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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第六章 幸せの赤と銀
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報告します

 

 白の大陸にある港町は、いつにも増して人通りが多い。

 港が開かれる春とは違い、秋は閉ざされる冬を前に、まるで追い立てられるかのように人々が行き交う様子を、私はルベの背から眺めていた。


 夜のとばりが下りて、ようやく一息付いたのだろうか、港町の片隅にある居住区ですら、静かになった。

 結界に守られている、獣神官の港町にある拠点の屋敷が、賑やかになり始めた。

 今夜はダニエルが身内や友人たちを集めて、食事会を兼ねた報告会を開いたのである。


 私は母さんが仕立ててくれた、銀の刺繍が施された赤いドレスを、娘として着る事ができた。

 そのドレスはどう見ても、数日で完成するようなドレスではなかった。


 結婚が決まる前から、娘の晴れ姿を思いながら、仕立てていた母さんを思うと、胸が熱くなる。

 ダニエルにドレスを披露する場所まで、考えていたのかは聞いていないが、彼ならばドレスの事もちゃんと考えてくれたような気がする。


 そのダニエルと言えば、上着のポケットに私が施した刺繍のハンカチが、堂々と飾られていた。

 父の日に贈られた、幼い子供が作った缶バッジを、得意げに胸に飾っている、日本の父親のように見えた事は内緒だ……。



「大神官様、先日は驚いて、失礼な態度を取ってしまって、ごめんなさい」


 先日の子供じみた行為を、まずは謝ろうと声を掛けたのだが、満面の笑みがかえってきて、私は無意識に一歩退いた。


「ベスは怒っても、嘆いても愛らしいと思いましたよ。それでも、こうして笑顔でいると、一段と愛おしい。今日から私はあなたの兄になります」


 父から兄になったようだが、ごっこ遊びは継続中らしい。

 籍を入れられないので、正式ではないが、彼の言葉は間違ってはいない。


「よろしくお願いいたします。義兄さま」

 大神官様は嬉しそうな笑顔を浮かべると同時に、私を抱きしめようとその両手を伸ばした。


「ベルホルト兄上! 少し目を離した隙に全く!」

 私を慌てて引き寄せたのは、ニコール様と会話をしていたダニエルだった。


「ダニエル?」

「ベス様、いけませんよ。あなたは世界中で一番可愛いと自覚をするべきです」


 そんな頓珍漢な自覚は、妄想でもしないと思うが。


「ダニエルは世界一、素敵な人だけれど、私は誰が見たってその辺に転がっている、石ころだと思うわ」


 決して謙遜などではなく、ここははっきりと言っておかないと、ダニエルが奇妙な視線を受けることになるだろう。


「今日は祝いの席ですから、覚悟はしておりましたが、まさか目の前で拝見できるとは思いませんでしたね。仲が良いことは、結構なことです」


 ニコール様は苦笑いで感想を述べると、大神官様を連れて行った。

 ダニエルが満足そうに、微笑みを浮かべる理由が分からない。



 白の学園と黒の大陸にある、第一と第二のイーズリ学園の学園長たちも、祝いにきてくれた。

 とはいっても、彼らはこちらで行われる学園長会議に出席をすることが、目的ではあるのだが。


「孫の嫁はあきらめていたが、さすがは私の孫。見る目は確かだ」

「教育者にするのは、ようやく諦めたようだね」

「あれは、なかなか神経質で気難しい子供だったのだ。教会では苦労を強いられるだろうと心配しておったが、自分のやるべき事を見つけたようだ」


 イーズリ学園の二人の学長は、遠くで客に挨拶をしているダニエルの姿を目で追いながら、そんな話をしていた。

 私の前では、ヨハン様と元学園長だったルーカス様が、難しい顔で話をしている。


「フォルカ様は、話し合いに参加しないのですか?」

「ベスがいる。それはいつもと違う。話はいつも。ヨハンがいる」


 いつものように、私を横に座らせて、フォルカ様は満足げに口角を上げた。

 二人に話題を提供した私も、悪いのだが。

 この世界の学園には、飛び級制度がないと知らなかった私が、つい口を滑らせた結果である。



 そこへ白の海賊船のイザベラさんたちがやってきた。


「ベス! ダニエルで本当に良かったのかい?!」

「どういう意味ですか? 良くなくても、私がベス様を手放す事はありません」


 イザベラさんはダニエルと同期だったせいだろうか、容赦がない。

 ダニエルも悪態大魔王の笑顔で、言葉を返した。


「イザベラ……。申し訳ありません、ベス様。彼女の口の動きは予想外でして。知らせを受けた時は、誰よりも喜んでいたものですから、油断をしてしまいました。あ、おめでとうございます」


