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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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それぞれの明日

 ダニエル様に、食事の前のお風呂を勧められて、私は今、入浴中である。

 体を洗って、湯船に浸かっていると、ルベがあお向けに浮かんだ。


『ノルベルトも今頃は風呂だな』

「どうしてわかるの?」

『気付かなかったのか? 二人とも獣の匂いがすごかったぞ』

「ええぇ。ダニエル様に抱き付いちゃったよ。ルベ、どうしよう?」


 クルリと湯船の中で前回転をして、ルベは私を見た。

『嬉しそうだったから、良いだろう。赤ん坊の時から、ベスを抱いているからな。急いで大人になってやるな。あれが寂しがる』

「うん。ダニエル様やルベのそばにいても、良いんだよね?」


『当たり前だ。ベスは片時も目を離せない。離せば死にそうになっている』

「ううぅ。ごめんなさい。今回は結界を出るしか、なかったのよ」

『我とダニエルには、ベスの命が一番だ。二番はない。それを疑うな』

「うん」


 そばにいても、良い……。分かっていたはずなのに、私はその言葉が欲しかったのだと気が付いた。

 気持ちが揺れるのは、私が覚悟が足りないせいかもしれない。


 食後はダニエル様が、私の横に腰掛けた。

「馬車を思い出しますね」

「はい」


「ここしばらくは、少し不安にさせましたか?」

「お客様だって知っていたから」

 そう良い子の返事をしながら、私はうつむいてしまった。


「知っていても、のけ者にされた気分がしたでしょうか」

「大人の話や大事な仕事の話だと思っていました。でも……」

「でも?」

 大人は分かっていて聞きたがる。


「少し、一人ぽっちな気分になりました」

「これから、こんな事もあるでしょうから、大事なお話をしましょう」

 ダニエル様はそう言うと、ゆっくりと話し始めた。


「ベスも知っているように教会は大きな組織です」

 高学年になると、教会や国の組織を簡単に習う。

 私は村長に質問をしながら、覚えた記憶がある。


【教会本部】

大神官   神の神託が聞ける者。神に選ばれた者は、身体にその特徴が現れる。

獣神官   四獣神が認めた者。認められた者は、その声を聞く事ができる。

主神官   大神官に仕える。彼らは部下を持ち、教会やその周りの不正をただす。

教会本部職員 本部内勤務

本部警備隊 第一部隊、本部の警備

      第二部隊、教会管理人、彼らは教会ではなく本部に属する。

【教会】

神官    世界中の教会に、派遣されている。光の魔法が使える。

巡回神官  教会のない小さな村や、人手の足りない教会をまわる神官

神官補   神官付き見習い。一定の条件を満たした者のみが神官になる。

教会補助官 各国王宮から王都の教会に派遣される。王宮職員。


「私は主神官なのですよ」

「神官様は神官じゃないの?」

「神官ですよ、一応」

 笑顔だけれど、一応なのね……。


『ダニエルには部下がいる。遊んでいるようだが、仕事もしている』

「お客様は部下さんだったのですね?」

 あれだけ、こっそり来ていたら、逆に怪しいですが。


「そうです。ここの教会を調べさせていたのですよ。本部の調査が遅く、着手が遅れたのです」

「エレートさんのこと?」

「そうですね。残念な事にジョバン神官も、この町の教会へは戻ってこられないでしょうね」


 エレートは、白の学園では成績は優秀だったが、神官の資質が教師たちの間では、疑問視されていたようだ。

 その彼に手を差し伸べたのが、ジョバン神官だったようである。


 二年の神官補の修行で、ジョバン神官の能力に見切りを付けたのは、エレートの方だったらしい。

 彼は神官に必要な、光の魔法すら、修得する事ができなかったのである。

 エレートは、その原因はジョバン神官の指導力が、劣っているからだと思ったようである。


「エレートは、師事すべき神官を探したようです。ですが、神官補が神官を選ぶ事など許されません。当然、その神官には断られましたが、彼がそこで出会ったのがモッペルだったのです」


