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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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モンテナ村

 久しぶりに陸地で迎えた朝は、海上とは違う安心感がある。

 船旅をしなければ、この朝の気持ちは分からなかったのだと思えば、旅で得たものがまた一つ、増えた気がする。


 ダニエル様と礼拝堂で祈ってから、剣の稽古をして、朝食を済ませた。

「昼には馬車がくるようですから、少し出掛けますよ」

「はい」


 どこへとは聞かない。

 どこに行くにせよ、慣れない教会で留守番は、したくはないと思った。


 やってきたのは、メイン通りの裏にある。地元民の商店街のようなところだ。

「赤の大陸は南にあります。ここラバーブ国は気候がまだ穏やかですが、それでも昼間は、青の大陸の真夏より暑いのですよ」


 そう言いながら、ダニエル様が見ているのは、麦わらや木の皮や草で編んだ帽子である。日本の麦わら帽子のように、機械で縫ってあるものではなく、手作りなのだろう、二つと同じ物がないのが面白い。


 数種類を私にかぶせては、気に入った物はないかと聞かれても、道端で帽子を積んで売っている店に、鏡はないので任せるしかない。

 雨に弱いらしく、三個ほど買って一つはそのままかぶる事にした。

 肌を急に焼くのは、良くないと、広いツバの帽子は私用で、ダニエル様の帽子は直射日光を避けるのが目的のようである。


 地元の女の子が着ている、木綿のワンピースは、一枚だけで遠慮した。

 見た目は涼しいのだが、木綿の下着を着るので、真夏にワンピースを重ね着している感じがして、とても暑苦しい。

 良い顔はされないだろうと思ったが、ズボンとチュニックで過ごしたいと、言ってみた。


「毒のある虫がたくさんいますから、その方が良いかもしれませんね。ズボンなら、もう十歳ですからベルトを買いましょう」

「ひもで縛りますから、ズボンは落ちませんよ?」


 ゴムがない世界は、何にでもひもが付いている。特に靴下のひもは、すぐに落ちて面倒だが、靴で一日過ごす生活では、はかない選択肢はない。


「何を言っているのですか? 十歳から剣を持ち歩く事ができるのですよ」


 荷物はルベに任せているので、気にしたことはないが、確かにいざという時に剣は使えない。

 持ち歩くべきかもしれないが、庶民の子どもは剣などは持たない。

 女の子であればなおさらである。


「町の中では要りませんが、護衛のいない旅ですからね。剣が使える子は持っているのが普通です」


 なんのために毎朝、稽古をしていたのだろうと思った。

 前日に食べ過ぎても、ダイエットが必要な年齢ではない。

 剣が武器であることを、私は改めて認識した。


 鞘の二カ所を止めて下げるベルトには、小さな剣も装着できるようになっていた。ダニエル様は自分の使っていない、薬草や果実をとるのに使えそうな、ナイフのような剣をくれた。


「ありがとうございます」

「いいえ。こういう物だけは、その辺で気楽に買うと後悔しますからね」


 ダニエル様の剣をもらった事が嬉しかった。

 十歳の子供が持つには、少し贅沢な気がする小さな剣だった。


 教会に戻ると、御者が馬車の横で待っていた。

「ビリーと申します。モンテナ村の出身ですので、道はお任せください」

 茶色のくせ毛と茶色の目をした青年は、人の良さそうな笑顔を見せる。


「ダニエルです。この子はベス。彼はルベです。村までよろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」

 ダニエル様の後で、私も挨拶をした。


 神官様や管理人さんに見送られて、私たちは慌ただしく出発する事になった。

「寒くないのに、幌馬車なのですね」

 こじんまりとした幌馬車である。


「日よけが必要でしょう。それに夜は冷えますからね」

 寒さがしのげるとは思えなかったが、一応うなずいた。

 大人が二人と子供だけで、一番の大きな荷物は馬の水と餌である。


 小さな幌馬車は、馬も一頭引きで、村は近いのだろうと思った。

「ビリー、どのくらいでモンテナ村に着くのですか?」

 ダニエル様がビリーさんに話し掛けた。


「近道を行きますから、明日の夕方くらいには着きます。井戸掘りの連中と半日も違わないでしょう」

 井戸掘りの人たちは、昨日の夕方に出発したのだ。

 長い道程ならば分かるが、一日半でそこまで差を詰める事ができるのだろうか。


「そんなに早く?」

「向こうは荷が重いですし、馬車は二台ですからね。人数が多いと、なかなか時間通りにはいかないのが普通ですから」


 きっと、最後の理由が本音だと思った。

「なるほどね」

 ダニエル様もそう言うと、苦く笑った。


「すみませんが、馬の休憩まで走りたいので、昼は弁当で良いですか? 領主様から預かって、そこの木箱に入れてあるのですが」

「私たちは慣れているから、構いませんよ。ベスも良いでしょう?」

「はい。もちろんです」


 木箱の中には、奇麗な布の掛かった大きなバスケットと、小さなバスケットが入っていた。

 それと、飲み物が入っているのだろう、ワラで包んだ陶器の瓶が三本入っていた。


 私はビリーさんに、小さなバスケットと瓶を渡した。

「ありがとう」

 彼はそれを手の届く場所にある、浅い箱に入れた。


 ダニエル様にぬれた手拭いを渡されて、それで手を拭いて、ルベとバスケットの布を取って顔を見合わせる。

 おいしそうだとルベの目が言っている。


 大きなだ円形のパンにたくさんの切れ目があり、そこからいろいろな具材が顔をのぞかせていた。

 ルベのためにも、まずは肉からだろうか。


 ダニエル様が器を出してくれたので、私は飲み物をルベに分ける。

 酸味の少ない、かんきつ系の果実水だった。


 食事が済んだ頃、ビリーさんが自分の後ろにいる、ダニエル様に話し掛けた。

「本当に助かります。卵を見てもらえると聞いたので、自分からこの馬車の御者を領主様に頼んだのです。父はもういませんが、母と兄の家族が村でトリを飼っているんですよ。うちは肉も卵も野菜もトリに食わせてもらっているんで、トリが宝なんです」


