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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第六章 幸せの赤と銀
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お帰りなさい side ダニエル

 神の海域上空に、突然出現した炎。

 教会に問い合わせが殺到する中、その炎から次々と火の玉が地上に落ち、被害が出始めたのです。


 神の海域に、人は近寄る事すらできないうえに、その炎は空にあり、そこに向かう事ができる唯一の人間が、エリザベスでした。


 本来、獣神官の職務に危険は伴わない筈です。

 大神官ですら、執務室や教会内での仕事が、大多数なのです。

 しかし、彼女は神獣とともに、自ら事件や災害の現場に赴く事を望みました。


 好戦的で強い心を持っていた訳ではなく、むしろ、彼女は感受性が豊かな優しい心の持ち主です。

 それゆえに、被害者の痛みを、自分の事のように捉えてしまうようでした。


 ただ今回だけは、獣神官補佐の立場より、夫として彼女を引き留めざるを得ませんでした。

 あの先が分からない炎の中に飛び込むのは、誰から見ても無謀としか思えなかったのです。


“ 待っていて。きっと帰ってくるわ”

 引き留める私に抱きついて、彼女はそう言って炎に向かって行きました。

 あの真っ直ぐ空を見上げた彼女を、私は引き留める事ができませんでした。


 問題を解決すべく、獣神官が単独で、炎の中に突入した事は、世界中に知らされました。

 教会としては、人々の不安を打ち消したかったのでしょうが、それはまた、多くの人々に別の不安を抱かせる事になりました。


 ベスは歴代の獣神官の中で、圧倒的に人気があるのです。

 見た目の美しさもありますが、その気さくな人柄が、幼児から大人までの読み物で紹介され、吟遊詩人たちが、こぞってエリザベスの新作を、発表するほどになっていたのです。


 ベスが炎の中に入ってから、火の玉は降らなくなりました。

 それと同時に、各王国からの問い合わせも止みました。

 巷では、店先の遠眼鏡が、全て売り切れたと聞いています。


 空に大きな円形の炎があり、それを守るかのように神獣たちが動かない。

 私たちはそれを見守るしか、為す術がないのです。


 空の炎の大きさが、激しく変化する様子を、獣神官が戦っていると見る者も多いようで、世界中の人が、日に幾度も空を見上げ、教会に祈りを捧げに足を運んでいると聞きました。


 私はと言えば毎日、午後からは白の港にある拠点で、執務を行わなければならない状況にあります。

 ベスを知る人々からの、連絡や面会があるからです。


「ベスをあんな所にやるとは、ダニエル、あなたは気でも触れたのですか? 生贄とは言わないでくださいね。私はあの子を犠牲にしてまで、生きながらえようとは思っていませんからね」


