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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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初めての王都

「ダニエル様、これはどうですか?」

「合格です」


 魔物は目的により狩りの仕方が違う。

 せん滅が目的なら、攻撃力のある火魔法でも良いが、食料や売買目的ならば、火魔法は使えない。


 焦げた毛皮は売れないし、血管が潰れると血抜きが完璧にできずに、肉に臭みが残る。

 ダニエル様とルベは何も言わずに、一度は失敗をさせる教育方針のようである。


「粗悪品を見る事も大事です。これでベスは魔物の肉や、毛皮でだまされる事もないでしょう」

「魔石も売れる?」


「売れますよ。大きさや属性で値段も違いますが、魔導具には必需品ですからね。生まれて二、三年で魔石ができると言われています」

「だから、魔石がない魔物がいるのですね」


「魔物を倒したら、魔石は必ず取らなければいけません。ギルドからせん滅の依頼を受けた冒険者でも、魔石は持ち帰ります。放置するとゴースト系の魔物になる事があるのですよ」


「それは神官が浄化するのですか?」

「神官はそれほど暇ではありませんからね。浄化に特化した杖や剣があるのです」「教会本部で作って売っていたりして……」

 教会のロゴとか入れて売りそう。


「よく分かりましたね」

「本当に?!」

 恐るべし、教会本部。

「ええ。神官一人ではどうにもなりませんからね。応援がくるまでは、持ちこたえなくてはなりませんので」



 膝の上にいたルベが、顔を上げて辺りの匂いを嗅いで、ポシェットになった。

「ルベ?」

『人が多くなるからな』

「もうすぐ王都に着きますよ」


「王都! 初めてです。教会に行くのですか?」

「王都の教会は忙しいので、行きません。何を頼まれるか、分かったもんじゃありませんからね」

 そんな嫌そうな顔をしなくても……。仮にも関係者なのですから。



 王都の門は四カ所もあるらしく、さほど待たずに入る事ができた。

「すごい! 正面がお城? 王様がいるの?」

「そうですよ。王都ですからね」


 生まれて初めて見た城に、感激して変な事を聞いてしまったが。

 思っていたより城が大きくて驚いた。

 会議場と役所と裁判所と軍隊が入っていて、王族の居住区もあると聞かされれば、納得の大きさではあるのだが。


 四カ所の門から続く道が合流する場所が、大きな広場になっている。

 大きな町もそうだが、塀を巡らしてある町などは、必ず中央が池のある広場や公園になっている。それは有事の際の避難所を兼ねているからだそうだ。


「王都って不思議ですね。ここだけが別の国みたいです」

「王都から、生涯でない人もいますからね。国中の全ての物が手に入る街です。安全かといえば、一番危険な場所でもあります。貴族も犯罪者もいますからね。自給自足ができませんから、全てがお金で動く街なのですよ」


 この世界のお金は硬貨が使われている。

白金貨 百万

大金貨 十万

 金貨 万

 銀貨 千

 銅貨 百

 鉄貨 十


 例えば、パン屋で一番安い丸パンは鉄貨三枚、宿は一番安い部屋の素泊まりで銀貨三枚、食事は銅貨五枚で付く。


 だが、私はお金を持った事も使った事もない。

 村にいた頃は、店は村の外にきたので、買い物の経験がなかった。その後、ダニエル様から与えられた物に不満はなかったのである。


 馬車は繁華街を抜けて、屋敷が立ち並ぶ場所にくると、一軒の屋敷の門を潜った。ダニエル様の顔で開いたのだから、赤の他人の屋敷ではないようである。


 馬車を降りると、玄関の前にいた男が扉を開けた。

「ダニエル様。お待ちしておりました」

 初老の紳士が言い終わらないうちに、階段の踊り場から声がした。


「ダニエル。遅いではないか! 十一年も待っていたのだぞ」

「彼の話は八割が嘘ですからね」

「二割は本当なのですね?」

 初老の紳士が優しく目を細めた。


「その子がエリザベスかい? 馬車で引きずってきたの?」

 確かに人様の家にくる姿ではない。

「エリザベスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「うん。よろしくしてあげる。私はヨハンだよ」

