その神の目的は
「へえぇ、ボクに剣を向けるのかい? 野蛮な人間だねぇ。まあ、神獣が選んだと言う時点で、たかが知れているけれどね」
生意気な子供の声だが、相手は一応、神である。
その声で年齢を決めては、きっと痛い思いをするだろう。
さて、私はミッシェルの魂を救って、この穴をふさぎたいのだが、この神の目的は何だろう。
「ここに入って直ぐに、獣の痛い歓迎を受けました。用心をするのは当然だと思います。私は生身の人間ですから、あなたに剣で立ち向かえるとは思っていません。ただ、ミッシェルを返していただきたい」
剣と指輪が魔力を補給してくれてはいるが、戦いに使えるとは思っていない。
よしんば、使えたとしても、神に魔法や剣で勝てるとは思っていない。
今は相手の出方を待つしかないのである。
「生身の人間ねえ。神獣とともに神に仕えている者を、生身の人間とは言わないよ。第一、君の命の終わりは、ボクにも見えないからね」
確かに魔力と寿命は比例するが、獣神官は不死身ではない。
事故で亡くなった獣神官の話も、神獣たちから聞いている。
なにより、不死身であるのなら、歴代の獣神官の姿絵が、神殿に飾られている事の説明がつかない。
「私の命は終わる時には終わりますから、生身の人間で良いのです。それより、ミッシェルを利用して、この世界で何をするつもりですか」
「ミッシェルは私が拾った子だよ。返すつもりはないね。いらないから見捨てたんだろう? 余所の世界から連れてきて、好みに育たなければ、苦労だけさせて燃やしてしまう。まるで幼子だと思わないかい?」
転生者はこの世界で、新たな両親の子として生まれる。
特別な容姿の者もいるようだが、総じて高い魔力を所持している。
唯一、転生者の特別待遇は、その魔力の高さから、十五歳で白の学園を選択できる事ぐらいだと思う。
「ラベーナ神は、転生者に対しても平等です。人間を物だと思っていないからこそ、神託を伝える大神官をそばに置き、神獣とともに災害から人間を守るように、獣神官も置いているのです」
姿は見えないが、彼は実に楽しそうに、笑い声をあげた。
その理由が分からない私は、ただ、その笑いが収まるのを待つしかない。
「確かにあの子は、人間を物だと思わず肩入れしているから、いつまで経っても成長ができない。だからねぇ、ボクはこの世界を壊してやろうと思っているんだよ。そうすれば、あの子も天界に帰る事ができるからねぇ」
「この世界を壊すですって!?」
ミッシェルの恨みなどではなく、彼の目的はこの世界を壊して、ラベーナ神を得る事が目的なのだろうか。
「人間は魔物の一種にすぎない。少し特異な種族というところもあって、神の中にもコレクターはいるが、ラベーナのように、そこに入り込んでいる者はいないよ。神は普通、複数の世界を管理しているからね」
この神は、ラベーナ神が神界に帰らない事が、不服なのだろうか。
それにしても、神界では、人間のコレクターがいるって……。
私は頭を振って、ガラスケースや衣装箱に入っている、気の毒な人間たちの想像を振り払った。
「それならば、ラベーナ神を説得してください。この世界にはたくさんの種類の命が生きています。神様の気まぐれで壊されるのは迷惑です。それもミッシェルの魂を利用するなんて……」
「迷惑ねぇ。人間とは自らの弱さを諦められずに、強さに焦がれる生き物。全てを思いのままにしようとあらがい、世界とともに滅びる事を、幾度も繰り返す。他の生き物からすれば、迷惑この上ないその生き物が、ボクに迷惑だと言う。君は面白いから、ただひねり潰すのは止めよう」
この神は間違った事を言ってはいないが、その冷ややかで嘲るような言葉に、人間に対しての好意は全く感じ取れない。
「ひねり潰される前に、一つだけ聞かせてください。あなたは、なぜそこまで人間が嫌いなのですか?」
「嫌い? 好きになる要素がどこにあるのさ」
身も蓋もないな……。
神には細かな階級があり、その一過程に創造神があるのだと、彼は言った。
創造神は一つの世界を作り、期間内維持する事で、次の世界を作る事ができるらしい。
彼は神としてはエリートなのだろう、これまで一度も失敗をする事なく、上司からの覚えもめでたかったようだ。
