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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第一章 青の大陸
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本屋の老夫婦

「今日はここまで」

「あ、ありがとうございました」


 私は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。

 上がった息をなんとか整えようとしていると、今度は汗が流れてくる。

 剣の稽古は、気が抜けない。ダニエル様は涼しい顔をしているというのに。


 朝食を終わらせ、いつものように掃除をしていると、神官補のエレートさんがやって来た。

「おはようございます。エリザベス」

「エレートさん、おはようございます」


「まだ、掃除をしていたのですか? ダニエル様のおそばでお仕えするには、まだ年齢的にも早いのですよ。本部から誰かを呼べば良いものを、役に立たない」

 彼は必ず、朝の挨拶だけでは済まない。


 教会の解体も終わり、建築が始まったので、小さな仮説の礼拝堂は、祈りを捧げる人しか足を運ばない。

 教会の管理人と神官補が一人で、事が足りるようで、二人の神官補が日替わりで治療院に手伝いを兼ねて、勉強にくる事になったのである。


 エレートさんは、初めて教会で会った時とは、随分と印象が違う人だった。

 ダニエル様やジョバン神官様を尊敬しているようだが、私は彼が苦手なので、あまりそばには近寄らない。

 もう一人の神官補であるサントさんは、口数は少ないが、私や患者さんには優しいので、なんとか神官補の存在を受け入れている。


 洗濯物を干していると、ポーチになっているルベが言った。

『あれは、ダニエルから何を学びたいのだ』

「光の魔法でしょ? 神官補だから、治癒魔法が必要なのでしょ?」


『治癒は生活魔法とは違う。光と闇は魔力だけでは発動しないのだ』

「そうなの?」

『神官とは、それを見つけた者たちなのだ』

「ダニエル様、教えてあげれば良いのに」


『彼らは教えを受けている。だから、光の魔法は発動するのだ。明かりにしかならんがな。人の体や心に作用する魔法は、誰でも簡単に使えるものではない』

「うん。確かに、それは危ないかもね」


 私はルベに言われて気が付いた。

 私はこの世界の、子供用の本から得た知識しかない。

 子供用の本に対して、大人用の本と表現をすれば、誤解を招きそうである。だが、私が本と言えば、子供用の本を指す事になるだろう。面倒だ……。


 要は知識の幅を広げる本が見たい。

 ここは村ではなく、町なのである。本屋はきっとあるに違いない。

 私は診察室のダニエル様のところへ向かった。


「ダニエル様!」

「ベス? どうしましたか?」

「本屋に行ってきても良いですか?」

「ええ。良いですよ。カバンを忘れずにね」

「はい」


「ベスのような子供に、自由までお与えになるとは、ダニエル様はお優しい。隣の領地には養護施設がございますので、教会の管理人に送らせましょう」

「ベスは家族ですから、ご心配には及びません。それより、エレート。受け付けを頼みますよ」


 彼はダニエル様が、私を引き取った事を、ジョバン神官様から聞かせれているようである。

 あのような子とは、どのような子をいうのだろう。

 だが、彼のお陰で、受け付けの心配はしなくて済むのはありがたい。ついでに、あの嫌みを聞かなくて良いのは、二重にありがたい。


 町の本屋を二軒のぞいたが、子供の本と、趣味の本。圧倒的に多いのは小説だった。おまけに本の値段は、(だい)(たい)(こつ)二本の骨折治療費と同額だった。

 本屋で客の話が聞こえてきたが、どうやら、この町で一番大きな本屋は、広場の周りの店並みにはないようで、領主の館に続く道沿いにあるらしい。


 広場から北に向かう石の坂道は、色とりどりの木の葉が落ちている。

 ベンチでもあれば、秋を楽しむのも悪くはないと思いながら歩いていた。

 その店はすぐに見つかった。


 確かに大きいが、ずらりと並ぶ本棚は天井まであり、(はし)()が備え付けてある。

 垂直な棚の一番上は、後ろに下がらないと、上の段が見えない。しかし、その幅が確保されてはいないのだ。私は十歳の身長では、仕方がないと肩を落とした。


「ほう。これはかわいらしいお客様がお見えになった。どのような本をお探しですかな? お持ちいたしましょう。こちらにお掛けください」

 そのお爺さんは、髪もひげも長く濃い灰色で、深く青い色の目をしていた。

 そしてその青い目は、優しく私に向けられていた。


「体の構造や病気の事を、詳しく書いてある本は、ありませんか?」

「それはまた。ご家族が病に伏されているのですかな?」

「いいえ。私は治療院にいるのですが、知識が足りないのです。勉強がしたいと思いましたが、本がなくて」


「そのような本は専門書と言うのですよ。今は教会で勉強をして、十五歳になったら上の学園にお行きなさい。そこには読みたい本がいっぱいありますよ。学園に行けない事情があるのなら、王都の図書館も良いでしょう」

「ここには、ないのですね。ご親切に、ありがとうございます」

 お礼を言って、帰ろうとした私を、そのお爺さんが呼び止めた。


「お待ちなさい。お嬢さんはまだ時間がありますかな? この店の裏に私の住まいがあります。学園や図書館ほど多くの本はありませんが、その手の本なら、少しあります。売り物ではありませんが、お見せいたしましょう」