 目上の方の第一印象をあげるのは、失礼だと思うが、面倒そうな男である。


「じっとしていない娘なのです。とりあえず、自分で着ることのできる、船旅の服装を頼みますよ」

 いやいや、どうみても洋服屋には見えませんが。


「ああ。我が家の金食い虫の服がある。困らないだけ持っていってくれ。サマンサ。任せたよ」

 あるんだ……。


「かしこまりました。さあ、エリザベス様、こちらへ」

 ダニエル様が笑顔でうなずいた。

「行っておいで」


 二階に連れて行かれた私は、そろいのお仕着せを着ている侍女たちに、身ぐるみを剝がされ、頭の先からつま先まで、余すところなく洗われたのである。

 ぐったり疲れたのに、果実水を飲まされて、今度は背中にボタンやひものない服を片っ端から着る羽目になった。


「これはどなたの服なのでしょう?」

「ヨハンさまの末の妹さまの服です。先日嫁がれましたが、日に幾度もお召し替えをされる方でした。ですが、この服はもう小さいので着る事はできません」


「あのですね……。私は朝、服を着たら夜まで着ています。汚れるまで着てから洗濯をしますので、こんなには要らないと思います」

 だいたい、どこでこんな上品な服を着るのだろう。


「専属侍女も付けずに馬車の旅では、致し方ありませんが、これから船旅となるとそうは参りません。貴族や豪商の方々もおりますので、夕食の時は着替えなくてはなりませんよ」

 サマンサさんは笑顔で言った。


 どこの貴族の話だろうと思った。

「庶民は船に乗らないのですか?」

 お仕着せの侍女さんが、眉間にしわを寄せた。


「客船など、とんでもありませんよ。皆、貨物の隙間に乗せてもらうんですよ。それでも半年分の稼ぎが飛んでいくんです。水と食料を持参しますが、船の中の治安はそりゃあひどいものですよ」

 あまりの勢いに、少しひいてうなずいた。


 サマンサさんは、満足そうにほほ笑みを浮かべた。

「今夜はこのお姿が良いでしょう。後の小物は、こちらで揃えておきましょう」

「よろしくお願いいたします」

 ここは、素直に従うべきだろう。


 ドレスは一人では着る事ができないので、ワンピースなのだが、ひざ下の長さは動きにくい。おまけに柔らかい布地なので、静かに歩かなければまとわりつく。

 厄介な事この上ないが、貨物の間にダニエル様を乗せる訳にはいかない。

 ダニエル様こだわりの、ベッドマットがあるとは考えにくい。


 夕食はこの世界で初めて食べる、フルコースだった。

 この辺は洋食好きの祖父のお陰で、困った事はない。


「エリザベスは化けるねぇ、別人だ。ダニエル、これはお前が悪いと思うぞ?」

「エリザベスを貴族の娘にする気はないのですよ。彼女は勉強家で、努力家です。新しい発見に目を輝かせて、飛びついて失敗する。するともっと嬉しそうに飛びついてものにする。実に飽きない」


 薄々気が付いてはいたが、やはり面白がっていたのか……。

 それなりに、私は真剣だったというのに。まあ、デザートがおいしいので、許す事にするが。


「十五で学園に入れるなら、私がこの家で面倒を見よう。家庭教師も必要になるだろう?」

「いや、全ての国を見せますよ。試験はどこの学園の試験も受かるでしょうね。私はエリザベスに、選ばせるつもりですよ」


 そうそう、世界中を見て歩くのを、楽しみにしていますので、放って置いてください。

「おいおい、あの大神官殿が、それを許すとでも思っているのか?」

 大神官がなぜ登場するのだろう?


「エリザベスの人生です。十八歳まで、誰にも手出しはさせないというのが、私の出した条件ですからね」

「ほう、面白いねえ。何かあったら頼ってくれ。恩を売る絶好の機会だ」


 ダニエル様の友人は恩を売りたいようだが、二人は仲が良いのだろう。

 ところで、十八歳以降は手出しをされるのだろうか。大神官様がなぜここで出てくるのだろう。

 ああ。白の民は教会本部に籍があるからかな?



