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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第二章 赤の大陸
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卵の健康

 イザベラさんたちは次の任務があるので、私たちを船から降ろすと、すぐに出航していった。

 教会の船から降りたのが、子供連れの神官だけで、おまけに船はすぐに出て行ったのでは、商売にはならないと思ったのか、誰も近寄ってはこない。

 出入国の管理官に身分札を見せただけで、私たちは町の人混みに紛れた。


「さて、面倒ですが、まずは教会に行かなくてはなりません」

 面倒と言ってしまうダニエル様を、少しあきれて見上げた。

「心配をかけたから?」


「本部から、書類がたくさん届いているからですよ。こういう時だけ、あの人たちは仕事が速いのです。大体、全て知っているくせに……」

 ダニエル様は、報告書を書くことが得意ではないのか、いつも嫌そうな顔をするが、今回は悪態付きである。


「無事に赤の大陸に着いたと、リリアさんとサマンサさんに、お手紙を書いてもいいですか?」

 私は気分を変えるように、明るい話をする。

 子供もいろいろ気を使うのである。


「それはいいですね。バージム国には、女性に人気のお茶があるのですよ。それと一緒に送ると良いでしょう」

 ダニエル様は、たちまち楽しそうな表情を見せた。

「鳥の魔導具で送れるのですか?」


「いいえ。教会から届けてもらうのです。神官の手紙は重要事項もありますから、ギルドを使いません。運ぶ者がいるのですよ。ベスが書いたら、私からもお礼を書きますので、一緒に送りましょう」


 ダニエル様は私の手を引いて、一軒の大きなお茶を扱う店に入った。

 茶葉は乾燥させたり、蒸したり、手でもみ込んだ物がそれぞれあり、緑茶やウーロン茶のような物から紅茶まで、多種類が並んでいた。


 ダニエル様は紅茶が好きで、飲む時間などに合わせて、数種類をいつも用意している。

 今回の目当ては白い花が入った紅茶で、店員が試飲をさせてくれた。


「いつものお茶の味が優しくなりますね。鼻から抜ける香りが好きです」

「果実や花の香りを移した茶葉です。入っている花から香る訳ではないのですが、女性に人気があります。ラバーブ国の花は気持ちを静める効果があるのですよ」


 ダニエル様はそう言うと、そのお茶の包装を頼んだ。

 リリアさんもサマンサさんも、女性だから、きれいな包装を喜ぶだろう。

 ダニエル様は、その辺の気配りに抜け目はない。



 赤の大陸の入り口と言われるだけあって、港町は大きく、教会も随分と立派な建物だった。

 ダニエル様と私は礼拝堂で神に祈ってから、教会の管理人に神官との面会を頼んだが、しばらく待つ事になるようだった。


「少し、問題が発生しまして、その対応に追われています。イザベラ様から連絡をいただいて、お部屋の用意はできておりますので、先にご案内いたします」

 管理人はそう言うと歩きだした。


「それは助かります」

 ダニエル様と管理人の後を歩く。

 私は教会の管理人夫婦の子供として育ったので、前を歩く管理人の背中が父さんの背中に見えて、少し切なくなった。


 案内されたのは客間だった。

 サイユ村の小さな教会と違い、来客も地位のある人がくるのだろうか、案内されたのは、ベッドやテーブルのある、見栄えのする部屋である。


 出された夕食は、サイユ村と変わりなく、野菜がたくさん入ったスープと、全粒粉のパンだけだった。

 ダニエル様の話では、どうやら教会の定番らしい。


 確かに、料金が決まっている訳ではないのだから、食べられるだけでも、ありがたい。

 ルベは少量で満腹だと言ってカバンになった。

 どうやら、口には合わなかったようである。


 夕食が終わった頃。

 この教会の神官様が、ワインと書類を持って部屋にやってきた。

 アメとムチでしょうか……。


「大変でしたね。壊れた船は今、直しに入っていますよ。船長は商会の命令があって、昨日の便で青の大陸に戻りました」

「事故ですから、問題はないでしょう。あの船長は経験も豊富ですから、他の船にでも乗せられるのでしょうね」

 神官様も同意なようで、私は胸をなで下ろした。


「それより、何かあったのですか? 忙しそうでしたが」

「ええ。この領地の卵を賄っている村で、病気が発生したのです。私はここを離れる訳にはいきませんから、若い神官と神官補を行かせたのですが、井戸がどうも駄目らしいのです」


 力なく告げる神官様に、ダニエル様は小首をかしげた。

「それは大変ですね。卵は一カ所だけに任せていたのですか?」

「実は、私も今回初めて知ったのです。以前は二カ所あったのですが、盗賊に襲われて、廃村になったままのようです。飼育をする村は人が少ないですからね」


 卵やミルク、毛糸は魔物を飼い慣らしてとるため、その場所は領地ごとに決められている。その魔物の逃亡もあるが、それを狙う魔物の襲撃もあるからだ。

 王都や大きな町から離れているのが普通で、飼育にかかわる人たちは小さな村を作って暮らしている。


「領主が井戸を新しくするために、村に作業員を先程向かわせたのです。その集まりがここであったのです」

 神官様は疲れたと言わんばかりに、ため息をついた。

「ギルドに護衛依頼を出さなかったのですか?」


「王都に人身売買の闇商人が現れたのです。その捜索にかなりの人数が投入されたのですが、魔物の駆除もありますからね。ギルドは大忙しで、危険の少ない護衛の話どころではないのですよ」