「拝見できるのですか? ありがとうございます」

「知識を求めるお嬢さんを、このままお帰しする事はできませんからな」


 裏の住まいという言葉で、私は普通の民家を想像していたのである。だが、この家は多分、地位のある人の家だ。おじ気づいている私に気が付いたのか、お爺さんは言った。

「私はただの隠居爺ですよ」


「まあ。お客さまですの?」

 茶色の髪と目をした、上品そうな老婦人が出迎えてくれた。

「専門書を探しておられたので、お連れした」

「そうでしたの。さあ、どうぞ書庫は庭にありますのよ」


「すみません。ご厚意に甘えて、付いて参りました。お邪魔いたします」

「まあ。あなたはお幾つなの?」

「十歳です。名前はエリザベスと申します」


「まあ。ご丁寧に。私はリリア。私は貴族の出ではないのよ。固くならなくても大丈夫。私はこの本屋の娘だったの。兄が亡くなって閉店すると聞いたので、王都から戻ってきたのよ」

 老婦人は、夫も付いてくるとは思わなかったと、明るく笑った。


 書庫は美しい庭にあった。

 古そうな扉を開けて、お爺さんは一つの本棚の前で止まった。

「この棚にお探しの本はあるでしょう。ゆっくり見ていくと良い」

「ありがとうございます」

 私は早速、本を数冊引き出して読み始めた。


 世界は変わっても人間の臓器に違いはなかった。だが、生物の教科書より低いレベルの物を専門書とは言わないだろうから、いつか図書館には行って見たいと思った。薬草関係の本はとても詳しかったが、覚えられそうな量ではないので、この本は手に入れたいと思った。


 本を戻しながら、目に付いた上位魔法の本にも目を通した。

 今日一番勉強になったのは、魔法の本だった。

 私は、手入れの行き届いた庭で、リリアさんにお茶をご馳走になり、治療院に戻った。


 治療院の待合室は、とても静かだった。

 患者は病気やけがを負ってくるのだから、陽気に騒ぐ事はないが、それにしてもこの空気はなんだろう。


「遅くなりました。エレートさん、受付をしていただいて、ありがとうございます。代わります」

「遊び歩くのなら、サントの時にしてください。私は教会でも受け付けなどはした事がない。ダニエル様がおっしゃるから引き受けたのです」

 迷惑だと言わんばかりの言葉を、私は受け流す事にした。


「すみません。それで今、お待ちになっている患者さんの症状は、どちらに書いてあるのでしょう?」

「聞いてどうするのです? あなたが治療する訳ではないでしょう?」

「症状を書いて、ダニエル様にお渡ししてはいないのですか? 布や治療に使う薬の準備はどうされたのですか?」


「私は治療の勉強に来ているのです。神官になれば、そんな事はする必要はないのです。私たちは神のおそばに一番近い、選ばれた者なのですよ」

 寝言は寝てから言え。

 誰を基準に一番近いと言っているのだろう。誰に選ばれた者なのだろう。


 私は、目を開けて寝ているようなエレートさんを、そのままにして、患者に症状を聞いて歩き、診察に使うであろう物の準備をして、診察室に入った。

「お帰りなさい、ベス。助かります。この患者は先に診ましょう」

「はい」

 私は患者に順番の変更の了解を取って、受付に戻った。

 エレートさんは、当然のように診察室に入って行った。



 その夜。私はダニエル様に、今日の外出の報告をした。

 ルベはその様子を、さらに細かく伝えていた。

『ベスは、老夫婦に大層気に入られていた。あの店主は、ネガーラの前宰相だ。今は息子がその地位にあるがな』


「へえ。そうだったの。教科書では勉強したけど、神官様と村長以外の地位の人とは、会った事がなかったの。失礼はなかったかなぁ?」

 あの場で聞かされないで良かったと思う。地位などというものには、無縁の短い人生しか経験がないのだから。


『庶民の子供に、礼節を強いる男が、本などを売ったりはしないだろう』

「良い時間を過ごしたようですね」

「はい」

 地位はどうあれ、素敵なお二人だったのだ。確かに、いつもと違う時間が流れていた気がする。


『あの神官補はベスにきついからな。ベスには気晴らしにもなっただろう』

「気になる事があって、本部に鳥を送ってはいるのですが、返事がまだなのです。ベスがつらいようなら、彼の来る日は部屋にいても良いですよ?」

「別に何かをされる訳ではないですから。第一、誰が受け付けをするのですか? 彼に任せたくはありません」


 ダニエル様は私を見て、楽しそうに笑った。

「ベス、あなたはまだ十歳なのですよ? そんなに急いで、大人にならないでください」

 私は十六歳だろうか。それとも十歳だろうか。この場合は、たして二十六歳は違う気がするので、変な十歳で楽しむしかないと思う。


 ルベが緑の目を細めて、鼻にシワを寄せて話す時は、いつも私には踏み込む事のできない会話になる。

『ダニエル。分かっておるのだろう? 人を育てられぬ神官に、大きな教会は任せられない。あれが守りに入るなら、神官を望む村は多かろう』


「彼に育てられた神官も、多いのですがね。感付いていたのでしょう。再会の時の言葉の意味が、ようやく分かりましたよ」

『心地よいものだけに目と耳を向ける者は、光と闇が嫌う。そうなる前にあれを救ってやれ』


 子供に聞かせて良い話なのだろうか。

 ルベを抱いて、ベッドに行くタイミングがつかめないまま、私は気持ちよく眠りに落ちて行った。

 体は混じりけのない十歳なのである……。





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