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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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サイユ村の過去

 私は言葉は分かるが、読み書きはできなかった。

 教会の中庭で母さんが、洗濯や小さな畑で仕事をしている間、私はひたすら地面に丸や線を書いていた。


 日本の書店に問題集を買いに行った時、幼児用のドリルを見かけて、興味本位で立ち読みしたのを、覚えていたのである。

 確かに幼児になってみると、丸の始まりと終わりを結ぶのは、意外に難しいと知った。


 三歳になる頃には、読み書きに支障はなくなったが、こうして改めて文字を覚えると思う、日本語のなんと難しい事か。

 教会には教科書もあるので、勉強には困らなかった。高校生だった私が、小学生の勉強に困ったら、それこそ問題であるが。


 この世界には紙も印刷技術もあるので、本は安価ではないが、流通している。

 ただ、紙は子供がいたずら書きをして、許される値段ではないようだ。

 教会の学校は、教科書を貸し与え、子供たちは黒い石板に骨筆で字を書く。

 したがって、ノートの見直しはできないのである。家で復習をしているような子は見受けられないので、余計な心配かもしれない。



 村は小さいので、十五歳未満の子供は八人しかいない。私とウィリーは七歳以下なので、教会の教室に通う子供は六人しかいない。

 十五歳になると、仕事か、上の学校かを選択できる。

 授業は王都から教師が月に二回程、一泊二日で指導に来るが、普通は週に三日村長が教える。


 私は邪魔にならないように、いつも教室の片隅で、授業を聞いていた。

 午前と午後で年齢を分けて教えるので、好きな時間を選ぶ事ができる。

 歴史は内容がどうも怪しく、本当の事は、どこかにきっと書かれてあると思いたかった。


 地図はあった。

 国と場所が分かる程度の物だったが、ちゃんとした地図は、将来必要になったら買えと教えられた驚いた。その後で、地図は高価だと知って納得した。


 三歳を過ぎた頃から、兄のウィリーが遊びにくるようになった。

 中身は三歳ではないので、感覚は子守である。

 兄に対して失礼ではあるが、かわいい……。

 村の子供たちの最年少は七歳なので、三歳の私たちは、あまり遊んではもらえなかった。


 五歳になると、私は母さんの仕事を覚えた。力仕事は無理なので、できる事は限られていたが、それでも、どこで大人の手を借りなければならないかを、知る必要があった。

 なぜなら、母さんと父さんに、本当の子供ができるからである。


 私が生まれたばかりの頃、神官様が言っていたのだ。

 十歳になったら、この村を出なければいけないと。その時、大事に育ててくれた二人の気持ちはどうするのだろうと、考えていたのである。

 母さんと生まれてくる子供のために、私と父さんが、がんばると決めた。



 生まれてきたのは、弟だった。名前はエルモ。

 父さんと同じ白金の髪と茶色の目だった。

 私は血縁関係ではないが、母さんと同じ薄茶色の髪と、焦げ茶色の目をしている。そのお陰で、親子関係が疑われた事はない。

 私の肌が白いのは、親が過保護で家からあまりださないせいだと、おばさんたちには言われている。


 母さんは安産で、母子ともにとても元気だった。

「ベス。大変だろう? すぐに動けるようになるからね」

 母さんは私をなでながら、すまなそうに言う。


「神官様が言っていたでしょ? 良いと言うまで、動いては駄目だって。父さんと二人で、なんとかできるんだから、無理しては駄目だよ」

「ベスの言う通りだ。後から寝込まれた方が大変だ。エルモの食い物は俺とベスではどうにもならん。なあ、ベス」


「うんうん。どうにもならん」

 病室は教会の中にあるので、私は寂しくなかった。

 母さんやエルモの面倒も、神官様に習って、手伝う事ができた。


 神官様の部屋は教会の礼拝堂の奥にある。

 父さんを通さなければ。村長も会えないようになっていた。

 神官様は食事も洗濯も、自分でするのだと母さんが言っていた。


 父さんと母さんは元々、ここの村人ではない。

 教会の管理人は、教会の本部から派遣されている。


 この世界の教会は創造神であるラベーナ神を(まつ)っている。

 美しい女神の像がここの礼拝堂にもある。

 前世では大晦日以外は神社にも行かなかった。おまけに、祖父母の葬式は代々の墓がある寺で行ったのだから、私には信仰心の欠片もないのだ。


 転生といっても、神様と面会した訳でもなく。単に余計な記憶が残っているだけなので、ありがたみもない。

 郷に入っては郷に従えで、お祈りの仕方だけは教わった。

 ちなみに、女神像の横には神獣がいる。ペットの散歩中の像だと思ったのは、誰にも秘密である。



 そんなある日。私は教室で村長と二人だけになった。

「ベス、最近は教室にも顔をださぬが、教科書の勉強は終わったのかな?」

 小学生の勉強を、何度もしたくはないとも言えない。


「いえ。七歳からまたお世話になります」

「来年だな。良い機会だから、特別な授業をしてやろう」

 そう言うと村長は、地図を広げた。


 授業で習うのは、このバージム国のある青の大陸だけだった。

「これは、世界地図と言ってな。全ての国が書かれている。世界には四つの大陸があるのだよ。大陸の名前は知っての通り、その大陸を守る、神獣の色から名付けられている」


 東にある青の大陸、南にある赤の大陸、西にある黒の大陸、北には白の大陸がある。その大陸に大小の国があり、どこの世界も同じだが、いさかいもある。

 神獣は大陸内の争いには関与しないようだが、船を使って他の大陸を侵略する事は許さないようだ。


「このサイユ村は、もともと今いる青の大陸にある、バージム国の村ではなかったのだよ。ほら、この黒の大陸のイーズリ国にあったのだ」


 村長の指が触れた先は、海を渡った反対側の大陸だった。

「黒の大陸は山が多くてな、平地を奪い合って、六つの国がいつも戦争をしていたのだ。イーズリは一番の大国で、戦争を避ける事は難しかった。今はイーズリだけになったがな」


