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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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エブリンの過去

 翌朝、村長宅の客室で、ダニエル様が言った。

「今日は一日、村長と出かけます。ベスは同世代の子供と、たまには遊ぶのもいいでしょう。グイドに頼んでおきますよ」

『我もこの村の中にいる』


 仕事の邪魔になるのなら、私は留守番をしていようと思った。

 この家にいるエブリンは年上だが、この世界で初めて出会った、同世代の女の子で、おまけに好感が持てたのである。



 食堂でその話になると、村長が笑顔で私を見た。

「近くに取り次ぎの村があるのです、ミルクと卵はそこに出荷するのですが、今日はグイドが配達の当番ですから、ベスも付いて行くといいですよ。夕方には戻ってきますからね」


「私も父さんの当番の日は、楽しみなのよ。その村にはタマゴクリムを売っている店があるの!」

 エブリンの笑顔で、それは随分と良い物のようだが、何なのかが分からない。

「タマゴクリム?」


「ベスは青の大陸で育ちましたからね。赤の大陸にある、新鮮な卵とミルクで作られた、冷たい食べ物です。口の中に入れるとなめらかに甘くて、すぐに溶けてしまうのですが、おいしいのですよ」

 ダニエル様の言っているのは、アイスクリームの事だろうか?


「一緒に行きましょうベス。タマゴクリムはすぐに溶けてしまうので、村には持って帰れないのよ」

 エブリンはそう言うと、私の手を取った。


 私はどうして良いのかが分からず、ダニエル様の顔を見た。

「ああ、心配はいらないですよ。このあたりは卵やミルクの村があるから、冒険者や警備の兵士が、魔物の駆除を定期的にしているのです」

 村長が小さく笑って言った。


 ダニエル様はにこやかにうなずいた。

「夕方までですし、行ってらっしゃい。タマゴクリムが食べたいのでしょう?」

「はい。楽しみです」

 アイスクリームは十年以上、食べてはいない。

 前世の私は、風呂上がりのアイスも、楽しみの一つだったのである。



 直射日光から卵を守るために、荷台に掛けられた幌は、子供が辛うじて座れる高さがあった。

 エブリンと二人で腰を掛けて、荷馬車の後ろから、遠ざかる景色を眺めていた。


 そこで私は、エブリンが多少の揺れでも、バランスを崩さない事に気が付いた。

 スカートの膨らみで、彼女の右足は膝から下だけが無いのだと知った。

 この世界には義足はないのだろうか。生涯つえを使うのでは大変だと思う。


「気になるのに聞けない? 子供は聞くわよ“足はどうしたの”って」

「楽しい思い出ではないでしょう? エブリンのつらい顔を見たいとは思わない。子供の私が聞いたって、何もできはしないもの」


 エブリンは笑顔で私を見た。

「ベスは親を失ったの? それとも捨てられた? 父さんは神官と旅をする子は、施設に入るのだと言っていたわ。気を悪くしないで。私は捨てられたのよ」


 とんでもないカミングアウトに驚いたが、彼女はどうやら私を仲間意識の延長上で見ているようで、悪意はないようである。

「家族は全員、殺されたのよ。育ててくれた親とも、はぐれてしまって、ダニエル様と旅をしているの。施設の話は聞いていないわ」

 口にすると、結構悲惨な話になると、私は苦く笑った。


「お互いに大変よね。私の家は子供が多くて貧乏だったわ。私が八歳の年は不作で、雑草を食べて暮らすほどだったの。朝起きたら、私は知らない場所で知らない人たちと一緒にいたのよ」