 次の日はヨハンさんの計らいで、御者が二人も付いた、二頭立ての箱馬車で港町に向かった。

「ダニエル様、ヨハンさんは貴族ですか?」

「ええ。彼は少し変わっていましてね。家督を弟君に譲って、学園で魔法の研究を続けています。出会った時はお互いに十五歳でした」


「おお、それは古いお付き合いですね」

「ベス、私を年寄りだと言いたいのでしょうか?」

「え? いえ、そんなつもりはありません」


 馬車は一日半も掛からずに港町に着いた。

 さすがは貴族の馬車である。馬の大きさからして違うのだ。

 私たちは、徒歩で門を潜った。

「ダニエル様、海です! 海が見えます!」

「ええ。そうですね」

 

「泳ぎましょう!」

「はい?」

「もう暖かいですし、大丈夫!」

「お待ちなさい! 海で泳ぐ人はいません」

「え? そうですか。人が少ないのはいいですね。泳ぎましょう」


『ベス。落ち着け。泳ぎたければ泳がせてやるが、海には魔物がたくさんおるのだ。だから、誰も泳がん』

 カバンのルベが言った。

「へ? ダニエル様、本当ですか?」


「池や川。遊泳許可が下りている湖では泳げますが、女性は泳ぎませんね」

『ベスは泳げるのか?』

「うん。でも女の子は泳いじゃいけないんでしょ? 我慢する」

 この世界は女の人は泳がないようである。少し残念だが、諦めた。


 船は、二日後に出るようだ。

 港の周りは旅館や酒場が並んでいて、活気がある。

 道端では魚や肉を焼き、コップの酒と共に売っていて、立ち食いを楽しむ人たちがたくさんいる。


 フライなども、いたる所で売っている。

「魚を買っていきましょう。赤の大陸の魚より、こちらの方がおいしいですからね」


「お嬢ちゃん、おまけだよ。食べてごらん」

 ダニエル様が魚を買った店のおばさんが、魚のフライを葉っぱにくるんでくれた。

 熱々の白身魚のフライを、私は食べた。

「あ、おいしいです!」


「当たり前だい! 父ちゃんが捕ってきたんだぞ! そんで母ちゃんが揚げたんだ。世界で一番うまいんだぜ」

 胸を張るおばさんの息子が、うらやましく思えた。

「うん。おいしい。世界一だね」

 彼の得意そうな笑顔が見たくて、私はそう言った。


 ダニエル様は人混みを避けて、私を物陰に入れた。

「それでは、ルベ、お願いします」

「ここは?」

 川が湖になっているが、間違いなくルベの魔法の空間だった。


『泳ぎたいだけ泳げ。魔物はいない。船が出るまでどうせする事がないからな』

「特別ですよ?」

「はい。ありがとうございます」


 私は下着姿で泳いだ。ひもで縛るパンツとタンクトップは下着という感じがしない、夏休みに家でゴロゴロしていた時と変わらないのである。

『達者に泳ぐものだな』

「ええ。初めて見ましたが見事なものですね」


 うちは二人分の月謝が大変だから、兄が習いに行って私に教えたのだ。

 小学生の兄は大変だったと思う。私は遊んでもらっているつもりでいたけれど、こうして泳ぎが身に付いているのだから、兄には感謝をしている。


 水泳を止めて、塾に行きだした兄は、それから遊んではくれなかった。

 親には勉強で分からない事は、兄に聞けと言われたが、先生に聞けば事足りる事だった。


 ピアノは亡くなった祖母に習ったので、私は結局習い事に通った事はない。

 母親の家計の愚痴を聞いていれば、言いだせはしなかったのである。

 あんな最後を迎えるのなら、もう少し我がままを言っても、良かったのかもしれない。家族の幸せをその手で壊した父に、何があったのだろう、とふと思った。









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