 サイユ村はイーズリ国の外れにある、山に囲まれた林業と漁業の小さな村だったようだ。

 しかし、戦争中は国が荒れ、山を越えて魚を売る事も、できなかったらしい。

 わずかな作物や魚を奪いにくる盗賊も多く、村は衰退していったらしいと、ここで生まれた村長は言った。


「そんな村にある日、主神官様がおいでになったのだ」

 主神官とは神官の上の地位にある人だ。

「山からですか?」


 地元民が、魚を売りに行けないほどの山道ならば、主神官も無理だろうと思ったのである。

「いや、海からだと聞いている。私はこの地で生まれたのでな」


 その主神官様は、当時十八歳だったミッシェルを、迎えに来たのだと村長は言った。小さなサイユ村には教会もなく、十歳で受ける魔力検査は、度重なる戦争で王都からの検査官が来られず、実施されなかったようである。


 神託を受けた大神官の命を受けて、主神官が村に来たようだ。だが村長の娘であったミッシェルは、村を見捨てる事はできないと、村を出る事を拒んだらしい。

 確かに、親や姉妹だけを連れ出せば、良いという問題でもない。


「ミッシェル様はどうしたんですか?」

「高い魔力と、獣神官の要素を持ちながら、戦争が終わるまで、待って欲しいと言われたのだ」


「獣神官ってなんですか?」

「神獣様のお声を聞ける神官様だよ」

 そう言われて、火の上で言っていた言葉を思い出した。飛んでいたのは神獣だったようだ。


「主神官様はイーズリ国の、王都にある教会に向かわれた。ミッシェル様のためにな。だが、それから二カ月後、村にいる若い者や子供とともに、ミッシェル様は海賊にさらわれたのだよ」


「海賊ですか?」

 村長は私の顔を見て、少し笑った気がする。海賊の言葉に驚き過ぎたか?

 前世でも海賊のニュースは、聞いた記憶がなかったので、仕方がない。


「海賊を装った、バージム国の兵士だった。バージム王は神獣と話せる能力が欲しかったのだろうな。どう使うつもりかは分からずじまいだ。先代王の話だ」


 王はミッシェルを第一王子の妃にと望まれたようだ。兵士たちが村人を虐殺して火を放ったのを見ていたミッシェルは、初めは断ったようだ。


「酷いですね」

「戦争を利用したのだから、当然そうなるのだろう。村人を人質に取られていたミシェル様は、うなずくより他に選択肢はなかったのだよ」


 だが、武器も何も持たないミッシェルが、夜中に忍び込んだ第一王子に、大けがを負わせたらしい。村人は誰一人、信じなかったようだが、しかし、それでミッシェルは火あぶりの刑に処せられた。


 平民が王家の者を傷付ける事は、どんな理由があっても、許される事ではない。

 後日、王子が回復して、ミッシェルの無実は証明されたようである。


「それでも、村の人は解放してくれなかったの?」

「王は次の黒髪と黒い瞳の子供を待つ事にしたのだ。その交渉をしたのは、村長の娘であり、ミッシェル様の姉であった私の母だったのだ」


 村の最後を見た彼女は、親を失った子や若者を守るために、交渉したようだ。

 教会のある村が欲しいと。その代償に高魔力の黒髪と黒い瞳の子が生まれたら、王家に差し出すと言ったようだ。


 ミッシェルの姉であった彼女は、村にそんな娘は生まれてくる訳がないと、信じていたらしい。

 ミッシェルが転生者だと、知っていて交渉をしたその女性は、村長の母親だが、少し違和感を覚えた。


「でも、イーズリ国は国民を奪われたのでしょう?」

「戦争で全滅した村の、生き残りの子が、移住しただけの事だからな」


 村で作る木工細工は王家に高値で買い取られ、今では、王都の土産として人気があるようだ。黒を持った者以外の出入りは許され、結婚も自由になった。ただ、黒を持った者だけは、子供ができない年齢になるまで、王都の学校へ行く以外の、自由は認められていないのである。


「それって黒を持った人は、かわいそうですよね」

「さて、どうだろうな。黒を持って生まれた者は、税金も治療費もいらないのだよ。世界中に黒を持つ者はたくさんいる。だが、この村だけが優遇されておる」

 村長は意味ありげに、私を見たが、その理由はいずれ分かるのだろうか。


「この村ができて百年だが、逃げ出した黒はいないから、今の王も安心しておいでだろう。私の母はミッシェル様と違って、腹黒い策士だったからな」

 村長もその血を継いでいるようで、嫌な顔で笑った。


 私が黒を持っていたら、税金や医療費が無償だとしても、この隔離されているような村に住みたいだろうか?

 警備兵がいるので、治安は日本より良い。だが、いつも見張られているのは、息が詰まる。


 商人の馬車が村の外までくると、黒を持たない者が外へ買い物にでる。

 私はこの村からでた事はないが、この生活は異常だと思っている。

 ほとんどの子供は十五歳で村をでると、戻ってこないのが、その証拠だと思う。


 十五歳で学校に通う黒を持った子供だけが、十八歳の卒業までに、結婚相手を探して戻るのである。

 黒を持たない私が心配しても、始まらない事ではあるが、六歳になって村人の顔も名前も覚えたが、不思議な違和感は拭えないままだった。








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