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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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温かい秋と芋

 いつものように剣の稽古を終えて食事を済ませた後、掃除をしていたら、裏の戸が開いて、神官補のサントさんが入ってきた。

「おはよう、ベス」

「おはようございます、サントさん。あのぉ、どういう事ですか?」


 サントさんの後ろには二人の男がいるのだが、私は彼らに見覚えがあった。

 ケンカに負けて、血だらけで担ぎ込まれた男と、その友人である。


「ダニエル様には、話してあるんだよ」

「そうなの?」

 サントさんはうなずくと、二人に仕事を始めて欲しいと言った。

 二人は、早速仕事に取り掛かった。


「これからは寒くなるだろう? 雪も降る。雨の日にカマドに火を入れて、洗濯物を干しているベスを見てね。教会を建てている彼らに相談したんだよ。縄では乾きも悪いうえに、古くて今にも切れそうだったからね」


「縄を新しくしてくれるの?」

 私は嬉しくて、サントさんの顔を見た。

 縄が古くて、治療院で使う布を干すのには、あまりにも不衛生だと、考えていた矢先だったのである。


「俺たちの家は鍛冶屋なんだ。この前は幼なじみが結婚すると聞いて、こいつが荒れたばかりに、迷惑をかけたな。洗濯物を干す鉄棒を付けてやるよ。外じゃないなら(さび)ないだろう」


「すまん。酔っていたが、あんたが俺の泥や血を拭いてくれたのは、覚えている。ありがとうな。あの時の礼だ」

「当然の事をしただけです。でも、嬉しい。ありがとうございます」

 失恋した大人の男に、掛ける言葉は分からないが、感謝の言葉を伝えた。


「ベス。彼は幼なじみの女性に、自分の気持ちを伝えたんだ。教会が新しくなったら、挙式の予定だよ」

 サントさんが、そう言うと、二人の男の顔に笑顔が浮かんだ。

「おめでとうございます! 良かったですね。婚約者さんが泣きますから、お酒は程々にしてくださいね?」


「お前、小さなベスに言われてるぞ?」

「ああ。程々どころか、もう一生俺は、酒を飲まねぇ。ケンカもできないのに、絡み酒はねえだろう? 自分でも驚いたからな」

 友人の言葉に、血だらけだった男がそう言った。

 サントさんと私は、顔を見合わせて笑った。


 洗い場に三本の物干しができて、踏み台も作ってもらったところで、ダニエル様が顔を出した。

 ダニエル様が感謝の言葉を伝えると、男たちは照れ臭そうに、教会の仕事があるからと、戻って行った。


「サント、ありがとう」

 ダニエル様の言葉に、サントさんは笑顔で首を振った。

「いいえ、現場のお茶出しを手伝っていたので、相談したんです。そうしたら、彼らがどうしても、ベスにお礼がしたいと言って」


「そうでしたか。ベス、無欲の善行に見返りはありません。それでも誰かの心を温かくするのは確かです。今、ベスの心を温かくしているのは、あなたが彼らにあげた温もりなのですよ」

「はい」


 私のした事は、無欲の善行などという、立派なものではなかったが、確かに温かな気持ちになっていた。それがあの日、彼らが感じていたものならば、私は嬉しいと素直に思った。