 イザベラさんの後ろから、補佐役のハンスさんが、困った顔をして現れた。

 ダニエルも私の補佐で苦労はしているだろうが、ハンスさんの苦労も大変なものだろうと思う。


「ありがとうございます。イザベラさんに悪意などないことは、知っていますから、お気になさらずに」


 私はイザベラさんが嫌いではない。

 その思いにハンスさんも気が付いているのだろう、笑顔で頷いてくれた。



「あれ? オトマールさんにご挨拶をしていないわ」

「船から滅多に降りませんからね。ヘンリーに会いに行ったのでしょう」


 私の問いにダニエルが答え、オトマールさんを探しに調理場に向かった。

 ダニエルは私の歩みを止めると、調理場の入り口の前で立ち止まった。




「今日は客なんだから、親父はおとなしく、もてなされていろよ」

「ああ、この会場で俺ほど、料理を楽しみにしている奴はいないだろうな」

「親父にガッカリはさせない。会場の隅にあるパンは、ベス様の手作りだから、食ってみると良い。彼女の料理の発想は素晴らしいよ」


 オトマールさんが調理場にいる息子のヘンリーの元に、顔をだしているようだ。

 料理のほとんどは館で作ってから、ルベが運んできているので、オトマールさんが手伝えることはない。

 それでも、久しぶりに会った父子は僅かな会話に、嬉しそうにその顔をほころばせていた。


 今夜の食事は神殿から給仕の手伝いも来て、コース料理だった。

 食事後の会談の場に、酒に合う軽い料理の用意がある。

 その部屋の隅に、ダニエルの希望で、菓子パンが用意されたのだ。


 館では菓子パンの評判が良く、私以外の者たちはまるで、デザートのように食後に食べたり、お菓子代わりに食べたりするのである。

 私はミルクと菓子パン二つを食べると、当然、食事は食べられなくなるので、クララの監視は厳しい。


 菓子パンは、菓子だろうか、パンだろうか。

 こちらでは、パンは食事のメニューに入らない添え物だから、菓子パンは菓子扱いのようである。

 ちなみに菓子パンは、イザベラさんが気に入ったようで、船員たちへの土産にと、全て持ち帰った。




 翌日は夕刻から始まる予定だと言うのに、昼過ぎから世界中の仲間が集まり始め、日がまだ高いうちから、結婚の報告会を始めることになった。


 こんな機会でもなければ、館のメンバーも含めて、勢揃いをすることはないので、神獣たちも加わって、獣神官メンバーたちの交流会のようになった。

 実は、私とダニエルはそれが目的でもあったので、仲間たちが楽しそうに交流を広げる様子を見る事ができて、とても嬉しく思った。


「母さん、ドレスをありがとう」

「よく似合っているよ。母親はね、幼かった娘との思い出を、一針ひとはり、思い出しながら、ドレスを仕上げていくんだよ。娘の幸せを願いながら、そうして送り出す心の準備をしていくんだよ」


 私の場合は旅にでていたので、その思い出が少なくなっていたと思うと、申し訳ない気持ちになる。

 それにしても、この世界ではドレスが、親離れや子離れの手助けをするのだろうか。


「私の場合は、亡くなったアニータさんの想いもあるからね。作らないではいられなかった。獣神官の結婚を、知らない訳ではなかったけれど、一人の娘として、幸せになってほしいと思ってね」


 父さんと母さんとの思い出は私にもたくさんある。

 ともに暮らした日は少ないが、私をエルモの姉にしてくれ、家族であり続けてくれた事に感謝している。


「そばにいるわ。これからも、ずうっとよ」

「ああ、ダニエル様に可愛がってもらうんだよ」

「うん。ありがとう。母さん」



 白無垢も純白のウエディングドレスも、この世界にはない。


 ただ、娘の幸せを願う親心に、優劣はないのだと気がついた。


 この素敵な両親すら、与えてくれたのはダニエルだった……。







  

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