 白の学園から、ヨハンとフォルカがやってきました。

 ヨハンは気難しい性格をしていますが、ベスの事は気に入っているのです。


「妻を世界の安泰のために、生贄に差し出した男として、歴史に名を残そうとは思っていません」


 私の言葉に、分かっているとばかりに、ヨハンは幾度もうなずきました。


「ダニ。ベスは大丈夫。帰ってくる」


 フォルカは、そう言って窓から遠眼鏡で空を見上げました。


 こんなやり取りを、手紙や客が来る度に、繰り返しているような気がします。

 誰もが、力を貸す事のできない歯痒さを感じているようですが、それは私もまた、同じなのです。




 ベスが炎の中に入って、五日が経過しました。

 館にいる者たちは、一時も空から目を離そうとしません。


「ダニエル! 炎が消えました!」


 館の執務室でリチャード兄上が、窓に目をやった瞬間の事でした。

 私は急いで窓を開け放ち、大神官から譲り受けた、一番性能の良い遠眼鏡で、神獣たちを捉えました。

 一番に動くのは、ルベだと思ったからですが、彼に動きはありませんでした。


 空を見上げている者たちには、それは長い時間だったでしょう。

 二時間ほどで、神獣たちが動きだしました。


 神獣たちよりさらに上空に、黒い点が現れ、その姿を捉えた遠眼鏡を、私は危うく落としそうになりました。


「ベス!」


 まるで誰かが背後から、支えているかのように、足先から降りてきたのは、きっとベスに違いありません。


 真っ赤な獣神官の服はベスの物。

 ただ、風で舞い上がるその髪は、あの美しい黒髪ではなく、日の光を受けて銀色に輝いていたのです。


 ルベは彼女をその背に受けると、他の神獣とともにその姿を消しました。


 館の全員が真剣な面持ちで、転移陣に集まっています。


「「「ベス様!」」」


 皆が一斉にその名を叫び、悲鳴をあげました。


 白いルベの背中を赤く染めているのは、ボロボロになった私の大切な妻でした。


「お帰りなさい、ベス」


 私は傷に障らぬように、そっとベスを抱き上げて、寝室に運びました。

 傷だらけの彼女を見ながら、それでも、この手に戻ってくれた彼女を、愛しく思ったのは、試練以来でしょうか。

 アムやテネが、即座に治療に掛かりました。


『ダニエル、ベスの命に別状はない。それより、大事な話がある』


 私は取りあえず、皆の心配を取り除き、ルベと魔力の会話に入りました。


『魔力の器が、壊れたとはどう言う事です?!』


 ルベが神から受けた説明を聞かされて、私は全身の血が引く思いでした。


 ルベは全てを話してくれました。


『ベスは我と、二度と会話ができぬのだ』


 ベスは彼にとって、百年待ち続けた魂だったのです。

 それが二十数年で、突然、終わるとは思ってもいなかった事でしょう。

 その魔力の会話から、ルベの寂しさが伝わってくるようです。


『ベスは引退しますが、私たちと残りの人生を過ごす選択をしたのです。獣神官でなくなったベスは、もう守る価値がありませんか?』


『我は守ると言った。ベスが獣神官の存在すら知らぬ頃にだ。人間はどんなに長く生きても、我らほどは生きられぬ。最後まで我はベスを守る』


 ルベとは長い付き合いですから、こんな時の回復方法は習得済みです。




 ベスの治療が終わり、クララたちに綺麗にして貰ってから、心配をしていた館の皆が寝ているベスを見に行きました。


 ベスのそばを離れたくはありませんでしたが、彼女が寝ている間に、私にはやらなければいけない事が山積みです。


 私が職無しになっても、ベスを扶養する事は可能ですが、彼女が今後、安全に暮らせる環境を、整えなければなりません。

 私は、大神官である兄の主神官として復職をし、元獣神官の護衛を任せてもらう事にしました。


 館での会議で、今回の事件の詳細を報告した後、ベスの引退を告げると同時に、私の復職を告げました。

 館は住民が転居した後、回収されるので、皆の行き先を考えねばなりません。


 ウーゴはこれを機に、本格的にきのこの研究を始めるようで、以前から白の学園に、その場所が用意されていたようです。

 アリッサは年の差を気にしていましたが、二人を応援していた皆の後押しもあり、ウーゴの妻として、同行する事になりました。


館のメンバーは元々、私の部下だった者たちで、転職を希望する者はいませんでした。


 料理長のヘンリーとアガタは、獣神官の料理長を辞め、ベスの料理長として残る事になりました。


 リナルドとクララ夫婦も、ベスから離れる気持ちはないようです。

 ローラはシンシたちがいなくなった後こそ、腕の見せ所と言い、私たちと同行する事になりました。




「心配を掛けてごめんなさい。何とか戻ってきましたが、私は獣神官を続ける事ができなくなりました。こんな形で、皆さんに迷惑をかける事になり、申し訳ありません。今まで支えてくれて、ありがとうございました」