「野菜も?」

 私は思わず尋ねた。

 肉と卵は分かるが……。


「そうですよ。トリは大切に育てると、糞は臭くはないんです。良い土になります。村の畑だけでなく、農家も土を買いにくるんですよ」

「トリも畑も良いのに、井戸が悪くて病人が出たのなら、心配ですね」

 ビリーさんが、村を大切に思っている気持ちが伝わってきて、私も村の事が心配になってきた。


「俺は学園に行った訳じゃないし、難しい事は分からないんですよ。でも主神官様、この領地はどこも、井戸が浅いと水に塩が入るんですよ。俺のひいじいさんは村に来て一番大変だったのは、井戸掘りだったと言ってました。トリの汚水が井戸に入った事なんてなかったのです。水であたったやつだって聞いた事がない。それなのに今になって、こんな事があるんですかね?」


「見てみないと、何とも言えませんね。私の力でできる事は、させてもらうつもりでいますよ」

 ビリーさんの真剣な問いかけに、ダニエル様はそう言うしかないのだろう。


「はい。主神官様が見てくださるなら、皆も納得します」

 先に行っている神官様を、悪く言っているのではない。

 村に犠牲者が出ている以上、納得のいく理由が欲しいのだろう。


『井戸ではないだろうな』

 ルベは私の膝で丸まったまま言った。

『どうして分かるの?』


『糞が臭くないと言っただろう? どうやら大切に育てられているのだろう。第一汚水が地下水に流れるなど、どれほど浅い井戸なのだ。汚染されるなら、とうの昔にされておるだろう。ダニエルよ、時間がかかるかもしれんな』

 ルベはダニエル様に視線も向けずに、重たく言った。


『ええ。彼が嘘を言う必要もないですからね』

 ダニエル様は腕を組んで、目をつぶっている。

 知らない人が見たら、昼食後の昼寝に見えるかもしれないが、話は少し面倒な方に向かっていた。


 夜は結界を張るので、見張りは必要がないと言うと、ビリーさんは四時間程の睡眠で出発したいと言い出した。

 聞けば、彼は馬と同じ時間、休むだけで十分らしい。

 旅の途中はそれ以上は眠れないらしく、いつも見張りをしているのだと言う。


 なるほど、早く着く訳である。私たちは幌の中で、眠る事になった。

 私はどこでも眠れるので、全く問題はなく、高魔力者のダニエル様も睡眠時間に固執する事はない。


 馬の休みに合わせて、食事休憩やお茶を楽しみながら、私たちは日が傾く前にモンテナ村に到着した。

 村と聞いてはいたが、高い塀に囲まれたそこは、サイユ村のようだった。


「魔物を飼育している村は、木か石の塀を巡らせてあるのですよ」

「村を思い出します」

「確かにそうですね。扱いは同じでしたからね」

 やはりサイユ村には、人間の尊厳などはなかったのだと思う。


 村の塀のそばには、私たちより少し早く着いた、井戸を直す人たちが、テントを立てていた。

 仕事は明朝より始まるようである。

 私たちが連れて行かれたのは、村長の家だった。


「領主様から手紙が届きました。私が村長のアルントです。お待ちしておりました。お疲れでしょう。さあ、狭い家ですが、中へどうぞ」

 ビリーさんは、すぐそばにある実家に行くようだ。


 家の中は古いが、手入れの行き届いた、落ち着きのある雰囲気だった。

「宿などはありませんのでな。うちの客間を使ってください」

「突然お邪魔したのに申し訳ありません。ダニエルと申します。彼がルベウスです。この子はエリザベス、訳あって一緒に旅をしております」


「初めまして、エリザベスと申します」

「おお、エリザベスさんは、おいくつですかな?」

「ベスで結構です。十歳です」


 そこへ男の人と女の子が、お茶を運んできた。

「息子たちは独立しておりましてな。妻を亡くしてから難儀をしていたのです。それで彼らに、住み込みで働いてもらっているのです。グイドと娘のエブリンです」

「いらっしゃいませ。グイドです」

「エブリンです」


 グイドさんは焦げ茶色の髪に緑色の目をした、体格の良い人だった。

 エブリンさんは茶色の髪と茶色の目で、お母さんに似ているのだろうが、どうやら、話の流れでお母さんはいないのだと思う。事故にでもあったのだろうか、彼女の右の足はなかった。


「エブリンは十二歳です。ベスさんのお話し相手にはなるでしょう」

 村長さんが私たちを見て、そう言った。


「ベスです。十歳ですが、よろしくお願いします」

 まずは、年下が挨拶をするのが、礼儀だろう。

「エブリンよ。家の中を案内するわ。その後で、お部屋に行きましょう。疲れているでしょう?」


 どうしたものかと、ダニエル様の顔を見た。

 ダニエル様は笑顔でうなずいた。

「そうしてもらうといいでしょう。私たちは少し村長様とお話がありますからね」


 私はうなずくと、彼女の顔を見た。

「エブリンさん。よろしくお願いします」

「うわあ。さんはいらないわ。エブリンと呼んで」

 彼女は笑顔で言った。


「はい。エブリン。私もベスと呼んでくださいね」

「うん。行きましょう、ベス」

 グイドさんが、扉を開けてくれた。

 彼女はつえを器用に使って、私の横を歩いた。







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