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奇妙なカバンが守ると言ったから  作者: 天色白磁
第六章 幸せの赤と銀
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キノコの本

 ネガーラ国のクレトロア領にあったドレア村は、私たちの報告を受けた領主により、次の年の春まで私兵に守られてから、整理される事になった。


 その話し合いの中で、巨大なシルバーボアのシロは、家獣登録ができる魔物ではなく、ドレア村の出身者が口外していなかった話ならば、世に出さない方が良いだろうという結論に達したのだった。


“獣神官が呪いはなかったと明言した” と公表する事を許したのは、ドレア村とシロの話を、領主がこれから先の戒めとして、後の領主に伝えると約束をしたからだった。


 ダニエルは渋い顔をしたが、シロと村長の娘が静かに眠れるのなら、私は獣神官の名前も、まんざら役立たずではないと思った。

 シロは守っていただけで、呪ってはいなかったのだから、嘘ではない。




 館に戻ると休む間もなく、報告と会議が行われた。

 キノコの本も議題に上り、私はその本を皆に見てもらった。


「ボクはこの本ならば、値段がいくらであろうとも買いますね。料理人ならば、絶対に欲しいですよ」


 ヘンリーは、キノコは種類が多く、その土地の人間でなければ、見分けが付かない物もあり、闇雲に手が出せないのだと言った。


「私も興味がありますね。キノコの毒に対する薬は、毒キノコの数に追い付いていませんから、研究してみたい」


 リチャードはバンに、本が手に入ったらキノコ用の温室が欲しいと話し、そこにヘンリーも加わった。


「キノコの本は、まだ世界にないと思います。植物図鑑の後ろに、少し書かれている物もありますが、厳密に言えばキノコは植物ではありませんからね。ただ、食用か否かは、食べて調べるしかないと言われていますので、この本は世に出すべきでしょうね。ただ、命に関わる物ですから、検証は必要になりますね」


 ウーゴはメンバーの中で一番、その本に興味がありそうで、なかなか見せてはもらえない本から、目を離さずにそう言った。


『ダニエル、ウーゴの仕事はアリッサでも手伝えるかなあ?』

『ええ、同じ仕事をしておりますからね。ウーゴに本を任せるのは良い判断ですが、一人ではどうにもならないでしょう』


 私はダニエルの返事で、彼もまた、薬師を目指していた事を思い出した。


『畑はバンに手伝ってもらえるけど、シンシはリチャードがいなくては駄目でしょう? ダニエルは駄目よ。私が困るもの』


 ダニエルは驚いたように、目を見開いてから、口元を手で隠して、肩を揺らしたが、私は的を外しただろうか。それとも、大当たりだったのだろうか。


「この本を世にだす許可を、正式にいただいたら、ベス様の名前か、教会の名前で出版される事になるのですか」


 アリッサは出版後の事まで考えているのか、真剣な顔で私を見た。


「私の名前も、教会の名前も使わないわ。国や教会ではなく、学園から出版してもらおうと思っているの」

「なぜ学園なんですか?」

 私の言葉に、ウーゴは首をかしげた。


「本の内容を調べる時間が短縮できるでしょう? 世界中の学者に調べてもらえるもの。それにね、キノコの研究をしてくれる人が増えたら、新しい情報が入った本もできると思うの、この本がその切っ掛けになってくれれば良いと思うからよ。私たちでは、この本を成長させる事ができないもの」