 カンタール伯爵家では長男が家督を継ぐと決まって、モッペルは治療師になるべく、黒の大陸の学園に留学したようである。

 ところが、武術も勉学も嫌いな彼は、資格を取る事ができなかった。


 学園で研究を続けると黒の国に残り、何とか二年は誤魔化せたが、父親の命令で帰国せざるを得なくなったようだ。

 帰国後彼は、教会の薬を密かに貴族に売っている、エレートと出会ったのである。


「エレートは伯爵家の口添えで、王都の教会に移る事を望み。モッペルはエレートの力をかりて、治療師として数年過ごそうと考えたようです」

「そんな事、できるの?」


 私の疑問に、ダニエル様は呆れた顔で小さく肩をすくめて見せた。

「伯爵どころか、王家ですら、教会の人事に口だしはできません。無免許の治療師はどの国でも重罪ですよ」


 無免許のまま、治療師としてエルミート家の専属治療師になり、それを支えたのが、エレートだった。

 だが、ノルベルトへの誤診が、モッペルの父であるカンタール伯爵に、息子に対する疑心を招かせたのである。


「モッペルは、逃亡資金を得る目的があり、エレートは、私の庇護を求める目的がありました。二人が利用したのは、子爵家の警備を任されていた、プリモだったのです。ですが、彼らのずさんな計画は、交渉に入っている最中に、失敗に終わりましたけれどね」

 ダニエル様はそう言うと、楽しそうに笑った。


 ルベが私の膝の上で、私を見上げた。

『二人が逃げ出すとは思っていなかったようだ。あの魔導具の袋から、逃げだす魔物はいないだろうからな』

「え? だって魔力の気配を消すだけでしょう?」


『あの袋の中では、魔法は使えないようになっている。せっかく捕らえた魔物が死んでしまうからな』

「普通に、生活魔法が使えたよ?」


『ベスは普通ではないからな。あの程度の袋なら、問題はない』

 これからも、袋に入れられるように聞こえますが、入りたくはありません。


「三人は捕まったのですか?」

 これは聞いておかないと、うかつに外も歩けない。


「プリモとその仲間は、この国によって裁かれます。モッペルはカンタール伯爵が誤診の時に除籍しました。次男は不慮の事故で亡くなったと、これから公表されるでしょうが、伯爵家も責任は取らされるでしょう。前宰相はかなりお怒りのようですからね」

「本屋のお爺さん?」


 私の質問にダニエル様は大きくうなずいた。

「エルミート子爵家のノルベルトを治療したのが、前宰相に付いている治療師だったのですよ。ベスを案じて、エルミート子爵と私の話し合いの席に、乗り込んでいらっしゃいました。ご自分が助けに行くとおっしゃって」


 ダニエル様はそこまで言うと、思い出したように笑った。

 助けにこられたら、逆にこちらが心配しなくてはいけない気がして、私も思わず苦笑いになる。


「エレートは、既に私の部下が、教会本部に連行しました。ジョバン神官の薬を貴族の子弟に高値で売っていたのです。教会の薬草庫には、薬草はほとんど残っていませんでした。そのお金は買収に使おうと隠してありましたから、助かりましたけれどね。窃盗を含めると、罪状はかなりの数になります。除名の後、裁判に掛けられるでしょうね」


 私はこの町にきた日にお会いした、優しげな神官の顔を思い出した。

「ジョバン神官もですか?」

 ダニエル様は、小さなため息をついた。


「ジョバン神官は、エレートが薬を持ち出しているのを、知っていましたからね。責任の追及は免れません。早くに行動していれば、エレートが罪を重ねなくて済んだでしょうからね。ジョバン神官は、彼が自分の愚かさに気付く日を、待っていたのでしょう」


