灰の下で眠るもの
教会本部の神殿で、大神官様と面談をした父さんが、返事を持って帰ってきたのと入れ代わるように、イシュカ村の希望を聞いたディランとジョンが、ネガーラ国のクレトロア領に向かった。
イシュカ村の人たちは、ドレア村への移住を決めたのである。
廃村になった村には、そうなる理由が必ずあるのだと彼らは言った。
廃村になってから、時が経っていればいるほど、彼らのやるべき事は増える。
ドレア村の廃村は、村の場所や畑に問題があった訳ではないという事が、彼らにとっては重要なようだった。
私やメンバーたちが、領主に一目を置いている事もまた、彼らにとっては魅力的だったようだが、代替わりで苦い思いをした経験がある彼らは、そこは冷静に考えているようだった。
私が一番気にしていた事故は、獣神官と神獣が浄化をした土地以上に、安心できる場所はないと考えたらしく、その考え方に私たちの方が驚かされた。
だがそれは、彼らの村はそれだけ、恵まれていなかったという事になる。
ようやく、黒煙が収まり、空が明るくなった時、空間から外を見た村人の顔は諦めていた現実を、再びつきつけられたのか、一様に暗くなった。
メンバーの一人が、外にでた途端に体は灰に埋もれ、あちらこちらに、大きな岩が顔を出していたが、小さな岩は灰に隠れてしまったようだ。
家も畑も見えないその場所に、つい数日前まで、人々が暮らす村があったと、誰が信じるだろう。
村人たちが互いに、肩を叩きながら慰め合う様子を見たメンバーたちも、掛ける言葉を見つけられないようだ。
村を捨てる覚悟はできていただろうが、それでも、変わり果てた村を見るのは辛いだろう。
彼らの村は、たくさんの思い出を抱えたまま、灰の下で眠りに就いたのだから。
「神様のお姉ちゃん、これをあげるから、泣いては駄目よ」
「俺のもやるぞ。姉ちゃんが村の宝を守ってくれたんだろ?」
私は知らぬまに流れていた涙を、慌てて拭った。
村の子供が差し出した物は、村人が子供たちに配る硬く干した芋で、先に蒸してあるのだろうか、甘みがあるようだ。
「私はおなかがいっぱいだから、あなたたちが食べて。それより宝って何?」
どうやら、私は無意識に村の宝を守ったようだが……。
「うん、村長は年寄りの知恵と元気な子供は、村の宝だっていつも言うよ。でもね、爺ちゃんは宝でも、婆ちゃんは宝じゃないんだよ」
女の子は私に説明しながら、不思議そうに小首をかしげた。
「どうして?」
「婆ちゃんは、年寄りじゃないって言ってる。だけど婆ちゃんは婆ちゃんだ」
私の問いに、不服そうに男の子が答えてくれた。
二人は兄妹なのだろう、その会話が面白くて、思わず笑って気が付いた。
人は笑うと、体の中の余計な力が抜けて、心が温かくなるようである。
私は、災害やダニエルのケガで、随分と気負っていたのかもしれない。
「今日は、外が明るくなったお祝いをしようか?」
「うん!」
「お祝いって何をするんだ?」
二人は嬉しそうに、私を見る。
「皆で、おいしい物を食べよう」
「ここの飯は、いつも飛び切りうまいぞ?」
料理を持たせてくれたヘンリーに聞かせたら、どれ程喜ぶだろう。
「皆で肉を、おなかいっぱい食べようよ」
「二つ食べる!」
女の子は、小さな握り拳を作って宣言した。
「俺、皆に言ってきても良い?」
彼はどうやら、じっとしては居られないようだ。
「うん。お願い」
私の言葉を聞いて、二人は皆の所に駆け出した。
私が父さんや母さんの所に行って、宴会の話をしていた時だった。
ディランとジョンが客を連れて、転移してきたのである。
「アルクシスさん?!」
「エリザベス様、お話をうかがいまして、いてもたっても居られず、無理を言って押し掛けて参りました。国や領を移動するには、不安や心配もおありだと思いまして。ましてや、あの村に入っていただけるのでしたら、なおのこと」
クレトロアの領主は、説得でもするつもりだろうか、その熱い気持ちが面倒そうで、私は少し後ずさった。
「全部話して、納得済みだと言ったんですがね」
ジョンが呆れた顔で言った。
「本屋の元宰相も、大喜びでネガーラ国王を脅してくれましてね。国王はベス様の話を引き受けてくれました」
「ありがとう。ご苦労さまでした」
ディランには領主の他に、本屋のおじいさんにも手紙を渡してもらった。
ラバーブ国王を納得させるつもりはあるが、早急に村人をクレトロア領主の保護下に置く必要があるため、しばらく見ぬ振りをしてもらおうと思ったのだ。
交渉はディランたちでも十分できただろうが、私にはいつ届くか分からない結論を待つ時間がなく、おじいさんの力を少しお借りしたのである。
ルベがだしてくれた肉を、メンバーが焼く事になり、母さんとアンバーは村の女性たちと、私のだした野菜で料理を始め、村の男性たちは、皆が座れるように場所を整えた。