「ベス様らしいですね。ですが、この本はかなり売れると思いますよ」

 ウーゴは私の言葉に、笑みを浮かべてそう言った。


「売り上げは、奨学金の足しにしてもらいたい。一人でも多く、自分の望む未来を掴めるようにね。駄目かなあ……」

 私は自分が世間知らずだと自覚しているので、ダニエルの様子をうかがった。


「ベスさまに託された本です。そのように伝えたら、あの方はきっと喜んでくださるでしょう」

 ダニエルはそう言って、優しくうなずいた。


「この本を担当してくれる学園が決まったら、ウーゴに完成まで任せても良い?」

「よろしいのでしょうか?!」

 私の言葉に、ウーゴは立ち上がって言った。


「ウーゴしかいないだろう? 背表紙を楽しみにしているぜ」

 ジョンは笑いながら、横にいるウーゴを見上げた。


「まあ、座れよ。どれだけ嬉しいんだよ……」

 ハーゲンはそう言って、ウーゴを座らせた。


「俺なら、絶対に泣いて勘弁してもらうがな」

「どうして、ジルが任されると仮定したのかが、僕には分からないよ」

 ジルの言葉にディランが、呆れたようにつぶやいた。




 ダニエルとリナルドはすぐに書類を持って、ネガーラ国の元宰相だった本屋のおじいさんに会いに行った。

 私に預けて良かったと、おじいさんはとても喜んでくれたらしい。


 それから数日後。

 仕事が一段落ついたところで、私とダニエルは白の学園長に会いにきていた。


「お久しぶりです。お時間をいただき、ありがとうございます」

「ベス、可愛い。ここにおいで」

 挨拶もそこそこに、フォルカ様は嬉しそうに私を呼んだ。


「フォルカ。ベス様はもうじき、十八になられるんですよ」

 ダニエルはそう言うが、フォルカ様はそんな事は分かっていると思う。

 ここにおいでと言った場所が膝ではなく、彼のソファーの横だったのだから。


「ダニ、ベスはベス」

 フォルカ様はダニエルにそう言うと、私の口に焼き菓子を入れる作業に入った。

 オーカンさんは、気の毒そうに皆のお茶とは別に、果実水を用意してくれた。


「ダニエル。あれが興味を示す者は少ないのです。まあ、魔物以外で可愛いと表現するのは、妹とベスだけですがね」


 ヨハン様は、諦めろと言わんばかりに肩をすぼめたが、フォルカ様の妹は白の海賊船の船長で、どちらかと言えば美人とか、たくましいと表現した方が良いと思う。


 ダニエルは、大きくため息をついて、本の説明を始めた。

 学園長に会いにきたが、重要な話はヨハン様にした方が早いと、館で話し合ってからきたのである。


 獣神官補佐のダニエルと、白の副学園長であるヨハン様の会話を聞きながら、私はフォルカ様を見て、情けない気持ちになった。

 獣神官と白の学園長は、このままで良いのだろうか。

 確かに、あの二人がもう一組いたら、それはそれで煩いかもしれないが。


「ベス。あなたの頭は上等とは言えませんが、野性的な本能には、いつも感心させられます。この本をここに持ち込んだのは、正解ですよ。ダニエルならば、イーズリ第二学園に持って行ったでしょうからね」


 頭は悪いが勘は良いと言われても、嬉しくはないが、ヨハン様に言われると、褒められたようで嬉しくなるから不思議である。


「黒の二つの学園長は、年齢的にも一応は格上ですからね。ベス様の考えをくんでくださると思うのが普通ですよ、ヨハン。お二人はベス様を可愛がっておられますしね」


 私は迷わずに白の学園を選んだ理由は、近くにあるからだったのだが、転送陣を使うならば、どこでも同じだとここで気が付いた。


「ダニエル、そのインチキ臭い黒目は、節穴ですか? ご覧なさい。白の学園長が一番、ベスを可愛がっているでしょう?!」


 いやいや、ヨハン様。あなたは先程、魔物と同等の扱いをしておりましたが。

 ダニエルも微妙な顔で、フォルカ様を見つめた。


「とにかく、良くやりましたベス。白の学園は神官や薬師を育てる学園です。ここ以上にこの本の重要性を理解できる場所はありませんよ」

「はい……」

 どこの学園でも、協力し合うなら同じだと、言える雰囲気ではない。


「もうじき冬の休みに入ります。優秀な学生にこれの原盤を作らせて、複写をした物を持って学園長会議を開きます。各学園で内容を検証させましょう」

「そんなにうまくいきますか? 反対する学園だってあると思いますが」


 少し冷静になって欲しいと思う。

 どんなに話し合いをしても、反対する者は最低三パーセントはいると、前世の兄が言っていた。

 だから全員一致という時は、三パーセントが口をつぐんだと思った方が良いと。


「教会や国の援助を借りずに、奨学金学生の援助ができるのですよ。優秀な貧乏人がどれ程いると思っているのですか。第一、植物学や薬学の研究者がこの本に興味を示さないとは思えません。興味のない者を、仲間にする気もありません」


