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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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麻袋の中で

 私は洗濯物を干し終えて、洗い場の奥の戸を見てため息をついた。

 先日、治療院に泥棒が入ったのである。


 荒らされたのは、診察室と薬の調合室だけだった。

 現金などは置いていないので、盗まれた物は、ヒビやアカギレに塗る(なん)(こう)だけだったが、それは町の薬師様の所でも安値で売っている物だったのである。


 ダニエル様は秘密の薬箱を持っているので、危険な薬草や魔力を入れた薬は調合室には置かない。

 治療にくる患者に使う薬は並んでいるが、器具や患部を消毒する物と簡単な油薬だけである。


 軟膏を盗むなら、薬草を盗んだ方がはるかに金になると言ったのは、ダニエル様だった。

 その日から、調合室には大きな鍵が掛けられた。



『夜は誰も入れないが、昼はそうはいかない。鍵を見て諦めると良いがな』

 ポシェットのルベが、私の気持ちを察してくれたように言った。

「うん。誰だろうね?」

『ダニエルは分かっておるのだろう。被害届けを警備隊に出したからな』

「泥棒に入られた事より、泥棒が近くにいると思う方が、気持ちが悪いよね」

『そうだな』


 その時、洗い場の戸が開いた。

「おはようございます。エリザベス」

「おはようございます。エレートさん」


「全く困ったものですね。お陰で調合室に入る事ができなくなりました。あなたも困っているでしょう?」

 エレートさんは、調合室を見てそう言った。


「いえ。受け付けでお渡しする薬はありませんから。用意する物はすでにダニエル様からお預かりしています」

 エレートさんは何を言いたいのだろう。消毒薬は診察室にもある。予備はほとんど使わないから、困る事はないのである。


「あなたのような子供を、お信じになるとは……。まあ、サントには注意をする事ですね。最近は随分と親しくなったようですから。彼もダニエル様に取り入って、修行がしたいのでしょうが無駄です。私のように、おそばで見る事も許されず、雑用をさせられているようでは、先がありませんからね」


 サントさんは見ているだけではない。自分のできる事をしながら、治療を手伝う事をダニエル様に許されているのだ。

 同僚でも、エレートさんの性格を考えれば、言えないのは分かる気がする。

 エレートさんは、見る事以外は許されていない。


「ダニエル様は公平な方です」

 本当にそうだろうかと心の中で首をかしげて、私は自分の仕事を始めた。


「ベスちゃん。助けておくれよ」

 そう言ったのは、宿屋の下働きをしている、ベティーさんだった。

 彼女には生傷の絶えない、やんちゃ盛りの四人の息子がいて、治療院には時々子供を連れてくる。

 私の前にだされた両手は、指の関節のほとんどが裂けていた。


「どうしたんですか、これ」

「毎年なるんだよ。こうなったら仕事ができないからね」

 それはそうだろう。一部は既に化膿しているのだから。


「もっと早くにくれば、軟膏だけで治るのに」

「薬師さんの軟膏は随分使ったよ。でも治らないから、軟膏は諦めたんだよ」

 薬師様とダニエル様の薬は、全く別物だと説明しようとしたところで、ベティーさんは声を潜めた。


「へえ。あの赤毛、見習い神官なんだねぇ」

 次の患者が閉めるのを忘れたのだろう。ダニエル様が診察室の戸を閉めた。

「ええ。知らなかったんですか?」

「私はこの町に来て、一年だからね。隣の領地の旅館にいたのさ」

「そうだったんですね」


「あの赤毛は、評判の良くない貴族の息子たちから、金を巻き上げていたんだよ。私は何度も見ていたからね。ベスちゃん気をつけな。私は人を見る目だけには、自信があるのさ」

「うん。分かった。ありがとうベティーさん」

 小さな声で話していたが、診察室から出てきたエレートさんは、驚いたように私たちを見て、眉間にシワを寄せた。


 診察室から出てきたベティーさんは、上機嫌だった。

「見て! ベスちゃん。前よりきれいな手になったわ」

「良かったですね。注意を守って、お手入れを忘れないでくださいね」

「うん。仲間も似たり寄ったりだから、皆に教える。ありがとう」

「お大事にね」


 通院なしで完璧に治療ができるとか、あり得ないでしょう?

 魔法、恐るべし! ここは魔法、万歳! だろうか? 取りあえず、ズルイ。



 それから数日たって、ここ最近は、静かに慌ただしくて、落ち着かない。

 朝の暗いうちから、診察室に来客が来ているようである。

 剣の稽古までには帰るのだが、今日は、治療院が休みなので、ダニエル様もルベも診察室からでてこない。


 キッチンに朝食の用意はしてあったが、食べる気にはならなかった。

 私はいつも通り洗濯物を干して、庭の景色を眺めようと庭に続く戸を開けた。


「だれ?」


 口を押さえられて、声も出せずに捕らえられて思った。

"キャーッ" と(とつ)()に叫ぶ人って、どこで練習をしたのだろう?