 私は、横にいるダニエル様の顔を見た。

「どうして分かるの?」

 ダニエル様は私の視線を受けて、寂しそうに笑みを浮かべた。


「サントですよ。ジョバン神官は教会とは別な場所に薬草庫を作り、サントに管理させていたのです。神官はそこで、サントに薬の調合を教えていたのです。この日が来ても、サントが困らないように、そして疑われないようにしたのでしょう」


「サントさんは罪を問われないの?」

 彼は誰にでも親切で、優しい人だから心配になった。

「ええ。ですが、サントは次の神官の引き継ぎが終わったら、本部へ戻る事を希望しています。ジョバン神官のそばを離れるつもりはないようです」

 サントさんらしいと思った。


「神官補が一人になると、ここにはあまり来られなくなりますね」

「ええ。そうなるでしょう。ベスが会いに行ってあげれば良いでしょう。私も新しい神官がくるまで、助けるつもりですよ」

「はい」



 それから数日後、子爵夫妻とノルベルトとアーロンが、治療院を訪れた。

 王都へ帰る日を、ノルベルトの体調のために延ばしていたらしく、別れの挨拶とお礼を告げるために寄ったようである。


「エリザベス、私は来年から王都の学園に入る。きっと、エリザベスを守れる男になると約束しよう。それまで、元気でけがなどをせぬように」

「うん。ノルベルトなら大丈夫。きっとなれるわ」

 根拠はないのよ。ごめんね。


「息子とアーロンに聞いたよ。ありがとう。一緒に聞いていた、妻からの感謝の気持ちを、受け取ってやってくれるかい?」

 奥さまから渡されたのは、奇麗な赤い鞘に収まっている剣だった。


「こんな立派な剣を、いただく程の事をしていません」

 私のような子供が、持っていて良いとは思えないほど、それは素人目にも立派な剣だったのである。


「この剣は私が嫁ぐ時に持たされた物なのよ。ところが、私は武術が全く駄目なのです。我が家には娘がいないから、この剣を使う者はいないの。どうか受け取って欲しいわ。甘ったれと息子を叱ってくれてありがとう。この子は、ようやく目が覚めたようよ」


 私は困ってしまって、ダニエル様の顔を見た。

「ベス、ありがたく、いただきなさい。剣のお礼にいつもの体操を、お見せするのはどうでしょう」

「あんなものをですか?」

 いくらなんでも、ダイエット体操を子爵にお見せするのは、失礼だと思う。


「体操とは?」

 子爵が不思議そうに尋ねた。

「この子を育てた母親は、赤の大陸に伝わる、伝統的流派の使い手なのです。エリザベスはその剣舞を見て育ち、自然に覚えたのです」


「是非、拝見したいですわ」

 子爵の奥さまは目を輝かせた。

 言い出したダニエル様は少し変わり者だが、喜ぶ奥さまも変わり者だと思う。


 わざわざ庭まで、子爵家の皆さんに足を運んでもらうのも、申し訳ないと思うが、家の中で剣は振れない。

 私はいつものように、ダイエット体操をした。ああ、剣舞と言うらしい。

 女性用の剣なのだろう、それは剣身も美しい物で、練習用の剣の重さに慣れている私には、とても軽くて使いやすい剣だった。


「まあ。なんて素晴らしい。私は赤の大陸から嫁いできたのです。その剣はあなたに出会えて喜んでいるでしょうね。まるで、あなたの体の一部のようだったわ」

 武術に興味がなさそうな奥さまが、剣舞を見たいと言った理由は、祖国にあったようで、誰よりも喜んでもらえたようだった。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 そう言った私に、奥さまは笑顔でうなずいてくれた。

 その後はダニエル様が入れたお茶を飲んで、皆は帰って行った。


 ちなみに、アーロンさんの治療費という名の謝礼は多額だったようで、ダニエル様の笑顔が引きつっていた。


 ノルベルトに治療院は貧乏だと、言ったせだろうか……。






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