちから、情報を教えてもらうのも、大切な仕事なのよ」
隔離されているような村が、客のニーズを知る場所でもあるようだ。
エブリンは感心する私を見て、面白そうに笑った。
「さあ、タマゴクリムを食べに行きましょう」
想像通り、タマゴクリムはアイスクリームだった。
バニラの風味もしっかりとあるそれは、前世のアイスより、味は濃厚でおいしいと思った。
「おいしいでしょう?」
「うん。すごくおいしい。幸せな気分だわ」
「大げさねえ。でも分かるわよ」
エブリンはそう言うと、そろそろ帰る時間だと歩きだした。
グイドさんの所に向かう途中で、突然エブリンが私を物陰に引き込んだ。
二人の男がグイドさんと、話をしているようである。
「だから、村にはこないでくださいよ」
「お前が邪魔をするからだろうが! 主はほとぼりが冷めるまで、しばらくあの村で暮らすとおっしゃっているんだ」
エブリンが彼らは主の子分だと、小声で教えてくれた。
「廃村だってあるじゃないですか。何も井戸に毒を入れなくても」
「俺たちに働けと言っているのか? 二年か三年の間だ。お前たちがいるから、村がそっくり入れ替わったってバレないだろう。村長とトリ飼いだけは解毒剤を飲ませて何人か残しておけ。今度は邪魔をするなよ。井戸の工事が終わったら、行くからな」
エブリンは悲しそうにうつむいた。
亡くなった二人の女性には、かわいがってもらったのだと言う。
エブリンは、毒の事は知らなかったようである。
「領主が主神官を村によこしたんだ。毒がばれたら俺たちはいられない」
「そんな事は分かっている。売れそうな子供じゃないか。あれがいなくなったら、お優しい主神官はどうするだろうな?」
私を売る気なのだろうか?
「あの子は施設に入れる子だ。いなくなっても探しはしない」
「親がないなら、金を払わなくてもいい。最後に良い思いをさせてもらうぜ」
グイドさんは、私を助けようとしているようだが、少し傷付いた。
聞かれているとは思っていないから、言ったのだろうが。
エブリンは私を見て、力強い小声で言った。
「ベス。あいつらに捕まったら、逃げられない。急いで逃げて。屋台の裏の道を行けば、ミルクの村があるから、助けを求めるのよ。主神官様に言って迎えに行ってもらうから。急いで! 捕まっては駄目よ」
「うん。お願いします」
私は屋台まで走って、その裏の道にでた。
追っ手がきても隠れる事ができるように、道の脇を急いで歩き、ミルクの村を目指した。
突然、私の前に現れた人物。
それはグイドさんと、話をしていた男だった。
「ほう。随分と考えたようだな。探すのに手間どったぜ。だが、所詮ガキの知恵。たかが知れている」
私の視界は、そこで途切れてしまった。