 潜んでいる人に、小さな声で名前を尋ねて、どうするのだ。私。


 私は布を掛けられた状態で、猿ぐつわをかまされた。

 抵抗などは、大の大人には全く通用せず、そのまま袋に入れられて、荷物のように転がされたのである。

 まるで人さらいに会ったかのようだ。袋の素材は、質の悪い麻だろうか、ザラザラとして痛い。


 こんな時、ルベがいてくれたら心強いだろうと思った。

 守ってくれると言ったルベはここにはいない……。

 それでも、ルベとダニエル様はきっと迎えにきてくれると、疑ってもいない自分に気が付いて鼻で笑った。


 笑いたくもなる。あの日、火に焼かれる前に見た笑顔は、一番信じていた父親の笑顔だったのだから。

 ダニエル様にもルベにも、絶対はない事を、私は心のどこかに、留めておくべきだろう。

 口が塞がっていると、笑いは鼻でするしかない、まるで悪役のそれである。



「ご苦労」

「行ってらっしゃいませ」


 ここは馬車の荷台。それもこの揺れる時に聞こえる音は、幌の布地の音である。

 あの会話は門番? この馬車の御者台には、門番より地位のある人が座っているようだが、どこの門番なのだろう。町の門番ではない事を祈るしかない。


 猿ぐつわは手拭いなのだろう、口の中の結び目が唾液を容赦なく奪っていく。

 口角が痛い。十歳児なのだぞ、顎関節症になったらどうしてくれる。

 私は仕方がないので、鼻から大きく息を吸い込み、出せるところから、息を出してみた。口呼吸はできそうだった。


 それから、今度はゴロゴロと転がってみた。

 どちらかの方向に、私の身長と同じくらいの箱がある。

 もう一方は多分、袋入りの人間に違いない。

 必死に叫んでいるようだが、そのこもった声では、外には聞こえない。

 おまけに馬車は走っているのだ。少しは冷静になれ。


 私は縛られてはいないので、箱のある方にもう一度転がり、それを背にして、体育座りをした。

 体を安定させてから、固く縛られている猿ぐつわを外す事にしたのだ。

 何が何でも生きて逃げてやる。

 殺すとは言われていないが……。


 固く結ばれているのか、私が非力なのかは分からないが、長い時間をかけて、ようやく猿ぐつわは外れた。

 次は頭の上にある袋の入り口を、開けなければならない。


 農作物を入れて運べる程、丈夫な麻袋をどうやって開けたらいいのだろう。

 入り口を開けるより、袋を破いた方が良いとは思うが、ルベがいない私は、何も持ってはいないのである。


「歯か……。ダニエル様は歯も治せるだろうか? 治せなきゃ悲惨だよね。永久歯だよ? 差し歯はあるのかしら? 生活魔法はどうだろう?」

 私は前歯を諦める事はできなかった。

 だが、御者台に見つかる事を考えると、うかつな事もできないのである。


「ああ! そうか。上が駄目なら、下があるじゃない」


 私は生活魔法で練習をした、ピンポン玉をギュッと縮めて、小指の先ほどの火の玉を作り、足を縮めた先に落としては踏みつけた。

 皮靴で良かったと心から思う。

 何とか肩幅ほどの長さを焦がして、そこから、荷台の様子を確かめた。


 この時間、止まる事なく走っているという事は、町から出ているに違いないが、今なら歩いて戻れる距離だと思った。

 武器も持たずに、陳腐な魔法だけで、山中を歩けるとは思っていない。

 それなら、連れて行かれる場所まで、行くべきだろう。


 隣を見ると、叫び疲れたのだろうか、袋は静かに転がっている。

 大きさは私より大きいが、大人ではなさそうである。

 猿ぐつわは痛いだろうから、外してやろうと思った。

 この口角の痛さは、経験者にしか分からない。


 私は、誰かが来てもごまかせるように、麻袋のまま、ズルズルと近付いた。

 それから、袋を触って頭を確かめた。

 袋の中の緊張が伝わってきて緊張した。つられている場合ではないのに。


 私は耳であろう場所に小さな声で言った。

「声を出さないで。猿ぐつわを外してあげるわ」

 私は麻袋の入り口を開けて、猿ぐつわを外した。


「ありがとう」

 お礼の言葉は背中で聞いた。

 礼儀正しい人は、嫌いではない。


「どういたしまして。じゃあね」

 私は後ろの幌を開けて外を見た。

 町は見えなかった。

 飛び降りて隠れるには、ちょうど良い位の草が立ち枯れていた。


 私は馬車の中の物を、手当たり次第に麻袋に詰め込んで、麻袋を転がした。

 横で私の真似をして、うなずいているのはなぜだろう?

 あれ? エルミート家の腹膜炎?


 今はそれどころではないのだ。

「これでよし。さて、逃げるかな」

「うん」

「え? 来るのぉ?」

「もちろんだよ」


 その他力本願の笑顔が、面倒だと思った。

 どう見ても、年上男子だろう。頼るなよ。


 まさか、馬車から飛び降りる日がくるとは、思ってもいなかった。

 幌付きの荷馬車の速度は遅いが、それでも時速十キロは、確実に超えているように見える。

 買い物に行く時に乗っていた、ママチャリよりは遅いから、けがをしても命は大丈夫だと思った。


 転生先に車がなくて良かった。

 降りた音が、御者台に聞こえるかどうかが気になるが、バックミラーはない。

 しばらく動かなければ何とかなると思う。根拠はないが……。


 私はそっと、滑るように荷台から地面に着地した。

 直後に後で、ドサリと音がした。

 やはり面倒なやつだったと、ため息をつく位は許してほしい。


 動くなと口だけで伝えると、彼はうなずいた。

 金髪と(へき)(がん)。絵に描いたような王子さま。子爵家だが……。

 ちなみに私は、王子や貴族に興味はない。

 理由は面倒だからである。


 それから私たちは、茂みに入って座り込んだ。

「助けてくれてありがとう。私はノルベルトだ」

「ベスよ。あなたを知っているわ。エルミート子爵家でしょ?」

「うん。どこかで会った?」


「お屋敷でね。あなたはベッドにいたわ。私は治療院のダニエル様に、付いていたのよ。ところであなたはなぜ麻袋の中にいたの?」

「モッペル様をうちの庭でお見受けしてね」

「モッペル様? 歩きながら聞かせて。町に戻らなくては」


 馬車の後ろ姿は、見えない。

 脱出は辛うじて、成功したようである。







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