 ヨハン様は元貴族だけあって、かなりの上から目線だが、この本をそれ程評価してくれた事は、ありがたいと思った。


「こちらの責任者はウーゴです。私たちは全員で本に携わる訳にもいきません」

「ウーゴは良いですね。彼は本に関する造詣が深いですから、完成した本に期待が持てます」


 ダニエルの言葉に。ヨハン様はそう言って、笑みを浮かべた。



 私は話しを聞きながら、そろそろお菓子が一口も入らなくなってきていた。

 フォルカ様がオーカンさんに、次々とお菓子の用意をさせるのだ。

 この学園長室では、誰のためにこれだけのお菓子を用意しているのだろう。


「オーカンさん、ごめんなさい。もう食べられない」

「イザベラ様と同じ量は、ベス様には少し多かったでしょうか」


 イザベラさんはお酒もお菓子も大好きだったようだ。

 豪快な彼女らしいとは思うが、健康には気を付けて欲しいものだ。


「フォルカ。ベス様は元々、食事の量も少ないですから、そんなには食べられませんよ」

 ダニエルはたくさん並んでいるお菓子を見て、そう言ってくれた。


「ダニ、いけない。ベス、かわいそう」

「私はベス様を大切にしていますよ。なぜかわいそうだと思うのですか」


 フォルカ様は言葉が少ないが、ダニエルをどうやら責めているようだ。

 私はダニエルに不服はなく、食事や間食が多すぎて、助けてもらう事はあるが、不自由な思いをした事はない。


「ああ、前学園長が、教会からベスの解決した事件を、取り寄せているのです。未成年者が働いている場合は、第三者の監視が義務付けられていますが、彼女の場合は、特殊な立場ですからね。ルーカス様が見ています」


 私の仕事はほとんどが、他言無用だと思うが。

 どんな風に報告されているのだろう。


「それならば、私がフォルカに注意を受ける事は、ないと分かってもらえると思うのですが?」


「ダニエル。私もルーカス様やフォルカの意見に賛成だよ。ベスの体が貧相なのは、体質だとしても、心の成長はどうなのだろうね。もうじき成人に達する女性には、とても見えない。まるで十二、三の少女のまま止まっているようだ。神獣様や神様が何かご存じかもしれない」


 体だって、心だって、成長していますから!

 ダニエル、ここはビシッと言ってよ。ビシッと!


「そう言われれば、確かにそうですね。かわいいのでつい、甘やかしていますが、一度、ゆっくり相談してみましょう」

 私は十二、三だとダニエルも思っているのだろうか……。


「それが良いだろうね。心が幼い分、傷付く事が多いでしょう。獣神官という職業は、そのような場面に遭遇する機会も多いからね」

 ヨハン様は気の毒そうにそう言い、フォルカ様は子供にするように、私の頭をなでていた。


「ダニエル……」

 泣きそうな気持ちで、ダニエルを見た。

 私のどこが幼く、なぜ成長が止まっているように、人には見えるのだろうか。


「大丈夫ですよ。ベス様が不安に思う事は、一つもありません。私たちも神獣様も皆、付いていますからね」


 ダニエルが優しくそう言ったから、私は大丈夫だと思う事にした。


 こちらの世界の女性は、早くに働く者や家庭を持つ者も多く、前世の同世代より確かに大人に見える。

 彼女たちより、早くに仕事を持った私は、もっと成長していなければならないのだろうか。


 心にご飯やお菓子を食べさせる訳にはいかない。


 大人になるには、どのようにしたら良いのだろうか。


 マニュアル本があれば良いのに……。








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