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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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出帆と望郷

 二日後、私は港に停泊している帆船を見て、その力強い美しさに見惚れていた。

 宿にも泊まらず、ダニエル様とルベの空間で、二日間のんびりと過ごしていたのだが、船が着いたとルベに言われて、様子を見に空間から出てきたのだ。


 三本のマストが並ぶその船は客船ではあるのだが、ビルごと海に浮かんでいる地球の客船とは、明らかに印象が異なる。

 蒸気船すらない世界では、手こぎの船か、帆船が主流のようだ。


 この世界では、なぜか大陸間の戦争を神獣が認めていないが、戦争はあったようである。

 幾度か神獣による制裁を受けてから、人々はようやく学んだようで、大陸間の戦争はどこの国でも、過去の愚行として扱われていると、教科書に書いてあった。


 とはいえ、海には巨大な魔物や海賊がいるので、安全が確約されてはいない。

 海が(なぎ)ぎになっても、帆船の運航に影響がないのは、風の魔法があるからに他ならない。

 どの大陸の間にも、月に二往復の客船が運航しているようである。客船の定員は五十名ほどのようだ。


 青の大陸から一番近い赤の大陸まで、七日間程だそうだが、帆船を知らない私には、近いのか遠いのかも分からない。

 ただ、神官は優遇されるようで、二人程度なら待たずに乗れるようである。


 船酔いで七日も苦しむのなら、金を払ってでも楽になりたいと願う人たちを、乗せているからだろうが、確かに急病人やけが人がでた時には神官は心強いだろう。


「出帆までに時間はありますが、そろそろ着替えましょう」

「はい」

 ダニエル様は悪い笑顔で、神官の服を着込んでいる。

 金が絡むと、ダニエル様は不真面目な神官の顔になる。


 私といえば、サマンサさんがセットしてくれた、バッグを除く全てを身につけている。ブルー系ピンクのワンピースと、共布をあしらった白い帽子、白い靴。ルベは元々白いポシェットなので違和感はなかった。


「とてもお似合いですよ、ベス」

「ありがとうございます」

 ダニエル様は何を着ても、とても似合うと言うのだ。

 私の持っている服は、とても似合う物しかないのだが、それでいいのか。


 近くで見ると、船は見上げる程大きかった。テレビで見た豪華客船と実際に乗った湖の観光遊覧船が基準の私は、この船について語れる言葉を持ち合わせてはいないが、乗りにくい船ではある。

