報告します
白の大陸にある港町は、いつにも増して人通りが多い。
港が開かれる春とは違い、秋は閉ざされる冬を前に、まるで追い立てられるかのように人々が行き交う様子を、私はルベの背から眺めていた。
夜のとばりが下りて、ようやく一息付いたのだろうか、港町の片隅にある居住区ですら、静かになった。
結界に守られている、獣神官の港町にある拠点の屋敷が、賑やかになり始めた。
今夜はダニエルが身内や友人たちを集めて、食事会を兼ねた報告会を開いたのである。
私は母さんが仕立ててくれた、銀の刺繍が施された赤いドレスを、娘として着る事ができた。
そのドレスはどう見ても、数日で完成するようなドレスではなかった。
結婚が決まる前から、娘の晴れ姿を思いながら、仕立てていた母さんを思うと、胸が熱くなる。
ダニエルにドレスを披露する場所まで、考えていたのかは聞いていないが、彼ならばドレスの事もちゃんと考えてくれたような気がする。
そのダニエルと言えば、上着のポケットに私が施した刺繍のハンカチが、堂々と飾られていた。
父の日に贈られた、幼い子供が作った缶バッジを、得意げに胸に飾っている、日本の父親のように見えた事は内緒だ……。
「大神官様、先日は驚いて、失礼な態度を取ってしまって、ごめんなさい」
先日の子供じみた行為を、まずは謝ろうと声を掛けたのだが、満面の笑みがかえってきて、私は無意識に一歩退いた。
「ベスは怒っても、嘆いても愛らしいと思いましたよ。それでも、こうして笑顔でいると、一段と愛おしい。今日から私はあなたの兄になります」
父から兄になったようだが、ごっこ遊びは継続中らしい。
籍を入れられないので、正式ではないが、彼の言葉は間違ってはいない。
「よろしくお願いいたします。義兄さま」
大神官様は嬉しそうな笑顔を浮かべると同時に、私を抱きしめようとその両手を伸ばした。
「ベルホルト兄上! 少し目を離した隙に全く!」
私を慌てて引き寄せたのは、ニコール様と会話をしていたダニエルだった。
「ダニエル?」
「ベス様、いけませんよ。あなたは世界中で一番可愛いと自覚をするべきです」
そんな頓珍漢な自覚は、妄想でもしないと思うが。
「ダニエルは世界一、素敵な人だけれど、私は誰が見たってその辺に転がっている、石ころだと思うわ」
決して謙遜などではなく、ここははっきりと言っておかないと、ダニエルが奇妙な視線を受けることになるだろう。
「今日は祝いの席ですから、覚悟はしておりましたが、まさか目の前で拝見できるとは思いませんでしたね。仲が良いことは、結構なことです」
ニコール様は苦笑いで感想を述べると、大神官様を連れて行った。
ダニエルが満足そうに、微笑みを浮かべる理由が分からない。
白の学園と黒の大陸にある、第一と第二のイーズリ学園の学園長たちも、祝いにきてくれた。
とはいっても、彼らはこちらで行われる学園長会議に出席をすることが、目的ではあるのだが。
「孫の嫁はあきらめていたが、さすがは私の孫。見る目は確かだ」
「教育者にするのは、ようやく諦めたようだね」
「あれは、なかなか神経質で気難しい子供だったのだ。教会では苦労を強いられるだろうと心配しておったが、自分のやるべき事を見つけたようだ」
イーズリ学園の二人の学長は、遠くで客に挨拶をしているダニエルの姿を目で追いながら、そんな話をしていた。
私の前では、ヨハン様と元学園長だったルーカス様が、難しい顔で話をしている。
「フォルカ様は、話し合いに参加しないのですか?」
「ベスがいる。それはいつもと違う。話はいつも。ヨハンがいる」
いつものように、私を横に座らせて、フォルカ様は満足げに口角を上げた。
二人に話題を提供した私も、悪いのだが。
この世界の学園には、飛び級制度がないと知らなかった私が、つい口を滑らせた結果である。
そこへ白の海賊船のイザベラさんたちがやってきた。
「ベス! ダニエルで本当に良かったのかい?!」
「どういう意味ですか? 良くなくても、私がベス様を手放す事はありません」