「奴隷の売買は極刑でしょう。第一、そんな危ない者を誰が買うのですか?」

 ダニエル様は驚いたように言った。

「奴隷ではないのです。使用人の仲介です。買い取った子供に、新しい身分札を持たせて売るのです。生かしても殺しても良い使用人……。分かりますよね」


 神官様は私を見てから、ダニエル様を見た。

 どうやら子供には聞かせたくない、使用人の仕事もあるようだ。

 私はベッドサイドに移動して、手紙の続きを書く事にした。もちろん耳に神経が全て集まってはいるのだが。


 子供を売る親がいる……。

 子供のためなら施設はあるのだ。

 親のために売られた子供は、どれほど心が痛いだろう。


「新しい身分札とは?」

 身分札は戸籍の役目があり、札を無くすなどして新しくするには、生まれた国で古い札の登録を消して、金を払って作り直すのだと聞いている。


「亡くなった子供の身分札を、回収していた役人が、売っていたのです。それが発覚して闇商人の存在が分かったのですが、まだ捕まっていないのですよ。それでギルドからの護衛は最小限で出発しました。それほど遠い村ではないですから」


「井戸は新しくするのは分かりましたが、病人は完治したのですか? 卵の安全はどうなのです?」

 ダニエル様は、少し表情を険しくして聞いた。


「女性二人と子供二人は、間に合わなかったようです。後の方の症状は良くなったと連絡が入っています。これがミルクだと大変でしたが、卵は昔から一番感染が遅いと言われています。異常があるとの報告は受けていません」


 卵に関しては、調べていないのではないだろうか。

 返事がいい加減な気がする。


『ダニエル。トリたちから話を聞きたい。村に立ち寄ってくれ。飼育されている状態も確かめたい。卵は人間たちの大事な食料だ。この目で確かめないと、ベスには食べさせられない』

 ダニエル様は、大きくうなずいた。


「私たちも王都に向かう予定でしたから、立ち寄ってみましょう。お手伝いの必要はなさそうですが、卵の悪い噂が流れれば、大変な混乱を招きます。彼が安全を確かめても良いと言っていますので」

 神官様はその言葉を待っていたように、嬉しそうな顔でルベを見た。


「そうしていただけるなら、領主もどんなに安心する事でしょう。本部もそれを心配しております。よろしくお願いいたします。早速、領主に言って馬車を用意させます。御者や随行者は何人用意いたしましょう」

 ルベに頼みたかったのに、言えないでいたようだ。


「馬車と村までの道が分かる御者がいれば十分です。私たちには護衛はいりませんからね」

 ダニエル様の言葉に、神官様は小さくうなずいた。

「そうでした。護衛を護衛してもらう事になりますね。では私は領主に連絡をいたします。ああ、このワインは領主様からですので、お飲みください」


 そう言って、慌てて出ていった神官様を見て、ダニエル様は吹き出した。

 私も思わず笑ってしまった。分かりやすい神官様と領主のようである。


「ベス。聞いていた通りです。少し回り道をしますよ」

「はい。手紙は書けましたので、お願いします」

 私はベッドサイドから、ダニエル様の元に手紙を持っていった。

「私の手紙と一緒に明日の朝には出しましょう」

 手紙を受け取りながら、ダニエル様はそう言って、私を横に座らせた。


「卵はお年寄りや赤ちゃんも食べますから、安心できる物だと良いですね」

 ルベをひざに乗せて、私はそう言いながら彼の毛をなでた。

『卵は魔物たちも好んで食べる。人は忘れているようだが、あれらは生きておるのだ。健康な卵はうまいぞ』


 米を食べる習慣がない世界だから忘れていたが、卵かけご飯は、好きだったのである。

 よく噛まないから、胃に悪いと兄は好まなかったが。

 子供の頃は、祖母がオレンジ色の甘い黄身の卵を食べさせてくれたが、この世界の卵はそれと同じ味がする。


「うん。卵は私も好き。ダニエル様のフワフワなオムレツは特に好き」

「ベスは言葉が早かったですからね。顔を見る度に“オム、オム”と、よくねだられていましたね」


 赤ん坊の時の話をされるのは、少し困る。

 記憶がほぼ丸まんまあるのだ。

 あの頃はいかに言葉をうまく発して、思いを伝えようか必死だったのである。

 そのせいで、いろいろと残念な記憶が山のようにあるのだ。


 何にせよ、領民のためにも村の卵が無事であれば良いと、心から思う。

 大丈夫なら、新鮮な卵でダニエル様のオムレツが食べられると、思っている訳ではない。


 そりゃあ、おいしいだろうけれど……。

 ルベと食べたいけれど……。

 ダニエル様が目の前で嬉しそうに、しているのは好きだけれど……。


「卵よ! どうか健康でいて!」

 しまった。思わず叫んでしまった。

「ベス?」


『ベスは卵の健康より、オムレツの心配をしているようだな』

 ルベに見破られてしまっては仕方がない。


 やはり私は、新鮮な卵が食べたいと素直に認める事にした。








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