「そういえばベス。お隣のお婆さんが、家に来て欲しいと言っていましたよ。昼からは忙しくないでしょうから、行っておいで」


 右隣のお婆さんが腰を痛めて動けないと、昨日、お爺さんが慌てて駆け込んで来たのだった。ダニエル様が治療に行って、夕食は野菜料理がたくさんでてきた。

 ダニエル様は料理が上手なので、私は野菜でも困らないが、肉や果実が好きなルベは夜中にこっそりと、食事に出掛けたようだった。


「そういえば、お婆さんの腰はもういいの?」

「治しましたが、秋は畑にでてしまうでしょうね」

 ダニエル様は困った顔をした。


「いつも、畑にいる時は二人一緒ですよね」

「ええ。お二人の趣味だそうですよ」

 だから、仕方がないのだと言いたいようである。


「あ! 思い出した。お爺さんが、お芋を焼いてくれるって言ってたわ」

「それは楽しみですね」

「はい」


 隣のご夫婦は二人で暮らしている。農家ではないが、二人が食べきれる収穫量ではないため、時々、新鮮な野菜をいただく。

 ご主人が冒険者である左隣の家からは、肉をいただく事が多い。

 ダニエル様は、珍しい茶葉や酒や砂糖でお返しをする。

 ダニエル様はルベに、どれだけの物を持たせているのだろう。


 昼食は、朝のうちに作った物を、神官補の方と一緒に食べる。

 昼食を食べてしまうと、お芋が食べられないと思った私は、少し遅い昼食を、食べずに出掛ける事にした。


「サントさん、できるだけ早く帰ってきます。すみませんが、受け付けをよろしくお願いします」

「ゆっくりしてきて良いよ。私は見たい治療がある時は、患者に伝言を頼むから」

「え?」

 私はサントさんの言葉の意味が分からず、首をかしげた。


「少し待っていてくださいと、患者に言ってもらうんだよ。時間を争う重病人は、静かにはこないから、診察室にいても分かるよ」

 この世界は動けない程けがを負った人を、ご近所でない限り、板に乗せて運ぶ。本人よりその周りが取り乱して、大騒ぎなのである。


「確かにそうですね」

「そう。だから心配しなくて良いよ。芋の土産を期待しているよ」

 サントさんはそう言って、私を送り出してくれた。


 治療院からお隣の家へ行く時は、畑を見ながら行く。

 畑に二人がいる時は、玄関で呼んでも聞こえないからである。

「お爺さぁん!」

 畑では珍しく、お爺さんが一人で作業をしていた。


「婆さんが家で、待っているよ」

 振り返ったお爺さんは、いつもの笑顔だった。

 どうやら、お婆さんは大丈夫そうだと、私は胸をなで下ろした。


 玄関に着くと、扉が開いた。

「いらっしゃい。待っていたのよ。二人の声が中まで聞こえたわ。さあ、入ってちょうだい」

「お邪魔します」


「お芋はもう少し、待っていてね。オーブンに入れたばかりなのよ」

「はい。楽しみです」

 大きな分厚い食卓テーブルが、この家の主のようにそこにはある。

 このテーブルが食事をする場所であり、客をもてなす場所でもあるのだ。


 この家の一階で二人は暮らしている。

 二階は、子供たちや孫が来た時以外は、使わないと聞いていた。

 一階の床はどの家もたいてい、洗いやすいように石でできている。

 高い場所から落ちると危険な事もあり、老人は一階の部屋で暮らす事が多いようである。


「これを見てもらおうと思ったのよ?」

 それはまだ新しい、女の子の洋服だった。

「ベスは夏から、同じ服を着ているでしょ? 年寄りにはとても寒そうに見えるわ。これは、娘の物なのよ? 赤の大陸に嫁いだの。孫も皆大きくなったわ。男の子ばかりで、この服は着る人がいないのよ。良ければ着てほしいわ」


 厚手の灰色のスカートと、赤いセーター。厚手の木綿のブラウスに、薄茶色のカーディガン。セーターとカーディガンは手編みなのだろう、丁寧に模様が編み込まれていた。

「こんなに奇麗な服を、もらっていいのでしょうか?」

 この服は古着屋でも高く売れそうだ。


「私とお爺さんは、服の仕立屋で働いていたのよ。だから、子供の服は全て二人で作っていたの。スカートとブラウスはお爺さんが作ったのよ。だから、売る気になれなくて取っておいたの。ベスに来てもらいたいって、二人で話していたのよ」


 私は困ってしまった。気軽に受け取って良いのだろうか。

「そんなに思い出の深い服を、私なんかがいただいて良いのでしょうか? 私はご存じのように、おとなしい子供ではありませんが」

 いや、自分で言うのもおかしいが、汚せないと思ったのである。


 そこに、畑からお爺さんが帰ってきた。

「そこが良いんだよ。うちの娘も元気が良かったから丈夫に作ってある。もう服は作れないが、かぎ裂きくらいならいつでも直してやる」

 そう言われて、気持ちが少し軽くなった。


 変な遠慮をするより、ありがたくいただいて、着ている姿を見てもらった方が、喜ばれる気がした。

「ありがとうございます。大事に着させてもらいます」

 お爺さんは嬉しそうにうなずいた。


「ベスはこの辺りで一番の働き者だ、おまけに飛び切り可愛いからな。服も喜んでいるさ。これは娘が十歳の祝いの時に作ったんだ。背格好も良く似ている。なあ、婆さん」

 お爺さんは目尻にシワを寄せて、お婆さんを見る。


「ええ。あの子も私たちが仕事の時は、兄弟の面倒をよく見てくれましたからね。ベスが働いている姿を見る度に思い出しますよ」

 それから、子供の思い出話になった。二人もこの家も若かった時代の話は、とても幸せそうだった。


「良い匂いがしてきたわ。食べ頃ね?」

 私はお婆さんと台所に向かった。

 パンやパイを焼くオーブンは扱い慣れていた。

 魔導具のオーブンと、薪を入れて使うオーブンは、できあがりが違う。


 長いへらを入れてかきだした芋を、ツルで編んだ籠に入れる。

 お芋はかなりの数がある。

「ダニエルさんにも、持っていってね」

 お婆さんが笑顔で言った。

 なるほど、それならうなずける量である。


「ベス、これがうまいぞ。トロ芋はこうして食べるのが、一番うまいんだ」

 トロ芋とは、日本の長芋と同じような芋で、薬にも使われる。酢漬けにしたり、油で炒めたりして食べる事も多い。

 ダニエル様は、たたいてから生野菜にかけたりするので、なじみの芋である。


「ああ! おいしい。ホクホクですね」

「だろう。芋を食うと風邪をひかない。トロ芋は疲れを取る。だから、冬は芋をたくさん食うと良いんだ」

「はい」


 年寄りの話は嫌いではない。思い入れが強いと何度も繰り返すが、昔の人の知恵を教えてくれる。

 遠い昔の話が、すぐそこで起きているかのように、見えてくるのは楽しいものである。


 私は服と焼き芋をもらって、治療院に帰った。

 患者が丁度いなかったので、ダニエル様とサントさんは、まだ温かい焼き芋を食べる事ができた。


「トロ芋、これはおいしいですね」

「私の田舎では、高級品ですからね。薬にしか使いません。本当にうまい」

 お爺さんが聞いたら、喜ぶだろうと思いながら、私は二人にお茶をいれた。


 おとなしくポーチ姿でいたルベには、部屋に戻ってだしてあげた。

『芋は生がうまい。だが焼いたのは菓子のようで、またこれもいいな』

 まんざら、嫌でもないようだった。








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