イザベラさんはダニエルと同期だったせいだろうか、容赦がない。
ダニエルも悪態大魔王の笑顔で、言葉を返した。
「イザベラ……。申し訳ありません、ベス様。彼女の口の動きは予想外でして。知らせを受けた時は、誰よりも喜んでいたものですから、油断をしてしまいました。あ、おめでとうございます」
イザベラさんの後ろから、補佐役のハンスさんが、困った顔をして現れた。
ダニエルも私の補佐で苦労はしているだろうが、ハンスさんの苦労も大変なものだろうと思う。
「ありがとうございます。イザベラさんに悪意などないことは、知っていますから、お気になさらずに」
私はイザベラさんが嫌いではない。
その思いにハンスさんも気が付いているのだろう、笑顔で頷いてくれた。
「あれ? オトマールさんにご挨拶をしていないわ」
「船から滅多に降りませんからね。ヘンリーに会いに行ったのでしょう」
私の問いにダニエルが答え、オトマールさんを探しに調理場に向かった。
ダニエルは私の歩みを止めると、調理場の入り口の前で立ち止まった。
「今日は客なんだから、親父はおとなしく、もてなされていろよ」
「ああ、この会場で俺ほど、料理を楽しみにしている奴はいないだろうな」
「親父にガッカリはさせない。会場の隅にあるパンは、ベス様の手作りだから、食ってみると良い。彼女の料理の発想は素晴らしいよ」
オトマールさんが調理場にいる息子のヘンリーの元に、顔をだしているようだ。
料理のほとんどは館で作ってから、ルベが運んできているので、オトマールさんが手伝えることはない。
それでも、久しぶりに会った父子は僅かな会話に、嬉しそうにその顔をほころばせていた。
今夜の食事は神殿から給仕の手伝いも来て、コース料理だった。
食事後の会談の場に、酒に合う軽い料理の用意がある。
その部屋の隅に、ダニエルの希望で、菓子パンが用意されたのだ。
館では菓子パンの評判が良く、私以外の者たちはまるで、デザートのように食後に食べたり、お菓子代わりに食べたりするのである。
私はミルクと菓子パン二つを食べると、当然、食事は食べられなくなるので、クララの監視は厳しい。
菓子パンは、菓子だろうか、パンだろうか。
こちらでは、パンは食事のメニューに入らない添え物だから、菓子パンは菓子扱いのようである。
ちなみに菓子パンは、イザベラさんが気に入ったようで、船員たちへの土産にと、全て持ち帰った。
翌日は夕刻から始まる予定だと言うのに、昼過ぎから世界中の仲間が集まり始め、日がまだ高いうちから、結婚の報告会を始めることになった。
こんな機会でもなければ、館のメンバーも含めて、勢揃いをすることはないので、神獣たちも加わって、獣神官メンバーたちの交流会のようになった。
実は、私とダニエルはそれが目的でもあったので、仲間たちが楽しそうに交流を広げる様子を見る事ができて、とても嬉しく思った。
「母さん、ドレスをありがとう」
「よく似合っているよ。母親はね、幼かった娘との思い出を、一針ひとはり、思い出しながら、ドレスを仕上げていくんだよ。娘の幸せを願いながら、そうして送り出す心の準備をしていくんだよ」
私の場合は旅にでていたので、その思い出が少なくなっていたと思うと、申し訳ない気持ちになる。
それにしても、この世界ではドレスが、親離れや子離れの手助けをするのだろうか。
「私の場合は、亡くなったアニータさんの想いもあるからね。作らないではいられなかった。獣神官の結婚を、知らない訳ではなかったけれど、一人の娘として、幸せになってほしいと思ってね」
父さんと母さんとの思い出は私にもたくさんある。
ともに暮らした日は少ないが、私をエルモの姉にしてくれ、家族であり続けてくれた事に感謝している。
「そばにいるわ。これからも、ずうっとよ」
「ああ、ダニエル様に可愛がってもらうんだよ」
「うん。ありがとう。母さん」
白無垢も純白のウエディングドレスも、この世界にはない。
ただ、娘の幸せを願う親心に、優劣はないのだと気がついた。
この素敵な両親すら、与えてくれたのはダニエルだった……。