 エブリンの話が理解できない私は、思わず彼女の顔を見た。

「どういうこと?」

「多分、前の日の夜に、親が内緒でくれたクッキーに、薬が入っていたんだわ。そこにいた人たちが皆、クッキーを食べたと話していたから」


 私は教会の神官様が、闇商人の話をしていたのを思い出していた。

 貧しくて子供を育てられないのなら、施設がある。

 村か近隣の町には、教会があるはずなのだ。

 クッキーを食べさせて眠らせた我が子を、いくらで売ったのだろう。

 その金で買ったパンは、おいしかっただろうか。


「皆は、それなりに大きかったから、働き口はすぐに見つかったのよ。小さい子供は里親がみつかったわ。私は痩せていて反抗的だったから、行き先がなかったの。何度も村に帰ろうと逃げ出して、とうとう足の(けん)を切られたのよ」

「ひどい……」


 自分を売った親でも、子供にとっては親なのである。

 子供が帰りたいと思うのは、当然の事だろう。


「主が言ったのよ。お前は教育も受けていないから、歩く必要のない仕事をさせるって。でも、足がどんどん黒くなって、私は高熱で動けなくなったの。そこの下働きをしていた今の父さんが、内緒で私を教会に連れていってくれたのよ。でも、足は膝から下が死んでいて、そのままでは私が危険だからと、切り落とされたわ」


 傷の手当ても、されなかったのだろう。

 それで彼女が自由になれたのだとしたら、どんな高い代償なのだろうと思うと、胸が痛んだ。


「教会から施設に行かなかったの?」

 教会が保護していないから、彼女はここにいるのだが。

「父さんが、二人で暮らそうと言ってくれたの。これは内緒よ」

 首に巻いた布を取ったエブリンの首には、金属の首輪がついていた。


「これは魔力を消す魔導具なの。ここに穴があるでしょう?」

「うん」

「ここに主が血を入れたから、私はどこにいても主には分かってしまうのよ」


「じゃあ、今も見張られているの? 連れ戻されるの?」

「主は足のない私に、興味はないわ。父さんは私を見張っている事で、あの人たちから解放されたの。私は父さんと一緒にいる事で、殺されずに済んだの。父さんはいつかこの首輪を外して、二人で自由になろうって言ってくれるのよ」


 首輪を外す方法が分かれば、二人は自由になれるのだと聞いて、私は少し希望を持った。

「ダニエル様は主神官だから、首輪の事を相談してみたら? きっと二人を助けてくれるわ」


 エブリンは目を見開いて、私を見た。

「本当? 主神官って魔導具に詳しいの?」

「ええ。人の作った物でしょう? きっと何とかしてくれる」

 教育を受けていないと言うより、教会の事すらエブリンは知らないようだ。


「父さんは罪を問われないかしら?」

 教会は警備隊ではないのだが、彼女の不安は分かる気がする。

「下働きじゃあ、大した罪も犯していないでしょう? 正直に二人で全部話すといいわよ。その主とやらは今、国が探している闇商人だと思うわよ」


 そんな連中がたくさんいるとは思えないので、間違ってはいないと思う。

「国が? 主を捕まえるの?」

 エブリンは、不思議そうに首をかたむけた。

 彼女は自分が被害者だと、自覚してはいないようである。


「人を売り買いするのは、重罪らしいわ。ダニエル様に全部話して、助けてもらいましょう。私も一緒にお願いするわ」

「ありがとう。村に帰ったら、父さんと話すわ。父さんにはたくさん苦労を掛けたのよ。首輪がなくなったら、あいつらも来ないから働けるわ」

 逆境にあっても、自分の未来を語れるエブリンは、強いと思った。



 馬車が止まり、グイドさんが笑顔で幌を外した。

 取り次ぎの村と聞いていたが、取り次ぎの場所というのが正解だろう。

 飼育の村は、誰でも自由に出入りができないようになっているので、この場所に持ち込んで売買してもらうようだ。


「卵を納めてくるから、屋台で蒸しパンでも食ってから、タマゴクリムを食うんだぞ。夕食までに腹が減って倒れてしまうからな」

 グイドさんは小さな袋をエブリンに渡しながら言った。


「父さん、今日はベスがいるんだから、飲み過ぎないでね」

「ああ。分かっている」

 エブリンは慣れた足取りで、屋台に向かう。

 私はエブリンが向かった屋台を見て、首をかしげた。蒸しパン?