 とりあえず、ダニエル様に手を引かれ、十歳の遅れた七・五・三状態の私は、足元が不安定なタラップを上がった。



「ダニエル様。お久しぶりです。ご乗船頂き、ありがとうございます」

 甲板にいた、体格の良い男性が、笑顔で寄ってきた。

「船長。お世話になります。彼女は初めての船旅ですので、良い思い出になることを願っておりますよ」

 そうです、安全な航海をお願いしたいと思います。


「エリザベスと申します。お世話になります」

「船の旅をどうぞ、楽しんでください」

 優しい笑顔の船長である。

「はい。ありがとうございます」


 船長や船員に制服などはないようで、洗濯の行き届いたシャツと、ズボン姿だが、髪は皆、同じ布で隠されている。

「頭に布を巻いている人たちが、船員さんですか?」


「彼らは潮風の中で仕事をしますからね。支障をきたさないために髪をまとめたのが発端のようです。いつからか、船ごとに色が決まってしまったようです」

「それで皆、同じ色なのですね」

「ええ。彼らの誇りなのでしょうね」



 船員に案内された部屋は、ベッドが二つ、テーブルセットと風呂が付いていた。

「こんな部屋が、空いていたのでしょうか?」

 ダニエル様は不思議そうに聞いた。

「急遽、乗船ができなくなった貴族の方がいらっしゃいまして、そのすぐ後にダニエル様のご予約があったのです」


「それは運が良かったですね。従者用の四人部屋でも、空いていればと思っていたのですよ」

 船員は世間話でもするかのように、最近は青の大陸から出る船に、空きができる事は珍しいのだと言った。


「お食事は食堂でお願いします。朝と昼は多少冷めますが、お部屋までお持ちする事ができます。事前にお知らせください」

「はい。ありがとう」


 ダニエル様の返事を聞いて、船員は戻って行った。

 私は部屋を見回した。狭いが、宿のような作りで、小さな窓からは海が見えた。

 この世界は船の上でも、魔法があるので、真水は使い放題である。


「ルベ、誰もいないよ?」

 私はポシェットに話し掛けた。

『ベッドは狭いな』

 ルベの言葉に、ダニエル様が笑った。


「船にしては広い方ですよ。従者用の部屋は二段ベッドが二つありますが、太っている人は上を向いて眠れませんよ。揺れても落ちませんけれどね」

「そんなに揺れるのですか?」

「嵐や魔物や海賊が出ると揺れますよ。海賊が客船を狙う事は少ないのですがね」


 船が動きだして一時間もしない内に、船員がダニエル様を迎えにきた。

 船酔いの患者は初日に集中するようだ。後は海が荒れると増えるらしい。

 ダニエル様が部屋をでるとルベが私の顔をのぞき込んだ。


『ベスは船酔いはせぬのか?』

 私は乗り物酔いの経験は、前世でも一度もない。

「船の旅は初めてなの。今のところは、大丈夫みたい。ねえ、ルベ。甲板に出るのは禁止なの? 邪魔になるとか、危険とか言われる?」


『甲板は誰でも出られるぞ。こんな狭い場所に長くいられる訳がない』

「そうよね。甲板に行ってみよう」

 私は、すぐにポシェットになったルベと、甲板に向かった。


 私は船尾に向かって走った。

 まだ、間に合うかもしれないと思ったのだが、青の大陸はもう見えなかった。

 この世界の祖父と両親と兄が眠る、青の大陸。


 私は白の民。故郷を聞かれたら、見た事のない国の名を告げなくてはならない。

 だが、青の大陸、バージム国のサイユ村が本当の故郷なのである。二度と戻る事のできない、王家の都合で生まれ、そして消された村。


 私が大人になり、バージム国が落ち着いていたら、訪ねてみたい。その時には、サイユ村をもう少し、理解できている事だろう。

 新しい王はサイユ村の人々を、私の肉親をどう扱ったのかも知りたい。

 子供の私には死者の扱いは、まだ分からないが、大人になった私が、王の人となりを理解するするには、十分な材料になるだろう。


『ねえ、ルベ。サイユ村のミッシェル様と私は前世の記憶があるでしょ? 二人はこの世界では、血縁関係はある訳よね。ひょっとして私の魔力が高いのは、ミッシェル様の生まれ変わりだから?』

『断じて違う』


『そうよね。ルベ、本当は私、ミッシェル様の処刑を見ていたの。ミッシェル様としてではなく、それを見ている誰かの目でよ。翼のある三体の大きな生き物が空にいたのよ。彼女の叫びも聞いたわ。でもその時は私も、火に巻かれて死ぬところだったのよ』

 私はルベに本当の事を話しておきたかった。


『今、魔法を覚えたばかりの、ベスに言っても混乱するだけだろうが、記憶で苦しんでいるのなら、一つだけ答えてやろう。ミッシェルを見ていたのは我の目を通してだ。ミッシェルとベスの間に我はいたのだ。我には異世界で炎に包まれる娘を助ける事はできなかった。最後の苦痛をやわらげてやる事しか、してやれなかったが、我はベスがこの世界に来るのを、信じて待っておった』


『ルベがこの世界に私をよんでくれたの?』

『いいや。我にそのような力があるのなら、ミッシェルなどはよばなかった。だが、二人が炎の中に消える瞬間、ベスはこの世界にくる娘だとは分かった。遠く離れた世界で、わずかな我の魔力を見つけて、受け入れたからな』


『それで死ぬ程の苦痛を感じなかったのね。ありがとう。でも、なぜ私なんかを教会本部が助けてくれるの?』


『それは、ダニエルが話すだろう。十五歳で話すか、十八歳で話すかは、ベスの成長次第だろうな。ただ、今はそれを知ってもどうすることもできない。白の民であれば、他国の詮索は受けずに済む。今は素直に楽しく生きればいい。まだ十歳だ。自分の人生を決める時ではないだろう?』


『うん。そうだよね。何の予備知識もなく、将来の目標は立てられないよね』

 とは言ったが、前世の私は十六歳で、漠然と大学へ行って、どこかの会社に就職しよう程度の目標しか、持っていなかったのである。


 小学校の卒業アルバムに、医師になりたいと書いて、母に医学部へ通わせる金はないと、断られた記憶がある。

 祖父や祖母の入院が重なり、単に医者を間近で見る機会が、あっただけだった。

 深い思い入れもなく書いた事だったが、真剣に断る母を見て、申し訳ない気分になった記憶がある。



「エリザベス、青の大陸に忘れてきた物でもあるのかな?」

 そう話し掛けてきたのは船長だった。

「どうして私の名前を?」


「お客様の名前は、覚えるようにしているからね」

「青の大陸に忘れてきた物はありません。ここにちゃんと持ってきています」

 私は自分の胸を押さえて、そう言った。


「そう。君は強い子なのだね。安心したよ。船に初めて乗った子は、普通は船首にいくのさ。ほら、向こうに親子がたくさんいるだろう? 自分の行き先に、夢や希望があるからね。船尾から見えなくなった国を見つめている人は、悲しい思いを抱いている人が多いのだよ。それがエリザベス、君のような子供がたった一人で見つめているのだから、気になったんだよ」


「ご心配をお掛けしたようですね。すみません。いつか大人になった自分を、見てもらおうと決心していました。出会う事が別れの始まりなら、別れは再会のはじまりですよね?」


 船長は嬉しそうに目を細めた。

「ああ。そうだとも。私はいつもその瞬間を見ているよ」

「そうですよね」

 私と船長はそう言って笑顔を交わした。


 彼は様々な別れと、再会を見てきたのだろう。

 出会った時から、船長の深く優しい表情が気になっていた。

 それは幾人もの隠せない感情を見てきた人の、労り表情なのかもしれない。あるいは、つらい乗客に寄り添う事で、いつしか身についた表情なのかもしれない。

 どちらのせよ、この船長の懐は深そうだと思った。








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