 何も知らずに、目覚めたベスの挨拶は、メンバーへの謝罪でした。


「ダニエル様が主神官に復帰して、その任務がベスの護衛に決まったんだ。俺たちは昔のまま、ダニエル様の部下になる、全員で引っ越しをするんだよ」


 父親であるセルジオが、ベスに簡単な説明をした。


「ダニエル、本当なの?!」


 ベスはその喜びを、確かめるように私を見ました。


「ええ。ラベーナ神様から屋敷をいただけるようですよ。どこかご希望の国はありますか?」


「高い塀に囲まれていなければ、どこでもいいわ」


 その答えで、サイユ村を思い出した者だけが、苦笑いを浮かべます。

 あの村の塀は、気に入らなかったようです。



 私たちの新居は、魔力の少ないベスの体を考慮して、黒の大陸にある四区に決まりました。

 元オブーリ国の王家の末裔であるジョンから、私が引き継いだ地下のある岬は、私とベスのお気に入りの場所でもあります。


 ジョンも快く賛成してくれ、神がその場所に屋敷を用意してくれました。

 王家の墓はジョンの希望で、一つにまとめられ、名前が消えていた古い墓石の主も、一族の一人として、新しい石碑に名前が刻まれました。


 神獣たちが、新しい屋敷から階段を使わず、転移で地下に行けるようにしてくれ、メンバーの練習場も、ベスが好きな釣り場にも、簡単に行けるようになりました。




「ダニエル、この家は海が一望できるのね。私、死ななくてよかったわ。ルベ、ありがとう」


 崖の上にある屋敷ですから、三方向が海で、高い塀で囲うより、安全は確保されました。


『ベスが喜ぶなら、我は何でもする』


 ベスには届かない言葉……。


『ベスにそう伝えましょうか?』


 これからは、ルベの言葉は、私が伝える事になるでしょう。


『いや、我の気持ちを、分からぬベスではない』




 獣神官ではなくなったベスに会いに、相も変わらず神獣たちはやってきて、食事をしたり、昼寝をしたりしています。

 リナルドが教会に掛け合い、ルベと同じように家獣の証明書を発行させたので、神獣たちはとても嬉しそうです。


 ルベのように、これからは小さな犬の姿で、ベスと旅に行く事も、町中を見て歩く事もできるのです。

 これからは、馬車を連ねて、皆で旅をするのも良いかもしれません。



 屋敷にも慣れ日々の生活も、ようやく落ち着きが見え始めた時、二人の寝室でベスが月に照らされた海を眺めていました。


「クララから眠ったと報告を受けたのですが? 眠れませんでしたか?」

「ダニエル、おかえりなさい」


 ベスは振り返り、子供の時と同じように、私にその腕を伸ばします。

 私は椅子に腰掛け、ベスをいつものように、膝に乗せました。


「ただいま戻りました。考え事ですか?」


「うん。昔の事をね。ダニエルにも話したでしょう? 私が十六歳で人生を終えた話」

「ええ」


「学生だったの。家族と友人たちしか知らなかった。社会にでた事もなければ、結婚どころか恋人すらもいなかった」


「十六歳でしたら、こちらでも、普通の事ですよ」


「私は前世に未練はないの。赤ん坊の時から今まで、ダニエルはいつもそばにいてくれた。そして、結婚までしてくれたのよ。家族や夫がいるこの世界が、私は大好き。あの戦いの後、あなたの腕の中に帰る事しか頭になかったのよ」


「信じて待っていましたよ。この世界を失う事より、私にはベスを失う事の方が遙かに恐ろしいですからね」


「ごめんなさい。あなたを見送るまで、私は生きる事ができない。ダニエル、愛しているわ。これからもずっとよ」


「まだまだ、人生は先が長いのです。もう獣神官ではないのですから、私たち夫婦は、たくさんの幸せを見つけましょうね。愛していますよ。私の愛は全てベスの物です」


「持ちきれるかしら……」


 私たちは、多くの仲間とともに、これからたくさんの経験をするでしょう。

 彼女と、持ちきれない程の思い出を作ろうと思います。


 彼女が再び、前世の記憶を持って生まれ変わっても、幸せに天寿を全うしたと、笑顔で言えるように……。







 

『奇妙なカバンが守ると言ったから』は、今回が最終話です。ブックマークや評価、感想での応援に感謝いたします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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