ヘンリーがルベと私に、大量の食器を持たせてくれたのは、食器を洗う場所がない時のためだったが、村の女性たちがいつも洗ってくれるので、食器の数は間に合いそうだった。
料理が並び始めたところで、私は酒や果実水を取りだした。
「酒まであるんですか?」
「ええ。宴会ですから、たくさん飲んでくださいね」
私の言葉に、その男性は嬉しそうに目を細めた。
眠ってしまった村と過ごす、最後の夜になるだろう。
彼らが笑顔で立ち上がるために、食事や酒が必要ならば、私はそれらを快く提供したいと思った。
宴会は私が、クレトロアの領主とその部下を紹介する事から始まった。
領主の部下は元ドレア村の出身者で、イシュカ村の人たちのサポートを担当するらしい。
赤の大陸と青の大陸とでは、大きく気候が異なり、畑に育つ作物も違う。
領主は、イシュカ村の人たちが領地に慣れ、普通の生活ができるようになるまで、相談役と指導役を兼ねて、元ドレア村の出身者を村に置く事を提案した。
クレトロア領の年貢は、出来高の割合が決まっているようで、不作の年は領主が村長たちと、話し合いをして村人が越冬できる支援もあるようだ。
今年は領主から支援を受け、国に慣れる三年目まで、年貢は免除されるようだ。
宴会は領主と村人が、ゆっくりお互いの親交を深める場となった。
「彼らの表情が、明るくなったな。後は、領主に任せても大丈夫だろう」
父さんが、私の横にきて言った。
「うん。こちらの処理は、ダニエルがいないから、私が頑張るつもりよ」
「ただの大人ではない。貴族や王族が相手ならば、ディランたちを頼ると良いだろう。忘れるなよ。ベスは一人じゃないからな」
父さんの言葉にうなずきながら、私は村人たちと笑顔で楽しんでいる仲間の姿を見ていた。
「大丈夫よ。私には神獣と仲間がいるって分かっているわ。まだまだ、教わる事はたくさんあるとも思っている」
「ああ、そうだな」
翌朝。
神獣の手を借りて、クレトロアの町に全員を送り届けて、テネは空間を閉じた。
クレトロアの教会は大きく、建て替えた時に有事に備えて、その設備も整えていたので、村人の受け入れに問題はなかった。
町の人たちも、村人の事情を少し耳にしているようで、必要最低限の買い物も値引きや運搬を快くしてくれた。
元ドレア村で生活ができるように作業員を連れた私兵が、村の男たちを連れて、すぐに出発をした。
村の宝である老人や子供は、女性たちが教会で面倒を見る事になった。
今回、災害のために集まったメンバーは、村人たちに別れの挨拶をして、それぞれが地元の任務に戻って行った。
私は、ディランとジョンと一緒に、ディランの弟であるグドーからの連絡を待っていた。
その魔導具のトリは、二日後にディランの元に届いた。
「ベス様、ラバーブ国王が来城をお待ちしているそうです」
「そう、ありがとうディラン。負けられないわね」
ディランは、私の顔を二度見してから、その顔を楽しそうに崩した。
「ラバーブ国を、吹っ飛ばさないでくださいよ?」
「ジョン、いくらなんでも、そんな事はしないわ。城は保証しないけれどね」
「いや、可愛い顔をしても、駄目ですからね」
ジョンにとって、私はどれだけ乱暴者に見えているのだろうか。
『ふん。ベス、我らはラバーブ国を守ろうとは思っておらん。我らが守るのは、人間だ。それを忘れなければ、ベスの好きにするが良い』
ルベはそう言うが、私は国王の首をすげ替えに行く訳ではない。
『分かっているわ。そばにいてくれる?』
『ああ、我は神獣の姿で、そばにおる』
ルベが神獣の姿で同行するという事は、私が獣神官として、一歩も譲れない立場になるのだ。
ダニエルがいないのに、敷居まで上げないで欲しいのだが……。
『私は鳥の姿で、ベスの肩にいるわ。赤の大陸の民を見捨てた者を、見極めるためにね』
アムは赤の大陸の神獣で、その気持ちも分かる。
ディランとジョンは、いさめる相手を間違えていると思う。
ルベとアムの表情は分かりにくいが、これは静かに怒りモードである。
テネとカラは館に戻って、ゆっくり風呂に入るらしい。
私も城より、館に戻りたい……。
誰かが自分の横で怒っていると、自分の怒りが背中に隠れるのはなぜだろう。
「では、行きましょうか」
私たちは、ラバーブ国の首都にある拠点に転移して、身なりを整えてから、グドーが用意してくれた馬車に乗り込み、城に向かった。
獣神官の正装は、いつ見ても特攻服のようだが、武器を片手に乗り込むのが馬車では、勇ましくは見えない。
騎乗ができないのだから、仕方がないが、三輪車で暴走族の先頭に立っているようで、少し恥ずかしい。
暴走族だった事もない私に、そんな集団の先頭にたった記憶はないが……。