「二つは持てないわ。ベス、受け取ってね」

 エブリンは袋から金を出して、お釣りを受け取った。

 私は店のおばさんから、葉っぱに包まれた、熱い蒸しパンを受け取った。


「あそこのベンチがいいわね」

 エブリンの杖の先には、確かに良さそうなベンチがある。

 私たちは、木陰にあるそのベンチに腰掛けて、葉っぱを開けた。

 蒸しパンは具沢山の肉マンだった。


「おいしい。お肉がたくさん入っているのね」

「蒸しパンは初めてなの?」

「うん」


 これを蒸しパンとは言わない世界の話など、できる訳がない。

「これは、ミルクの出なくなった魔物の肉を使っているのよ。だから安くて、肉がたっぷりなの。父さんたちはこの肉を焼いて、ミルクで造ったお酒を飲むのよ」


「そうなの? 酔わない?」

「弱いお酒だから、大丈夫よ。ここで卵やミルクを買いに来た人たちから、情報を教えてもらうのも、大切な仕事なのよ」


 隔離されているような村が、客のニーズを知る場所でもあるようだ。

 エブリンは感心する私を見て、面白そうに笑った。

「さあ、タマゴクリムを食べに行きましょう」


 想像通り、タマゴクリムはアイスクリームだった。

 バニラの風味もしっかりとあるそれは、前世のアイスより、味は濃厚でおいしいと思った。


「おいしいでしょう?」

「うん。すごくおいしい。幸せな気分だわ」

「大げさねえ。でも分かるわよ」

 エブリンはそう言うと、そろそろ帰る時間だと歩きだした。


 グイドさんの所に向かう途中で、突然エブリンが私を物陰に引き込んだ。

 二人の男がグイドさんと、話をしているようである。


「だから、村にはこないでくださいよ」

「お前が邪魔をするからだろうが! 主はほとぼりが冷めるまで、しばらくあの村で暮らすとおっしゃっているんだ」

 エブリンが彼らは主の子分だと、小声で教えてくれた。


「廃村だってあるじゃないですか。何も井戸に毒を入れなくても」

「俺たちに働けと言っているのか? 二年か三年の間だ。お前たちがいるから、村がそっくり入れ替わったってバレないだろう。村長とトリ飼いだけは解毒剤を飲ませて何人か残しておけ。今度は邪魔をするなよ。井戸の工事が終わったら、行くからな」


 エブリンは悲しそうにうつむいた。

 亡くなった二人の女性には、かわいがってもらったのだと言う。

 エブリンは、毒の事は知らなかったようである。


「領主が主神官を村によこしたんだ。毒がばれたら俺たちはいられない」

「そんな事は分かっている。売れそうな子供じゃないか。あれがいなくなったら、お優しい主神官はどうするだろうな?」

 私を売る気なのだろうか?


「あの子は施設に入れる子だ。いなくなっても探しはしない」

「親がないなら、金を払わなくてもいい。最後に良い思いをさせてもらうぜ」

 グイドさんは、私を助けようとしているようだが、少し傷付いた。

 聞かれているとは思っていないから、言ったのだろうが。


 エブリンは私を見て、力強い小声で言った。

「ベス。あいつらに捕まったら、逃げられない。急いで逃げて。屋台の裏の道を行けば、ミルクの村があるから、助けを求めるのよ。主神官様に言って迎えに行ってもらうから。急いで! 捕まっては駄目よ」


「うん。お願いします」

 私は屋台まで走って、その裏の道にでた。

 追っ手がきても隠れる事ができるように、道の脇を急いで歩き、ミルクの村を目指した。


 突然、私の前に現れた人物。

 それはグイドさんと、話をしていた男だった。

「ほう。随分と考えたようだな。探すのに手間どったぜ。だが、所詮ガキの知恵。たかが知れている」


 私の視界は、そこで途切れてしまった。








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