本人はそう言うが、それが本当ならば、こんな奴に高評価を付ける上司も知れていると思ったが、勿論、それを口にはしない。
ただ、最終段階は後輩を育てながら、最後の世界を作る事が課題らしい。
彼は世界の成長を早める人間を、同期の神の勧めで、投入したらしい。
それが失敗であった事は、彼の人間嫌いの言葉から想像はついたが、それ以前に、同期との関係は大丈夫なのだろうか。
「その後輩とは、ラベーナ神ですか?」
「そうさ、最悪の劣等神だよ。彼女は上位を目指す気など、初めから全くなかったから、話にもならない。おまけに隠居神たちと魂の交換までして、ボクの立場など全く考えてもいない。そろそろ正気に戻って貰わないとねぇ」
神々の都合は、そちらで解決すべき問題だとは思う。
だが、双方の神の問題で、この世界に危機が訪れるのは、なんとしても避けなければならない。
「正気に戻す手段が、この世界を壊してしまう事ならば、少し考え直した方が、良いかもしれませんよ。私は人間ですから、神様の事は分かりませんが、それでも、お話をしていて気が付いた事があります」
「人間ごときが? 面白い。聞かせてもらおうか」
小馬鹿にしたような上から目線の物言いが、少し不快ではあるが、相手は神だと考えると、確かに見上げられては落ち着かないだろう。
「あなたは上位の階段を駆け足で上られたのだと思います。その速度に全ての者が付いて行けないほど、あなたは優秀な神なのでしょう。ラベーナ神は、人間の私から見ても、おっとりとしたお方です」
取りあえずは、おだてておいた。
「おっとり? あれは怠けているとしか思えないよ。まるで楽しそうに、花でも愛でる隠居のようだ」
花を愛でる隠居は、怠けている訳ではないと思うが。
「どうでしょう、お二人で話し合われ、あなたの課題である育成終了まで、期限を設けて頑張ってもらうのです。その代わりあなたは、それ以後、ラベーナ神の好きにさせてあげると約束はできませんか?」
初歩的提案だが、ラベーナ神にとっても良い方法だと思った。
「ボクの手を離れたら、あの子とは二度とかかわりたくはないから、その方がありがたいね」
ラベーナ神も、そう思ってくれると良いのだが。
「この世界を壊してしまったら、その期限が延びる事になりませんか?」
「新しく作り直した方が早い。人間が主導する世界など、いずれ壊れてしまう」
少し結論を、急ぎ過ぎただろうか。
「そうならないように、ラベーナ神は色々と工夫をされています。あなたが彼女と、長く付き合う気がないのであれば、その辺りは、見て見ぬ振りをするのも、先輩の度量ではないでしょうか」
度量の持ち合わせが、あればの話だが。
二人の神の仲を、取り持とうとは思わない。
ただ、双方がこれ以上険悪な状況になっては、世界中の人々が困るのである。
「ふん。君は自分の生きる場所が欲しいだけだろう。だけどね、君は知らなくても良い多くの事を知ってしまったから、もう戻す訳にはいかないよ」
いやいや、勝手に話しておいて、それはないと思う。
「私には帰りを待っている者がいるのです。ミッシェルの魂を行くべき場所に送って。私は戻ります」
帰れないなら、私はどこに、どのような形で残されるのだろうか。
聞くのも恐ろしい事は、聞かないに限る。
「それならば、自分の力で帰ると良い」
「はい、ありがとうございます」
私は、ほっと胸をなで下ろした。
話せば分かる神だったようだ。
「本来は許されない事だけれど、君には特別に、そのチャンスをあげよう。ミッシェルも君も、救えるのは君自身だ。ボクは人間が嫌いだけど、君は気に入ったからね。ボクからのプレゼントだよ。受け取ってくれたまえ」
話しても分からない神だった……。
「プレゼント?」
「そうさ。この戦いに勝利すれば、この世界もミッシェルも君の望み通りになる。ボクにはもう、興味はないから行かせてもらうよ。ああそうだ、君が負けたら、ミッシェルがこの世界を壊すからね」
「ミッシェルが?」
「ミッシェル、さぁ、でておいで!」
私はその “ ミッシェル ” と呼ばれて現れた者を目にして、言葉を失った。
「君の手にある剣は、あの子が与えた神器だね。ボクがミッシェルに与えた器は素敵だろう?」
楽しそうな笑い声とともに、彼の気配は消えた。
私も消えてしまいたい……。




